第三章11 『新魔法!同調魔法!』
「安西くん!ごめんなさい待たせちゃって」
「先輩もお疲れ様です。それじゃあ行きますか」
騒がしい昼休みが過ぎ去り、今は放課後。
風紀委員の仕事を終えた片桐先輩とも校舎を出た。そういえば高校に入って馬場たち以外の人と帰るのは初めてかもしれない。
と言っても、今日はただ帰るのではなく、魔法の練習をするのが目的だ。これを機に、俺も新しい魔法を扱えるようになればいいんだけど。
「それにしても、音ノ葉駅方面に練習ができそうなところがあるなんて知らなかったわ」
「そういえば先輩って駅とは反対方向なんでしたっけ?それじゃあ駅前のバクを倒しに行くのも大変ですね」
「ちょっとだけね。でも、例えどんな場所にバクが現れても駆けつけないと。それが魔法少女でしょ?」
「そうっスね」
他愛のない会話を挟みながら、俺と片桐先輩はアスナロ通りにやってきた。
「ここに来るのも久しぶりね」
「来た事あるんですか?」
「小さい頃にね。私の幼馴染?みたいな人がここの近くに住んでたから」
「へぇー」
「あっ、ユウカがいるわね」
「ここで何度か戦ってるうちに、気づいたら商店街のアイドルですよ」
「よかったじゃない、それだけ市民から期待されてるってことよ」
「嬉しいといえば嬉しいですけど……やっぱり複雑です」
ユウカのポスターやパネルに見守られるように、俺たちは商店街を進む。目的地はアスナロ通りを抜けた先にある公園。初めて魔法少女になった時に降りた場所であり、一昨日若菜さんと話した場所だ。あそこならそれなりに広さがあり、人もあまり見当たらない。
そういえば、若菜さんに魔法大全を返すのって明日か、てことはまたここで若菜さんを探さないといけないわけだ。確か大体この時間に――
「はっ……」
「どうかした?」
「えっ……いや、なんでもないっス」
そうだ、この時間帯は商店街に若菜さんがいるんだ。若菜さんは俺がユウカであることを知っていて、クレアとコンビを組んでいることも知っているはず。そして今、俺は片桐先輩といる……もし下手なことを口にしたら、片桐先輩がクレアだって若菜さんが気づくかも……いや、それはないか、若菜さんだしな。うん。
「あらあら、夕斗くん!こんにちは~」
「あっ……こ、こんにちは」
いつものように柔らかな微笑みと共に、若菜さんはこちらに手を振っている。
いや、確かにクレアの正体がバレることはないだろうとは思ったけど、本当に現れなくてもいいじゃないですか。
「お隣の人は……」
「あっ、初めまして、片桐牡丹といいます」
「あらあら、ご丁寧にどうも~」
「この人は真田若菜さん。数学の真田先生の奥さんです」
「真田先生の!?いつもお世話になっています」
「いえいえこちらこそ~」
……今この場に、魔法少女が三人もいる。しかもその事実を知ってるのは俺だけ。どうしよう、すごい喋りたい。でも我慢だ!今はまだ我慢する時だ!
「それにしても……うふふ♪」
「どうかしましたか?」
「いえ、夕斗くんにこんな綺麗な恋人さんがいるなんて思いませんでした~」
「はい!?いやいやいやいや!何ベタな勘違いしてるんですか!違いますからね、普通に学校の先輩後輩ですからね?」
「あら、じゃあ同じ部活動に所属してるんですか~?」
「いや、別にそういうわけじゃないですけど……」
「ほら~」
「ほら~じゃないです!とにかく違いますからね!」
俺の説明を理解してるのかしてないのか、若菜さんは頬に手を当てて笑っている。チラッと先輩の方を見てみると、初対面で年上で教師の奥さんというカテゴリーの所為なのか、珍しく困った顔をしていた。
すみません先輩、今一番困ってるの俺です。
「それじゃあ私はこれで~……あっ、そうでした~。夕斗く~ん?」
「あっ、はい……」
名前を呼ばれたので近寄ってみると、若菜さんは俺の耳元まで顔を近づけた。
「明日もこの時間に、この辺りにいますので」
「……わかりました」
「うふふ♪それでは~」
最後まで柔らかな笑顔のまま、若菜さんは去っていった。あの人と出会って俺は知った、ああいうおっとり天然さんは傍から見ると癒されるけど、関わると疲れる。
「な、なんかすみません、先輩」
「う、ううん、気にしないで」
「そ、それじゃあいきましょうか」
俺と先輩は再び目的地に向かって歩き出した。その道中、俺は若菜さんの恋人発言が少し気になり、あまり自分から話しかけられなかった。
冷静になれ、安西夕斗。俺が好きなのは愛華ちゃんだ。これはそう……アニメや漫画でよく見る“モブのおじさんおばさんからカップルだと勘違いされるシチュエーション”を、リアルで体験してしまったからだ。先輩も俺のこと、ただの後輩としか見てないはずだ……それはそれでちょっと悲しいけど。
とにかく!もう目的地に着くんだ、気持ちを切り替えろ!
「ここがその公園?確かに人もあまりいないし……広さも申し分ないわね」
「それじゃあ始めましょうか!……と言いたいところだけど、具体的に何をするんですか?」
「そうね、とりあえず“結界”を張るのが先ね」
「結界!?そんなものあるんですか?」
「ええ……ペルソナ!」
先輩が名前を呼ぶと、近くの木から音がガサガサと音が鳴り、木の中からカラスが現れた。
「お前いつの間にあんなところに」
「あらかじめ牡丹から場所を聞いていたのだ。後から呼び出されるより、こっちの方が手っ取り早いだろう」
「そこまで考えて行動してるとは……マーチも見習ってもらいたいところだ」
「それじゃあペルソナ、お願いね」
「ああ」
ペルソナは左の翼の中に嘴を突っ込み、箱のような機械を取り出した。相変わらず聖獣の体の構造がわからない、それとも魔法なのか?
地面に設置された箱は立方体の展開図のように広がっていくと、その内の一つの表面から小さな島のようなものが浮き彫りになった。木や遊具の位置や形から見るに、この公園であることがわかった。
すると、空が突然薄紫色になり、周囲から人の気配が消え始めた。この感覚、社長へ会いに行った時にマーチが言ってた人払いの魔法と同じだ。
「これが結界……」
「発動させることで範囲内の人間を取り除き、結界内にあるものは破壊されてもすぐに修復される。故に、結界の中であれば周りを気にすることがないのだ」
「魔法の練習をする時は、いつもこの結界を使っているの」
「へぇー、便利ですね」
「だが制限時間はある。それが過ぎれば結界も効力を失う」
「それじゃあ、ちゃっちゃと始めますか!」
俺は制服の下からアフターグローを取り出した。
「アフターグロー、魔法を自動的に習得するってやつ?それを作動してくれ」
「イエス、マスター」
「まだ習得していなかったのね。どうりで融合魔法しか使わないと思ったわ」
「昨日そのことを教えてもらったんですよ」
「マーチ……アイツはサポーターになっても変わらないな」
俺を取り囲むように魔法陣が展開されていく。これはスフィアが発動させているようだ。バラバラのスピードと方向に動く文字列と図形は、さながらイルミネーションだ。
「システム稼働開始――契約認証……認証完了――固有特性ヲ解析及ビ登録開始--魔法検索開始………検索完了―――自動習得開始………」
アフターグローの音声を聞きながら、魔法陣から放たれるオレンジ色の光が消えていくのを待った。
それから約二分後。
魔法陣は折り畳まれるように消えていき、俺は光から解放された。
「自動習得完了――」
「ふぅ……なんだか実感がわかないけど……本当これで魔法を覚えたんだよな?」
「ハイ、自動習得ハ完了シテイマス」
「そっか、ありがとなアフターグロー」
「それで、どんな魔法を覚えたの?」
「そうですね……使ってみないとわからないかもしれないんで、ちょっと先輩に使ってみていいですか?」
「だ、大丈夫なの?変身した方がいいかしら?」
「相手にダメージを与える魔法じゃないみたいですし、そのままでいいですよ」
そう言って俺は右手を片桐先輩に向けて突き出した、今は杖がないからこれで狙いを定める。構えられた先輩は緊張しながらも何故かワクワクしているように見えた。
頭の中には融合魔法以外にもう一つ、今まで使ったことがない魔法の知識があった。これが習得した魔法なのだろう。俺はそれを頼りに魔法陣を展開する、融合魔法の時と文字列も図形も全く違う。
そして、発動のトリガーとなる魔法の名前を口にした。
「ハート・シンクロン!」
掌から外側へと広がるようにオレンジ色の輪が直進していく、進む速度はそれほど早くはないようだ。輪っかは片桐先輩に当たると煙のように消えてなくなった。それと入れ替わるように、先輩と俺を取り囲むように輪っかが新しく二つ現れた。
だが、それ以外のことは特に起こらなかった。
(これだけ?他に何も起こらないのかしら?)
「そうみたいですね。なんスかねこの魔法」
「え?」(今私、口に出してた?)
「えっ、違うんですか?」
「ッ!?ど、どうなっているのだ!?」
おいおいマジかよ……この魔法、相手の心が読めるのか?それならバク退治もやりやすい!それ以外にも色々使いどころがありそうだし……
「ちょっと!変なことに使おうとしないでよね!」
「わ、わかってます――って、ええええ!?なんで俺が考えてることわかったんですか!?」
「だって聞こえたから……」
「アフターグロー、この魔法一体なんだ?」
「マスターガ習得シタ魔法ハ、同調魔法デス」
「同調魔法?」
「自分以外ノ生物ヲ対象ニ、行動ヤ現象ヲ合ワセルコトガデキマス。“ハート・シンクロン”ハ、相手ノ思考ニ合ワセルコト魔法デス」
ほう、つまり俺の思考は今、先輩の思考に合わせてる状態ということか。なるほど、お互いに考えてることがわかるのはそういうことなのか。
「ええ、また不思議な魔法を覚えたわね」
「あの、俺が考えてることに対して返事しないでください。喋り辛いです」
「ご、ごめんなさい、つい……」(でもこれは……思わず返事しちゃうわよ)
「まあ、気持ちはわかりますけど……あっ」
返事をしたことに気づき、俺は口に手を当てた。その様子を見た片桐先輩は、言った通りでしょ?と言わんばかりに、少し得意げな顔を向けてきた。ていうか頭の中で言っていた。
「それじゃあ少し向こうで練習してきます。どうやらこの輪っかみたいなの、色々と飛ばし方とか工夫できるみたいなんで」
「そう?じゃあ私はここで魔法の練習してるから、詠唱も含めて完成したらまた呼ぶわね」
「わかりました!」
俺は踵を返して、遊具がある方へと向かうことにした。ある程度操作方法がわかれば、遊具の間を飛ばすって練習もできそうだ。
「さて、私も新しい詠唱を考えなくちゃ。ペルソナ、何かいいアイデア思いついたら教えてちょうだい」
「ああ」
「ふふっ、どんな魔法にしようかしら?やっぱり煉獄をベースにして……」
背後から片桐先輩の楽しそうな声が聞こえてくる。
本当に魔法や詠唱が好きなんだな。昨日みたいに暴走することもあるけど、こういうところが先輩の可愛いところでもあるんだよな。
「ッ!!?あ、あああ、安西くん!?」
「はい?」
「い、今――か、可愛いって……!」
「え?………あ!!」
ここで俺は気が付いた。ハート・シンクロンを消すのを忘れていたことを。
ていうことは、今俺が思ったことが先輩に!?
「えーとその、今のはですね?別に何か特別な意味があったわけじゃなくて!ただ純粋に可愛いなって思っただけで!」
「それ弁解になってないわよ!」(つ、つまり可愛いっていうのは本心……!?)
「ほんっ!?いやえっと、あの――」
テンパりまくっている俺は愚かにも、今このタイミングで先ほど若菜さんが言っていたことを思い出してしまった。
「ッ!!なんで今それを思い出すのよ!」(また変に意識しちゃうじゃない!)
「や、やっぱり先輩も気にして――」
「人の心を読まないで!」
その後、ハート・シンクロンの発動時間が切れるまでこんな感じだった。
今日は当分、顔をまともに見れないだろう。お互いに。




