第三章6 『謝って済むなら魔法少女はいらない』
先輩からありがたいお説教をいただいて、時は放課後。
俺は馬場たちと駅で別れ、アスナロ通りへと到着した。いつもならここを通ってそのまま帰宅するところだが、今日は待ち合わせ場所としてここにやってきた。
「確か商店街の入り口に……」
「夕斗く〜ん!」
商店街のゲートの下で、若菜さんが俺に手を振っている。
今日は昨日と比べて少しオシャレな服装で、エコバッグを腕に掛けていなければ完全に女子大生だ。
「わざわざ来てくれてありがとうございます〜」
「いいえ、帰り道なんで気にしないでください」
「あら、そうなんですか?それなら、お買い物中にバッタリ会えるかもしれませんね〜」
「いつもこの時間に買い物してるんですか?」
「はい、この時間だとお肉やお野菜が安くなってるんですよ〜」
なるほど、母さんも大体この時間になると買い物に行くのはそういうことか。
「それでは行きましょうか、夕斗くんのサポーターさんも、もうウチに着いているそうですし」
俺は若菜さんと並んで商店街の中に入った。
親以外の大人と横になって歩くことがあまりない所為なのか、なんだか妙に緊張する。何か話しかけた方がいいんだろうか……
「それにしても……やっぱり多いですね〜」
「へ?」
不意を突かれておかしな返事をした俺に対して、若菜さんは緩い笑顔で指を差した。
「ほら〜、あそこにもあそこにも、あんなところにも!ユウカちゃんがいっぱいです〜」
「あ、ああ!そうですね!なんだか変な感じです」
「うふふ♪ユウカちゃんはこの商店街のアイドルですね〜」
「そ、そうですかね?」
商店街のアイドルという言われても……素直に喜んでいいものなのか?
褒め言葉に複雑な気持ちを抱いていると、通り掛かった魚屋さんから男性の声が飛んで来た。
「おっ、若菜ちゃんこんにちわ!」
「あらあら川尻さん、こんにちわ〜。もう腰の方は治りましたか〜?」
「おうよ!もうこの通り――うぐっ!」
腰をブンブン振り回していた魚屋の川尻さんは、腰を痙攣させながら膝を付いた。いいおじさんが調子に乗るから……
すると、魚屋の奥から大柄な女性が呆れた顔で現れた。
「全く、まだ完璧に治ってもない癖に調子に乗って!……ごめんなさいねー若菜ちゃん!情けないとこ見せちゃって!」
「いえいえ〜、気にしないでください。ここまで動けるようになったのも奥さんのおかげなんですから〜」
「いやだねもー!照れちゃうじゃないかい!」
「わ、若菜ちゃんになでなでしてもらった方が治るような――」
「あん?なんか言ったかい?」
「なんでもありませんサー!」
「だったらとっとと働きな!」
「へい!」
奥さんの威圧に負けた川尻さんは、さっきまで膝を付いていたのが嘘のようにきびきびと動き始めた。これが鬼嫁ってやつなのか……
「あっ、そうだ若菜ちゃん!昨日の売れ残りなんだけど……はい、アジの切り身!良かったら貰っちゃって!」
「あら、いいんですか?」
「いいのいいの!貰ってちょうだい!」
「ありがとうございます〜、それじゃあ……このイカも三つください!」
若菜さんはイカとアジの切り身をエコバッグに入れると、魚屋さんから戻って来た。
「お待たせしました〜」
「いいえ全然、気にしないでください」
「うふふ♪今日の晩御飯はイカとアジの切り身になりました〜」
「結構行き当たりばったりなんですね」
「これでもちゃんと栄養は考えてるんですよ?」
いつも通りにこにこと、でも少し自慢げに微笑む若菜さんと共に再び前へ進んだ。
アスナロ通りに入ってから二〇分。俺たちはようやく出口に辿り着いた、思っていたより遅くなった原因は一つ、商店街に入った時の二倍以上に膨れ上がったエコバッグを持っている若菜さんだ。
本当ならもっと早く出れたのだが、お店の前を通る度に色んな人に話しかけられ、しまいにゃ何かしら貰いまくっていたからだ。俺も若菜さんの子供と勘違いされてお菓子をいくつか頂いてしまっているから文句は言えないけど。
それにしても――
「若菜さんって結構人気者なんですね」
「人気者?」
「だって、商店街の人たちから話しかけられたり、おすそ分けしてもらったり、サービスしてもらったり……俺なんかより若菜さんの方がよっぽど商店街のアイドルらしいですよ」
「あらあら、うふふ♪そうですか?」
「この際ですからモエナを商店街のイメージ魔法少女にしてもらったらどうですか?俺的にはぴったりだと思いますよ?」
「うふふ♪もう夕斗くんてば〜、褒めても何も出ませんよ〜?」
そう言いながらいつもよりもにこやかに歩みを進めた。どうやら商店街のアイドルやイメージ魔法少女っていうのは素直に嬉しいようだ。
「そういえば商店街で親子に間違われましたね、若菜さんの見た目なら姉と弟でもおかしくないですけど」
「そうですか?でも確かに……夕斗くんみたいな弟がいたら、可愛らしくていいですね〜」
「え、えー?そうですか?俺みたいなのが弟って嫌じゃないですか?」
実質ガチ妹に嫌われているわけだし……
「そんなことありませんよ〜、誰か助けるために一生懸命になれるんですから、それだけでも自慢の弟ですよ〜」
「あ、ありがとうございます……」
なんだろう、そんな真っ直ぐに褒められると本気で照れてしまう。あれはあくまでユウカとしての行動なんだけど……それでもすごい照れる。
「あらあら♪照れてしまいましたか〜?」
「か、からかわないでくださいよ!」
「うふふ♪ごめんなさい、なんだか夕斗くんといると楽しくなっちゃって」
「ッ!」
お、俺といると楽しいだなんて、異性に言われたの初めてだ。しかもこんな綺麗な人に……いや、落ち着け安西夕斗!俺には愛華ちゃんという心に決めた人がいるんだぞ?美人で大人な女性にちょっと褒められただけで浮かれるな!
「と、とにかく急ぎましょう!マーチも待ってますんで!」
俺は気の迷いを払って早足で若菜さん宅へと向かった。案内してくれるはずの若菜さんを若干置いてけぼりになってはいるが、あの人といると精神的に違う意味でダメージを受ける、これは最良の判断だ。
しばらくして、少し息を切らした俺と若菜さんは一三階建のマンションに到着した。
壁は茶色いレンガブロックになっていて、玄関が建物の内側にあり、外側にベランダがあるようだ。
「ここが真田先生の家か……いいとこ住んでんなー」
「うふふ♪大きいでしょ〜?夏になると屋上で花火が見れるですよ〜」
そんなことを補足しながら、若菜さんはエントランスの鍵を開ける。
ガラスの自動ドアを通過して、大きな照明がぶら下がっている綺麗なフロントに入る。休憩のための設置されている高そうな長椅子のソファやテーブルを見て、俺はここの値段が少し気になりだした。
若干挙動不審になっている俺を気にすることなく、若菜さんはエレベーターの呼び出しボタンを押した。すでに一階で止まっていたのか、ドアは待たせることなく開き、俺と若菜さんは中に乗り込んだ。
そこで俺は、若菜さんが押した階数のボタンに驚いた。
「さ、最上階ですか……」
「あらあら、高いところは苦手ですか?」
「あーいえ、そうじゃなくて……高いんだろうなーって思って、二つの意味で」
不思議そうな顔をする若菜さんと共に、エレベーターは一三階へと到着した。マンションの内側は吹き抜けになっていて、エレベーターホールに入ると周囲の玄関がよく見える。
若菜さんはエレベーターホールを離れ、道なりに進んで向かい側まで移動した。コピーペイストしたように陳列する玄関の中で、一つだけ目立つ玄関があった。
どこもメタリックな表札が多い中で、その家は柔らかい字で“真田”と表記された花柄の表札が付けられていた。おそらく――いや絶対若菜さんの趣味だ。
「ただいま〜」
「お、お邪魔しまーす」
いつも通り和やかな笑顔で玄関を開けて入る若菜さんとは対照的に、俺は緊張を滲み出しながら入った。
とても綺麗に整頓された玄関には観葉植物がいくつも置いてあり、廊下の先にあるすりガラスが付いた扉からは明かりが漏れている。
その扉を開けて入った若菜さんに続いて俺も入ると、そこは広いリビングになっていて、ソファやテーブルなど一般的な家具が配置されていた。
だがその中で異彩を放っているのは、食事用であろう大きいテーブルの上で会話しているチワワとセキセイインコだ。
「おっ、夕斗!待ってたよー!」
「よう、何もしてないだろうな?」
「何もしてないよ、僕のこと疑り過ぎじゃない?」
「お前は俺が見てないところでやらかしてることが多いんだから当たり前だろ」
「なんだとぉ!」
「うわやめろ!人ん家で噛み付いてくんな!」
飛び掛かってきたマーチと戦闘している間に、若菜さんは買ってきたものを冷蔵庫に入れて紅茶を用意していた。仮にも自分の家で乱闘が起きているというのに……マイペースというか心が広いというか。
「さて、マーチたちのしょうもない喧嘩も若菜の準備も終わったことだし、早速打ち合わせを始めようか!」
「しょうもない言うなー!」
「ていうか、打ち合わせって言っても何するんだ?コンビ名の相談?」
「いやいや、それよりも先に、戦闘での連携の取り方を決めといた方がいいと俺は思うだよ」
「連携?」
「残念なことにモエナは真面な魔法が使えなくてな。なんていうか、どれも戦闘向けじゃないっていうか……」
戦闘向けじゃない?そういえばモエナは魔法で人参を出したり、洗濯バサミを出したりしてたけど、どんな魔法なんだろう?
「若菜の使う魔法は調理魔法と清掃魔法って言う魔法で、読んだ字の如く、調理や清掃をする時に使う魔法なんだ」
「えっ、そんな使わなそうな魔法が存在するのか?……いや、ファンタジー小説とかだと魔法で掃除したりするからそうでもないか」
「それなら他にも魔法を習得すればいいじゃないか、魔法少女は最大でも三つまでは自動的に魔法を習得できるんだから」
「は?」
今なんて言ったこいつ?
「いやーそのはずなんだけど、何故か若菜は二つしか習得できないんだ。これもスフィアがバグった影響かもしれないな」
「やっぱり、スフィアで子供以外が変身すると本体がエラーを起こすのか!これは結構重要なことが聞けたんじゃ――ゆ、夕斗?」
「なんだ……?」
「何故そのようにお怒りなられておられるのでしょうか……?」
「それはなぁ………お前の所為じゃボケェえええええええ!!」
ガタガタと震えるマーチの頭を鷲掴みにし、少し離れた長椅子のソファに向けて投げ飛ばした。もはや他人の家であることも御構い無しだ。
「ええええええええ!?何、いきなり何!?」
「あらあら」
俺は外野を無視して、ソファのクッションの間に突き刺さったマーチを引き抜き、そのまま首を持って宙吊りにする。
「おい駄犬、魔法少女が魔法を最高でも三つまで自動的に習得できるなんて聞いたことねぇぞ?」
「そ、それは……」
「あと、魔法大全だっけか?魔法少女になるとそういうのが渡されるはずらしいけど、俺一度も見たことねぇぞ?どうなってんだおい」
「や、やめて夕斗……人ん家で絞殺事件はマズイって……」
そうだな、確かに人の家で首吊りはやり過ぎた。
俺はマーチを床に解放して、脚で踏み抑えた。
「で?何か言い訳はあるか?」
「ぎゃああああああああ!!中身出りゅううううう!!」
「お前簡易型透過機の時に言ったよな?もう何も隠し事はしませんって……こういう情報不足が一般人、延いては俺の身の危機に繋がるって何回言った?」
「ごごごごごめんなさい!!ほ、ほんと!ほんとごめんなさい!!」
「謝って済むんなら魔法少女はいらないんだよ!魔法についてはこの際いいよ、今聞いたから。でも魔法大全は渡せ、今渡せ。でなければこのまま踏み潰す」
俺の脅しを耳にした瞬間、岩のようにガッチリと固まった。そして、滝のように汗を流し始めた。
「い、今っスか?」
「今だ」
「い――家に帰ってからじゃダメっスか?」
「それだとルーチェからパクったもん渡すだろ?」
「なっ……!」
「なんだかんだお前との付き合いも二ヶ月になるからな、お前が考えそうなことは大体わかっる……魔法大全を無くしたこともな」
「べべべべ別に無くしたわけじゃ――」
「ほう?じゃあなんだ?」
低いドスの効いた声を意識して、俺はマーチを問い詰める。それから二分の間、壁に立て掛けられた時計の秒針の音だけしか聞こえなかった。
「………ました」
「あ?」
「…………う、売りました」
「……………………………」
「だ、だけどしょうがないんだよこれは!ミラちゃんと楽しく飲みながらお喋りしてたら予想以上お金使っちゃってて!待ち合わせじゃ全然足りなくて!このままじゃ出禁になると思って!ねぇ夕斗?聞いてる夕斗?なんでま首根っこ掴むの夕斗!?」
俺はマーチのうなじ辺りを掴んで持ち上げ、若菜さんたちのところへ戻っていく。
「すみません若菜さん、もし良かったら魔法大全を貸してくれませんか?」
「はい、いいですよ〜」
緩い返事をしてリビングを出てから数分後、若菜さんは一冊の本を持って戻ってきた。
表紙は革で出来ていて、スフィアで使われていた文字が羅列している。大きさは授業で使う教科書程だが、厚みは辞書並みに太い。
「ありがとうございます……これ、明後日まで借りても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ〜」
「すみません、必ず返します。それと、今日は急用が出来たので帰らせてもらいます」
「えっ、いやでも打ち合わせ――」
「どうせ俺がメインにモエナをサポートに回すつもりなんだろ?俺もそれでいいから、他のことは明後日で」
「お、おう……」
「それじゃあお邪魔しました……行くぞ駄犬」
「いやああああああああああ!!ルーチェ助けてええええええええ!!死にたくないいいいいいいいいい!!」
「あらあら、仲が良いんですね〜」
「俺も大概だけど、マーチもなかなかだよな……」
マーチの断末魔が響く中、俺は真田家を後にした。
その後、マーチから今まで出演料も含めて貰う物を全部貰った。




