第二章21 『魔法少女として』
衝撃に次ぐ衝撃。
渡邊の体内から現れたコマバクノイドに、俺と片桐先輩は釘付けになっている。だが、これでわからなかったことが一つわかった。
「なるほど、バクノイドっていうのは出るのも消えるのも自由自在ってことか。どうりで人がいない海の上に現れたり、突然センサーから反応がなくなるわけだ」
「まあその分、離れ過ぎると力が弱くなるみたいだけど。台風を起こすのに支障はなかったよ」
メガネを人差し指でクイッと上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「……バクノイドから望みを聞いた時、すぐにお前だとわかってれば、こんな面倒なことにはならなかったのにな」
「それは無理だろ。ゲームやりたいから休校にならないかなーなんて、日本全国の高校生の何割が思ってるかわかったもんじゃない。それに、今日は学校を休みたいなんて誰でも考えること……犯人が俺だって特定するのはほぼ不可能だろ」
「ははっ、それもそうかもな……」
「さて、それじゃあそろそろ始めるか。こいつも、台風を作りたくてウズウズしてるし」
バクノイドの攻撃に巻き込まれないように、渡邊は後ろに下がった。コマバクノイドは両手の独楽を叩きつけて火花を散らし、闘志を焚きつけている。
「片桐先輩。わかってるとは思いますけど、校内にはまだ生徒がたくさんいる。アイツが台風を起こす前に片づけないと」
「わかってるわ……」
そういうと片桐先輩はゆっくりとバクノイドの前まで近づく、その間にブレザーの中に手を入れ、何かを取り出した。その手にあったのはひし形の赤い宝石のようなものだった。
「クリムゾン・オブ・レッド――セットアップ!」
一瞬、視界が赤い光に包まれた。
目が眩んで思わず顔を背けたその間に、片桐先輩はクレアに姿を変えていた。第三者の視点から魔法少女の変身を見たのは初めてだ。
「クックックッ……さぁ、煉獄の焔に燃えるがいい!」
「いくぞ、赤い魔法少女!」
コマバクノイドは両腕を上にあげると、独楽が回転を始めた。早速台風を起こすようだ。
「ふっ!やはり隙だらけだな……黒き焔よ、灯れ――シュバルツブレイズ!」
杖の先から黒い炎が燃え上がり、バクノイドに向かって広がっていく。それに対して、向こうは一歩も動かくことはなく、全身が炎に包まれた。
「ふん、どうだ?魂をも焦がす黒き炎の味は……」
「……なるほど、これが貴様の魔法か」
「そうだ、我が魔法はこの世に現存しない煉獄の裁きを司りし魔法。人間世界に満ち溢れる裁きの集合体を操りし貴様などに、我が魔法は破れまい!」
威勢よく振舞うクレアの前で、コマバクノイドは動くことなく焼かれ続ける。このまま焼失すればクレアの勝ちだ。でも……なんだ、この妙な胸騒ぎは?
「――ふん、他愛無し」
そんな小さな声が耳に届いた瞬間、俺は爆発的な向かい風に襲われた。
「な、なんだ!」
「ッ!?」
吹き荒れる暴風に吹き飛ばされないよう座りながらも前屈みになる。屋上の砂埃が舞い上がり、霧のように空間を染め上げていく。目に埃が入るのを堪えながら、必死に視線を戻す、そこにはバクノイドの姿はどこにもなかった。
その代わりに、小さな竜巻が一つ。空に向かって伸びていた。
「あ、あれは……」
「馬鹿な、煉獄の炎を掻き消しただと!」
「ふん、こんなものか?煉獄の裁きというものは?」
竜巻の中からバクノイドの声が響いてくる。アイツ、回転のさせ方によってはこんなこともできるのか!
「くっ!黒き焔は魂を裁く煉獄の使徒。天上へと突き貫け、魔者の槍――ブラックバーン・ランス!」
砂塵を巻き起こす竜巻の足元から黒い炎が湧き出るように溢れ始め、まさしく槍のように火柱を立てた。竜巻は炎に飲み込まれ、姿を消した。
だが、それもほんの一瞬のことだった。
黒い火柱は内側へと吸い込まれ、ミキサーで混ぜられるように回転しながら消え去った。竜巻の勢いはさっきとまったく変わらない。
「そんな……ブラックバーン・ランスが通用しない?」
「これで終わりか?ならば、こちらから行かせてもらおう!」
竜巻と一体となっているバクノイドは旋回を始め、その円を外へと広げていく。その動きはまさに独楽そのものだ。その度に風が徐々に強くなっていく、堪えるのも精一杯だ。
「アイツ、激しい動きはできないはずじゃなかったのか?」
「ハッハッハッ!確かに台風を起こしている時は崩れてしまうから走ることもできなかったが、竜巻の時だけは自由に動くできるようになったのだ!」
「バクノイドでも試行錯誤ってするんだな」
「それがどうしたというのだ!炎が効かないのであれば、それ以外の魔法で貴様を葬ればいいだけのこと!一〇《じゅう》は二にして翼となり、二は一〇《とう》にして劔となる。我が真紅は断ちし物にして斬ちし物――ソードフェザー・スカーレット!」
クレアの背中から赤い剣で出来た翼が広がる。
「我が真紅の翼に切り裂かれるがいい!」
一度後ろに飛び上がると、旋回しながら迫ってくるバクノイドに滑空しながら接近する。クレアは竜巻とすれ違うように横を通り抜け、大きく広げた翼は竜巻の根本を切り裂いた。
だが――
「ッ!?」
「いない!」
屋上の床に足を付けて回転していたはずのバクノイドは、竜巻の根本にはいなかった。まさか、と思った俺は竜巻を見上げる。屋上から一〇メートル離れた高さに、奴の影が見えた。
「先輩、上だ!」
俺が警告をした瞬間、竜巻の中から貫くように竜巻がもう一つ現れた。矢の如く撃ち出されたその竜巻はクレアに激突、爆風に飲まれた彼女は宙へと放り投げられた。
「他愛無し!やはりその程度か魔法少女よ!」
バクノイドは竜巻を操り無防備に宙に出されたクレアを飲み込んだ。
「クレアちゃん!」
竜巻の中から物体同士が激しくぶつかり合うような耳障りな音と、クレアの声が断片的に聞こえてくる。あの中で何が起きているのか、頭が思考を止めるほど、想像するのを拒絶する。
旋回を続けていた竜巻は徐々に円を小さくしていく。その途中で竜巻の中の音が止み、それと同時にクレアが竜巻の外へと放り出された。クレアは勢いを殺すことなく屋上を転がり、俺の前で停止した。
「先輩!しっかりしてください、先輩!」
自由の効かない手足を使ってなんとかクレアに近寄る。車の衝突にも耐えるアブソーバードレスは無残にも引き裂かれ、腕や足には傷が何か所にもあった。意識はあるようだが、呼びかけても苦しそうな声しか返ってこなかった。
「勝負はついたみたいだな」
「渡邊……!」
「ユウカちゃんとも決着をつけたかったけど、その様子じゃ無理みたいだし。今日は学校を壊して終わりか」
「宿主よ、もう台風を起こしても構わないか?」
竜巻を止めたバクノイドは、後方にいる渡邊に問いかける。アイツは一度校舎の方を一瞥してから首を振った。
「やっぱり台風はなしだ。今思えばまだ中に他の生徒もいるし、流石に巻き込むのは可哀想だ」
「ならば、少しずつ削っていくのはどうでしょう?先ほどの竜巻を応用すれば、屋上から少しずつ校舎を削れます」
「そうだな……よし、それで行こう!」
「了解!」
コマバクノイドは右腕を真上に掲げた状態で、腕と両脚を高速回転させた。すると、ドリルのような形をした竜巻が爆風を起こしながら発生した。風の強さはさっきの竜巻よりも強く、上に向かって暴風が吹き荒れている。さらに、ギリギリという堅いものが擦れるような騒音が耳を貫いてくる。
「ちょ……まずい、この強さ――うわあああああああああああああああああああああああ!」
上へと巻き起こる暴風に耐え切れなかった俺の体は、空に向かって吹き飛ばされた。高さで言えばざっと一五メートル、屋上の外に放り出されていないが、今の俺は手足が使えない。イコール、このままじゃ死ぬ――!
「やばいやばいやばいやばい!アフターグローセットアップ!セットアップゥうううううう!!」
変身が完了したのは床に激突する三秒前。俺は二回ほどバウンドしてから屋上の出入口にぶつかって止まった。あと数秒遅かったらどうなってたか、全身から冷や汗が止まらない。
「あっ、先輩は!」
手足を動かし慌てて起き上がると、先輩は俺の斜め上に転がっていた。もうすでにボロボロだったので怪我したかどうかはわからない。
「俺は怪我してないけど、大丈夫かな先輩……」
「だ、大丈夫だ。今頃自動治癒システムが稼働している頃だろう」
「ペルソナ!お前も大丈夫か?」
ステンレス製の扉に背中を預けて座っていたペルソナは、俺の返事に答えるようにゆっくり立ち上がった。
「なんとかな……それよりも、早く奴を止めなくては……」
竜巻は勢いを強めながら下へと進行しようと回転する。心なしか音がさっきより鈍くなってきている、それに竜巻の中に灰色の塊がいくつか混じっている。もう屋上を削り始めているのか!
「アハハハハ!いいぞ!その調子でどんどん屋上を削るんだ!」
「あの、宿主?嬉しいのはわかりますが少し近すぎでは?」
「何言ってんだ!このままいけば学校は長期休校になるんだぞ?その瞬間を近くで見ないでどうする!それに飛ばされそうだったらお前が風を調節すればいんだし、何かあったらお前がなんとかべぇ――」
竜巻で削られ取り込まれていたコンクリートの塊(直径五〇センチ程)が、渡邊にクリーンヒットした。アイツは一言も発することなく、五メートル以上飛んで行った。
「宿主ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ああ、天罰が……」
「ぐぬぬ……おのれ魔法少女!よくも宿主を!」
「いやお前の所為だからな!」
「だがしかし!宿主の願いは、これだけは決して邪魔はさせぬ!」
八つ当たり気味に竜巻の勢いを加速させ、次々に掘り進めていく。クソッ、このままじゃ本当に学校が削れて無くなる!
「おいペルソナ、これ外してくれ!」
「ダメだ、その魔法は制限時間が終わらない限り外部から解除することはできない!」
「それならこんなものぶっ壊してぇ……ぇえええ!クソ、全然ビクともしない!」
「元々は魔法少女拘束用の魔法だからな、アブソーバードレスの力があっても千切れはしない」
「なら俺の魔法でこの鎖と何かを融合させて疑似的に解除を――」
「ちなみに、それで拘束されている間は魔法は一切使えない」
「なんつうもん使ってくれちゃってるわけ!?じゃあ、制限時間はあと何分だ?」
「……い、一時間」
「ふざけんな!学校消えるわ!」
最悪だ!目の前で学校が壊されてるっていうのに何もできないなんて!どっかの駄犬もそうだけど、聖獣ってのはどいつもこいつもポンコツか!
「ど、どうしよう……一体、どうすれば……」
学校は現在進行形で削られている。クレアじゃあアイツには勝てない。俺は変身してるのに何もできない……状況は絶望的だ。このまま渡邊の思惑通り、学校がなくなるのを指をくわえて見てることしかできないのか……!
「ゆ、ユウカちゃん!?」
「え?」
不意に呼ばれて横を向くと、暴風に煽られながら扉の縁に捕まっている愛華ちゃんが、驚きの表情を浮かべて立っていた。
「な、なんで愛華ちゃんがここに!?」
「部活があるから校庭に出てたんだけど、屋上に突然竜巻が起きて……普通じゃあ有り得ないからもしかしてと思って来てみたの!」
説明を終えた愛華ちゃんは、目の前の惨状に息を飲んだ。竜巻が校舎を削ってる、何も知らない人が見れば恐怖以外の何物でもない。
「ここは危ないから、早く逃げて!」
「でもユウカちゃん動けないんでしょ?なら私が――」
「いいから早く逃げて!もう学校にいること自体が危なくなってるの!これでもし、愛華ちゃんが怪我したら私……」
きっと、あの時何もできなかった自分が殺したいほど許せなくなる。その先の言葉はユウカとして口には出さなかった。
「ユウカちゃん……」
愛華ちゃんは俺と竜巻を交互に見据えてから、一度だけ頷いた。
「私、校舎に残ってる人たちを避難させてくる!」
「え?」
「ありがとうユウカちゃん、私のことを心配してくれて。でも、私だってユウカちゃんのこと心配なんだよ?いつも自分より何十倍も大きな怪獣から、私たちを守りながら戦ってる。今だって手足が縛られてるのに、あの竜巻をなんとかしようとしてくれてる……だけどこのままじゃ、いつか絶対に大怪我しちゃう。そうなったら、私だって悲しいよ」
「愛華ちゃん……」
だから、と愛華ちゃんはいつものように笑顔を咲かせる。
「私にユウカちゃんを助けさせて?あなたが私を助けたいのと同じで、私もユウカちゃんを助けたいの」
そう言って愛華ちゃんは、四階への階段を駆け足で降って行った。
俺は目頭が熱くなっているのをはっきり感じた。心が温かい、今まで最悪だった状況も、絶望的ではないように思えてくる。
「やっぱり愛華ちゃんは、俺にとって希望の光だよ……」
ありがとう、おかげで止まりかけていた頭も回り始めた。
俺は襲い掛かる暴風の中を掻き分けクレアの元に向かう。ペルソナの言っていた自動治癒システムとやらが正常に機能しているのか、クレアは辛そうにしながらなんとか起き上がっていた。
「クレアちゃん!」
這いよって近づく俺の声が届いていないのか、クレアは座ったまま竜巻を茫然と眺めていた。その姿からは今までのクレアや片桐先輩が結びつかないほど覇気がなかった。
「クレアちゃん!……クレアちゃん!!」
ようやく俺の声が耳に届いたクレアは、ゆっくりとこちらに顔を向けた。その顔は酷くやつれていて、今にも泣きだしそうだった。
「……私……最低よね」
か細い声でクレアは呟いた。
「テレビで活躍する貴方を見かけてから……貴方みたいになりたい、貴方以上になりたいって思うようになったわ……どうすればあんな風になれるか考えて……私もバクノイドを倒せば、貴方みたいになれるんじゃないかと思って、あのバクノイドを利用しようとしたわ……だけど、私は弱かった……貴方みたいに強くなかった……学校も、守れなかった……」
ポツリポツリと、雨のように涙が床に流れ落ちる。その顔は悔しさに歪んでいた。きっと許せないのだろう。自分の力の無さと、この状況で泣いてしまっている弱い心に……
俺は体を起こして膝立ちになった。
「――クレアちゃん」
顔を上げたクレアに向かって、俺はおもいっきり頭突きをした。
「い……ッ!!な、何よいきな――」
何か言おうとしているのも無視して、自分の額をクレアの額にくっけた。突然のことで驚く先輩の目を、俺は強く睨み付ける。
「いいか、よく聞けクレア。俺はな、お前の正体を突き止めたら……そいつのことを一発殴ろうと思ってたんだよ」
「ッ!」
「お前のやり方は確かに注目される、俺以上に目立ちもする。これもちゃんとした作戦だって、少しは理解してる……だけど、アイツを見逃した分、台風の危機に一般人は見舞われることになる。そうなれば被害も今まで以上に拡大する……俺はお前のやり方が気に食わない!他人を危険にしてまで人気者になろうとするお前がムカつく!俺たち魔法少女は、バクやバクノイドから人々を守るのが仕事だろ!それを放棄してまで手に入れた人気なんてなんの価値もない!ハッキリ言うぞ、今のアンタは魔法少女失格だ!!」
きっと魔法少女になる前の俺なら、こんなことは言わなかっただろう。いいことと悪いことの分別はあったけど、それでもここまで激しく気持ちが昂ったりはしない。これもきっと、魔法少女になったおかげなのかもしれない。
「だけど、今ならまだ間に合う」
「え……?」
俺はクレアから離れて破壊を続ける竜巻を見据える。
「今ここでアイツを倒せば、クレアちゃんの計画の通りになる。周りに被害を出すことなく、みんなに注目される人気者になれる」
「……無理よ。私の魔法じゃアイツは倒せない」
「いや、倒せる。クレアちゃんの魔法なら、あのバクノイドを倒せる」
そう言い切っている俺を見て、クレアは首を傾げる。
「――サンクチュアリーヘル・バスタード」
「ッ!!なんでその名前を!」
「言ったはずっスよ?俺はあのノートを拾って読んだって。あの魔法なら竜巻ごとアイツを倒せますよ。なんたって街一つ吹き飛ぶらしいですからね」
「む、無理よ!あの魔法、一度も成功したことないのよ?それ、本当にそこまで威力が出るかわからないし……やっぱり無理よ……」
クレアは再び表情を暗くして俯き始めた。今までの戦いを見る限りじゃ、確かに大きな魔法は失敗するかもしれない。だけど、もう竜巻を止める方法はこれしかない。ここはなんとしてもクレアに頑張ってもらわなければ……
すっかり黙り込んでしまったクレアに対して、俺はわざとらしく大きなため息を吐いた。
「はぁー……じゃあしょうがないっスね?このまま学校は崩壊、被害もさらに甚大!クレアちゃんの人気もガタ落ちだろうなー」
「うっ………」
「でもしょうがないっスよね?煉獄の魔王のクレアちゃんが無理だって言うんだから。まぁでも、魔王が使う魔法なんて所詮はその程度ってことですよねー?」
ピクッと、顔を伏せていたクレアちゃんの体が動いた。
「…………なんだと?」
「サンクチュアリーヘル・バスタードなんて仰々しい名前だけど、結局はデッカい剣を落とすだけの魔法ってことですもんねー。そりゃ竜巻だって吹き飛ばせないわなー」
わざとらしく演技をしながら、横目でクレアを見る。顔は伏せたままだが、体が小刻みに震えている。
「どうしましたかクレアちゃん?竜巻が怖くて震えてるんですか?」
「――ふっ……ククッ、クックックッ……クハハハハハ!!」
クレアは背中のマントを翻しながら真っ直ぐに立ち上がった。
「私の魔法が竜巻も吹き飛ばせない、その程度の魔法だと?……クックックッ、貴様……私の前で言ってはならないことを口にしたな!」
右目の眼帯を投げ捨てるように外し、クリムゾン・オブ・レッドを強く握り構える。その後ろ姿は、いつものクレアのものだった。
「いいだろう、貴様に見せてやる!我が魔法が如何に超絶的であるのかを。そして、慄くがいい!これが魔者の頂点に立つ煉獄の魔王の実力だ!」
「ハハッ、そういうことなら……任せましたよ、先輩!」
大きく深呼吸を繰り返す、気持ちを整え眼前の敵に意識を絞る。
一度も成功したことのない魔法。だけど俺に不安感は一切なかった。今のクレアはただ注目されたいだけの中二病少女じゃない、学校を守るために戦う魔法少女だ。きっと――いや、絶対にやってくれる。
「蒼き空は紅に染まり、白き大地は赤く染まる。汝は神が落とし短剣、天より出し裁きの刃。ならば、これは偶然にあらず、神が定めし必然なり。時は来たれり、大地を切り裂け、天上の劔――サンクチュアリーヘル・バスタード」
言葉を紡ぐクレアの声が、砂塵の舞う空に響き渡る。反響するその声に導かれたのか、雲の群れを掻き分けながら、赤い剣が一本だけ落ちてきた。
その真紅の剣の大きさは――一〇〇メートルを超えていた。
「な、なんだ!あの剣は!」
空から飛来してきた剣は、まるで最初からなかったかのように竜巻を貫いて、コマバクノイドを真ん中から切り裂いた。剣はバクノイドを斬っただけでは収まらず、そのまま校舎を貫通して地面にまで大きな穴を開けた。
「こ、この――小娘が、ぁ……!!」
「小娘ではない……我はクレデリアス・リベリオン・ヴェルメリオ・パーガトリー13世。魔界を統べる煉獄の魔王、そして――隻眼の魔法少女だ」
コマバクノイドは光の塵となって消え去り、役目を終えた真紅の剣も幻のように消えていった。その場に残ったは小さなホープピースと、切断された校舎だけだった。