第二章20『赤と橙の邂逅』
上白川と友達になった翌日、教室では帰りのホームルームが行われている。
俺は真田先生の話も聞かず、どこか上の空だった。理由は当然、クレアの正体がわからないからだ。
クレアの候補は全員白、そうなるとそれ以外の人ってなるのだが、この学校中の生徒からそれを探すとなると恐ろしいほど時間が掛かる。いや、もしかしたら教師がクレアだってことも考えられる。なんせこのノートは職員室前で見つけたんだからな。
俺は鞄に仕舞っている黒いノートに目をやる。なんで今日このノートを持ってきてるのかというと――片桐先輩に渡すためだ。正確には、風紀委員会に届けるために持ってきたのだ。
昨日の夜、マーチと相談してクレアの正体を探すのを諦めることにしたのだ。あいつは最後まで謝礼金がーとか駄々をこねていたが、アイアンクローをしたら静かになった。
これ以上の捜索は困難だし、別に知らないといけないというわけでもない。これからクレアと会う度に、ウチの学校の誰かなんだよなーと思うことになるだけだからな。
「起立、気をつけー礼」
気がつけばホームルームが終了していて、生徒たちがそれぞれの目的に向かって動き始めた。俺も片桐先輩のところに行くか。
「安西、帰ろうぜ〜」
「あー悪い、今日はちょっと用があるから」
「マジでか!?くっそぉ、お前いれば愛華ちゃんにも会えるのにぃ!」
「なんで俺がいれば愛華ちゃんに会えるんだよ」
「だって、最近安西と愛華ちゃんが一緒にいること多いだろ?この前だって……」
そこまで言って馬場は顔を青くした。ああ、飯田のことを思い出したんだな。気の毒に。
「悪い……体調悪くなったから帰るわ……」
「おう、お大事に」
よろよろと教室から消えて行く馬場を見届けて、俺も鞄を持って二年生の教室に向かった。そういえば片桐先輩と会うのは久しぶり……でもないのか、最近一日が濃すぎる所為で長く感じるな。それも今日で終わりだけど。
階段を降りて三階に辿り着くと、片桐先輩が丁度俺の前を横切ろうとしているところだった。
「片桐先輩!」
俺が呼び止めると、先輩は俺の顔を見て立ち止まった。
「貴方は……どうかしたかしら?」
「はい、えーと……実は落し物を見つけまして」
「そうなの?わざわざ届けに来てくれたのね」
「はい!それでそのー、あんまり引かないでほしいんですけど……」
「何?そんなに引くようなもの見つけたの?」
「いや、俺はもう慣れたんですけど。先輩みたいな真面目な人は多分ドン引きしそうだなーって」
「一体何を見つけたのよ……」
片桐先輩は不安げな表情を浮かべて俺を見る。こんな顔するんだなこの人、でもそれだけ俺に心を開いてくれたってことだよな。それはそれで嬉しい気がする。
「これなんですけど……」
そう言って俺は、鞄から黒いノートを出して片桐先輩に手渡した。
「これ…………」
「や、やっぱり引きますよね?職員室の前で見つけて、最初は内容が内容だから俺から本人に届けてあげようって思ったんですけど、結局誰のだかわからなくて……」
「………………………」
「先輩……?」
ノートを見て固まっている先輩に、俺は怪訝な表情を浮かべる。まさか動かなくなるほどドン引きしたのか?そう思ったが、片桐先輩の表情を見てそれが間違いだとわかった。
真っ青だった。まるで知られたくないことがバレたような、そんな表情だった。
「……先輩?」
「ッ!!」
ハッと気がついたような素振りを見せた片桐先輩は、突然俺の手を掴んで走り始めた。廊下を走るなといつも注意しているはずの先輩が、なりふり構わず走っている。
抵抗する間も無く連れてこられたのは、北側の屋上だった。放課後に入ったばかりということもあり、屋上には誰もいなかった。
「あの、せんぱ――」
「ペルソナ!!」
そう叫んだ瞬間、俺は何かで手と足を拘束されて床に倒れた。
「ちょっ、何!?何が起きて……!」
体を動かしてなんとか起き上がり足を見ると、鉄の鎖のようなものが足に巻き付いていた。
「片桐先輩!一体どういうことっスか!?」
「……ごめんなさい、でもこうするしかないのよ」
「いや、全然意味が――」
「意味など知る必要はない」
突然頭上から声が聞こえて来たと思ったら、俺を飛び越えるようにシュナイダーが出入口の屋根から現れた。
「今の声、まさか……!」
「我が名はシュナイダーではない。そして、犬でもない」
そう言うと、シュナイダーの足元に青白い魔法陣が現れ、体が光に染まって行く。この光景、確かマーチや社長のグランビアが変身した時と同じ――まさか、嘘だろ。
「我が名はペルソナ。魔法少女派遣センターの社員である」
光から解き放たれたシュナイダーは、一羽のカラスの姿に変わった――いや、こういう場合は戻ったと言った方がいいのかもしれない。確かマーチは言っていた、いつもの姿じゃ都合が悪い時があるって。
「……それじゃあ片桐先輩が、魔法少女――クレデリアスだったんですか!!」
「……やっぱり知ってたのね」
「マズイな、まさかあのノートから正体に辿り着くとは……」
「ええ、でもまだ間に合うはずよ。幸い、彼はこのことを広めてたわけじゃないようだし。後は彼の記憶を消すだけ」
「ッ!?」
やばい、クレアの正体はわかったけどこれはやばい!早くなんとかしないと色々面倒なことになる!
「くぅんー!このっ、解けない……!」
「無駄だ。それはシルバーディバインという相手を拘束する魔法、常人では鎖を引き千切ることもできない」
「早くしましょう、このままでは彼が可哀想よ」
「ふっ、お前が他人に優しくしているところを見るのは久しぶりだな牡丹」
「一言余計よ」
どうする、どうすればいい!?考えろ、今はなんとしてでも記憶を消されないことを最優先にしろ!なりふり構うな!
「マーチ、おいマーチ!」
スフィアを使って通信をするが、返信がない。あの駄犬!こんな緊急事態に何してんだ!
「むっ、アイツまさか……誰かに連絡を取ろうとしているのか!?」
「ッ!!ペルソナ、早く記憶を!」
「わかっている!」
「ぎゃあああ!待って待って待って話聞いて!お願いだから話を聞いてください!」
「黙れ!魔法少女は正体を知られるわけにはいかないのだ!安心しろ、それ以外の記憶は弄らん!」
俺の目の前まで接近したカラスが見たことのない魔法陣を展開し始めた。これで俺の記憶を消すのか!
こうなったら、これしかない……!
「頼む!頼むから話を聞いてくれ、クレアちゃん!」
「だからクレアちゃんではなくクレデリアスだと――え?」
「牡丹?」
片桐先輩らしからぬ虚を突かれたような声に、ペルソナは魔法を中断して後ろを向いた。先輩は俺の顔を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「はぁ、はぁ、気づいてくれたみたいですね、先輩……ハハッ、しつこく呼んでて正解だったよ」
「嘘、じゃあ……貴方が……?」
「そうですよ、片桐先輩。夕焼けの魔法少女ユウカは――俺です」
「ッ!!!」
「なっ――!!」
ペルソナも片桐先輩も、俺の言葉に絶句している。そりゃそうだ、こんなこと言われたら誰だって驚く。
「バ……馬鹿な冗談はよせ!そんなことをしても意味は――」
「だったら俺の首にかけているものを見ろよ。それで納得してくれるだろ」
俺の言葉にペルソナは一瞬躊躇したが、くちばしを器用に使って俺の首に掛けているチェーンを引っ張り出した。出てきたのはもちろん、アフターグローだ。
「これは、スフィア……!」
「じゃあ、本当に貴方が……ユウカなの?」
「……そうですよ」
片桐先輩は何も言わずに二、三歩後ろに下がった。声が出ないんだろうな、あのユウカが実は男子高校生だと知ったら、ショックでこうもなる。
「信じられん、まさか子供以外の魔法少女が二人もいるとは……」
「俺だって驚きだよ、俺以外にも秘密を抱えてる人が、まさか身近にいるなんて……」
「そうだな、俺も驚きだよ」
ピタリと、空気が凍った。
その声は俺やペルソナ、もちろん片桐先輩の声でもなかった。この場にいない人の声が俺の後方から聞こえてきた。
後ろを振り返った俺は、その人物に言葉を失った。それでも懸命に声を絞り出して、いつも口にする名を出した。
「――渡邊」
俺と出入口の間で、渡邊がとてもにこやかな顔で俺を見下ろしていた。ドアは先輩が開け放っていた所為で後ろから現れたことに全く気づかなかった。
そんなことより……渡邊に、俺の正体を知られたのか?いや、でもまずは――
「なんでここに……?」
「最近安西が怪しいことをしてるのをよく見かけるんだよ。風紀委員長を追いかけたり、飯田と篠崎さんを追いかけたり、昨日なんて昼休み始まってからすぐにいなくなったから。何か隠してるんじゃないかと思って追い掛けたんだよ。突然走り出した時は見失うんじゃないかと思ったけど」
つまり、今までの俺と同じことをこいつにされたのか……!
「そしたら……くふふ、アハハハ!まさか安西がユウカちゃんで風紀委員長がクレデリアスちゃんだなんて!最初は冗談かと思ったけど、そこの喋るカラスが魔法みたいなの使おうとしてたから間違いないと思ったんだよ!」
「ッ!!」
ペルソナは俺の顔のすぐ横を異様なまで速く通り過ぎ、渡邊の前で魔法陣を展開した。あの魔法陣は俺の記憶を消そうとした時に使った魔法陣だ。
だが――
「無駄ださ」
そう呟いた瞬間に、ペルソナが地面に叩きつけられた。渡邊は指一本触れていない、ただ素早い何かにはたき落とされたのだ。
「ペルソナ!!」
片桐先輩が必死な形相でこっちに駆け寄ってくる。それと入れ替わるように渡邊が何故か楽しそうに出入口から離れていった。
「ペルソナ!しっかりしなさい、ペルソナ!!」
「き、気を付けろ……あの男の中に、誰かがいる……!」
俺は渡邊を睨みつけるように見据える。
「お前、ほんとに渡邊か……?」
「何言ってだよ、俺以外に誰がいるんだ?」
「……俺の知ってる渡邊は、ゲームか命かと聞かれたら迷わずゲームって答えるほどのゲーム好きだけど。動物に手をあげるような奴じゃない」
「アハハハ!それは買い被り過ぎだよ!安西も今言っただろ?俺はゲームか命かだったらゲームを取る男だって。俺はさぁ、ゲームさえできれば他なんてどうでもいいだよ。こき使われてたことも話すし安西も置いて逃げるし、動物だって殴れるんだよ」
「貴方……!!」
ペルソナを抱き寄せた先輩が怒りの矛先を向ける。それでも渡邊の余裕そうな態度は変わらない。
「でも丁度良かった、二人があの魔法少女ならここで決着をつければいいんだ。それに、ここで暴れれば学校も長い間休校になってくれるはずだし」
「休校ですって?」
「――ッ!」
俺はようやく気がついた。ペルソナが何にやられたのかを、アイツがセンサーから突然消えた理由も!
渡邊の身体に被るようにそいつは現れた、まるでプロジェクションマッピングのように、渡邊の身体に投影されている。そして、そのまま前に進みながら渡邊の体内から外に出た。
「あれは……!」
「お前が宿主だったのか、渡邊」
「良かったな、ようやく約束を果たす時が来たよ。コマバクノイド!」
「赤い魔法少女よ、全ては整った――さぁ、今ここで、私の全力をとくと見るがいい!!」