第四章1『夏休み、始まる』
「では皆さん、明日から夏休みに入りますが、はしゃぎ過ぎず羽目を外し過ぎず、宿題も忘れずに生活してください。特に馬場」
「名指し!?」
馬場がネタにされて笑うクラスの中で、俺は照り付ける日差しにうっとおしさを感じながらも、夏の始まりを感じていた。真田先生も言っていた通り明日からは夏休み、全国の高校生のほとんどが待ちに待った期間だ。この夏休みの間に変化を求めている生徒も少なくはないと思うが、俺も実際にその一人だったりする。まあ、俺の場合は夏休みデビューではなく、恋愛的なデビューを望んでいるが――
「ねぇ愛華、明日の準備ちゃんとしてる?」
「うん、ばっちりだよ。楽しみだもんね」
人気者の愛華ちゃんは、きっと夏休みも引っ張り凧なんだろうな。俺が何か誘っても空きがあるかどうか……いや、ここで諦めてどうする!愛華ちゃんに告白未遂をした日から十一日、あれから俺と愛華ちゃんの中は少し縮まった――気がする。なんていうか、前よりも会話量が増えた――気がするし!悪い方向には進んでないはずだ!
「これでホームルームは終わりです、夏休み明けに会いましょう」
「起立。気をつけー、礼」
号令が終わりいつも以上に騒がしくなる教室の中で、俺は背筋を伸ばして帰り支度を始める。すると、後ろから馬場が肩を叩いて話しかけてきた。
「なあ安西、放課後付き合ってくれないか?“ミスキス”の最新刊が今日発売なんだけど、購入特典が一人一つまでなんだよ!だから頼む!」
「ミスキスって、確かふわっとした可愛めな作画の百合系のやつだっけ?」
「そう、来期はアニメもやるんだよ!お前も今日を機にどうだ?」
「そうだな、俺って漫画もラノベもバトル有りのやつが多いしな……」
「じゃあ決まりだな!」
今日はこれと言って予定もないし、付き合う程度ならいいか。
ルンルンと楽しそうに支度をする馬場を横目に俺も支度をすると、アフターグローを通して声が聞こえてきた。
『夕斗、聞こえる』
「ああ、もしかしてバクか?」
『うん、毎度お馴染み音ノ葉駅前だよ。若菜ちゃんは先に出動してるから、牡丹ちゃんと一緒に来てね!』
「了解………あー、悪い馬場」
「ん?どうした安西」
「ちょっと急用ができた、悪いが漫画は北野たちに頼んでくれ!」
「ええ!?ちょっと安西!」
慌てて止める馬場を振り切り、俺は鞄を持って廊下に出た。丁度そこへ片桐先輩が通り掛かり、俺たちは目が合うと互いに頷いて屋上へと向かった。駆け足で反対側の校舎へと移り、そこから屋上へと上がる。放課後になったばかりということもあり人気は一切なかった。
「それじゃあ急ぎましょう、若菜さんもすでに行ってるみたいだし」
「そうっスね――あっ、そういえばマーチが、今日から“夏の魔法少女強化月間”だって言ってたけど、先輩は何か知ってますか?」
「いいえ、私もペルソナから話を聞いただけで具体的には……」
「まっ、変身してみればわかるか。そんなわけで、アフターグロー!」
「クリムゾン・オブ・レッド!」
「「セットアップ!」」
俺たちは全身の変化を感じながら、いつものように魔法少女へと姿を変えた。
のだが、自分たちの格好を見て俺と先輩は驚愕した。
「なっ、これって……!」
「み、みみみ水着じゃない!」
そう、いつもの可愛らしいドレスではなく、オレンジ色のビキニの上から、犬耳のフードが付いたパーカーを羽織った姿になっていた。しかもこのビキニ、なんていうか……布面積が少ない気がする。その所為でまあ大きい胸がいつも以上に目立っている。
「あの野郎、詳しい内容言ったら拒否されると思って黙ってたな……それにしても、これはマーチの趣味か?」
「全く、これだとペルソナも、マーチに口止めされてたわね。でも……悪くはない、かしらね?」
先輩は自分の姿を見渡して、満更でもなさそうに少し笑った。
三角帽子と眼帯はそのままに、赤と黒のゴスロリチックな水着を纏っている。確かに先輩が好きそうなデザインだ。
『あっ、夕斗?どう、変身した?』
「なあマーチ、もしかしてこれが夏の魔法少女強化月間か?」
『その通り、魔法少女の人気向上の一環としてね、それに真夏の中であのフリフリは流石に暑いし。どう?エロ可愛いでしょ』
「かなりギリギリな気がするんだけど……」
『折角いい体してるんだから、活かさないと!』
「ほんとこのエロ犬は……」
ブツブツと文句を言っていると、横から視線を感じたので顔を向けた。そこには不満げな顔で先輩が俺を睨み付けていた。一体どうしたんだろう、何か怒らせるようなことしただろうか?
「……なんか、不公平」
「えっ、一体何が――あっ」
「別に!それより行くわよ!」
「先輩!気にする必要ないですかね、俺は男ですから張り合う必要ないですかね?」
「うるさい!それ以上言ったら燃やすわよ!」
怒れるクレアの後を追いかけるように俺も空を飛ぶ。やはりというかなんというか、水着だといつも以上にスウスウする。涼しいといえば涼しいが、一般人からこの姿を下から見られてると思うと恥ずかしい。
「いたいた、あれだ!」
駅前に辿り着くと、そこには手足が生えたかき氷機が、氷を削りながら暴れていた。お蔭で冬でもないのに地面が銀世界になりかけている。
「あっ、皆さん来ましたね~」
「うん、お待た、せぇ!?」
出迎えてくれたモエナの姿は、どう見ても裸エプロンだった。
「も、ももももモエナちゃん!?」
「き、貴様、その恰好は……!」
「ん~?どうでしょうか、似合ってますか?」
クルクルと回って俺たちに見せる、俺は慌てて止めようとしたが、背中を見せたところで俺は気づいた。一見裸に見えるが、エプロンの下には俺と同じようにグリーンのビキニを着こんでいた。
「よ、良かった、来てたんだね水着」
「驚かせるな!」
「あらあら、ごめんなさい」
「それより、早くアイツを倒さないと。流石にかき氷でも、この量じゃ風邪引いちゃうもんね」
「そうですね~、アイスの食べ過ぎは良くないですね~」
「さて、ではアレをやるぞ!」
やる気に満ちた目で俺たちに促してきた。アレをやるのか、正直恥ずかしいからやりたくはないのだが……モエナもやる気みたいだし、しょうがないか。俺たちは速やかに定位置へとついた。
「私の愛よ、黄昏に届け!夕焼けの魔法少女ユウカ!」
「我が炎よ、煉獄へ誘え!隻眼の魔法少女クレア!」
「私の想いよ、大地に恵みを!癒しの魔法少女モエナ!」
「天より出でし三つの光が!」
「深淵の底へ照らし出す!」
「そう、我らこそ――」
「「「トライアングルシトラス!」」」
真下のオーディエンスから歓声が、身体を押し上げるように飛んでくる。ここまで来るとアイドルユニットだな俺たち。ていうかやっぱりこの名乗りは少し照れる。
「クレアちゃんはあの氷を、モエナちゃんはバクの動きを止めて!」
「承知した!」
「は~い」
各々の役目のために散開し、クレアは早速かき氷機バクの前に降り立った。向こうはクレアの存在に気づくと、頭のレバーを高速で回して氷の波を起こした。それに対してニヒルに笑うと、帽子の唾を抑えるように摘まみ杖を構えた。
「燃えよ大地、燃えよ空。煉獄の炎の名の元に、悪しき愚者に真なる断罪を――バニシング・ノワールフィアンマ!」
杖をバクに向けて高らかに叫んだクレアの目の前から黒い炎が――出てこなかった。ちょっと先輩、敵の目の前で不発ですか!?ていうかこのままじゃモロに食らうんじゃ……!
「しま――ッ!」
「クレアちゃん!」
「アツアツフライパンガード!」
庇うようにクレアの目の前に現れたモエナが杖を振るいながら魔法を唱えた、すると氷の波に立ちはだかるように巨大なフライパンが出現する。それと同時に波とフライパンが衝突した、氷は高温に熱せられた鉄の壁に触れて次々と溶けていく。
「大丈夫ですか~?」
「す、すまん、どうやら魔力を絞り過ぎたようだ。だが次は……黒き炎よ、我が声の導きに従い答えよ。魂魄すらも爆ぜ消えし、大いなる猛火となれ――シュバルツブレイズ・バースト!」
壁となっていたフライパンの外側から黒い炎が溢れ出し、一気に波を押し返していく。それを見計らって魔法を解除したモエナは次の魔法へと移行する。
「マメノキジャック、え~い!」
手元に現れた豆をバクの足に向かって投げつけた、すると豆が急成長を始め、奴の体を縛り上げるように絡みついた。蔦が引っ掛かりレバーが回らなくなると、氷の波も収まった。
「ユウカさ~ん」
「ありがとう!よーし、トリプルエレメント・フュージョニウム!」
俺は魔法陣を展開し、バクに絡みついた豆の木を素材元に選択する。残り二つはクレアの炎とアイツ自身が出した氷、吸い込まれるように魔法陣の中で消えると、豆の木は変化を始めた。だがいつものように見た目が変わったのではない、豆の木に豆が実らせたのだ。
「完成、ファイヤーアイス・ビーンズ!二人とも、後はよろしくね!」
クレアとモエナは互いに頷いて術式を展開させる。
「小さき反逆の赤剣たちよ、今こそ時は来たれり――レッド・ダガーズ!」
「スーパークッキングナイフ!」
赤く輝く一〇本の短剣と巨大な包丁が木になった豆を切断する。その瞬間、まるでポップコーンのように中身が弾け、炎と氷が勢いよく飛び出した。黒い炎と氷の爆発に全身を包まれたかき氷機はバラバラになりながら光の粒となって消えていった。バクの宿主の周りを見渡してみたが、今回もホープピースはないようだ。
「ユウカさ~ん、やりましたね~♪」
「三人での連携も大分取れてきたね!」
「はい♪ユウカさんたちと一緒に戦うまで一度もバクを倒したことなかったので、それも嬉しいです~」
まあ属性魔法使えばできただろうけど、モエナはそういう使い方しないからな。あとは殆んどサポート向けだし。
「クックックッ、ご苦労だったな我が同士たちよ」
「あっ、クレアちゃん!あの時なんで不発だったの?確かあの詠唱は成功したやつだよね?」
「魔力を絞り過ぎたって言ってましたよね?」
「うっ……その、以前クマバクと戦った時に魔力の配分を間違えたから、次はああならないよう練習していたというか……」
クレアは俺たちから目を逸らして申し訳なさそうに言った、理由はわかりましたけどクレアのキャラ忘れてますよ先輩。
「あらあら、クレアさんは熱心なんですね~」
「熱心なのはいいけど、戦闘中は危ないからあまりやらないようにね?」
「済まない、以後気をつけよう」
『いやーみんなお疲れ様!いつも通り人気上昇中だよ、トライアングルシトラス!』
スフィアを通してマーチの声が頭の中に聞こえてくる、二人の反応を見る限りマーチの声は向こうにも届いているようだ。
「それで?わざわざ連絡入れたってことは何かあるの?」
『その通り!なんと君たち三人に撮影の仕事が入って来たよ!』
「撮影~?」
「そんなこともするのか?」
「で、今回は何?週刊誌?写真集?」
「今回はって貴様、以前にもそういうことをしてたのか?」
「うん、と言っても二、三回だけどね。本当は何十件もそういう依頼が来てたみたいなんだけど、私の都合もあるし、魔法少女の仕事はバクから人々を守ることだからほとんどはお断りしてたの」
そういえば、六月に入る前に一度だけ写真集を出したけど、あれって今でも売れてるのか?たまに本屋で探してるけど全く見当たらないんだよな……後でマーチに聞いてみるか。
「そうなのか……」
「流石ユウカさんですね~」
「それで?今回はなんの撮影なの?」
俺の質問に対して、マーチはすごい言いにくそうな声を漏らしだした。それだけで何か嫌な予感がした、こいつの返事があいまいな時は絶対に何かある。
「えーと、ね。明日から始まる江ノ島での合同訓練の内容を撮影したいってことなんだけど――」
「あー、確か江ノ島近辺を担当する魔法少女たちと二泊三日で訓練するってやつだよね?」
「ということは、写真だけでなく映像での撮影もあるということか」
「あらあら、なんだかドキドキしちゃいますね~」
「う、うん、そうなんだけど、訓練外での風景も撮影したいとかで………担当のカメラマンが付いて密着取材になるみたい」
「密着取材!?」
「それって、まさか……」
「ほぼ一日中私たちと一緒に行動するってことですか~?」
「…………いつもよりギャラが高かったからつい」
「こ、の……アホ犬ぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
ユウカらしからぬ絶叫が、夏空へと溶けていく。
波乱の夏休みの幕が上がってしまった。




