第四章5 『アクアちゃんはご機嫌ナナメ』
「わぁ、すごいよ見て!カモメがこんなに近くで飛んでる!」
「海の上を歩いているようなものだからな、当然といえば当然だが」
「みなさん見てください、カモメさんがお芋さんを食べに来ましたよ〜」
「ほんとだ、私にもやらせて!」
「こんなところで魔法を使うな」
強引にホテルを出た俺たちは江ノ島へ続くと江ノ島弁天橋を渡っている。さっき渡っていた弁天橋と何が違うの?といまいちよくわかっていなかったが、言ったらマーチにバカにされそうなので黙っておこう。
それはさておき、俺たちと同様に江ノ島へと渡る人たちで溢れているこの橋の上で、現在カメラに撮影されながら歩いている。
案の定何かの撮影なのかと思って歩きながら野次馬をしている人たちに囲まれていた。俺は騒ぎにならないようにサングラスを掛けたが、どこまで効果があるかわからない。
「ねぇねぇ、これこのままアクアちゃんたちのところに行ったらマズイかな?」
「マズイかもな、幸いまだ我々の正体に気づいていないようだが、時間の問題だろう」
「でもどうやって離れますか〜?」
「まあそこはマーチたちが身体を張ってなんとかしてくれるでしょ。ねぇ?」
小声で会話をしながらマーチへ目配せをした。本人はなんのことかわかってなさそうな顔をしているけど、なんとかなるだろう。
そんなこんなしている間に俺たちは江ノ島弁天橋を渡り切った。右手には円形にベンチが並んだ休憩所と回転寿司屋の建物があり、左手には魚屋と飲食店を合わせたような建物が並んでいた。昼頃で新鮮な魚が並んでいる様子に思わず惹きつけられそうになりながらも、俺たちは緑地広場へと向かった。
「あれ、これこのまま野次馬と言ったらマズくない?」
「そうだな、ここで引き止めよう」
「すみませーん!ここまでお願いしまーす!」
漸く気がついたマーチたちは、俺たちについて行こうとする観光客たちの誘導を始めた。久しぶりにサポーターらしいことをしている気がする。
「ねぇ、あれ見て」
「え?」
片桐先輩のトーンで促され、俺はそちらを見る。そこはさっきから見えている魚屋と飲食店が一つになった建物で、その店前で魚を持ってポーズを取っている女の子の等身大パネルが置いてあった。
「あらあら、ユウカちゃんみたいですね〜」
「あれは江ノ島クリオネアの誰かなのかしら?」
「んー・・・あっ、片山さーん」
「はい、なんですか?」
「あの子誰だかわかりますか?」
俺はパネルに指を差して尋ねる。片山さんはカメラごとそちらに向けて考え込んでいたが、すぐに首を横に振った。
「いいえ、私も知りませんね。格好からして魔法少女のようですけど」
「そうですか、魔法少女好きな片山さんなら知ってるかと思ったんですけど」
「お役に立てずすみません」
「いえ!多分向こうに着けば誰だかわかると思うんで、気にしないでください」
申し訳なさそうにする片山さんに励ましを込めて答える。普段ならこんなことしないのになぁ、なんでだろうほんと。
「おや、もしかして君たちかい?」
自分の行動に疑問を感じながら歩いていると、進行方向から声を掛けられ意識をそちらに向けた。前方からタレ目で茶髪の青年が微笑みながら近づいてくる、服装がマーチたちと同じスーツであることから彼も聖獣なのだろう。
「はい、今回こちらに遠征させてもらうトライアングルシトラスです」
「遠路遥々ありがとうございます、私はナナミの担当サポーターをしているチャージャーです」
「よろしくお願いします!」
「ああ・・・ところで2点聞きたいことがあるのだが」
「なんですか?」
「まず一つ、マーチたちはどこにいるんだい?一緒じゃないのかい?」
「マーチたちは好奇に身を委ねし亡者たちの導き手をしている」
「・・・?」
先輩、それじゃあ伝わるものも伝わりませんよ。
「つまり〜、野次馬さんたちの整理をしてるんですよ〜」
「あーなるほど、それはしょうがいないことだな。だがもう一つ聞きたい」
そう言うとチャージャーは片山さんの方を見る。
「カメラマンがいるとは聞いていないのだが」
「えっ」
「あの、私はハルウラテレビでディレクターをしている片山茂信と言います。今回は遠征に行くユウカちゃんたちの密着取材をさせてもらっているのですが・・・」
「これはご丁寧にどうも、ってそうじゃない。取材があるとは聞いてないと言ってるんだ、流石に困るのだが」
訝しげな表情を浮かべるチャージャーに慌てて片山さんが細かい事情の説明を始める。俺はバレないように、大きなため息を吐いて踵を返した。
「先輩、すぐに戻るので片山さんを見てもらっていいですか?特に俺を探そうとしてたら引き止めといてください」
「わ、わかったわ」
返答を聞いてから俺は走り出した。走っているは急いでいるからではない、勢いをつけるためだ。目の前から丁度野次馬の対応が終わってこっちに向かってくる三つのスーツ姿が見えた。俺はその一人に狙いを定めた。
「ふぅ、疲れたーなんで僕たちがこんなことしなくちゃいけないんだよ」
「これもサポーターの役割だ」
「まあでも疲れるのはとうぜ――ん?」
「どうした?」
「いや、目の前からユウカが・・・」
「え?」
「こんのォ・・・・・・クソ駄犬がぁ!!」
地面を力強く蹴り、マーチの胸に向かって右膝を叩きつける。俺より身長が高いはずのアイツは勢いに負けて後ろにぶっ倒れた。
「――オゴホッ、エオッ、な、なに、いきなり・・・ッ!」
「テメェ、向こうのサポーターに密着取材のこと話してねぇとはどういうことだおい」
「ヒィイイイ!違うんだよ!シンプルに忘れてたんだよ!ユウカに言われて今思い出したんだよ!」
「うるせぇ!どの道結果は変わってねぇだろうが!」
「此奴らいつもこんな調子なのか?」
「らしいよ、ほんとユウカのイメージとは真逆だわ」
「オラ立て、さっさと謝りに行くぞ」
「ううっ、はいぃ・・・」
痛みを我慢するように立ち上がるマーチと呆気に取られているペルソナたちを引き連れて片山さんの元に戻る。
現場では片山さんが全力で頭を上下に動かし、未だに訝しげなチャージャーがクレアの話を聞いている。緩い笑顔でチャージャーにリンゴを渡しているモエナは何がしたいんだろうか。
「お待たせしました」
「あっ、マーチ!取材があるとは聞いて――」
「ちょっとこっち来ようかニャンコ」
どういうことか問い正そうとしたチャージャーの口を塞いだマーチは、俺たちから少し離れたところにある木の下まで移動した。
マーチが何かを口にし、それに対してチャージャーが怒ったと思ったら突然動きを止め、マーチの肩を掴んで引き寄せた。しばらくしてチャージャーはマーチから離れたと思った途端、土下座を始めた。またマーチが何かを話してからこっちに戻ってきた。土下座をしていたチャージャーもトボトボと戻ってきたが、なんだか顔が真っ青になっている。
「いやーお待たせお待たせ」
「ねぇ、何を言ったのマーチ?」
「大したことじゃないよ、強いて言うなら・・・人に弱みを握られるとああなるってこと」
黒い笑みを浮かべるマーチを見て、俺は大体のことを察した。やっぱり聖獣はどこも変わんないだな。
「片山さん、チャージャーから取材許可をもらいましたのでご安心ください。きっと他の魔法少女たちにも今頃話が通っている頃だと思います」
「あ、ありがとうございます!手段の方はその、聞かないでおきます」
「利口なことです。それじゃあユウカたち、向こうも待ちくたびれてるだろうし行こうか」
マーチの先導で俺たちは前に進む。
緑地広場はその名の通り緑が豊かな場所で、春になると桜が咲くらしい。すぐ近くには海があり、散歩コースとしてはとても楽しめそうだと感じた。
しばらくして青銅のような像が飾られた噴水地と、その前に立つ人影が四つほど見えてくる。一人は少年、あと三人は俺たちと同じくらいの女の子だった。
「あっ、来た来た。おーい!」
「やあスパーキー、久しぶりー!」
「ぐふっ、チャージャー顔死んでるけど大丈夫?」
「笑いながら言わないでくれ」
「ごめんごめん!」
黒髪で短髪の小柄な少年はマーチと親しく挨拶を交わす。スーツ姿なので聖獣なんだろうけど、かなり若く見える。
「あれ、クラフトは?」
「それが今は本社の方にいてさぁ、なんでも自分の担当を売り出したいからって上層部の人らと会議だって、いつ帰ってくることやら」
「うわぁ、相変わらず真面目だねクラフトは」
「ちょっとスパーキー!仲良くお話してないで紹介してほしいんだけど!」
談話するマーチたちの間に女の子の一人が割って入り込む。なんだか気の強そうな子だな。
「あれ、この子どこかで見たような・・・」
「ごめんごめん!それじゃあ紹介するよ、まずは僕の担当してる囀りの魔法少女コトリです」
「は、はじめまして!こ、コトリです!よ、よろしくお願いします!」
ベージュ色のボブヘアにピンクのカチューシャが特徴的な女の子が、緊張しているのかぎこちなく挨拶をする。
「次に、軽業の魔法少女ナナミちゃん。チャージャーが担当しているよ」
「ナナミでーす!よろっしくー!」
無意識に愛嬌を振りまいている彼女は黒髪のロングから猫耳のように髪が跳ねていた。
そしてその隣、見たことあるような気がする子の番が来た。
「そしてこの子、さっき言ってたクラフトが担当をしている・・・」
「海辺の魔法少女のアクアよ!知ってると思うけどよろしく」
茶髪を大きな赤いリボンでツインテールに、しているその子は、腕を組み仁王立ちで言い放った。そこで俺はさっきまであったモヤモヤが晴れた。
「あっ、お店の前にあったパネルの子!」
「気づかなかったのか?」
「鈍チンさんですね〜」
俺以外気づいていたのか、聖獣たちも呆れた表情を向けていた。本気でわかってなかったからすごい恥ずかしい。
「むぅ、アンタたちはどこの誰なのよ!」
「うえっ!?な、なんでそんなに怒ってるの?」
「怒ってないわよ!さぁ、名乗りなさい!」
何故か不機嫌なアクアに困惑しながら自己紹介をしようとした時、横にいたクレアに止められた。
そっちを向くとウキウキした顔で俺のことを見ていた。あー・・・なるほど、アレをやるのか。俺は諦めて定位置に着くことにした。
「私の愛よ、黄昏に届け!夕焼けの魔法少女ユウカ!」
「我が炎よ、煉獄へ誘え!隻眼の魔法少女クレア!」
「私の想いよ、大地を包め!癒しの魔法少女モエナ!」
「天より出でし三つの光が!」
「深淵の底へ照らし出す!」
「そう、我らこそ――」
「「「トライアングルシトラス!」」」
恥ずかしいが慣れてしまった決めポーズをしっかりと決める。後方のマーチたちが感心したように拍手をしていた。
だが、一名納得していない人がいた。
「モエナ、貴様セリフ間違えただろ!」
「あれ〜、そうでしたか〜?」
「『大地を包め』ではなく『大地に恵を』だ!そっちもそっちで有りだが締まらないだろ!」
「あらあら、ごめんなさいね〜」
「あはは、まあまあクレアちゃん、カッコよく決まったんだからいいでしょ」
「むっ、確かにそうだが・・・」
煮え切らないクレアを宥めながら向こうの反応を伺う。どうやら唖然としているようだ。スパーキーは口を押さえて俯いているが、肩の震え方からして笑っていることがわかる。だから恥ずかしいんだこれは。
さっきまで強気だったアクアはハッと我に帰るとさらに不機嫌そうな顔になる。えっ、本当になんなのこの子は・・・
「ふん!だからなんだって言うのよ!ほら、早く行くわよ!訓練の時間がなくなっちゃうわ!」
「あっ、ま、待ってよアクアちゃん!」
「そうだぞー?向こうに名乗りがあって私たちにないからって膨れるなよー」
「膨れてない!」
そういうことか、納得はしたが羨ましいと思うものなのか?
「ユウカ・・・」
「なに、クレアちゃん?」
「やっぱり作って良かったな!」
「・・・そうですね」
とても嬉しそうなクレア元い片桐先輩に優しい笑みを返してから、俺たちも訓練場所へとついて行った。




