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魔法少女ユウカちゃんの秘密  作者: 一二三五六
第三章 人妻若菜さんとの秘密
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第三章17『想いを繋ぐ輪』

 脇腹が痛い、締め上げられるように痛い。きっと全速力で走ったからだろう。

 息を切らしながら俺は校門を通り、向かうべき場所へと歩みを進めた。授業が終わって部活が始まれば、教員は基本的に職員室へ行くはずだ。

 さてと、若菜さんのあんなところを見て思わず連れて帰ってくるって言ったけど、正直難しいだろう。なんたって相手はあの真田先生だ、こっちの話を聞いてくれる保障はない。それでも、やると決めたからにはやらないと。


「――よし!」


 今一度気合を入れ直し、校舎の中へと足を踏み入れた。

 もう部活が始まっているところが多く、普段生徒たちの行き帰りに使われる校舎の入口を通っても、あまりすれ違う人がいなかった。

 俺はそのまま真っ直ぐ進み、職員室の入口で足を止めた。前から襲い掛かる緊張感に押し戻されそうになるが、意を決して扉を開く。中には何人か作業をしている教員がいて、せわしなく動いている。

 そこで俺はあることに気づいた。


「真田先生がいない……?」


 先生は部活動の顧問をしているわけでもないのに、一体どこにいるんだ?


「どうかしたの?」


 ふと声を掛けられ後ろを向くと、そこには薄い桃色を基調とした服を着た、二十代前半くらいの女性が不思議そうにこっちを見ていた。今年からウチで教師として勤務することになった松平先生だ。


「あーえっと――真田先生がどこにいるかわかります?」

「真田先生なら確か、担当してるクラスにいたような……何か用事?」

「いや、大したことじゃないんです!」

「そう?でももし急ぎじゃないんだったら、また今度の方がいいと思うよ?」

「なんでですか?」


 俺の問いに松平先生は、職員室の方を指差した。その先にはデスクの上で綺麗に積まれている紙の山があった。


「あそこ、真田先生の席なの」

「真田先生の?」

「実は古文の石塚先生がまた腰を痛めてしまったみたいで、真田先生が代わりに仕事を引き受けたみたいなの」


 そういえば今日の古文の授業は自習になったけど、そういうことか……って!


「ちょっと待ってください、真田先生が引き受けたんですか!?」

「そ、そうだけど……あっ、確かに数学の先生が別の科目の手伝いってあまり聞かないもんね――ってあれ?」


 俺は松平先生の話を最後まで聞くことなく駆け出した。

 全く、何を考えてるんだあの先生は!明日が何の日か本気で忘れてるわけじゃないだろうな!


「あっ、コラ安西くん!廊下は走っちゃ――」

「すみません先輩!今それどころじゃないんです!」

「えっ、ちょっと!安西くん!」


 三階で鉢合わせた片桐先輩に軽く謝りながらもスピードは緩めない、今は道草を食ってる場合じゃない。

 再び痛み出した脇腹を抑えながら、四階にある教室へと辿り着いた。中に誰がいるかも確認することなく、俺はドアをピシャリと開いた。

 だが――


「い、いない……ッ!」


 ど、どこにいるんだ真田先生は!

 早く説得して止めないと……


「安西君?」


 名前を呼ばれて振り向くと、愛華ちゃんが驚きながらも心配そうな目で俺を見ていた。


「た、立花さん……」

「どうしたのそんなに慌てて――」

「真田先生、見なかった?」

「真田先生?そういえばさっき南の屋上に上がる階段のところでみたような……」

「ありがとう!」


 再び駆け出した俺を愛華ちゃんは呼び止めようとしていたが、今はそれどころではない。場所がわかった以上なんとか止めないと!南側の階段を駆け上がり、勢いよく屋上の扉を開いた。

 日が傾き始めた太陽に照らされている屋上、その片隅にスーツ姿の男が携帯を片手に空を見上げていた。俺は息を整えてからゆっくりと歩み寄った、向こうも俺に気づいたのか、持っていた携帯をポケットの中に入れた。


「安西か、この時間まで校内にいるのは珍しいな。私に何か用でもあったのか?」

「はい。その……無理を承知でお願いしたいことがあります」

「無理とわかっていてのお願いか……なんだ?」

「お願いします!明日は何も仕事しないで家にいてください!」


 俺は声を張り上げて深々と頭を下げた。向こうの反応はわからないが、言葉を返してくるまで少し間があった。


「理由を聞こう、何故家にいなければならないのか」

「理由ですか……そんなの真田先生が一番よくわかってるはずじゃないですか」


 返答を聞いた真田先生は、困ったような溜息を吐いた。


「……お前には関係のない話だ。それに、もう既に解決している」

「えっ」

「妻には明日は休日出勤をすると、さっき連絡を入れた」

「ッ!!」


 携帯を片手に空を見上げていたのを見た時から、可能性としては考えたくはなかったけど……クソッ!起こったことを考えててもしょうがない、今は説得することだけを考えろ!


「申し訳ないとは思うが、これが私の仕事だ」

「……教科も違うのにですか?」

「自分の仕事だけをやっていればいいってわけではない、石塚先生が戻って来れない間の仕事は、誰かがやらなければならない」

「それなら!それなら別に、真田先生じゃなくてもいいじゃないですか」

「私情があるからできない、それが通じるのは学生までだ。お前も社会にでればわかることだ」


 真田先生はこれで話を切り上げる気なのか屋上の出入口に足を向けた。俺はすかさずその前に立った。


「明日がどれだけ大切な日かわかってますよね!」

「わかってる、お前以上に。それでも仕方のないことだ」

「仕方ないで済まさないでください!アンタ若菜さんの気持ち本当にわかってるんですか!」

「安西!お前がどれだけ我が家の事情に肩入れしているかまではわからないが、教師と生徒の関係まで忘れるな」

「アンタ呼ばわりしたのは謝ります。でも――」

「これは私と妻の問題だ。部外者のお前が何故口出しをする?」


 何があっても引く気はない、教師が生徒の言うことに傾くわけにはいかない。

 そんな固さがヒシヒシと伝わってくる、こっちが折れてしまいそうなほどに。だけど、ここで折れるわけにはいかない!


「……若菜さんの気持ちを知ったからです。そして約束しました、真田先生を必ず連れてくると。今はそれが理由です」

「約束を守るために行動するのは良いことだ。だが、それで私が動くのとは関係がない」

「……真田先生は嘘つきです」

「何?」

「若菜さんから聞きましたよ。結婚式の日時が決まった時、結婚記念日のこの日だけは、若菜さんの願いを叶えると誓ってくれたって」

「……はぁ、妻にも困ったものだ。私の生徒で友人の息子とはいえ、そこまで事情を話すとは。少し話合う必要があるかもしれないな」


 そう言って俺を避けて歩き出した、俺は回り込んで立ち塞がる。


「逸らさないでください!まだ話は終わってません!」

「いや、もう終わっている。それに、お前が何を言おうと私は変わらない。何を言ってもだ」

「ッ!!……………」


 ここで俺の体が動かなくなった、まるで高い鉄の壁を目の前にしている気分だ。こんな息苦しさはバクと戦っても味わえない、現実的な敵。

 俺が抵抗を辞めたと判断した真田先生は、今度こそ出入口へと歩き始めた。もうこれで終わりなのか?俺にはここまでしかできないのか?

 いや、まだできるはずだ!俺はあのバクノイドと二回も戦ったんだぞ?何度も敵と戦って打ち破って来たんだ、この程度で折れてる場合じゃないだろ!考えろ、何かあるはずだ!でも、俺が何をしても先生は動かない、俺の言葉じゃ――


「…………そうだ、俺の言葉じゃダメなんだ」


 俺は首元に隠れているアフターグローを制服の上から掴んだ。


『マーチ、今から魔法使う!場所は学校の屋上だ、後のことは頼んだぞ!』

『はあ!?ちょっと待って――』

『若菜さん、聞こえますか?』

『夕斗くん?』

『良かった、今どこにいますか?出来る限り正確にお願いします!』

『えっ、でもどうして――』

『いいから早く!』


 通信を入れながら真田先生を一瞥する、もう出入口まで一メートル切っていた。


『……家のリビングにあるソファ――テレビと対面にあるソファの真ん中に座ってます』


 俺は若菜さんの言葉を聞きながら魔法陣を展開し、それを頼りにリビングの構造を頭に浮かべた。確かテレビと対面になってるソファは三人用で、三つに区切られていたはずだ。そこの真ん中に座ってる若菜さんを想像しろ!


「ハート・シンクロン!!」


 頭に浮かべた位置にリングを出現させるように魔法を使った、そしてもう一つのリングを右手に掴んだ。


「おおおおおおおおおおおおおお!!」


 雄たけびを上げながらリングを真田先生に向けて投げた、野球ボールのように飛んで行ったリングは真田先生に当たるとその周りを包囲した。先生は丁度出入口を開けたところだった。


(若菜さん!今俺の魔法で二人の思考を繋げました!だから全部ぶちまけてください!若菜さんの想いを!)

(夕斗くん……ありがとうございます)

「ッ!?」


 俺と若菜さんの声が突然頭の中から聞こえてきたことに驚いたのか、真田先生は今まで見たことないような顔で辺りを見渡した。


「安西、お前一体何を……」

「俺のことについては後で話します、それよりも今は、若菜さんの話を聞いてあげてください」

(……光彦さん)

「若菜……」

(私、私……っ、辛いです……ッ!)

「ッ!!」


 若菜さんの言葉に、真田先生は驚きを隠せなかった。


(光彦さんの仕事はよく理解しているつもりです、私たちの生活を支えてくれているのもわかっています。でも……でも私、もう限界です!)

「若菜、お前……」

(もっと私を見てください!傍にいてください!それ以上我儘は言いません!お願いです、お願いですから……私を独りにしないでください!!)

「ッ!!!」


 次々と吐き出される言葉に、真田先生は表情を歪めて身体を力ませる。聞いているこっちまで泣きそうになってしまうほど、悲しくて、当たり前な我儘だ。


「……真田先生。若菜さんはずっと隠してたんです、自分の気持ちを、先生に迷惑を掛けないように。ただでさえ忙しいのに、自分の我儘で困らせたくないって」

「…………………」

「先生に聞きます。先生は若菜さんが我儘を言って、困りますか?」

「………そんなこと、決まっている」


 真田先生は拳を強く握り、そして空を睨み付けるように見上げた。


「困るわけがない!!!」

(ッ!!!)


 その表情は今までの先生から想像できないほど、怒りと哀しさに塗れていた。若菜さんも嗚咽が聞こえてくるほど泣いている。


「そうですか……だったらやることは決まってますよね?」

「安西……」

「大丈夫ですよ、後のことは任せてください。普段はよく注意される先生の悩みの種ですけど、先生のためならなんだってやります!だから、早く若菜さんのところへ行ってあげてください」


 真田先生は綺麗なスーツで目を擦ると、急いで屋上から出て行った。

 それを見届けてから、俺は糸の切れた操り人形のように座り込んだ。


「だあああああああ、疲れたあああああああ!もう二度とこんな疲れることしない!」


 第一声がこれだと先生と若菜さんに申し訳ないけど、本当に疲れた。精神的にも疲れたのはもちろん、遠距離にいる相手と同調するのにかなり魔力も使ったから体力的にも疲労出てきた。


「でも、これだけ疲れたんだから、上手くいくはずだ。これでまた面倒臭いことになってたら本気で先生のこと殴ってやる」

「流石にそれはまずいんじゃない?」


 ふと聞こえてきた声に驚き振り向くと、屋上の出入口から片桐先輩がこちらに歩み寄ってきていた。


「片桐先輩!まさか、見てたんですか?」

「まあね、あんなに慌てて走ってたから何かあったのかと思って。そしたら安西くんが真田先生に魔法使ってるんだもの」

「うっ……そ、それはちょっと事情があって……」

「はぁ、自分が何者なのか忘れたわけじゃないわよね?」

「もちろんです!だから事後処理も前もってマーチに――」

「それならもうペルソナがやってくれたわ」


 先輩の言葉に驚いていると、空から一羽のカラスが舞い降りてきた。


「全く、貴様にも困ったものだ。マーチがあてがわれたのも頷ける」

「先輩……」

「さて、これで終わりじゃないわよ。やることはまだまだたくさんあるんだから」


 そう言って俺を立たせてくれた片桐先輩は、これからのことを口にしながら出入口に向かった。


「先輩!」

「何?」

「ありがとうございます!」


 深く頭を下げた俺を見て、片桐先輩は優しく微笑んだ。


「当然でしょ、貴方は大切な後輩で、友達なんだから」

「……はいっス!」


 俺もそう笑顔で答えて、二人で屋上を後にした。

 今から職員室にまた頭を下げに行かなくちゃいけないけど、この人となら平気な気がする。

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