第四章2『江ノ島と白鯨とお土産』
マーチに密着取材があることを告げられたその夜。
明日の準備を終えてリビングでソファに寝そべりながらスマホで江ノ島について調べていた。遠征とはいえ折角の観光スポットだ、マーチも遊ぶくらいの時間は作れると言ってたし、どこか面白そうなところはないかと思い当たった次第だ。
「うーん、江ノ島って言ったらやっぱり海と展望台だよなー。先輩たちと行くか?でも海とかリア充集団いっぱい居そうで怖いし……そうなると展望台か?」
「何をさっきからぶつぶつ言ってるのよ?」
洗い物が終わって戻ってきた母さんが、寝そべる俺を上から覗き込む。俺は特に気にせずスマホを弄り続ける。
「んー?いや、向こう行ったらどこ見ようかと」
「ふーん……お土産は江ノ電もなかでいいから」
「しれっと注文ありがとうございます」
遠慮というのを知らない母だ、いや子供に遠慮する親も親だけど。こういうところを見ると、俺が父さん似だってますます思うよ。仕方なく『江ノ島 お土産』で検索を掛けようとしたところでリビングのドアが開いた。目を移すとそこには風呂上りかパジャマ姿の妹様、蜜柑が濡れた髪を拭きながら入って来た。
向こうは俺と目が合った途端に不機嫌な顔になり、ドスドスと強く足を踏み鳴らしながら近寄って来た。今度は何を言われるのかと身構えていると、蜜柑は無言のまま俺の頭の上からソファに座ろうとした。慌てて起き上がり場所を空けると、何事もなかったかのようにテレビを見始めた。ついに退けとも言わなくなったか、数年前は俺と一緒じゃないと風呂に入らないとか言っていたのがまるで嘘のようだ。
「蜜柑、お兄ちゃん明日から旅行に行くけど、何か欲しいものとかある?」
蜜柑の行動を特に気にすることもなく、母さんが蜜柑に尋ねた。
「別に。こんなキモイのが買ってくるものなんかいらない」
即答かよ。少しは悩むなりなんなりしてくれよ、涙が出る。表に出すと睨まれるので心の中で溜息を吐いてからスマホの方に目線を戻した。
「あっ、そうだ夕斗。折角だから白鯨の写真も撮って来てよ」
「白鯨?それって白いクジラってこと?」
「あら知らないの?最近江ノ島周辺の海で見かけるようになったらしいわよ、すごい綺麗なんですって」
「へぇー……」
「あんまり興味なさそうね?」
「いや、別に、確かに珍しいけど……」
「まっ、夕斗の場合は白鯨よりも、白鯨を美少女化させた方が好きだものね」
「否定はしないけどその言い方はやめてください」
俺は検索エンジンに『江ノ島 白鯨』と入力して検索してみた。すると、すぐに白いクジラの写真が出てきた。俺はその写真を何枚か見た後に、白鯨について書かれた記事を見た。どうやら一週間前辺りから現れるようになったらしく、顔を出すと必ず潮を吹くことから人気も上がり、江ノ島の新たな名物になりつつあるそうだ。クジラが泳げるほど江の島周辺が深いことに正直驚いているが、太平洋の一部だと考え直せば別におかしい話じゃないか。
適当に情報を整理してから再び写真を眺めていると、一枚の写真で指が停まった。その写真はどこかの山っぽいところの頂上から海を映し、そこに白鯨が顔を出しているものだったが、気になったのはその写真の詳細だ。
「恋人の丘……?」
どうやらその写真は恋人の丘から撮られたらしい。恋人の丘というフレーズが気になり調べてみると、龍恋の鐘を二人で鳴らし、二人の名前を書いた南京錠をつけると永遠の愛が叶うという、如何にも恋愛スポットらしいものだった。
もしここに愛華ちゃんと来れたら……
「へへ……えへへ……」
「うわぁ……何デレデレしてるのよ。蜜柑じゃなくてもキモイって言うわよ?」
ハッとなり恐る恐る隣を見ると、ゴミを見るような目とピッタリ合ってしまった。俺は顔を反対へと向けて、自分に対して呆れた溜息を吐いた。俺はスマホの消して逃げるようにリビングを出て、もう一度溜息を吐いた。
「こんなんだから嫌われるんだろうな……」
自分の行動を顧みながら階段を上り自分の部屋に入ると、マーチが通信用の機械を使って話していた。ペルソナかルーチェと話しているのかと思ったが、聞こえてきたのは聞いたこともない男性の声だった。
『それではマーチさん、明日は一〇時に片瀬江ノ島駅前で落ち合いましょう』
「わかりました。よろしくお願いします」
『こちらこそ、では失礼します』
「ふぅ……いやー打ち合わせって疲れるねー」
「今のって?」
「明日から僕たちと行動する撮影班のディレクターで、確か名前は片山茂信さんだったかな?しかもプロデューサーは、魔法少女関連の番組にほとんど携わってる若松一誠さんだって」
「あー若松さんか、確か前に一度だけあったな」
俺がカエルバクノイドを倒した翌日、ユウカに自分が制作している番組のゲストとして出演してほしいと直接頼みに来たのがこの人だったな。今思えば、俺にテレビや雑誌の取材が来るようになったのはこれがきっかけかも。
「ていうか、お前がちゃんと仕事してるところ見るの久しぶりだな」
「その僕が仕事してないみたいな言い方やめてくれない?」
俺は適当に笑って誤魔化しながらベッドの上に座った。
「そういえば、向こうで会う魔法少女ってどんな子たちなんだ?」
「えーと、確か向こうも三人で活動してるんだよね。囀りの魔法少女ことコトリちゃん、軽業の魔法少女ことナナミちゃん、海辺の魔法少女ことアクアちゃん。魔法少女歴二年目の先輩だね」
「アクアちゃん?あれ、どこかで聞いた覚えが……」
俺はビデオの巻き戻しのように記憶を読み漁る。そこで一ヶ月前、俺がまだクレアの正体を知らない時まで遡った。そういえば、北野たちが魔法少女の中で誰が一番可愛いかを談義している時、飯田が俺に推していたのがそのアクアちゃんだったな。アイツ、まだ学校に来れないみたいだし、サインでも貰って渡してやるか。
「ちなみに、その子たちも俺たちと同じで、実は子供じゃないとか有り得る?」
「断言はできないけど、多分正規の魔法少女だと思うよ?ていうか君たちみたいな異例がそんな大量に居てたまるかよって話だよ」
そうだな、なんちゃって魔法少女は俺たちだけで十分だ。でもそれはそれで、バレた時が一番怖い。今まではなんとかなったけど、今回ばかりはバレたらアウトだ。言動には注意しないと……
「さて、じゃあそろそろ僕は寝るよ。明日も早いからね」
「だな、俺も寝るか」
俺は部屋の電気を消してベッドの中に入った。
先輩たちは今頃何をしてるだろうか?




