第三章10『天使と魔王と昼休み』
脚と腰が天に召された三時間目から時は過ぎ、現在は昼休み。四時間目の間に保健室でこっそりユウカに変身し、以前ペルソナが言っていた自動治癒システムとやらを使ってみたのだが……これがまた驚くことに、みるみるうちに痛みが引いて、変身してから三分も経たずに完治した。改めて魔法の凄さを実感した気がする。
さて、そんなことは置いといて、俺にとって幸福とも言える時間がやってきた。
そう、愛華ちゃんとの楽しいお喋りである!
しかも今日は二人でお弁当を食べているのだ!あぁ〜、傷んだ脚腰に染み渡る〜。もう治ってるけど。
「本当に大丈夫?安西君」
「う、うん!もうこの通り!」
「あんまり無茶なことしちゃダメだよ?」
「あはは、以後気をつけます」
「でも凄かったよ安西君!あんなにサッカー上手だったなんて!」
「えっ、たた立花さんもしかして……!」
「うん、バレーの順番が来るまで外でも見てようかなって思って体育館から出たら、安西君が丁度サッカーやってたのが見えたの」
お、お、お、おい!マジで?マジなの?俺がサッカーしてるところ、愛華ちゃん見てたの!?ど、どうしよう、愛華ちゃんに見られるからサッカー部に入らなかったのに!でも上手って言ってくれたし、これはこれで良かった……のかな?
「そ、そっか!い、いやーなんていうか、カッコ悪いところを見られたなーあはは」
「そんなことないよ!カッコ良かったよ安西君」
「えっ……」
「だって安西君、中学でサッカー辞めたのに、あそこまで頑張れたんだよ?それだけで十分カッコイイよ!」
「そ、そうかな……あはは」
や、やばいどうしよう、顔がニヤける……あの愛華ちゃんが俺のこと褒めてくれるだなんて……う、嬉しい!すごい嬉しい!
こ、ここは俺も、今思ってることを伝えるべきなのでは……?よ、よし!勇気を出せ!俺!
「た、たた、立花さんは……その、普段から可愛いと思うなー、なんて……」
言った!俺言ったぞ!勇気出したぞ俺!
さて、その反応は如何に!
「あっ、ごめんね返信してて聞いてなかったよ。今何か言った?」
ええええええマジっスか!?俺こんな勇気出したのに聞いてなかったの!?
「な――なんでもないです。はい」
「?」
くっ、これがラノベとかによくある難聴ってやつか……!ていうか普通逆じゃないですか神様?なんで俺がヒロイン側なの?
「そうだ安西君。ユウカちゃんって最近他の魔法少女の子とコンビ組んでるよね?」
「あー、クレアちゃんのこと?」
「うん、安西君はクレアちゃんともお知り合いだったりするの?」
「うん、まあ……一応は?」
「そうなの!?すごい安西君!二人も魔法少女と仲良しだなんて!」
「ま、まあ確かに、そう考えればすごいかも……」
実はクレアもここの生徒で、毎朝校門前で挨拶してるんですよーなんて、口が裂けても言えないな。
「ねぇねぇ!クレアちゃんってどんな子なの?」
体をこちらに傾けて顔を寄せる愛華ちゃんにドギマギしながら、俺は必死に頭を回す。
「い、いやえーと……ユウカは昔からの知り合いだからともかく、クレアちゃんについてはちょっと……」
「そっか……」
「う、うん」
「で、でもすごい気になるなぁ……どうしたらいいんだろう……」
なんとしてもクレアのことを聞きたいのか、愛華ちゃんは真剣な表情で考え込んだ。そんな顔も可愛くて好きです!
すると、何か閃いたような表情になり、脚の上に乗せている弁当箱から卵焼きを一つ、箸に挟んで持ち上げた。
「安西君、私の卵焼きあげるから、ちょっとだけ教えて!」
「なっ……!?」
交渉材料が卵焼きだってことはさておき、ま、まさか、あーんですか?まさかのあーんですか!?ユウカとデートして時にしてもらったことはあったけど、俺として愛華ちゃんからあーんをしてもらえる時が来ようとは……!
ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけなら……先輩も怒らないよね?
「わ、わかった。ちょっとだけ……」
「やった!はい、じゃあ……あーん」
「あ、あーん……」
さっきまでお弁当の中身を口に運んでいた愛華ちゃんの箸が、卵焼きと共に俺の口へと接近してくる……ユウカの時よりもドキドキしているのは、やはり今俺が男だからだろう。
そして、卵焼きが箸と共に口の中に――
「いただきます!」
卵焼きは俺の口に入る前に、突然現れた誰かによって阻まれた。俺は横取りされた怒りよりも、絶望感に塗れていた。
きっとムンクの叫びのような顔をしているだろう俺は、ゆっくりと泥棒の方を向いた。
「ん〜!愛華の卵焼きは甘いね!」
「澪ちゃん!」
「……なんでここにいるんですか?」
「さっき愛華にどこにいるのー?って聞いたら屋上にいるよーって返信があったから、どうせアンタと一緒にいると思って邪魔しに来たの」
「本人目の前に堂々と言いますねー」
チッ!あともうちょっとで愛華ちゃんにあーんしてもらえたのに!今更になって怒りが込み上げてきたぞ!
「それで?二人で何してるのかな?」
「なんでもないよ、ただお話してただけだもん。ねぇ安西君」
「そうだそうだー」
「ふーん、まあこいつと愛華のことだから本当にそうなんだろうけど……」
そういうと篠崎さんは呆れたような目線を俺に向けた。なんだよ、文句あるのかよ。でもそれを口には出さないのは、飯田のことがあったからなのかもしれない。
「ちょっと来て」
「え?」
突然俺の腕を掴んだ篠崎さんは、そのまま愛華ちゃんから少し離れたところまで連れて行った。
「な、なんだよ」
「……アンタ知ってる?愛華が昼休みに密会してるって噂」
「えっ、何それ!?立花さん彼氏いたの!?」
「やっぱり知らないだ……最近愛華が昼休みになると教室からいなくなるって気づいた人がいるみたいで、それがいろんな人に伝わっていくうちに、こういう噂になってるの」
「そ、そうなのか……って、え?もしかしてそれって……」
「そう、アンタが愛華と話す日のことを言ってるの」
「な、何!?」
愛華ちゃんとユウカについて話していることが、そんな形で広まっているなんて!どうやら聞く限りじゃユウカは特に関係なさそうだけど……さ、流石は遊禅寺高校のアイドル。こんな他愛ないことでも噂になるとは……
「ていうか、立花さんがどこで何してるのか把握してるやつがいるのかよ!」
「当然と言えば当然でしょ、アンタも知っての通り愛華は男子の憧れの的で、超が付くほど可愛いし、そりゃストーカー紛いなことをする人だっているよ」
「マジでか……見つけ次第叩きのめしてやりたいところだ」
「それには同感だけど……アンタも、愛華と話してる時は十分周りに気をつけてよね?一応愛華が特に親しくしてる異性の一人なんだから。これでもし愛華に何かあったら私がアンタを殺す」
「は、はい……肝に命じます……」
そのオタクを睨み殺す眼差しやめてください。飯田の惨状を思い出すから。
「はぁ……ほんと、なんでアンタみたいなにわかオタクと一緒に居たいんだろう愛華は」
「えっ、それをあなた言いますか?」
「うっ……言っとくけど、あれはノーカンだから!彼氏じゃないから!まだ付き合って数週間だったから!」
「あーはいはい、ワロスワロス」
「こんのぉ……死ね!」
「うわ危なっ!いきなり回し蹴りするなよ!」
「うるさい!アンタが悪いんでしょ!」
「あれ?いつの間に二人とも仲良くなったの?」
「「仲良くなってない!」」
俺と篠崎さんとの攻防は、昼休み終了直前まで続いた。あー、俺の貴重なお楽しみタイムが……




