第二章幕間『雨雲一つない空の下で』
「聞いた?なんか先週の金曜の放課後、ウチに怪物が出たんだって」
「知ってる!私部活あったから体育館で見てたんだけど、屋上に竜巻出来ててびっくり!」
「マジ?」
「しかもその後空からデッカイ剣みたいなのが落ちてきて、校舎真っ二つよ!」
「それなら私も見た!帰ってる途中に空が赤くなったから何事かと思ったよ」
「あれって魔法少女の魔法なんだってね」
「ユウカちゃんの魔法なの?」
「違うみたい。名前なんだったっけ?今朝ニュースでやってたんだけど……」
「それってもしかして、クレアちゃんのことかな?」
「……アンタ誰?」
「すごいよねあの子も。宣言通り怪物を倒してしまうんだから、これを機に他の魔法少女たちにも注目が集まるかもしれないな」
「いや、だからアンタ誰よ」
大富豪の罰ゲームで『おそらく自分のことを顔すら覚えていないであろう女子の会話に突然割り込む』の餌食になっている馬場を眺めながら、俺は昼食を取っている。あの子たちとは同じクラスのはずなんだけど……強く生きろ、馬場。
「あれ、そういえば渡邊のやつ今日来てないの?休み?」
「俺も連絡してみたんだけど返信なくてさ、なにやってんだろうなアイツ」
「どうせ家でゲームでもしてんだろ?」
オタク仲間たちの会話を聞いて、俺はアイツの現状を話そうかどうか考えた。あの後、渡邊はすぐに病院へ運ばれて現在入院中。完治までどのくらいになるかはまだわからないけど、コンクリートの塊を真正面から食らってたし、学校に来れるのは夏休みの後かもしれない。
「安西君!」
名前を呼ばれて振り向くと、いつもの明るい笑顔で愛華ちゃんがこっちに向かっていた。この間もあなたのその天使のような笑顔に救われました。
「た、立花さん!どうしたの?」
「えーと、今日これから……いいかな?」
愛華ちゃんは少し前屈みになり、周りに聞こえないように小声で伝えてくれた。顔が近づいたことに内心ドキドキしながら、俺は両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん立花さん!実はこれから用があって……明日でもいいかな?」
「そっか、ちょっと残念だけど仕方ないね」
「ほんとにごめん、立花さん」
「ううん!大丈夫、気にしないで」
あぁ〜、少ししょんぼりしているところもまた可愛いらしい〜。そしてなんて心の広い人だ、流石は我らがアイドル!
俺が愛華ちゃんの愛らしさにメロメロになっていると、突然教室内がどよめき始めた。普段からそれなりに騒がしくはあるが、それとはまた別の騒ぎ方だ。その原因に心当たりがあった俺は、教室の出入口付近に顔を向けた。
そこでは二年生であるはずの片桐先輩がウチの教室の中を見渡していた。
「ごめんね立花さん、ちょっと行ってくる」
「う、うん、いってらっしゃい」
俺は弁当を軽く片付けてから廊下に出る。俺に気づいた先輩は、教室の中からこっちに視線を移した。教室はさっきよりもうるさくなっていたが、今は気にしないでおこう。
「すみません、わざわざ来てもらって」
「これくらい平気よ。それじゃあ行きましょう」
先輩の後ろをついて行くように、俺は廊下を歩き出した。はたから見たら風紀委員長に連行される生徒に見えるだろうけど、そういうわけではない。片桐先輩とは話したいことがある、主に先週のことについて。
しばらくして、俺と片桐先輩は北側校舎の屋上に到着した。この数日で何度ここに来たことか。
「……ここなら誰にも聞かれたりはしないわね」
「そうですね……」
会話を始めて数秒、すぐに沈黙が訪れた。
話すことはあるのだが、なんだか緊張してうまく切り出せない。片桐先輩も俺と同じなのか全く口を開かない。
「「……えーと。あっ」」
「あ、貴方からどうぞ?」
「いやいや先輩から……」
なんてベタなことしてるんだ俺たちは。
「いえ、そもそも貴方が話したいことがあるって私に言ってきたんだから。貴方から話すのが普通じゃない?」
「あっ、確かにそうですね。じゃ、じゃあその……」
俺は一度大きく深呼吸をしてから、勢いよく頭を下げた。
「お願いします!!ユウカの正体について誰にも話さないください!!」
「えっ」
「その代わりと言ってはなんですけど、こっちもクレアが先輩だってことは誰にも言いません!マーチにも報告なんて絶対させません!だから――」
「わかってるわ」
「え?」
思わぬ返答に俺は顔を上げた。片桐先輩は以前屋上で見せたような優しい顔で俺のことを見ていた。
「ユウカの正体が貴方だってことは誰にも言わない、ペルソナにも報告しないように伝えてあるわ」
「ほ、ほんとですか!?」
「ええ、あのバクノイドを倒すことができたのも、貴方のおかげだし」
それにと、片桐先輩は俺の目の前まで歩み寄り、顔を耳元まで近づけた。
「貴方がいなくなったら、誰が私の側にいてくれるの?」
「――ッ!?」
俺は思わず先輩の顔を見た。
俺の反応に片桐先輩は、面白そうにクスクスと笑った。な、なんだこの人!すごい真面目な人かと思ったらこんな可愛らしいことする人なの!?ていうか先輩は全く動じてないし、これが年上の余裕ってやつなのか?
「それと、私から提案というか、お願いなのだけど。しばらくの間、私と組んでくれないかしら?」
「先輩と組む?」
「ええ。あんまり差がないとはいえ、魔法少女としても私の方が先輩だから、貴方に色々と教えられることもあると思うの」
「まあ、確かに……」
「その代わりに、貴方からも私に教えて欲しいの。表舞台での活躍の仕方とか、メディアでのいい受け答えとか。今の私のやり方じゃ、またユウカちゃんに叱られるから」
「先輩……」
「それで、どうかしら?」
片桐先輩は少し不安そうな表情で俺に問い掛けた。魔法少女であっても、独りなのは嫌なのかもしれない。今回のことでそれがより見に染みたのだろう。
俺の答えはすでに決めている。だけど、それより先に確かめたいことがあった。
「――いいんですか?」
「え?」
「俺、男なのに魔法少女やってるんですよ?俺のことを応援してくれている人たちを、俺は騙してるんですよ?それに……男が女のふりして気持ち悪いだとか、ユウカの体で何かやましいことをしてるとか……そういうことを思ったり、考えたりしないんですか?」
俺の懸念。
それは男子高校生が世間を騙して魔法少女をやっている。そのことについてどう捉えているか。それが一番不安であり、怖いこと。もし少しでもよく思っていなかったのなら、先輩のためにも組まない方がいい……
「――正直に言えば、最初は驚いたし、貴方が言ったようなことも考えたわ」
「そう、ですよね……」
「でも、それはあくまで最初だけよ?」
「え?」
「だって、あまりよく知らないはずの私の話を、まるで自分のことのように深く受け止めてくれて、魔法少女としてのあり方についてあんなに熱く語れる人が、悪い人だとは思えないもの。それに男が女になることは別に悪いことじゃないでしょ?世の中にはオカマやニューハーフもいることだし」
「お、オカマやニューハーフと一緒にされるのも、なんだか複雑ですけど」
「とにかく、私はユウカが貴方であることを踏まえて、貴方と共に戦っていきたい。そう思っているのよ」
なんだろう、最近魔法少女になった所為か涙腺が緩くなってきている気がする。今にも涙が出そうだ、でも今は、先輩に答えを返さないと。
俺は目を擦って、右手を差し出した。
「これからよろしくお願いします。先輩!」
「ええ、これからよろしくね、安西くん」
「はいっス!」
白い雲が優雅に青空を泳ぐ。そこに雨雲は一つもない。その下で握手を交わす俺と先輩の顔にも、雨雲は一つもなかった。
「それにしても俺も驚きですよ、まさか先輩が中二病だったなんて」
「うっ……誰にも言わないでよ?」
「わかってますよ。ちなみにいつ頃からそんな感じだったんですか?」
「……中学一年生からよ」
「生粋ですね、むしろフライングですね。あっそうだ!俺の友達に中二病患者いるんで紹介しますね!」
「ちょっ、やめなさい!連行するわよ?」
「……我が名はクレデリアス・リベリオン・ヴェルメリオ・パーガトリー13世!」
「魔界を統べる煉獄の魔王!――って!今写メ取ったわね!ちょっと待ちなさい!」
その後、五時間目が始まるまで、俺は先輩と写メを巡ったチェイスを繰り広げた。放課後みっちり叱られたけど、それほど苦ではなかった。




