第三章幕間 『俺の恋の行方は……?』
クマバクを倒した翌々日、俺と片桐先輩は屋上で昼食を取ってから話をしていた。
これだけなら偶にあるから珍しくもないが、今回は二人だけではなく、もう一人いる。そのもう一人というのが……
『では改めまして、魔法少女モエナこと真田若菜です~。よろしくお願いしますね、牡丹ちゃん~♪』
「は、はい……」
宙に浮く液晶では、若菜さんがニコニコ笑いながら挨拶をしている。それに対して片桐先輩は、なんだか複雑そうな顔で笑っていた。その様子があまりに面白くて、俺は先輩に見えないようにニヤニヤしている。
昨日、クマバクを倒すためにハート・シンクロンで三人の思考を同調させた時、どうやらクレアが普通の女の子ではないことに若菜さんが気づいてしまったらしい。先輩も先輩で、モエナがユウカの正体を知っていることに気づいてしまったそうで、今こうしてネタばらしをしているわけだ。
『でも驚きました~、あの時夕斗くんと一緒にいた女の子がまさかクレアさんだったなんて~』
「わ、私もです……」
『でも少し意外ですね~、今はとても真面目そうな感じなのに、魔法少女になるとあんな風になるなんて……もしかして、ああいうのが好きなんですか?』
「えーと、それは……」
ダメだ、タジタジの先輩見てると笑いを堪えられない!声を押し殺すのが精一杯だ!そんな俺に気づいたのか、先輩は睨み付けながら耳を引っ張って来た。
「それより安西くん?私に何か言うことはないかしら?」
「いたたたっ!な、何がですか?」
「モエナちゃんの正体が若菜さんだって知ってて隠してたことよ!なんで言わなかったのよ!」
「言えるわけないじゃないですか!しかも互いに隠してるのなら尚更です!」
「……そんなに私のことが信用できない?」
悲し気な表情で顔を逸らしたところでマズイと気づいた、確かに向こうからすれば正体を言えなかったのは信用されてないと取られても仕方ないかもしれない。
『もうダメですよ夕斗くん、女の子を泣かしては』
「いやいや、泣かせたわけじゃないですからね!?先輩も、別に信用してないわけじゃないですから!」
『うふふっ、そうですね、夕斗くんは女の子を泣かせるような人じゃないですもんね~』
『それよりこれからどうする?三人とも正体を知っている以上、一緒に行動した方がいいんじゃないか?』
画面の端から顔を出したルーチェの言葉に、落ち込んでいたはずの先輩が何事もなかったような顔で頷いた。
「そうね、私もその方がいいと思うわ」
『では決まりですね~、そうなるとまずは――』
「あ、あの!ユニット名なんですけど、私が考えてもいいですか?」
『ユニット名!いいですね~、ではお願いします~』
「はい、任せてください!」
先輩は生き生きした顔で返事をした。もし決まった時は若菜さんに伝える前に聞いておこう、下手をすれば“黄昏魔十字軍”よりもすごいのが来る可能性がある。
「安西くん!」
「えっ、はい」
「私、これから風紀委員の仕事があるから先に行くわね!」
「あーはい、了解っス」
「それでは若菜さん、またバクが現れた時はよろしくお願いしますね!」
『はい~』
先輩は鼻歌を歌いながら階段を下りて行った、きっと仕事しながらユニット名でも考えるつもりなんだろう。放課後になったら問い詰めてやる。
『うふふっ、見かけに反して陽気な子ですね~』
「自分の好きなものに素直なだけです」
『あらあら、それはいいことですね~』
「まあ、確かにそうかもですけど……ところで、あの後どうでしたか?真田先生怒ってたりとかは……」
『大丈夫ですよ、むしろお疲れ様って言われてしまいました~』
「そうですか……それなら良かったです。本当に」
嬉しそうに言う若菜さんを見て、俺はやっと肩の荷が下りたような気がした。まあ、勝手に背負った荷ではあるけど。
『夕斗くんにはちゃんとお礼をしないといけませんね』
「お礼だなんて、そんな大したことはしてないですから」
『いいえ、是非させてください。そうでないと私の気が済みませんから~』
「そ、そこまで言うなら――」
『それに、また夕斗くんと抱きたいですから』
「ッ!!?」
若菜さんの発言に俺は思わず噴き出した。この人はのほほ~んとした顔でなんちゅうことを言うんだ!
「だ、だだだ抱く!?抱くってどういう意味っスか!?ていうか抱かれた覚えなんて――」
『覚えてませんか?私が夕斗くんを呼んで来て頂いた時に、私が寝ながら夕斗くんを抱き枕にしたじゃないですか~』
「あっ――ああ!そういうことですね!マジでビックリしましたよ」
『うふふ♪いつもは光彦さんの腕を抱いて寝ているんですけど、夕斗くんを抱いた時の感覚が丁度良かったみたいでなかなか寝付けなくて……』
「え?」
『ですから、その……もし夕斗くんが良かったらですけど、また抱かせて頂いてもいいですか~?』
「えーとその………き、機会があれば……」
『うふふっ、約束ですよ?』
そう言うと液晶が折り畳まれ、通話が終了した。俺は襲い掛かる疲労に思わずため息を吐いた。やっぱり若菜さんとの会話は時々疲れる。それにしても、寝付けなくなったとはいえ、旦那以外の男に抱き枕になってほしいって頼むのはどうなんだろうか。今度は違う理由で家庭崩壊しかねないぞ……
ここで俺は、マーチとの会話の一部分を思い出した。
――知ってるかい夕斗、人妻っていうのはね……大抵は欲求不満なんだよ。
「いやいやいや、まさかな。ははは……」
考えるのを辞めた俺は弁当を持って屋根から降りた。マーチによく頭が回ると言われているが、今この時だけは回したくはない。
屋上から出て四階への階段を下っているところで、廊下の角から愛華ちゃんが出てきた。見た瞬間にドキドキと鼓動が早まっていくのを感じたが、今はそれが逆に安心する。
「た、立花さん!」
「あ、安西君!今日はこっちの屋上でご飯だったんだね」
「う、うん、立花さんは?」
「私は他のクラスのところで」
「そっか、篠崎さんたちとは一緒じゃないんだな」
「うん、澪ちゃんたちにも誘われてたんだけど、今日は手作りクッキー焼いてきたって言ってたから……」
「なるほど、釣られたわけか」
「えへへー」
少し恥ずかしそうに笑う愛華ちゃんに、俺も自然と笑顔になる。やっぱり俺はこの子こと好きなままだな、当たり前だけど良かった。
「そういえば、この前は大変だったね?」
「え?」
「だって安西君が職員室で土下座したって聞いたから」
もうその話が出回ってたのか、そういえば教室に入った時は妙に視線を感じるとは思ったけど……納得した。
「ま、まあその、色々あって……」
「……その、ね?さっき松平先生から聞いたけど……安西君、真田先生と奥さんとの仲を取り持つために、真田先生を休ませてほしいってお願いしたんだよね?」
「ッ!?」
俺の反応を見て何かを感じ取ったのか、愛華ちゃんは安心したような表情になった。
「そっか、本当なんだね。良かった、何か悪いことして謝ったんじゃないかって心配で……」
「えっ……お、俺のこと、心配してくれてたの?」
「うん、だって安西君は悪いことするような人じゃないって思ってたから」
それを聞いて、俺の心臓の高まりがより一層大きくなった。身体も燃えるように熱くなり始めた。
「でも、なんで安西君は真田先生と奥さんのためにあそこまでしたの?」
「そ、それは、その……ふ、夫婦は仲がいい方が絶対に良いし、そっちの方が絶対に幸せだと思ったから……」
「そっか……それじゃあ、安西君の恋人なれた人は、とても幸せになれるね」
「ッ!!!」
言おう。今ここで、俺の想いを伝えよう。
俺の頭には、もうそれしかなかった。身体の中で溢れようとしている衝動が俺を突き動かした。きっと、今なら――
「あ、あの!立花さん!」
「何?」
「俺……俺は……」
全身から打ち鳴らされる心臓の鼓動だけが聴覚を支配する。それ以外は何も聞こえない。愛華ちゃんの顔しか、俺には映ってない。
「俺は……た、立花さんのことが――」
大きく吸った息と共に、俺は言葉を発した。
「おい!!聞いてんのかよ安西きゅん!!」
突如、後ろから現れた何者かの奇襲によって、俺は廊下にぶっ倒れた。痛みに耐えながら後ろを向くと、そこには慌てふためく馬場の姿が……
「わ、悪い安西!まさかちょっと飛び掛かっただけでぶっ倒れるとは思わなかったんだ!本当にすまん!!」
「だ、大丈夫安西君!?」
「う、うん、大丈夫……」
俺は心配する愛華ちゃんに笑顔を向けてから、制服の砂や埃を払った。
そして、そのままゆっくりと、馬場の方を振り返った。同じように笑顔のまま。それだけで、馬場の顔が一瞬にして真っ青になった。
「あ、安西様……?」
「なんだ馬場?」
「あの、満面の笑みなのに目が笑ってないのでございますが……」
「なんでかって?それはな………自分の胸に聞いてみろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
悲鳴を上げながら逃げ出した馬場を、俺は全力で追いかけた。そんな俺たちを見て、愛華ちゃんはきっと苦笑いを浮かべているだろう。
俺の恋は、一体いつになったら報われるか?その問いに答えてくれる人は、きっといないのろう。




