第三章3 『奥様は魔法少女』
「あらあら、可愛いワンちゃん。この子がサポーターさんですか?」
「は、はい、そうです……」
「うちにもインコさんのサポーターがいますけど、ワンちゃんもいいですね~」
「そ、そうですか……」
アマガエルバクを撃退してから、俺は若菜さんと公園に行った。
俺の隣ベンチに座りながら、若菜さんはマーチを胸に抱える。豊満な胸を押し付けられて幸せなのか、ものすごくだらしない顔をしている。
目的はもちろん、互いのことについて話すため。まさかついさっき会ったばかりの人が、俺と同じ魔法少女だったなんて……なんとう超展開だ。
「あのー、もう一度確認なんですけど……本当に若菜さんがモエナちゃんなんですよね?」
「はい、そうですよ~」
「いつから魔法少女に?」
「えーと、確か……今年の始業式の日、だったと思います」
ということは、今年の四月からか。割と最近なんだな。
「なんで魔法少女になっちゃったんですか?」
「あっ、うふふ♪それなんですけどね、とても面白いんです!」
「面白い?」
「はい!光彦さんと三葉を見送って、お買い物に行こうと玄関を開けたら、突然インコさんが入ってきて……その時に魔法少女になったんです!それでインコさんがとても慌てていて、どうしたのかお話を聞いたら……うふふ♪私と三葉を間違えてしまったんですって!ねぇ?面白いでしょ~?」
うわぁ、すっごいデジャヴ。
なんだ?サポーターっていうのはどいつもこいつもドジらないと気が済まないのか?ていうか、真田先生の下の名前初めて知った。
「夕斗くんは何故魔法少女に?」
「実は俺も若菜さんと同じで……本当は蜜柑が魔法少女になるはずだったんですよ」
「まあ!それじゃあ本当だったら、蜜柑ちゃんと三葉が一緒に魔法少女として活躍してたんですね!うふふ、それはそれですごく見てみたいです〜」
「若菜さんは魔法少女になって困ってるってわけでもないんですね」
「はい!魔法少女をやらせていただいて、毎日が楽しいです!それに、昔から魔法を使ってみたいな〜って思っていたので、その夢も叶っちゃいました!」
呑気に笑う若菜さんに、魔法少女になって絶賛困っている俺は、思わず愛想笑いを返してしまった。やっぱりこの人かなり抜けてるかも。
「あっ、そうでした。大事なことを忘れてました!」
「大事なこと?」
「はい〜」
そういうと若菜さんは、エコバッグを漁り始めた。一体なんだろうか?
「これです〜」
若菜さんが取り出したのは一枚の色紙だった。
「色紙?」
「はい〜、もしユウカさんにお会いすることができたらサインを頂こうと思って、お買い物をする時はいつも持ち歩いてるんです」
「そ、そうなんですか」
「はい、よろしいですか?」
「まあいいですけど……」
魔法少女が魔法少女にサインを求めるって、なんか変な気がするけど、本人は気づいてもなさそうだな。
俺はもう書き慣れてしまったユウカのサインを手早く色紙に書いた。改めて見ると、よくもまあこんなサインらしいサインを考えついたものだ。
「はいどうぞ、『若菜さんへ』で良かったですか?」
「はい、ありがとうございます〜!うふふ♪きっと三葉も喜ぶと思います」
「ついでに自分でモエナちゃんのサインを書いて隣に飾ればどうですか?」
「あっ、いいですねそれ〜!とても面白そうです!」
俺のサインを見ながら楽しそうに微笑む姿に、少しだけ照れくさくなる。ユウカからサインを貰って喜ぶ人たちなんて何度も見たことあるはずなのに……元の姿だからかな?
「わーかーなー!!」
突如聞こえてきた大声に、俺は驚きながら周囲を見渡した。公園には遊具で遊んでいる子供だけ、声の主はどこにも見当たらない。
「あらあら、ルーチェさん」
空に向かってそう言った若菜さんに続いて俺も上を向いた。すると、一羽のセキセイインコが若菜さんの膝の上に降りてきた。
「ねぇ若菜?さっきの通信どういうこと?正体バレちゃったって!」
「はい、ユウカさんに私の正体がバレちゃったんですよ〜うふふ♪」
「うふふじゃないよどうすんだよ!このままじゃ君も俺も――」
「大丈夫です、ユウカさんは夕斗くんでしたから。ね?」
「え?」
この人今さらっと俺の正体バラしたぞ。今このインコに正体隠すかどうか模索してたのに。
「え?……えええええ!こっ、ここ、この人があのユウカちゃん!?」
「はい♪」
「おいおいおいおい、嘘だろ?まさかあの人気上昇中の魔法少女が、こんなパッとしない男子高校生だってぇ?」
「おい言葉に気をつけろ手羽先野郎、俺の魔法でからあげクンに変えてやろうか?」
「ぎゃああああああ!握り潰されるぅううううう!助けて若菜ぁあああああああ!」
片手で捕まえたセキセイインコに圧力を掛けて睨みつける。初対面の人間相手にその態度とは、どうやら死にたいらしい。
「まあ落ち着きなよ夕斗〜、そうカリカリしてると禿げちゃうよ〜」
「お前はいつまで若菜さんの胸に埋もれてゆったりしてるつもりだ、早くこっち来い」
「は〜い」
名残惜しそうに若菜さんの胸から離れ、俺の足元まで降りた。俺もルーチェを握るのをやめて地面に放した。
「ま、マーチ……お前の相棒どうなっとんじゃ……こんな愛くるしい見た目してるのに容赦なく人の肋骨折りに掛かってたぞ」
「夕斗はね、相手がどんなに可愛い動物でもアイアンクローを決められるような男なんだよ。僕も何度頭蓋骨にヒビを入れられたことか……」
「嘘つけ入ってねぇだろ。それに大体は自業自得だろうが」
「怖いわぁー、あんなに可愛くていい子がこんな凶暴な野郎だなんて、世の中ほんと怖いわぁー」
「まあまあ、ここは僕たちが温厚に済ませておこうじゃないか。それがお互いのためだよ」
こいつら本気で踏み潰してやろうか……
俺は眉を引きつらせながらも、若菜さんが見てる前だということを思い出して必死に表情を塗り替えた。
「でぇ?互いに正体が明かされたわけだけど、これからどうするの?」
「そうだね……いっそのことクレアみたいにモエナともコンビを組むのもいいかもね」
「まあ!それはとても楽しそうですね!」
「そうだな、その方がモエナも上手く売り出せそうだし……よし!それでいこう!」
モエナとコンビか……ちょっと天然で抜けてるところもあるけど、十分カバーできる範疇だし、それでもいいか。
「あっそうだ、おいマーチ……」
俺は腰を曲げてマーチの耳元まで顔を近づける。
「この際だからクレアの正体もバラして三人でチーム組んだ方がいいんじゃないか?そっちの方が多分手取り早いだろ」
「うん、僕もそう思ったんだけど、もしかしたらクレアたちが拒否する可能性もあるから、一度相談した方がいいかも」
「そうだな……わかった、じゃあ今はコンビだけってことにしよう」
「おいおいおい、コンビを組もうって時に内緒話かよ。なんか信用ならないなー」
「別に大したことじゃないよ。それに信用度で言えば君の方が低いからね」
「はあ!?何をいきなり――」
「オーロラちゃん」
誰かの名前であろう単語をマーチが口にした瞬間、ルーチェの動きが止まった。
「確かウチで事務員やってる子だよね?結構地味目だけど実はよく見ると綺麗な顔してるんだよねー」
「そ、それが?どうかしたの?」
「いやーいつだったかシアズから聞いたんだよ。ルーチェがぁ、オーロラちゃんとぉ、社内でこ――」
「お前これ以上言うな!殺すぞ?マジで殺すぞ?」
「やーんルーチェこーわーいー♪奥さんに嫌われちゃうぞ?」
「気持ち悪いんだよ!いいから何も言うな!」
マーチの首を両翼で器用に掴んで揺さぶるルーチェを、俺は冷めた目で見ていた。
途中までしか言わなかったが、大体どういうことかはわかった。ほんと、聖獣ってのはろくなやつがいないな。
「おいにいちゃん!なんだその目は!」
「いや、とりあえず若菜さんに悪影響及ぼさないでな?知っての通り結婚してるから」
「違うんだよ!俺は悪くないんだよ!あれはオーロラちゃんが――」
「えー?でも聞いた話だと誘ってきたのはルーチェだって――」
「お前ほんと黙れ!」
「あらあら、喧嘩はいけませんルーチェさん」
片手を頬に当てて心配そうに若菜さんは言った。きっと意味を理解してないんだろう。
「と、とにかく!ユウカちゃんとモエナでコンビを組むってことで!明日ウチで打ち合わせしよう!」
「そうだね、夕斗は明日の放課後大丈夫?」
「ああ、特に何もないしいいぞ」
「では明日の放課後に――」
「あ〜、ママだ〜!」
再び聞き覚えのない声が聞こえ、その方向を向いた。
公園の入り口の方から、一人の女の子がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「あらあら三葉、おかえりなさい」
肩甲骨まで伸びた黒い髪。
可愛らしい垂れ目と泣きぼくろ。
髪の色は違うがモエナに――いや、若菜さんにそっくりだ。この子が三葉ちゃんか。
「ただいま〜、こんなところで何してるの〜?」
「うふふ、ここにいるお兄ちゃんとお話ししてたの。実はこのお兄ちゃんね、蜜柑ちゃんのお兄ちゃんなの!」
「わぁ〜!この人が蜜柑ちゃんのお兄ちゃん!」
そう言った三葉ちゃんは、俺を見ながら目を輝かせていた。なんだろう、ツンツン時代に入る前の蜜柑を前にしてる気分だ。
「初めまして、蜜柑の兄の安西夕斗だ。いつも蜜柑と仲良くしてくれてありがとう」
「はじめまして〜、蜜柑ちゃんのお友達の真田三葉です〜。一度会ってみたいな〜って思ってたから嬉しいです〜!」
なんかモエナも似たようなこと言ってた気がする。流石は親子……ていうか、この子があの真田先生の娘なの?髪の色以外全然似てないんだけど!
「三葉ちゃーん!どこ行ったのー?」
「あっ、蜜柑ちゃんだ!お〜い!」
「げっ!」
公園の入り口で辺りを見渡している蜜柑に、三葉ちゃんは手を振って呼びかける。
声に気づいた蜜柑は、最近俺には見せない明るい顔になり、俺がいることに気づいた瞬間、最近俺によく見せる機嫌の悪そうな顔になった。
この態度の差は一体……
「蜜柑ちゃん、蜜柑ちゃん!蜜柑ちゃんのお兄さんがね――」
「行こう三葉ちゃん」
「えっ、どうして?」
三葉ちゃんに聞かれた蜜柑は、一度俺の方を睨んでから……
「ここにいるとキモイのが移るから」
「キモイ?……キモイって病気?」
不思議そうにしている三葉ちゃんは、蜜柑に引っ張られるように公園を出て行った。相変わらずな態度に口を引きつらせている横で、若菜さんは「夕飯までには帰ってきてね〜」と手を振っていた。やはりこの親にしてこの子あり、である。




