第四章3 『到着、江ノ島!』
「んーーーッ・・・はぁー」
「クックックッ、遂に時は来た・・・」
「あらあら、やっぱり人が多いですね〜」
「うん、ここが江ノ島かぁ・・・!」
午前10時、俺たちは片瀬江ノ島駅に到着した。
竜宮城のような赤い駅からは同じ電車に乗ってきた人たちが続々と江ノ島に足を踏み入れていく。見たところ家族連れやカップルで来ている人が多く、江ノ島に月並みな印象しかない俺の想像通りの光景だった。
「正確には江ノ島ではないがな」
「やっぱり都会と違って高い建物がほとんどないね!心なしか潮の香りとしてくる気がするし!」
「ふふっ、大はしゃぎね安西君」
「見た目通り子供みたいですね〜」
「ちょ、そこで素に戻るのやめてくださいよ!それに、見た目子供なのは二人も同じじゃないですか!」
からかわれた気がした俺はちょっとした反発として先輩たちの姿に指摘をした。
クレアは髪を黒に変えて赤と黒を基調とした派手なゴスロリを着ている。当然のように眼帯も付けたまま。
モエナはシニヨンを解いて胸の辺りまで伸びた髪を薄いキャラメル色に変え、緑から白にグラデーションしているワンピースを着ていた。こう見ると二人がそのまま子供になったように見える。
「三人とも忘れ物はない?電車に置きっ放しだーとかになるとペルソナとルーチェが飛んで取りに行かなくちゃいけないからね」
「人に頼るな」
「まあ確かに飛べるのは俺たちだけだもんね、マーチの足じゃ電車に追いつけないだろうし」
後ろでそんなやり取りをしている聖獣トリオは、現在人間の姿をしている。
マーチの姿は前に見たけど、ペルソナは黒髪にトサカみたいなのが生えた筋肉質な男に、ルーチェは金髪を後ろで纏めた細身の青年になっていた。三人とも夏場にも関わらず黒いスーツを着ている、暑くはないんだろうか?
「それで?撮影班の人たちはどこにいるの?」
「10時に駅の前で落ち合わせるって聞いたけど・・・」
マーチの言葉を聞いて、俺たちは辺りを見渡す。駅から目の前にある弁天橋へと歩いていく人の流れに視界が遮られながら目を凝らしていると、駅のすぐ近くにあるコンビニの前で、カメラを持った男性がタバコを吸っている姿が目に入った。
「あっ、あの人かも、すみませーん!」
「ん?あー、お待ちしてましたー!」
男性はタバコをポケット灰皿に入れると、人を掻き分けてこっちにやってきた。
遠目で見ても大きく思えたが、近くに来るとその大きさが割り増しになる。身長は180cm以上はあるか、人の流れの中で見つけられたのもこのお陰だろう。
「初めまして、今回密着取材をさせて頂きます。ディレクターの片山茂信と申します。この度は取材を受けて頂きありがとうございます!」
「マーチです、今日はよろしくお願いします」
片山さんの挨拶に対して、マーチは丁寧に頭を下げる。こいつに社交性というものがちゃんとあったことに、俺は内心驚いていた。
『今僕に社交性なんてあったんだ、って思ったでしょ』
『なんでバレたし』
『そんな顔してたからだよ』
スフィア越しにマーチの声が聞こえてきた。次はバレないようにしよう。
「初めまして、クレデリアスの担当をしているペルソナです」
「どうも、モエナの担当のルーチェです」
「お二人のこともマーチさんから話は聞いております。三日間よろしくお願いします」
続いてペルソナとルーチェにも挨拶を交わす。なんだか物腰が柔らかくて如何にも社会人って感じだ、こういうの慣れてるはずなんだけど緊張してきた。
「あの、はじめま――」
「初めまして!!あなたがユウカちゃんですね!?」
「えっ、あ、はい!」
「いやー生でこうして見て触れるなんて感激だなぁ!実は私、魔法少女たちのファンなんですけど、特にユウカちゃんの大ファンでして、今回の企画をどうっっっしても!実現させたく今日まで頑張ってきまして!いやほんと、会えて嬉しいです!」
片山さんの勢いに萎縮している間に、彼は俺の手を両手で取り、勢いのまま握手をする。さっきとは打って変わり過ぎでしょこの人。
「あ、あはは、ありがとうございます・・・」
「ちなみになんですが今回は素顔ではないと聞きましたが!」
「は、はい!流石に密着取材とはいえ素顔を晒すわけにはいかないので、そこはお願いします」
「いやー素顔の方も拝見したいところでしたがその変装状態もとても可愛いらしい!ノースリーブの白いシャツにオレンジ色のミニスカート!正体を隠すことを意識した大きめのサングラスも実に子供らしくて素晴らしい!」
「あ、ありがとうございます・・・」
なんだろう、こうも熱狂的なファンと1対1で会ったことないからどう対応していいかわからないな。
「そして!そこのお二人がクレアちゃんとモエナちゃんですね?」
「クレデリアスだ!」
「よろしくお願いします〜」
さっきの勢いのままクレアたちに体を向ける、先輩が片山さんの勢いに少し驚いて一瞬体が跳ねていたことは黙っててあげよう。
「いやークレアちゃんのゴスロリもモエナちゃんのゆるふわなコーデも似合ってますねー」
「ふっ、この良さがわかるとは・・・貴様もなかなかどうして、良いセンスしている」
「ありがとうございます〜」
「ユウカちゃんとチームを結成してから人気もうなぎ登りなってますけど、例えチームを組んでなくても二人は人気者になっていたと私は思いますねー!」
「そ、そうか?」
「あらあら、そこまで言われてしまうと照れてしまいますね〜」
二人もこういう相手は初めてだったのか、いつものインタビューとは違って手探りに感じた・・・いや、モエナはいつも通りか。流石といえば流石だけど。
「ちなみにユウカちゃん!」
「はい?」
「ユウカちゃんといえば“見せパンモロ出し”が私たちジャーナリスト界隈では当たり前になっているのですが、今回は私服ということですからもちろん見せパンではないんですよね?」
「なんですかその当たり前!片山さんの言う通り今日は見せパンじゃありません!あっ、まさかそれを聞いて撮ろうとしてるわけじゃないですよね?」
俺は自分の身を守るように腕を体に回して後退する。それを見て片山さんは焦って首を振った。
「まさかそんな!そうことなら撮るときは気をつけなくてはと思って聞いただけです!」
「え?」
「誤解を生むようなことを言ってしまってすみませんでした。それでは私は先を歩きながら撮影の方をさせて頂きますので、いつも通りにお願いします!」
そう言うと片山さんはカメラの準備をしながら弁天橋へと歩き始めた。
「ねぇ、あれって本当にジャーナリスト?」
「なんだいその質問?」
「いや、私が見せパンじゃないって言ったのにニヤニヤしないし、ローアングルから撮っていいか聞いてこないし・・・」
「あらあら・・・」
「ユウカ・・・貴様普段どれだけ・・・」
「憐れむような視線やめて!だってジャーナリストって1にローアン、2にバスト、34で質問、5にセクハラな人たちだよ!?だからあんな紳士的な対応するジャーナリスト初めてで・・・」
「ちょっとドキドキしちゃいましたか〜?」
「しませんよ!見た目女の子だけど中身男ですからね!?ちゃんと女の人好きですし!」
「ていうか三人ともそろそろカメラ回るから演技!演技!」
マーチに諭されて俺たちは歩き始めた。
まったく、若菜さんもからかうにしても限度がある。いくら今の姿がユウカだからって心まで乙女になったつもりはない!俺が好きなのは愛華ちゃん!立派な女の子!
紳士的な扱いされたからって同性に恋するとかあり得ない!
俺は頭の中を切り替えてユウカとして振る舞う。
「江ノ島って私初めてだなぁ、クレアちゃんとモエナちゃんは来たことある?」
「彼の地に赴くのは今宵が初めてだ・・・感じる、白き巨鯨が放つ未知なる力を」
「要するに白鯨を見るのが楽しみなんですね〜」
「そ、そうとも言う。貴様はどうなのだ癒しの魔法少女よ?」
「私は家族で来たことがありますよ〜、生のシラスがたくさん乗った海鮮丼を食べたり、展望台に登ったり、あと妹とお兄ちゃんと一緒に海で泳いだりもしましたね〜」
「兄弟などいたのか?」
「いますよ〜、私によく似た妹とメガネを掛けたお兄ちゃんが」
妹とお兄ちゃんって三葉ちゃんと真田先生のことか!家族の思い出を話すのにやったんだろうけど、若菜さんにお兄ちゃんと呼ばれている真田先生を想像して思わず吹き出しそうになったわ!先輩も笑うの堪えてるし!
「そ、そうなんだ、それは楽しそうだね・・・」
「むっ、右を見ろ。あれがそうではないか?」
先輩元いクレアが指す方向に顔を向ける。
弁天橋の下を流れる境川が向かうその先に島が一つ鎮座していた。ピンのように突き刺さっている建物が見えるが、あれがモエナが言っていた展望台なのだろう。
今回は遠征と取材のためにやって来たことはもちろん自覚しているが、初めて来た上に名前もよく知っている場所だったこともあり、俺の気分は高まり思わず手すりに体を預けて眺めた。
「うわぁ、すごい!こんなによく見えるんだ!」
「まさに未開の海に漂う秘められた島だな」
「うふふっ、懐かしいですね〜」
「楽しみだなぁ!ねぇねぇ、向こうに着いたら何しようか?」
「貴様、今回我々は遊びに来たわけじゃないのだからな?」
「わかってるよ、でも訓練とかバク退治以外の時間は自由にできるんでしょ?だったら楽しまないと!」
「私は生シラスが食べてみたいです〜、以前来た時は食べれませんでしたからね〜」
「モエナまで・・・ハァ、はしゃぐのは良いがやることはやるのだぞ?」
「「は〜い」」
三者三様に地の性格が見え隠れさせながら俺たちは宿に向けて足を進める。後ろの方で聖獣たちが呆れているように見えるが、撮影されてるから無視しよう。
それにしても・・・
「あー・・・いい、いいですね。普段魔法少女として戦っている女の子たちが見せる日常的な会話・・・素晴らしいです!」
さっきからこのディレクター、俺たちの行動に逐一感想を述べている。しかもその声がめっちゃ聞こえてくる。変なことして来ないからいいけど、これはこれで恥ずかしい。
「え、えーと、片山さん?さっきからその、声が聞こえてくるんですけど・・・」
「あっ、すみません!つい思わず・・・」
「あらあらいいじゃないですか〜」
「まあ確かに、如何わしいことをしているわけではないからな」
「そ、そうだけど、なんていうか、気になっちゃって・・・」
「そうですよね、ちょっと気持ち悪かったですよね?すみませんでした。これからは出来る限り、心の中で留めておきますので」
「あっ、別に気持ち悪いとかそういうわけじゃないので!」
俺に指摘された片山さんは深く頭を下げて、表情を曇らせた。
なんか、こうも目に見えて落ち込まれると俺が悪いことしたみたいで嫌だなぁ。
「え、えと、そういう風に思わず口に出てしまうほど、私たちのことを思ってくれているのは嬉しいです。ちょっとその、恥ずかしいだけで・・・」
「あ、ありがとうございます!そう言ってもらえると応援してきた甲斐があったと言いますか、ファンで良かったなって思います」
照れながらも嬉しそうに笑う片山さんを見て、俺も思わず笑みをこぼした。ほんと、こういう真剣なファンに会うのは愛華ちゃん以来だ。
「そういえば〜、撮影班って片山さん一人なんですか〜?」
「確かに、てっきり亡者が複数いるものだと思っていたが」
「今回は皆さんの遠征について行くということで、大勢で移動すると迷惑になると思いまして」
「あらあら、そうなんですね〜」
「貴様としては余計な相手がいなくて良かったのではないか?なぁユウカ」
「ふえぇ!?な、な、なんでそうなるのぉ!」
本気で狼狽えながらもユウカを捨てずに返す。そんな俺を見てクレアはクックックッといつも以上に不敵に笑っている。
もしや先輩、普段クレアのことイジリキャラとして扱ってるからそのお返しか!?
「いやーそのー、あはは・・・」
「片山さんも満更でもなさそうな顔しないでください!」
「ま、まあ確かに、満更でもないですけど・・・やはりユウカちゃんはみんなのユウカちゃんですから、私だけが独り占めするわけにはいかないですよ」
「ッ!」
「少しお喋りし過ぎましたね、先に進みましょう」
そう言うと片山さんはまたカメラを構えて歩き始めた。
一方、クレアは唖然とした表情をし、モエナはいつも通り朗らかな笑みを浮かべ、俺は・・・
「顔赤いけど、どうしたのユウカ?」
「うるっさい!」
「グハァ!な、なんで・・・?」
背後から耳打ちして来たマーチの鳩尾に拳を叩き込んだ。
今回の遠征、いつもとは違う意味で、危険かもしれない。




