第二章19『中二病でも友達がほしい』
飯田が篠崎さんに心身ともに恐怖した次の日。
俺はもはや日課になりつつある尾行を行なうため、クレアの候補である最後の一人にして、もう本人なんじゃないかってくらい接点の多い上白川を探していた。
「とはいえ、流石に昼飯食わずに探すのはやり過ぎかな?」
昼休みが始まってからまだ一〇分程度。周りは購買に食べ物を買いに行く人や友達と食べるためにお弁当を持って移動する人ばかりだ。俺も弁当を食べてから行けば良かったのだが……昨日、飯田の成れの果てを見た所為か、篠崎さんがすごい怖い。同じ空間にいるだけで震えがする、これは冗談ではない。あの人は絶対怒らせちゃダメだ。そんなわけで、俺は昼食よりも身の危険を優先して早くに教室を出たのだ。
俺はまず隣の教室を見に行ったが、すでに上白川の姿はなかった。だがこれは予想通り。あんな人目の多いところで飯を食べてる人だとは最初から考えていない。
次に北側の屋上を覗いてみた。ここなら人も少ないし中二病全開にしてもそれほど目立たない。だがここにも上白川はいなかった。
「そうなると……部室棟か?」
あそこなら昼休みは人も来ないし、好き勝手できる。それにあそこにはあの部活の部室がある。もしかしたら上白川もあそこに入部していて、そこの部室で食べているかもしれない。
俺は屋上から一階まで降りて、部室棟の一階の奥の部屋までやって来た。その部屋の前で一度唾を飲み、部活の名前が記された表札を凝視する。
「ここがオカルト部の部室……外観もさることながら、なんだか不気味なオーラが漂ってるな」
部室棟の部屋は基本的に全て同じ構造と外観なのだが、オカルト部はそこに仮面やら骸骨やらコウモリやら、とにかく怪しげな装飾が施されている。ここはお化け屋敷か何か。
俺は心臓が早まるのを感じながら、そっと扉を開けの引手に手を掛ける。
そこで俺は気がついた。
「……鍵が掛かってる」
何度か引手を引っ張ってみたが、扉はビクともしない。もしかしてここにはいないのか?確かに上白川がここにいるって俺が思ってるだけだし、ここの部活に入部してるのかも定かではないけど。
「でも変だな、仮面が大量に飾られてるいる欄間からぼんやりと明かりが見えるから、中に誰かいるはずなんだけど……」
こちら側に向けられた仮面たちの間から、薄く光が溢れている。照明の明かりではないが、中には誰かいるはずだ。
そう思いながら欄間に飾られてる仮面たちを一つずつ見ていく。すると、俺は扉の上にある仮面と目があった。それは髪で顔を覆い隠している女の仮面で、本当にこっちを見ているような気がするほどリアルな作りだった。
ていうか……あれ、仮面に目って有ったっけ?
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
俺は慌てふためきながら、廊下の壁に激突した。
仮面だと思っていた女の顔はスッといなくなった、その代わりに部室の扉からガチャリという音が鳴り、扉が開いた。
「…………………………………あの、何か?」
部室から出て来たのは片目以外は全て髪で隠れている女子生徒だった。もちろん制服も着ていて、リボンの色が緑だということは三年生のようだ。
「へ?……あ、えっと……上白川怜奈さんって、知ってますか?」
驚きのあまり思考がうまく働かない中で俺は尋ねた。
「………………………………うちの部員」
「や、やっぱりそうなんですね……その、今ここには――」
「いない」
「ですよね!あの、どこにいるとかは……」
井戸から出てきそうな先輩は、ゆっくり部室の方を指差した。
「……………………………………………」
「あの――」
「体育館裏」
「あ、体育館裏。わ、わかりました!ありがとう、ございます……」
彼女は音もなく部室に戻り、再び鍵を閉めた。
その瞬間、俺はダッシュで教室棟を出た。
「はぁ、はぁ……こっわかった!超怖かった!心臓止まるかと思った!なんだあの人!場所は教えてくれてありがとうございますだけど!」
しばらくバクバクと高鳴る心臓を抑えて落ち着くのを待った。なんでこんな一日に何度恐怖体験をしないといけないんだ。それもこれも全部クレアの所為だ、正体暴いたらバンジージャンプでもさせてやろうか!
「ふぅ……さてと、落ち着いたところで行きますか。体育館裏」
俺は廊下を真っ直ぐ進み、西側の出入口を目指した。さっきのさだ子先輩が言うことが確かなら、体育館裏のどこにいるかは見当がつく。
縦に長い体育館には出入口が三つある。一つは校舎へと続く渡り廊下に繋がっていて、残りの二つは校庭に出入りできるようになっている。つまり、体育館の南と東に出入口が存在するのだ。
出入口がないのは西と北。体育館の壇上は丁度北側にあるので出入口はないが、裏は校庭になっている。だが西側には何もなく、草木が広がっている。生徒の間ではそこを体育館裏と呼んでいる。
俺は渡り廊下を横から抜け出して体育館裏に向かう。上白川がいる可能性を踏まえて、なるべく音を立てずに進んでいった。
すると……
「我が瞳に刻みしは代行の証。全ての悪を滅する牙となり。全ての善を救いし盾となる。浄化の印、白の章、光の兆し。善の象徴にして起源……汝に告げる。悪しき蛮族の王を滅ぼす槍となれ!――“大神官の始祖なる聖槍”!!」
何か詠唱のようなことをしながら、眼帯を勢いよく外す上白川の姿がそこにはあった。お前、こんなところで何してんだよ。見てて泣きたくなってきたよ。
「……ふっ、これこそ選ばれし者の代行者の力。全ては悪しき魔物たちを駆逐するため、そのためなら私は、本来の姿も捨てよう」
本来の姿ってなんだよ。
「だが、今は神の光が天上に在りし時。険しき戦いに備えて魔力を補給せねばならない」
そういうと上白川は、近くに置いてあった鞄から取り出したビニール製の布ようなものを広げ始めた。それは人が二人ほど座れるくらいにまで大きくなり、それを地面に敷いた。絵柄はなんだか禍々しいが、どうやらレジャーシートのようだ。
上白川はそこに座ると、ポケットからゼリー飲料を取り出し、それをものの数秒で飲み干した。
「ふっ、やはり天から授かりし聖水は美味なるものだ。それに代行者である私でも、簡単に魔力の補給ができる。だがそれだけに恐ろしい、もしこれを魔物が食したとなれば……考えたくもない」
ゼリー飲料を聖水って呼ぶやつ初めて見たわ。クレアもそうだけど、中二病患者はどんなに日常的なことでもそれっぽくしないと気が済まないのか。
「……………………」
上白川の行動に呆れながら観察していると、何故か突然静かになり始めた。きっとまた何かあるのだろう、今度は何が飛び出すのやら……
「…………はぁ、やっぱり辞めた方いいのかな。こういうの」
「えええええええええええええええええええええ!?」
「きゃあ!」
彼女の発言に、俺は思わず大声を出してしまった。
俺の存在に気づいた上白川は、なんとも女の子らしい悲鳴を上げてこっちに振り向く。
「き――ききききき貴様!いつからそこに!?」
「いやあの、瞳に刻みし代行の証云々辺りから……」
「で、では貴様、まさか今の……!」
「………やっぱり恥ずかしいの?人前であれやるの?」
「し、しまったあああああああ!」
頭を両手で強く抑えつけた上白川は、俺以上に大声を上げてシートの上をのたうち回り始めた。
「聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてたああああああああ!!」
「え、えーと……とりあえず落ち着こ?」
「こ、これが、落ち着いてなど……!」
「まあそうだろうけど……お詫びと言ってはなんだけど、相談に乗って上げてもいいぞ?その、さっき言ってたこと」
そういうと上白川はピタリと動きを止めて、俺を怪訝そうな表情で見上げた。
「な、何故貴様に……?」
「え、じゃあバラしてもいいの?」
「それはやめろ!」
「あはは……別に脅してるわけじゃないよ。ただ、結構深いため息吐いてたから、何かしてやれないかって。相当悩んでるみたいだし」
「………本当か?」
俺は何も言わずに頷いた。
すると、上白川は軽く身だしなみを整えてからシートに小さく座り始めた。それによってシートはもう一人座れるくらい空きができた。これは座れってことでいいのかな?
シートの空いている場所に座ると、上白川はモジモジしながら喋り始めた。
「…………私は、中学生の頃からこんな感じで、ずっと友達ができなかった。みんな怖いとか気持ち悪いって言って、一人でいることが多かった。当時の私はこういうのが好きだったから辞める気もなかったし、むしろ友達がいない方が、孤高でカッコイイなって思ってた」
でも、と上白川は続けた。
「高校生なってから、周りが今までと違って見えた。中学の時は取るに足らないただの人間族だと思ってたのに、なんだとても楽しそうで、私もあそこに入りたいって思うようになって……」
「でも入らなかった、か」
「中学生の頃と同じ、私が選ばれし者の代行者を名乗ると、周りは変な物を見るような目で私を見てくる。私が私である限り、あそこに入ることはできない……」
「なるほど……それでオカルト部には入ったんだな」
「なんで知ってるの?」
「いや、さっきお化けみたいな三年生に聞いて……」
「ああ、井戸野先輩か……」
「……やっぱあの人そういう系の名前なんだな」
フルネームは絶対井戸野貞子だ。間違いない。
「……あなたの言う通り、オカルト部なら私と波長が合う人がいるかもしれないと思って入部した。でも、私とは噛み合わなかった」
「なんで?」
「あの人たち、私とジャンルが違い過ぎる!悪魔崇拝とかシャーマンとかホラーとか!この前思い切ってUMAが大好きな子に話しかけたら、河童について二時間語られたわ!わからないわよ妖怪なんて!「この間新潟で河童が目撃されたらしいんだけど知ってる?」って知らないわよ!そもそもUMAってオカルトの部類でいいの!?」
「わかった、わかったから落ち着け!」
俺は頭を掻き毟りながら叫ぶ上白川をなんとか宥める。素だとこういう喋り方するんだなこの子は、割と普通で驚きだ。
「そういうわけで、今ではあんまり顔を出してないの」
「な、なるほど、オカルト部って言ってもそういうジャンルのオタクが集まってる部活だったわけだな」
「……だから、どうすればいいのかわからないの。今の自分も辞めたくない、でも今のままじゃ誰も友達になってくれない」
「……確かに難しいな。好きなものを辞めないといけないって、結構辛いし大変だ」
俺はシートから立ち上がり、上白川と正面から向き合った。
「でも、一ついい案を思いついた。中二病を辞めずに友達を作る方法」
「本当?」
勢いよく立ち上がった上白川に、俺は手を出した。
「おう、俺がお前の友達になればいいんだよ」
「ッ!」
「実は最近、上白川みたいな人と知り合いになってな、おかげさまで中二病の行動には慣れ始めてるところだ。だからお前が何やろうと平気だよ」
「……いいの本当に?私なんかと友達なって、変な目で見られるかもしれないわよ?」
「俺はにわかだがオタクグループの一員で、もう変な目で見られてるから問題ない」
それに、中二病がなければいたって普通の女子だってことが話を聞いてるうちに知れたしな、人は見た目や言動だけじゃないってのがよくわかったよ。
上白川は俺の手を両手で恐る恐る握り、逃げないとわかった途端、少しずつ力を込めた。
「……じゃあ、その……時々声掛けてもいい?」
「おう、いつでもいいぞ」
「……また相談に乗ってくれる?」
「もちろん、まだ俺以外に友達いないからな」
「…………そっか」
そう呟いた上白川の顔は、心の底から嬉しそうだった。
この野郎、ちょっと可愛いじゃねぇか。
「わ、私もその……相談、乗るから。何かあったら……」
「わかった、何かあったらそうさせてもらう」
「うん……」
何かあったら、か。まあ何かあるから上白川のこと探して観察してたんだけどな……いっそ本人に聞いてみるか。今なら嘘つかずに答えてくれそうだし。
「それじゃあ早速なんだけど、上白川に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ、その……上白川ってさ、真っ黒なノートって持ってる?」
「えっ……」
俺の質問に、上白川は面食らった。この感じ、もしかして図星か?ここは慎重に聞いていこう!
「えっと、本当に真っ黒で表にも裏にも名前が書いてないノートなんだけど……」
「も――も、持ってる……」
「ッ!!」
心臓が大きく跳ね上がったのを全身で感じた。まるで会社やバイトの面接をする前のような、緊張感にも似た感情が、体の奥から湧き上がってくる。
やっぱり、上白川がクレアだったのか……!
「ちょ、ちょっと待ってて……」
上白川は後ろを向いて屈み込むと、自分の鞄を漁り始めた。そして彼女が取り出したのは――
「こ、これのこと、だよね……?」
「えっ……?」
俺が持っているのと同じ、真っ黒なノートだった。なんでだ、なんでこのノートが上白川の手にあるんだ……?
「……ちょっと、見せてもらっていいか?」
「え!?いや、えっとその……」
「あーうん!恥ずかしいのはわかるんだけど、確かめたいことがあるだよ!頼む!」
「わ、わかった……」
俺は上白川からノートを受け取って、一ページ目を開いた。
「……………………………………」
「ど、どうしたの?」
「――違う」
「え?」
「内容が、違う……!」
一ページに書かれていたのは、あの長い注意書きのようなものではなく、悪魔や魔法陣などが殴り書きされたメモのようなものだった。ていうことは、これは俺の見つけたノートじゃあなくて、最初から上白川が持っていたノートなのか。全く、なんて紛らわしい見た目を……
「内容が違うって、どういう……?」
「あ、いやなんでもない!このノート以外にノートって持ってる?」
「これ以外?いや、私が持ってるのはこのノートだけだけど……」
「本当か?」
「うん、同じノートだと紛らわしいし……」
「……ちなみにクレデリアスちゃんって知ってる?右目に眼帯つけた魔法少女なんだけど」
「知ってる!あの子とはなんだ気が合いそうだけど……煉獄の魔王なんて名乗ってる以上、選ばれし者の代行者として、敵対せざる得ない」
機嫌よくポーズを決める上白川だったが、一方の俺は立ちはだかる大きな謎に思わずその場でぶっ倒れそうなった。
最有力候補だったはずの上白川はクレアじゃなかった。ノートについて本当は嘘を吐いている可能性もあったけど、今の発言でその可能性はなくなった。クレアは自分が煉獄の魔王であることをとにかく拘る、そんな子が煉獄の魔王を蔑ろにするようなことは言わない。
四人もいた候補は一人残らず消え去り、残ったのはあのノートだけ。
「クレア、お前は一体何者なんだ……!」