第三章9『サッカーやろうぜ!』
「よぉおおおおし!今日の授業はサッカーだ!特にどうしろとか言わないから怪我しない程度にやってくれ!以上!!」
体育教師の種島先生は、熱帯夜のような暑苦しい笑顔で、とても適当なことを言い始めた。この人、熱意があるのはわかるんだけど、ほとんど何も考えてない気がしてならない。
先生の号令と共に、男たちはそれぞれの行動を始めた。真面目にサッカーをやろうと準備をする奴、校庭の隅に固まってサバる奴。どちらにしろ、ウチのクラスは一致団結というものはないようだ。
「よしっ!今日もほぼ自習だな!おい安西、女子観に行こうぜ!女子!」
「だな。確か女子ってバレーボールだっけ?」
馬場の提案に賛成した俺は、何食わぬ顔で体育館に脚を向けた。俺もサッカーやるかやらないといえばやらない派である、中学までサッカー部だったが、そんなことは関係ない。やらないと言ったらやらないのだ。
「なぁ、ちょっといいか安西」
「ん?」
突然名前を呼ばれたので振り向いてみる。
そこには黒い短髪に、まだ季節的には早い日に焼けた肌をした男が、白い歯を輝かせて笑っていた。名前は湯原修二だったっけか?
「なんだ?悪いが今から立花さん――元い、女子のバレー見に行くんだけど」
「頼む!そこをなんとか!」
両手を合わせて頼み込む湯原を見て、俺は背後の体育館を一瞥した。早く愛華ちゃんの体育着姿を見に行きたいけど……
「なんだよ、何かあるのかよ」
「嘘だろ!?あの安西が立花さんを前にして男を優先しただと!?」
「ありがとう!それで一つ確認したいんだけどさぁ」
「確認?」
「ああ!実は立花から聞いたんだけど……安西って中学時代はサッカー部だったって本当か?しかもキャプテンのお気に入りだとか!」
「はぁ!?」
待て待て待て待て!中学の時はサッカー部だったのは確かだけど、榊原先輩のお気に入りになったつもりはないぞ!?
「いやー俺知らなかったよ!まさか安西がサッカーできるなんて!で?どうなんだ?」
「えっ、安西お前サッカー部だったの?リア充部だったの!?こォんの裏切り者めぇ!!」
「ウザイ!うるさい!メガネカチ割るぞ!あと湯原、榊原先輩のお気に入りではないぞ?サッカー部だったけど!」
「そうかそうか!じゃあさぁ、俺たちとサッカーやろうぜ!ついでに馬場たちも!」
「「はい!?」」
「さぁ!もう準備はできてるから、早速始めよう!」
「え?いやいやちょっと待て!まだやるなんて言ってないから!」
「あああああ!女子が!女子の体育着姿がぁああああ!!」
そんなこんなで、俺と馬場、それから隅っこで喋っていた北野たちを巻き込んでサッカーをすることになった。
一年サッカー部プラスチャラ男たちと。
「ねぇおかしいよね?これおかしいよね?向こう現役サッカー部に体育だけは得意なDQN集団じゃん、こっち元サッカー部と運動不足が見え隠れしてるオタク集団なんですけど!不平等にも程がありません!?」
「あー神よ、救いはないのですか!」
「落ち着け馬場、お前いつの間にキリシタンになった」
「なんで俺たちがこんなことに……」
「これだからチャラチャラリア充は……」
「チッ、湯原野郎……あんな爽やかな顔してなかなかエグいこと考えやがる……北野たちはとにかくゴールの前に固まれ!そんでできるだけ隙間を作らずに動くな!動いたら死ぬと思え!」
「安西、フォワードは俺に任せてくれないか……」
「馬場!」
メガネのブリッジを中指で軽く上げながら、体育会系男子たちの前に立ち塞がった。いつもはアホなことしか言わない我が悪友が、何故か今はとてつもなく頼もしく見える。
「安心しろ、俺は“ラビットファイヤー 11人のウサギたち”を全巻読破している。サッカーのルールも戦術も、全てこの中だ」
いつもなら腹立たしい、指で頭を突く仕草も、この時は何故か知的に見えた。
ちなみにラビットファイヤーとは、週刊少年誌で絶賛連載中の美少女系サッカー漫画である。
「馬場……」
「お前は精々後ろで北野たちの指示でもしてな……」
「ああ、任せたぜ。馬場!」
そして、キックオフを告げる笛の音が鳴り響く。
「――行くぜ!脱兎ドリブル!」
「よっと」
「あーれー」
「おいィいいいいい!!全然前に進んでねぇじゃねぇか!!」
クソッ!あの何故か頼もしく見えたのはなんだったんだよ!ていうかもう目の前まで来てるし!
「ハッ!開始一分で決めてやるよ、この豚共!!」
「うるせぇ!男に豚とか言われても嬉しくないんだよ!」
「あぁん?」
「ひぃいいいいい!!すげぇ睨んでりゅううううう!!」
「安西!なんとかしてくれぇえええ!!」
あーもう、怖いなら煽るなよ。ていうか、俺サッカー部辞めてから割とブランクあるんだぞ?こいつにだって勝てるかどうか――
「あれ?」
「はーい二人抜……あれ?ボールどこ行った?」
「おい何してんだよ!ボール、安西に取られてるぞ!」
「はぁ!?」
後ろからDQNの声が聞こえる。俺はボールを蹴りながら、ゴールに向かって進んで行く。それを阻むように、またDQNが壁を作る。
「偶然取れたからって調子に乗んじゃねぇよ!」
「このキモオタめ!」
でもなんでだろう。さっきからあいつらの動きがスローに見える。
いや違うな……わかる。どう動くのか、直感でわかる。
「なっ!?」
「股抜きだぁ!?」
「あれぇ?安西氏?あなたそんなにトリッキーなことできる人でしたっけ?」
いや、驚きたいのはこっちなんですけど。こんなこと、サッカー部にいた時はできなかったぞ。それがなんで急に……
そこで俺は、ユウカとして戦って来た時の動きをふと思い出した。なるほど、俺が理解してなくても、体が覚えていると。例え大きさが違っても、培って来たものは変わらないらしい。
「安西、勝負!」
闘争心に燃える湯原が目の前から突っ込んでくる。どうやら気づかないうちにゴールの前まで来ていたらしい。
湯原の動きはただボールを取りに来ているわけじゃない。目線や気迫からして、前のチャラ男たちとは比べ物にならない。正直、今の俺でも抜くのは至難の技だ。
だけど――
「そいやぁああああ!」
「えっ!」
「あ、あれは……」
「「「オーバーヘッドキックだぁああああ!!」」」
俺の目的はボールをゴールに入れること。湯原を抜くのが難しいなら、抜かずの飛び越える。
オーバーヘッドなんてかまされて動けなかったのだろう。キーパーはボールが迫っているにも関わらず、微動だにしなかった。
そしてボールは――ポストの外へ。
「……うわぁ、外したし」
うん、まあ……サッカー辞めてから全くボールに触ってなかったし。いくらオーバーヘッド決めてもそりゃ外れるわな。
「す――すげぇじゃんか安西!サッカー辞めたやつの動きじゃなかっだぞ!俺も全く見抜けなかった!」
「いやでも、外したものは外したわけだし。それに……」
俺は膝から崩れ落ちて、地面に両手をついた。
「お、おい、どうした?」
「い――今ので……脚と腰が、逝った……」
「ええええええ!?せ、先生!安西が、安西がぁ!!」
こうして、俺は保健室に運ばれた。
種島先生のお姫様抱っこは、やっぱり暑苦しかった。




