第四章 行間
「えーと、タオルにヘアアイロンに歯ブラシ、私服に下着と……あとクレデリアスの時の服と下着、それから化粧品に……」
時刻は21時。
片桐牡丹は自室でトランクを広げて、真剣な表情で翌日の準備をしていた。ぬいぐるみに擬態しているペルソナはその様子に口の端を釣り上げた。
「張り切っているな」
「べ、別に張り切ってなんかないわよ!ただ初めての取材だから失敗しないようにしただけ、これが上手くいけば、クレデリアスもユウカみたいに人気が出るかもしれないんだから」
「ふっ、相変わらず自分のことが大好きなんだな」
「その言い方、すごい語弊があるんだけど」
「それにしても……」
ペルソナは視線を牡丹から部屋に向けた。
黒い十字架が大きく描かれた赤いベッド、燃え滾る炎が特徴的な絨毯。黒い片翼を生やした骸骨が天井からぶら下がり、薄紫色の水晶玉が不気味に反射している。他にも高校二年生の女子の部屋にしては禍々しいものが飾られている。
さらに、今は荷物の準備をしている兼ね合いか天井照明をつけているが、普段は蝋燭だけしかつけていないため、不気味さに拍車が掛かっている。
それを踏まえて、ペルソナは溜息を吐いた。
「ちょっと、人の部屋を見て溜息吐かないでくれる?」
「いや、牡丹はアレだということは理解しているし、私もそういうのは悪くないとは思う。だが、友人や恋人ができて、部屋に招くことになった時、その者たちはこの部屋を見てなんと言うか」
「そ、そんなの招待しなければいいだけの話じゃない。第一、好きな人もいないし、家に呼ぶほどの仲のいい友達もいないし」
「……言っていて悲しくはないか?」
「うるっさいわね!それに言わせたの貴方でしょ!」
「そうだ、ならば安西夕斗でも招待すればどうだ?奴なら牡丹も気を遣う必要もないだろう」
「確かに――って、なんでウチに誰か呼ぶことになってるのよ!」
「良いではないか、寧ろ今時の女子高生としては普通のことではないのか?」
「うっ、それはそうかもしれないけど……」
「なら、この明日からの三日間の間に誘ってみるといい。あの男なら断りはしないだろう」
「ペルソナがそこまで言うなら……」
気の進まないまま返事をした牡丹は、脳裏に瞬いた記憶から目を逸らした。
その絵にペルソナはいない、いるのは自分と一人の男の子。セピア色に染まった彼の顔は、決して笑顔ではなかった。
「牡丹?」
「……ううん、なんでもないわ。早く寝ちゃいましょう」
「そうだな」
「あっ――」
毛布に触れようとした瞬間、牡丹は動きを止めて速足で勉強机の前に座った。木製の机の上に置いてあった真っ赤なノートパソコンを起動させて開いたのは、全体的に黒一色で文字は真っ赤、なんとも目が痛くなるようなサイトだった。
「今日の分、書くの忘れるところだったわ」
「それはブログか?」
「そうよ、ペルソナに見せるのは初めてだったわね」
「“深淵より覗く永劫なる漆黒の間【アブソリュート・カタルシス】”……」
「な、何よ、文句ある?」
「いや、なんでもない」
(知られたくないものが多すぎではないか?)
そんな本音を飲み込んで、今日もカラスは骸骨型の鳥かごで眠りにつくのだった。




