第三章2 『お母さん型癒し系魔法少女モエナちゃん』
「今から友達と遊びに行ってくるから、マーチの散歩やっといて」
帰宅早々、俺は妹に命令を下された。
そして何食わぬ顔で俺を押し退け家から出て行った。久しぶりに三〇文字以上会話したと思ったらこれである。仮にも兄だというのにあの態度とは、ていうか俺は家政婦か何か。
「はぁ、ただいま」
「おかえりー!」
「おう、張り切ってるところ悪いが今日の散歩は俺とだ」
「えー夕斗と!?蜜柑ちゃんは?」
「遊びに行った」
「なんだよ折角蜜柑ちゃんのパンツ見れると思ったのに……まぁいいや、夕斗!今日は商店街を通って駅前まで行こう」
「別にいいけど、何かあるのか?」
「今の時間帯なら女子高生のパンツ見放題なんだよ!」
「お前散歩の度にそんなことしてんのかよ。ていうか妹のパンツを見ているってよく兄である俺に告白できたもんだな」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないで散歩に行くよー!」
「へいへい」
俺は制服のまま、マーチを連れて散歩を始めた。
ルートは言われた通り、アスナロ通りを通過して音ノ葉駅の前まで。一応こいつがアホなことをしないようにリードは比較的短く持っておくことにした。
住宅街を真っ直ぐ進み、商店街の入り口が見えてきた。まだ入ってもいないのにアスナロ通りの賑やかさが伝わってくる。
『相変わらずここの人たちは元気がいいね』
頭の中からマーチの声が聞こえてくる。
これは所謂お散歩用の無線らしく、いつものようにスフィアを通して会話することができる。違いといえば、互いに声ではなく思考で会話しているといったところだろうか。
『バク相手に善戦しかけるような人たちが集まるところだからな、あのバクが暴れるような奴じゃなかったのもあるんだろうけど』
『あっ、あれ見て夕斗』
マーチが吠えた方向に顔を向ける。
鉄で作られた年季のある看板のすぐ横に、可愛らしくポーズを決めるユウカの姿がそこにはあった。
『あーあれか、いつだったか商店街の人に、等身大パネル作るために写真を撮らせてほしいって言われて撮ったやつだな。確か中にもいくつかあるぞ』
『なんとうか、ノリノリだね』
『きわどいアングルから勝手に写真を撮ってくるカメラマンや一般人と比べればかなりマシだったからな、なんていうの?ファンサービス?』
『ちょっとそれは意味が違うと思う』
活気のある声が飛び交う中を、俺とマーチは進んでいく。
肉屋さんから漂う揚げたてのコロッケの匂いや焼きたてのパンの匂いが余計に空腹を煽り立てる。今日は弁当を食べた後に戦った所為もあって、お腹の空き具合が尋常ではない。ここで何かを買って食べ歩きながら散歩するのもいいのだが、バイトもしてない高校生の身としては、こういうところでお金は使いたくない。
『ねぇねぇ夕斗!コロッケ食べたい!』
『金出してくれんなら買うけど?』
『あー見て見て夕斗、あそこにもユウカちゃんがいるよー』
『露骨に話題逸らしやがって……でもあれだな、こう見るとユウカもすっかり有名人だな。もはや芸能人の域だ』
『新聞やニュースに取り上げられてるし、あながち間違ってはないけどね』
『……なぁ、今ふと思ったんだけどさ。ユウカがテレビや雑誌に出た時の出演料とかってどうなってるわけ?』
そんな素朴な疑問を投げかけた途端、マーチがピタリと動きを止めた。
その様子を見て、俺の目つきは鋭くなった。
『…………おい』
『いや、あのね?これにはちゃんとした理由があるんだよ?』
『ほう、というと?』
『夕斗も知っての通り、魔法少女って怪物と戦って世界の平和を守る美少女戦士でしょ?』
『まぁ、そうだな』
『この考えはきっとオタクだけじゃなくて、老若男女全員に当てはまると思うんだよ』
『それは……一理あるかもな』
『でしょ?それなのに、魔法少女がお金貰ってるなんて知られたらどう思う?イメージが崩れたとか幻滅したって人が多数出てくるかもしれないじゃん?』
『………………………』
俺は通信に拾われないように思考を巡らせて、溜息を吐いた。
『まぁ……そういうことなら納得してやらんでもない』
『そ、そっか!それならよか――』
『但し、ただ金を横流ししてるだけってわかった時はお前を殺す』
『助けてお母ぁあああああああああああああさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!』
まるで撃ち出された弾丸のようにリードごと逃げて行った。だろうなとは思っていたが……こういうことに慣れつつある自分が少し怖い。
とりあえず逃げて行った方向へと駆け足で追いかける。すると、八百屋さんの前でガクブルと震えるマーチと、それを抱き上げようとしている母さんの姿があった。まさか本当にいるとは……
「あれ、今日のお散歩当番夕斗だったかしら?」
「いや、蜜柑が友達と遊びに行くから代わりにやっといてって擦り付けられた」
「まったく、夕斗のことが嫌いなのはいいけど、役割はちゃんと守ってほしいわね」
「俺のことが嫌いなのはいいのかよ」
相変わらずこの母親は、俺へのイジリが辛辣だ。蜜柑ほど棘はないけど、やはりこの親にしてあの子あり、って感じだ。俺もその子ではあるけど。
「あっそうだ、ついでに買い物付き合ってくれる?付き合ってくれたら好きなもの作るけど」
「マジで?ビーフストロガノフでも作ってくれるの?」
「アンタロシア人でもない癖にそんなの好きだったの?でも商店街に売ってるもので作れるかしら?」
「作り気かよ……冗談です、ビーフシチューでお願いします」
「そう、じゃあまず肉屋さんね」
「はいはいっと。ほら行くぞマーチ」
連れて行かれまいと踏ん張りを効かせるマーチを引きずりながら、母さんと共に肉屋に向かった。この商店街には小さい頃からお世話になっているが、ここの店に入るのも久しぶりな気がする。
赤い屋根が特徴的な、昔ながらの店内に入ると、母さんが何かに気づいた。
「あっ、もしかして三葉ちゃんママ?」
「あらあら、蜜柑ちゃんママ。こんにちは~」
母さんに声を掛けられ、お肉を選んでいた女性がにこやかに挨拶を返した。
腰までウェーブの掛かった、キャラメルのような薄い茶色の髪。
古着屋で買ったようなゆったりとした服。
優しさが溢れ出るような垂れ目に、左目の下で色っぽさを出す泣きぼくろ。
そして、顔よりも先に目を引かれてしまった大きな胸。
二十代前半くらいだと思ったけど、母さんの呼び方からして娘がいるみたいだから……一児の母なんだよな、この人。
「三葉ちゃんママもお買い物?」
「そうなんです、今日はハンバーグにしようと思って。蜜柑ちゃんママもお買い物ですか?」
「そうなのよ、ウチの息子がビーフシチューがいいって駄々こねるもんで」
「別に駄々こねてないし、好きなもの作ってあげるって言ったの母さんだろ」
「あら、じゃあもしかしてこの子が……」
そう言って美人なお母さんは俺の方を見た。真正面から見てもやっぱり一児の母には見えない。
「そうそう、こいつが前に話してたオタク息子!」
一体何をこの人に話したんだこの母親は。
「あらあら!初めまして、ウチの主人がいつもお世話になっております」
「あ、いえいえそんな!お気遣いなく――って、主人?」
え?俺の知り合いに奥さんがいる人なんていないような……
「そうよ?若菜ちゃんはね、アンタの担任の奥さんよ」
「俺の担任……あー、真田先生の――え、ええええええ!?真田先生の!?」
「うふふ、真田若菜です。あなたのことは時々主人から聞いてますよ?」
まるで雷にでも撃たれたような衝撃に襲われた。
まさかあの超堅物で融通が利かない真田先生に、いろんな意味で柔らかそうな若くて美人で巨乳な奥さんがいたなんて!ていうかあの人結婚してたのかよ!
「ど、どどどどうも初めまして、安西夕斗です!ウチの母さんがいつもお世話になってます!」
「何?アンタ緊張してるの?」
「バっ、別にそんなんじゃないし!驚き過ぎて緊張してるだけだし!」
「緊張してるじゃない。ていうか、今一瞬バカって言いそうになったわね?」
「あらあら、元気がいいですね~」
母さんに頬を抓られている様子を、若菜さんは和やかに笑う。こっちとしては笑ってないで止めてほしいところではあるけど。
「それにしても、真田さんのところとウチって結構関わり合い多いわよね。蜜柑と三葉ちゃんはお友達だし、夕斗は旦那さんの生徒だし。若菜ちゃんも、ウチの主人が働いてるところに元々働いてたんですものね」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、紅葉さんはお元気ですか?」
「相も変わらず元気にやってるわよ、今日も慌ただしく出てったし、もうちょっと余裕を持ってほしいものよ」
母さんは呆れたながらも、なんだか自慢げに答えた。
それにしても、相変わらず安西紅葉ってすごい名前だ。母さんも大概だけど。
「うふふ、とても仲が良さそうで羨ましいです」
「えーそう?そうかしらー?いやーなんだか照れちゃうわー」
「息子の身としてはかなりキツイよ母さん」
「どういうことかしら?」
「いえ、なんでも……」
母さんの気迫に抑え込まれ、俺はそっぽを向いた。こういうところも蜜柑に似てる……いや、その逆か。
『ぬわぁ!?夕斗大変だ!』
突然脳内に大声が響きビクッと身体を震わせてからマーチを睨みつける。脅かしやがってこいつ、さっきの件も含めて今ここで捌いてやろうか!
『バクだ、商店街にバクが!』
「ッ!?」
俺がマーチの言葉を理解すると同時に、店全体が大きく揺れた。まるで地震でも起きたかのような振動に体勢が崩れかけながら、俺は肉屋さんの外に出た。
すると目の前には、全長二〇メートルくらいのアマガエルが、こっちを見ながら鳴き声を上げていた。
「ったく、今日で二回目だぞ!本当に出現率ダウンしてるのかよ!」
『そんなこと言ってないで早く変身して!でないと商店街の人たちがまた立ち向かっていっちゃうから!』
辺りを見渡すと、待ってましたと言わんばかりに、店から装備で固めた人たちがぞろぞろと現れ始めた。さっきまでレジをやっていた肉屋さんのおばちゃんも、肉を切るための包丁を持って、鼻息を荒くして出てきた。本当にパワフルな人たちだ。
『わかったよ、すぐに変身する!』
「母さん!母さんも早く逃げて――何やってんの母さん?」
店から出てきた母さんは、何故か携帯を取り出して、バクを背にして自撮りをしていた。
「え?あー私のことは気にしないでさっきに行ってて!」
「わ、わかった」
本来なら引っ張ってでも連れて行かなきゃいけないんだけど、事情が事情なのでお言葉の通りにさせてもらおう。
俺は誰も見ていないであろう商店街の物陰に隠れ、念のため透明になっておく。
「アフターグロー――セットアップ!」
瞬く間にユウカへと変身し、アマガエルがいる空まで飛んで行った。
「待ちなさいそこのカエルさん!この商店街で何かしようものなら、この私、夕焼けの魔法少女ユウカが許しません!」
アマガエルはぎょろぎょろとした目玉を俺に向けて、両頬を膨らましながら鳴き続ける。
「おお!ユウカちゃんだ!」
「来てくれたかユウカちゃん!」
「よっ、町の英雄!待ってました!」
下から飛んでくる声援の中から、何やら一際大きい声が耳に入ってくる。それもかなり聞き慣れた声だ。その方向に顔を向けると、そこには母さんが子供の用に飛び跳ねながらこっちに手を振っていた。
「ユウカちゃーん!頑張ってー!」
「あ、あはは……」
「キャー!手ぇ振った!こっちに手ぇ振ったあああ!」
母よ、嬉しいのはわかったけど、頼むから人前でそんな大はしゃぎするのはやめてくれ。息子としてすげぇ恥ずかしい。ていうかあんなにテンション高い母さん、結婚記念日くらいでしか見たことないぞ。
「さてと、アイツが何かする前に倒さないと。カエルはいい思い出がないからな」
『また粘液まみれにされたりして』
カエルバクノイドと戦った時のことを思い出し、全身に寒気が走った。もうあんな目に合うのはごめんだ。
「まずはこれだ、トリプルタイプ・フュージョニウム!」
融合させるのは杖と電線と道路に停めてある自転車の三つ。
アフターグローは魔法陣に挟まれ光を放つ、杖の原型がなくなっていき、二つの車輪が付いた不思議な物体へと変化した。
「サンダーホイール・クラッカー!」
バトンのように杖を振り回し、二つの車輪をアマガエルバクに向かって突き出した。二つの車輪は電線で杖と繋げられ、電撃を纏いながらヨーヨーの如く飛んで行った。このまま当たれば大ダメージなのだが、そうは問屋が卸さなかった。
アマガエルは大きな後ろ足を使って高く跳ね飛んだ。縦に回りながら宙を舞った奴は、舌を高速で伸ばして攻撃してくる。その速さは俺でも目で追うことができず、まるでボクサーのパンチを目の前から見ているような感覚だ。だがコントールが悪いのか、俺には一度も当たっていない。
お店を潰すように着地したカエルはゆっくりと体ごとこちらに向けた。
そこであることに気づいた。
「あれ、アイツの頬っぺたってあんな膨れてたっけ?」
ジャンプするまでは鳴く時くらいにしか膨らんでいなかったバクの頬が、パンパンになるまで膨れ上がっていた。そして口を波のように動かしている、まるで何かを食べているように……
『あああああ!見てユウカ、アイツの口元!』
「あれは……諭吉?」
『アイツ、お金を食べてるよ!』
そうか、あの時アイツは舌で俺を攻撃したんじゃなくて、商店街にあるお金を狙って舌を伸ばしてたのか!それにしても、お金を食べるなんて、勿体なさすぎる!いや、そうじゃないな。問題は、なんでアイツはお金を食べているかだ?まさかお金が食べたいなんて願いじゃないだろうな。
『そうか、そういうことか!アイツは食べれるくらいお金が欲しいっていう願いから生まれたんだよ!もちろん食べれるくらいっていうのはご飯が食べれるくらいって意味だけど、バクはそれをそのまんまの意味で叶えようとしているようだ!』
「要するにホープが勘違いしたってこと?そんなこともあるんだね」
『ユウカ!お金のためにも早くアイツをやっちゃって!もうこれ以上僕のお金を食わせてたまるものか!』
「別にマーチのじゃないでしょ?まったく、お金のことになるとすぐこれなんだから」
俺は周りに聞こえない程度に愚痴りながら、カエルに杖を向ける。車輪が当たりさえすればいい、後はどうやってアイツを足止めするかだ……
周囲の物を見ながら思考を巡らせていると、背後から声が聞こえてきた。
「あらあら、なんて大きいカエルさん!」
「え?」
驚きながら振り向くと、俺と同じ高度に女の子が一人、片手を頬に当ててにこやかに笑っていた。
二つのお団子を付けた葉っぱのような緑色の髪。
俺と似た緑色の服装にピンク色のエプロン。
可愛らしい垂れ目に左目には泣き黒子。
そして、アフターグローやクリムゾン・オブ・レッドのような長い杖。
これは、間違いない……
「もしかして、あなたも魔法少女?」
「まあ♪もしかしてユウカさんですか?」
「はい、そうですけど」
「初めまして、魔法少女をやらせていただいているモエナと申します」
「は、初めまして、ユウカです」
「うふふ、やっぱり近くで見ると可愛らしいですね。実はユウカさんとは一度お会いしたいと思っていたところだったんです!」
「そうですか?ありがとうございます……」
モエナという魔法少女は俺の両手を握って、笑みを浮かべながらそう言った。
クレアとの初顔合わせと比べるとびっくりするくらい穏やかで、なんだか照れ臭いものがあるのだが……
でも、なんでだろう?この子はどこかで見かけたことがあるような気がする。
「あの、宜しければ一緒に戦わせてもらってもよろしいですか?」
「あっ、うん!一緒に戦おう!」
「はい、よろしくお願いします!」
まぁ、今はアイツを倒すことに集中しよう。こうしてる今でも、アイツはお店からお金を取っている。さっさと片づけないと!
「モエナちゃん!私がアイツを仕留めるから、モエナちゃんはアイツを足止めして!」
「わかりました~!」
ゆったりと返事をしたモエナは、杖をアマガエルバクに向けた。
「新鮮キャロット!」
緑色の魔法陣が展開されると、突然目の前から大量の人参が雪崩れ込むように現れた。すごい、こんな量の人参をどこから……
「ていうか、なんで人参?」
「さぁ、たーんとお食べ!」
モエナはニコニコ笑いながら、両手を広げてバクに言った。だがバクは人参には見向きもせずに、ひたすらお金を取り続ける。
「……あのー、モエナちゃん?」
「あらあら、カエルさんは人参が嫌いなんでしょうか?」
「いや、そういうことじゃないと思うよ?」
「あっ、そうでした!私ったら調理をするのを忘れてました!いくらカエルさんでも生の人参は食べれませんよね!」
「違う、そうじゃない!」
な、なんだこの子は!本気で言ってんのか!まず普通のカエルも人参は食わないだろ多分!むしろ調理したら余計食えないって!
「モエナちゃん!あのカエルさんは人参よりお金が大好きだから、人参は食べないんだよ!」
「そうなんですか?でも……お金って美味しいのでしょうか?」
「いやまぁ、確かに美味しくはないと思うよ?まず食べれないし。そうじゃなくて、あれはお金しか食べないカエルさんなの!」
「あら、それじゃあ人参では足止めできませんね」
彼女の意思でそうしたのか、山のように積まれていた人参たちは一瞬にして消え去った。
「ではこうしましょう……ストップ洗濯バサミ!」
緩い声で魔法を唱えると、五メートル程の洗濯バサミが現れ、店を襲うカエルの舌を挟んだ。すると、奴は挟まれた舌を勢いのまま戻し、洗濯バサミが開いた口にジャストフィット。舌を伸ばすことも閉じることもできなくなった。
「おお!すごいよモエナちゃん!」
「でも、少し可哀想ですね」
「確かにそうだけど……でも、お金を食べる悪い子は倒さないと!」
俺はもう一度杖を振って車輪を飛ばす。アマガエルバクはつっかえ棒になった洗濯バサミを取ることに必死で、車輪を回避する余裕もなかった。
二つの車輪はバクの首を回り、繋がっている電線が首に巻き付いた。その瞬間、カエルの全身に電撃が走り、真っ黒に焦げた。
「よし、トドメだ!」
俺は杖の融合を解いてバクに向かって突っ込んだ。
相手はまだ意識があるようだが、もう動くこともできない。
「ロッドマター・フュージョニウム!」
カエルの目の前で急上昇しながら魔法を発動。
つっかえ棒になっている巨大洗濯バサミを杖と融合させ、先端が洗濯バサミに変わった矛のようになった。
「パワープレス・シザー!」
重々しく開いた洗濯バサミを頭に合わせ、勢いよく閉じる。
何度も膨れ上がっていた頬は凄まじい力で潰され、光の粉となって消えていた。外野からの歓声を聞きながら、杖を元に戻し、アマガエルがいた場所まで降りて行った。
ボロボロの服を来た男性が転がっているだけで、ホープ・ピースは見当たらなかった。どうやら今回も外れらしい。
「まあ!流石はユウカさん、お強いですね!」
「いやーそれほどでも、モエナちゃんもナイスだったよ!」
「お役に立てたみたいで嬉しいです」
「じゃあ私はこれで、これからもお互い頑張ろうね!」
「はい!」
笑顔で別れを告げると、俺は簡易型透過機を作動させて空を飛んだ。降りる場所はめちゃくちゃ近くだが、だからこそ飛ぶ前から動かさなければならない。
さっき変身した商店街の物陰に降りた。それと同時に透過が切れたけど、誰にも見られてないしいいか。
俺は透過しないまま変身を解いた。
だがその途中で、俺のすぐ隣にモエナが降りてきたことに気づいた。
「え?」
変身解除は止まることなく、俺はそのまま元の姿に戻った。
しまった、完璧に見られた!!
焦燥感に駆られて冷や汗が噴火するように吹き出したが、それも一瞬のことだった。俺はそんなことも忘れてしまうようなことに遭遇したのだった。
「ふぅ…………あら?」
俺とタッチの差で変身を解いたモエナは、真田先生の奥さんである若菜さんへと姿を変えたのだった。
そこで俺は思い出した。
モエナと初めて会った時、誰かに似てると思った、その誰かを。
「え……ええええええええええええええええええええええええええええええ!?」




