第三章1 『結成、ブラッドオレンジシスターズ!』
「みなさんおはようございます!里山一誠です!私は今、音ノ葉駅の上空に来ています!!ここ音ノ葉は怪物の出現率が高く、都内でも第一位だという情報もあります!それはさておき、只今この音ノ葉駅前には巨大なタケノコが出現し、市民がパニック状態に陥っております!」
駅とななぽーとに挟まれている道路の真ん中で、全長四〇メートルほどのタケノコが堂々とそびえ立っている。それだけならまだ問題はない、だがパニックになっている理由はアイツの能力だ。
「なんとこのタケノコ!周囲にいる人や木の身長を吸収しながら成長しており、カメラをよく近づけてみると……タケノコの周辺に身長を奪われ小人のようになっている人たちが大勢います!どうやら一定の大きさになると縮小は止まるようですが、このままタケノコが成長すれば、小人化の被害は間違いなく広がります!」
「里山アナ、あれ!」
「ん?……おおおおおおおおおおおっと!!皆様ご覧ください!!タケノコの正面に浮かぶあの赤色とオレンジ色のコスチューム!!間違いありません!あの二人です!!」
ヘリコプターから聞こえてくるバカデカイ声を耳にしながら、俺は何度も練習したフォーメーションについた。
「私の愛よ、黄昏に届け!夕焼けの魔法少女、ユウカ!」
「我が炎よ、煉獄へ誘え!隻眼の魔法、クレア!」
「静寂に包まれし無垢なるこの世を!」
「赤橙色に染め上げる!」
「「私たち、ブラッドオレンジシスターズ!」」
斜め下後方から勇ましい声援が聞こえてくる。ほんとに避難しているのかってくらい聞こえてくる声の音量が大きい。そしてこれは、何度やっても恥ずかしい……
「クックックッ……今宵も愚かしい人間共の悲鳴が聞こえる……」
「悲鳴じゃなくて歓声だよ、しかも今お昼時だし。ていうか……やっぱりこれ恥ずかしいよ!」
「何を言う、魔法少女らしい名乗りが欲しいと言ったのは貴様ではないか」
「確かに言ったけど……」
「そんなことより、冷たき地には未だ小人になりし者たちが無数に存在する。このままではあの大地を貫きし月姫の揺り籠を葬ることができないが……」
「そうだね、先にこの人たちを避難させよう!アフターグロー、バクの周辺にいる人たちの位置を教えて!」
「イエス、マスター」
「我々も行くぞ、クリムゾン・オブ・レッド!」
「イエスサー」
スフィアが示す場所を回って、タケノコバクから散り散りに逃げていく人たちを救出していく。大きさはまちまちだが、一〇センチまで縮んでいる人が大半だった。おそらくこれが身長が縮む限界なのだろう。
「クレアちゃん、そっちはどう?」
「小人共の救済は完了だ。後は……」
「あのタケノコバクを倒すだけだね!」
「ふっ、我が黒き炎を確とその目に焼き付けるがいい!」
俺は構えを始めたクレアを視界に収めながら、タケノコの上空へと移動する。いつもなら動いている間も周囲に使えるものがないか確認をしているが、ここで戦うのも両手では数えきれないほどになっていることもあり、どこに何があるかは大体見当がつくようになっている。
「黒き炎よ、我が声の導きに従い答えよ。魂魄すらも爆ぜ消えし、大いなる猛火となれ――シュバルツブレイズ・バースト!」
高らかに呪文を唱えると、タケノコを中心に黒い炎が爆発的に燃え上がった。それと共に重低音な絶叫が駅前を覆いつくした。上空で待機していた俺も思わず耳を塞いでしまうほどの爆音だ。もしかしたらこれは、あのバクの悲鳴なのだろう。アイツらは喋らないと思っていたが、動物のように鳴き声程度は出せるようだ。
「さてと、私も――」
アフターグローを両手で持ち、大きく上に振りかぶった。
「トリプルタイプ・フュージョニウム!」
振り上げた杖を中心に、役目を終えて消えようとしている黒い炎と居酒屋や飲食店が纏まっているビルを融合させる。
「ブラックフレイムインパクト!」
ビルの形に燃え上がる黒い炎の塊を、頭部の代わりにしたスレッジハンマーは、俺を支点にしてタケノコの目掛けて降下する。
黒く焦げめが入ったタケノコバクは、超重量と黒い炎に襲われ地面に数センチ程めり込んだ。今度は悲鳴もあげることなく、静かに光の粒となって消えていった。
融合を解除した俺は、奴のいた場所に足をつけた。周囲を確認してみたが、小柄な男性がいるだけで、ホープ・ピースは見当たらなかった。この間コマバクノイドからホープ・ピースが出てきたから、もしかしたら出てきたらするかなって思ったのだけどな。
「感じる……欲望の化身の魂が、煉獄へと導かれるのを……」
「お疲れ様クレアちゃん、今日は失敗しなかったね」
「なっ、何を言う!この煉獄の魔王である私に失敗など――」
「昨日三回連続で魔法不発したのはどこの誰だったかな?」
「そ、その時はただ……煉獄に溜まりに溜まった哀れな魂たちが叛逆を――」
「あっ、カメラ来たよクレアちゃん」
「人の話を聞きなさいよ!」
若干素が出かけているクレアを無視して、俺はいつものように報道陣のカメラとマイクに向き合う。
「お疲れ様です!いやーこの頃絶好調ですね、ブラッドオレンジシスターズ!」
「ありがとうございます!」
「今回の決め手はなんでしょうか?」
「そうですね、やっぱりクレアちゃんの魔法のおかげですね。ブラッドオレンジシスターズを結成してから、クレアちゃんの魔法には助けられることが多いですから」
「クックックッ……我が炎は魂を燃やし、紅の剣は全てを切り裂く!この煉獄の魔王である私と徒党を組むことができた己の幸運に感謝するがいい」
「その代わり、私が助けてることも多いけどね」
「そ、それとこれとは話が別だ!」
最初は緊張で少し固かったクレアも、だんだん普通のインタビューにも慣れ始めてるようだ。アドバイスした身としては感慨深いものだ。
「ところで、ブラッドオレンジシスターズというコンビ名はどちらが付けたんですか?」
「いえ、名前は二人で考えました!クレアちゃんに任せると“黄昏魔十字軍”って名前になるので」
「せっかくいい名前が思いついたというのに、何故ダメなのだ!」
「魔法少女のコンビ名でそれはちょっと……」
「むぅ……まぁ、名乗りの方は多少好きにさせてもらったから、あれで妥協したのだがな」
「あっ、そろそろ戻らないと。それでは皆さん、背を伸ばしたい時は牛乳を飲みましょうね!」
俺はカメラに向かってちょっとした注意を呼び掛け、クレアと共に空へと消えた。地上から手を振る人たちに笑顔で手を振り返し、誰も上を見ている人がいなくなるのを確認してから一息吐いた。
「お疲れ様です先輩、いやー今日もありませんでしたね、ホープ・ピース」
「そうね……」
「でも今回の敵は比較的倒しやすくて良かったですね、昨日のなんて倒すのに苦労しましたし」
「ええそうね、苦労したわね……」
「……あの、片桐先輩?」
「何かしら?」
「もしかして……怒ってます?」
クレア元い片桐先輩の顔を窺いながら、俺は恐る恐る尋ねてみた。俺と目を合わせたその表情は、とても不機嫌そうだった。
「別に?昨日の失敗をわざわざ蒸し返して、カメラの前でいじったことについて不快に思ってたりとかしてないわよ」
「いやあの、マジすみません……」
「受けがいいのはわかるけど、ああいうのはどうかと思うわ」
「でもほら、クレアって基本イジられポジションじゃないですか?そういうところも可愛いってネットでも評判ですし」
「私が嫌なの!それにクレアはイジられポジションじゃなくて、不敵で謎めいたミステリアスポジションよ!」
「自分でそれ言っちゃうんですね、ていうかそういうところが――」
「な・に・か?」
「……いえ、なんでもないです」
先輩はそっぽを向いて先に学校へと飛び去って行った。クレアと魔法少女コンビを組んでから一週間、俺の中にある片桐先輩のイメージ像はすっかり変わってしまった。まぁ、それだけ俺を信頼してくれていると思えば、悪いことじゃないのかもしれない。




