第四章 行間2
「はい、光彦さん」
「ああ、ありがとう」
「一学期はどうでしたか?」
「相変わらず忙しかったな、特に今年は受け持ったクラスに手を焼くことが多かった印象がある」
「光彦さんのクラスは賑やかですからね〜」
時刻は22時過ぎ。
真田若菜は三葉を寝かしつけてから、真田の隣に座って晩酌をしていた。
予め冷やしていたガラスのコップに若菜がビールを注ぎ、真田は喉を鳴らして一気に飲む。その飲みっぷりを若菜は嬉しそうに見つめている。
真田は普段酒を嗜むことがない。健康面に気を遣っているらしく、教師同士の飲み会でも烏龍茶だけで済ませている。
そんな彼だが、学期の節目となる日だけ、若菜に酒を注いでもらって飲んでいる。これは毎年恒例であり、妻である彼女もそれに合わせてビールを買ったり、コップを冷やしておいたりと準備をする。お互い口に出したことはないが、結婚記念日の次に来るほど楽しみにしている。
「あれを賑やかで片付けていいのか、些か疑問だが」
「あらあら、誰か困った子達でもいるんです?」
「困った子達、か・・・」
真田はコップを傾けながら若菜の質問に思考を巡らせる。
「安西たちのグループだな、一見大人しく害がないように思えるが、昼休みに騒いで周りに迷惑を掛けたり、不必要なものを持ってきて風紀委員に捕まったりと、問題を起こすことが多い」
「うふふっ、そうなのですか?」
「特に安西はその筆頭とも言える。学校に遅刻するのは当然のこと、授業を抜け出すことがあると他の先生から話を聞く。風紀委員会にもよく捕まっているらしく、校内で委員長の片桐によく追われている姿を見かけると生徒たちの間でも噂が立っている程だ」
「あらあら、夕斗くんも大変ですね〜」
何故か先程よりも嬉しそうに笑う若菜を見て、真田は半分以上あるビールを一気に飲み干した。
「今日はペースが速いですね〜」
「・・・そうかもな」
「あらあら、難しいお顔をしてますけど、どうかしましたか〜?」
「いや、なんでもない・・・」
ビールが注ぎ終わると同時にコップを高く傾けるが、普段飲み慣れてないこともあり、半分だけ残った。
「・・・なんでもなくはないな」
「はい?」
「いや、最近安西の話をすると、君が嬉しそうにするのが気になってしまって・・・」
「あらあら、そうでしたか。ごめんなさい」
「あっ、いや、責めているつもりはないんだ。君が安西のことを・・・き、気に入っていることは薄々感じている」
酔いが回っていることを自覚しながらも、真田はさらに酒を体に流し込む。
「全く、自分の生徒に嫉妬するなんて、私も教師としてまだまだみたいだ」
「光彦さん・・・」
溜息を吐きながらビールを飲む姿を見て、若菜は少し椅子を動かし、真田の肩に体を預けた。
「嬉しいです」
「えっ・・・?」
「光彦さんがそんな風に思ってくれていることが、私はとても嬉しいです」
「若菜・・・」
「安心してください。私は何があっても、光彦さんの側にいます。これもずっと・・・」
真田は自分に掛かる温もりを感じながら、またビールを傾けた。
「明日は気をつけて行くんだぞ」
「はい、お土産は期待していてくださいね〜?」




