第一章4 『魔法少女モノのマスコットは悪魔だった』
今のは幻聴だろうか。
もし、俺の耳が正しければ、こいつは今、俺が魔法少女だと言っていた……
「あとで動物病院に連れてってやるから安心しろ」
「わかる、わかるよ?君がそう言いたくなるのもすっごくわかる!でも本当なんだよ!君が魔法少女なんだよ安西夕斗!」
「いやいやいやいやいやいやいや!お前どう見ても俺男だぞ!?百歩譲って俺が女の子みたいな顔だったらまだわかるよ?でも俺の顔見てみ?完全に男だよ!」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ!話を聞いてくれ!まず僕が君の名前を知っていることにもっと疑問を持とうよ!」
「お前魔法使えるんだろ?それくらいわかってもおかしくない」
「順応するの速いね君!いいから話を聞いてってば!」
ジタバタと暴れるマーチを仕方なく床に置く。俺が落ち着いたことに安堵の胸をなでおろして話始めた。
「本当はこんなはずじゃなかったんだ。本来ならば君ではなく君の妹、安西蜜柑が魔法少女に選ばれるはずだったんだよ」
「蜜柑が?」
まさかの名前に俺は驚きを隠せなかった。アイツ、魔法少女に選ばれてたのか。
「そうさ、僕の働いている会社“魔法少女派遣センター”はこの世界に現れたバクを魔法少女で撃退することを目的に設立されて、僕は今年になってやっとサポーター部門に配属されたんだ。サポーターは担当となる女の子を探して、その子と契約して魔法少女になってもらい、その子の戦いや生活をサポートするんだ。そして僕は担当の魔法少女として君の妹を選んだんだ」
「魔法少女のマスコットって会社の社員だったのか、なんて夢のない……」
「いいから聞いて!それで、あの子の住所や家族関係などを予め調べておいて、今朝家の前で待機してたんだ。君の妹が出てきたと同時に飛びついて、その時に契約を済ませちゃおうと思って」
「ああ、だからお前玄関に突っ込んできたのか。ていうか相手の了承得てないじゃん!」
なんて不当な契約だ。そんなことされたら堪ったもんじゃ……
「おい待て、テメェまさか……」
「そうだよ――あの時、まさか君が出てくるとは思っていなかったから全力で突っ込んで、なんの確認もしないで契約をしたんだよ」
しばらく間、俺たちは無言で見つめ合った。
そして同時に動いた。
「ぎゃああああああああ!やめてええええええええ!投げないでえええええええええええ!!」
「うるせぇ!責任持ってあのデカいのなんとかしてこい!」
俺はドアを全開にしてマーチをバクに投げようとした。だがこの犬握力でもあるのか前足を廊下の床から離さない。マジでふざけるな、こんなアホなミスで人を魔法少女にして、挙句バクもなんとかできないとか舐めてるとしか言いようがない。なんでこんな駄犬にそんな重要な仕事任せたのか、きっとその会社の上層部の目は節穴なんだろう。
「あーいいんだ?仮にも命の恩人にそんなことしていいんだ?僕が助けなかったら今頃君はペシャンコだったんだからね!?」
「おまっ、なんて恩義瀬がましい奴だ!そんなもん知るか、なんだったらその命を生贄に捕まってる子たちを助けに行け!」
「待ってお願い!まだアイツを倒す方法はあるんだ!」
「本当か?」
俺は一度引っ張るのを辞めて――手は離さないけど、マーチの言葉に耳を傾ける。
「君が魔法少女に変身すればばんじかいけ――いやああああああああああああ!!やめてえええええええええええ!!」
「馬鹿かお前は!男の俺が変身できるわけないだろうが!第一できたとしてもやらねぇよ!」
「やってみないとわかんないでしょ!そういうのはやってから言ってほしいんだけど!」
「だからやらねぇって言ってんだろうが!」
そろそろ本気で前足蹴り飛ばして無理矢理離してよろうかと考えた。
その時だった。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
一人の少女の悲鳴が聞こえてきた、それは俺の良く知る声だった。
まさかと思い中庭へ顔を出すと、俺の教室がある方向から愛華ちゃんがツタに引っ張られて現れた。
「立花さん!?」
「おや、もしかして知り合いかい?」
「く、クラスメイトだ、やっぱりウチの教室にもツタが伸びてたのか」
それにしてもまずいな、このままでは愛華ちゃんがあられもない姿に。そんな姿は見たくないと言えば嘘になるけど、きっとまともに直視できないだろうな。
そんな俺の心情を察知したように、マーチはニヤリと笑った。
「いいのかい少年?このままでは君の想い人があの怪物に脱がされちゃうぞ?」
「なっ、なんで想い人って!」
「あっ、本当にそうなんだー、確かに可愛いもんねー」
こいつ、鎌かけやがったな!
「ほらほら、ツタがどんどんあの子の中に入っていくよー?今丁度スカートの中に――」
「やめろ!実況すんな!」
「このままツタに制服を脱がされて……」
「うおあああああああやめろおおおおおおおお!」
俺はマーチから手を放して耳を塞ぐ。頭の中で愛華ちゃんがどんどんアイツに脱がされていく、顔が赤くなっているのが自分でもわかるくらい熱い。この野郎、俺がどういう人間かわかったのをいいことに利用しやがって!
「さぁ、魔法少女に変身してあの子を助けるんだ!」
「無理だって言ってんだろ!それに変身するにしても変身アイテム的なものはどこにあるんだよ!」
「君のポケットの中に入ってるよ、今朝入れておいた」
俺は試しに制服のポケットを一つ一つ探ってみる。すると、ブレザーの左ポケットに何か丸いものがあるのがわかった。それを掴んで出してみると、ビー玉程の大きさの、オレンジ色に輝く宝石のようなものが入っていた。
「これさえあればいつでも君は魔法少女に変身可能だよ!」
「いやだからしないっつうの!」
「ちなみに変身するには起動コードっていうのが必要で、名前に続いてセットアップと唱えれば起動できるよ」
「おい、人の話を聞け」
「さぁ、契約者として君が名前を付けるんだ!」
「だからやらないって――」
「い、いや!ふぅ、や、やめ、ぅん……」
否定する俺の言葉を掻き消すように、再び愛華ちゃんの声が聞こえてくる。直視できないのでどうなってるかわからないが、きっととんでもないことになっているに違いない。俺の迷いに付け入るように、マーチが語りかけてくる。
「ほら、早くしないと君の好きな子がどこの誰ともわからない怪物の欲求を満たすための道具されちゃうぞー?」
マーチの煽りに俺は歯を軋らせる。こいつ、完全に愛華ちゃんを出しに使ってやがる。しかもそれが俺に効果絶大なことが特にムカつく!
「名前……付ければいいんだったな……」
「そう、どんな名前でもいいよ?」
すごい笑顔なのが腹立つけど、こいつの言う通りこれしかバクを倒せる方法がない。怒りを抑えながら俺は改めてオレンジ色の宝玉を見つめる。
名前、名前か……なんかこう、呼びやすくてそれっぽい名前にするか。俺は頭の中にあるアニメや漫画に関する引き出しを開けながらしばらく考え込んだ。
そして決まった名前は――、
「あ……アフターグロー」
「ぶふっ!アフターグローって……!」
「う、うるさいな!いいだろ別に!」
「じゃあ、くっ……あ、アフターぶほっグローに起動コードを……!」
こいつ……はぁ、もういい、どうにでもなれ。男が魔法少女に変身できるわけないが、やるだけやってみよう。これで変身できなかった時はこいつを生贄に差し出せばいい話だ。
俺は目を瞑って大きく息を吐いた。怒りに揺らぐ心をゆっくりと整える。落ち着きを取り戻した俺は、覚悟を決めて目を開く。
「アフターグロー!――セットアップ!!」
その瞬間、俺はオレンジ色の光に包まれた。