第三章7『ご利用は計画的に』
「ふぁー……眠ぃ、やっぱ途中でセーブして寝るべきだった。でもあれは最後まで行くしか選択肢なかったし、しょうがねぇか」
マーチに制裁を加えた日の翌日。
俺は大きな欠伸をしながら登校していた。原因はマーチへの説教アンドお仕置き――ではなく、そのストレス発散のために、積んでいたゲームの消費に勤しんでいたからだ。眠気で若干ふらふらしているが、好きなことを思いっきりしたこともあって、不思議と辛くはない。
「それにしても、ユウカが今まで出たテレビや雑誌のギャラが、まさかあそこまで貯まっていたなんて……もっと早く気が付いていれば良かった」
俺は昨日の話を思い出しながら、大きくため息を吐いた。
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「で?俺の金はどこだ?」
ロープで全身を縛られ、カーテンのレールから逆さまに吊るされているマーチを睨み付けながら、俺は言った。その前に色々説教やらお仕置きを加えられて、嗚咽を漏らしながらマーチは泣いているが、そんなことはどうでもいい。
「うっ……えっぐ……」
「答えろー、金はどこだー。さもないとこのままロープを最大まで捩じって回転させるぞー」
「あ……あでぃまふぅ……」
「使ってないだろうな?」
「だ……だめで……まじだ……ぐうまがうだめに……」
「てめぇ……人の金で車買おうとしてんじゃねぇ!第一乗れないだろうが!」
「わあああああああああああ!やめでえええええええええ!」
マーチの体を左にスライドさせて遠心力を加える、マーチは泣き叫びながら涙を飛ばしていた。全く、こいつは金と女の誘惑というのに弱すぎはしないか?
「もちろんそれも渡してもらうぞ」
「わ、わがりまじだ!わがりまじだがら止め……うぷっ……」
そろそろ本気で吐きかねないので、俺は仕方なく回転を止めた。
「はぁ、はぁ……き、君のギャラは全部……ぼ、僕の口座に、振り込まれてる……こ、これ……通帳……」
ロープの中で何やらもぞもぞと動きがあったと思って間もなく、ロープの間から前足と通帳が出てきた。こいつが一体どこにしまっていたのか気になるが、今はお金の方が最優先だ。
「ふ、振り込まれてる金額が、君が貰う分のお金だよ……ちなみに言っておくけど、それはあくまでテレビに出たり雑誌の取材を受けたりしたことで貰ってるお金で、魔法少女としてのお給料じゃないからね……本来なら魔法少女には子供が選出されるから、働くというよりボランティアに近いんだ。だからウチでお給料をもらえるのは社員だけ――」
「なんじゃこりゃあああああああああああああ!」
「うわぁ!?ど、どうしたの?」
俺は通帳に振り込まれていた金額を見て、思わず固まった。マーチが何やら話をしていたようだったが、その内容も耳には入ってこなかった。
何故なら――
「お、おま……おまこ、ここここれ!おまこれ!!」
「な、なに?ほんとにどうしたの?」
「これ!!振り込まれてるお金、全部俺のなの?本当に?」
「そ、そうだけど……」
「だ、だって、だってお前――七十万だぞ!?あり過ぎじゃねぇか!?」
確かに五月、六月と、テレビはもちろん雑誌や地域のイベントのオファーなんかもあって、他の魔法少女が出てきた今でも引っ張り蛸だけど……まさかここまでとは……
「そうかな?僕は少ないくらいだと思うけど……あーでも確かに、君って基本的にバク退治が八割、それ以外が二割で活動してるから、実際はそのくらいなのかもね」
「ま、マジで貰っていいの?詐欺とかじゃないよな?実はこの金額分返さないといけないとかじゃないよな?」
「疑い過ぎだよ……」
「疑いたくもなるだろ!こんなに金額貰えたら!」
「まあ確かに一高校生が貰うお金にしては、高すぎると思うかもしれないけど……でも、それだけ世間がユウカに注目してるってことだよ!僕としてはもっと高くてもいいと思うけどね!」
「な、なるほど……」
世間に注目されてるってことは嬉しいことだけど……その分バレた時のことを考えると背筋が凍る。最初は目立たないように、目立たないようにって思ってたのに……どうしてこうなった。
「とにかく、これは後で俺が引き出しとくからな!」
「うぅ……七十万……」
「あん?」
「いいえ、なんでもないです……」
あまり反省してなさそうなマーチに軽くため息を吐いて、ベッドの上に腰を下ろした。
そして、改めて通帳の金額を見た。
七十万か……それだけあったら買えてなかったギャルゲーとかも買えるな……いや、それどころか家庭用ゲーム機すら簡単に買えてしまう……さらに言えば、漫画を新しく一巻から最新巻まで一気に買ったとしても有り余る……えっ、マジでどうしようこの金?
「いや待て落ち着け!とりあえず買えてなかったギャルゲーを買うとして、一体いくらになるかだ。そこから計算して……もしかしたら部屋にテレビも……でもそしたら……」
「いやー塗れてるねー、欲に」
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「そうすれば、今こんなに使い所で悩まされることもなかったのに」
マーチの預金から引き出された七十万、これも不眠の一端でもある。
ほんと、何に使おう!変にデカイのなんて買ったら母さんとかに怪しまれるし、かと言ってこのまま貯めておくってのももったい無い気もする……
俺は寝不足の頭を回してお金の使い方を考えた。普段なら何かいいアイデアが思いつくのだろうが、生憎今日は期待できないかもしれない。
そんなこんなで、気がつけば校門まで辿り着いていた。周りには登校してきた生徒に溢れ、風紀委員会が挨拶をしている声が聞こえてくる。片桐先輩曰く、まだ生徒が登校してくる前に登校し、朝の挨拶と共に身だしなみのチェックをするのも風紀委員の仕事らしい。
「コラ、そこの男子生徒!ネクタイをしっかり付けなさい!そこの女子も!スカート丈が短過ぎよ!」
この声は……ああ、片桐先輩か。今日も厳しく元気ですねー。
「あっ、おはよう安西くん」
ここで俺は、とても致命的なミスをしていた。
「……安西くん?」
夜更かしによって足元が若干おぼつかず、頭も回っていない状況で、俺は七十万の使い方だけしか考えていなかった。もう学校に着いたことも、理解していて、校舎に向かって真っ直ぐ歩いてるものだとばかり思っていた。
だが実際は、片桐先輩に向かって真っ直ぐ歩いていたのだ。
「えっちょっと、あ、安西くん!?」
「へ?」
慌てる片桐先輩の声で我に帰り、もう数センチまで接近していたことに気づいたが、時すでに遅し。
おまけに、驚いたことで変に脚へ力を込めたことでバランスを崩し、そのまま前へと倒れてしまった。
「わっ!」
「きゃ!」
ドタバタと、人が二人倒れる音が耳に入る。
痛みは――何故か感じない。まさか先輩が下敷きになったからか?いや、でも何か顔のところに……いい匂いのするクッションっぽいのがあるような……
それとなんだろう、周りが突然ざわざわし始めた。まあ人が倒れればそりゃ騒ぎにも……
「あ……あん、安西、くん……!」
「え?」
なんとか絞り出しているような先輩の声を耳にして、俺は顔を上げた。
するとそこには、顔を赤くしながらこっちを睨みつけている片桐先輩がいた。
しかもこの位置関係、どうやら俺は先輩の体の上に倒れているらしい。それも、俺の顔が先輩の胸のところにあ、る……
「ま、まさか……ッ!?」
慌てて起き上がったことで確信を得た。
俺がクッションっぽい何かだと思っていたのは、せ、先輩の――
「おい小僧……」
「ひぃっ!?」
とてもドスのきいた声に、俺は悲鳴を上げて後ろを向いた。
そこにいたのは、鬼の形相で俺を見下す風紀委員の皆様(図体だけならただのプロレスラー)だった。
「ちょっと、話聞かせてもらおうか……?」
「ひゃ、ひゃい……」
俺はそのまま風紀委員の皆様に担ぎ上げられて、風紀委員室へと運ばれていった。




