第二章18『宇宙的恐怖に近いもの』
ゲームセンターからショッピングモールななぽーとへ場所を移し、俺たちは篠崎さんと馬場の後を隠れながら追い掛けている。
「何キョロキョロしてるの?」
「い、いや、なんだか見られてる気がして」
「きっとあれだよ、あんまりこういうところ来ないから気になるだけだって」
「ぼ、僕も結構来たりするよ?」
「そうなの?なんだか意外」
「……まあ、映画見に来るのがほとんどだけど」
「アニメでしょ?」
「ま、まあ……」
「今度何か教えてよ!オススメのやつ」
「う、うん、今度ね」
会話が少し聞こえる位置まで近づけたけど、やっぱりここまで近いとわかるものなんだな。篠崎さんのおかげでバレずにすんだけど。
「……なんだか仲良さげだね」
「……そうだね」
「クッソォ!飯田の奴いつの間に抜け駆けを……!」
「まだそうと決まったわけじゃ……いや、決まってるようなものか」
「でもほんとに意外だよ、あの澪ちゃんが飯田君と付き合ってるなんて」
「そんなに意外なの?」
「うん、安西君たちがいる前で言うのもアレなんだけど、あんまり“おたく”?とか好きじゃないって前に言ってたから」
「へぇー……」
まあ篠崎さんの俺たちに対する態度とか言動見てればわかるけど、それを踏まえたら確かに意外というか、今までのはなんだったんだってツッコミたいくらいだ。それより愛華ちゃんのオタクの言い方がなんか可愛い、絶対平仮名表記だよ!
「そうだ!ねぇ飯田、アンタ服とかどんなの来るの?」
「え、えーと……チェック柄のシャツとかかな」
「うわ、ド定番のオタクスタイルだね……よし!なら今日からイメチェンだ!」
「ええ!?」
「そうと決まれば行くよー!」
篠崎さんは飯田の手を掴んでスピードを上げる。俺たちも剥がれず、且つバレないように尾行を続けた。
「篠崎さんって結構強引なタイプだよね?あんまり喋ったことないけど」
「うん、私もよく引っ張り回されてるよ。でもあれだね、手繋いだね」
「結果的にだけど」
「きっとああやってしか手を繋げなかったんだよ。澪ちゃんの耳、すごい赤くなってるし」
愛華ちゃんに言われて気づいたけど、飯田を引っ張って歩く篠崎さんの耳は、驚くほど赤かった。
「ふふっ、澪ちゃん可愛い」
ちょっといたずらっぽく笑う愛華ちゃんの方が可愛いよって言いたい。
「君の方が可愛いよって言いたいんだろ?」
「人の心を読むな」
「安西君、馬場君!二人とも見失っちゃうよ!」
「あっ、うん」
篠崎さんと馬場はしばらく歩くと、男性向けのアパレルショップに入っていった。俺たちは二人の向かい側に周り、背を向けた状態で聞き耳を立てた。
「んー……そうだな……飯田はほんとに細いから……これとかいいかな?」
「ちょ、ちょっと派手すぎないかな?」
「そう?じゃあこれとか?」
「もうちょっと落ち着いた色とかないかな?青とか黒とか」
「そうなると……これなんてどう?」
「これなら、まあ……」
「よし、あとは……」
篠崎さんは陳列する服を見ながら、真剣な顔で吟味していく。相当気合が入ってるようだ。
「飯田のやつ、少し困ってるな」
「やっぱり?」
「ああ、別に欲しいわけでもない服を勧められて、でも断ることもできない。そんな顔だ」
「飯田はああいうタイプ苦手そうだよな。ていうかならなんで付き合ったって話だけど」
「……あれ?立花さんは」
馬場の言葉にふと辺りを見渡すと、愛華ちゃんが見当たらない。どこに行ったんだろ?
「ちょっと探してくる」
「おう、こっちは任せとけ」
俺は篠崎さんたちにバレないようにその場を離れ、店内を探すことにした。こうして店の中の服とかを見ていると、俺もあまり着ない服ばかりだ。こういうのも着た方が、愛華ちゃんは喜ぶんだろうか……見せる機会がないけど。
「あ……」
服を見ながら探していると、愛華ちゃんが篠崎さんのように服を見ていた。
「立花さん」
「あっ、安西君。ごめんね、つい目が止まっちゃて」
「こっちは大丈夫だけど……何か気になる服があったの?」
「うん、これなんだけど」
そう言って見せてくれたのは、寒色系のシャツだった。
「普段着てるのはもうちょっと明るめなんだけど、こういう落ち着いた色とか結構いいなって」
「確かに、この色合いとかいいかも」
「だよね!これとかいいなって」
「さっきよりも緑に近いけど……うん、これもいいな」
「えへへ、もしかして私たちって同じセンスだったりして」
「そ、そうかもね!」
うわぁ、愛華ちゃんとセンスが同じってすごい嬉しいんだけど!つまり俺のセンスで選んだものは愛華ちゃんも喜んでくれるってことだろ?――っしゃ!今すごい叫びたい気分だけど抑えろ俺!
「えーと確かこっちに……」
「ッ!?」
やばっ、篠崎さんたちこっち来る!
「――立花さん!」
「えっ」
俺は愛華ちゃんの手を掴んですぐにその場を離れた。俺たちが隣の棚に移ると、篠崎さんと飯田が俺たちのいた場所にやってきた。どうやら気づかれてないようだ。
「あ、危なかった……」
「そうだね……あ、安西君?」
「何、立花さん?」
「手、もう大丈夫だと思うよ?」
「手……あ!ごごごめん!」
愛華ちゃんに指摘され、俺は慌てて手を離した。まさか愛華ちゃんと手を繋ぐ時が来るなんて……!この手はしばらく洗わない、ってことになると色々不便だから洗うまで大事にしよう!
「うん、これでバッチリだね!」
「あ、ありがとう篠崎さん」
「もう、そろそろさん付けするのやめない?普通に呼び捨てでいいのに」
「え、あーうん、ごめん」
「全く、これじゃあその……付き合ってるって感じしないじゃん」
俺と愛華ちゃんは互いに顔を見合わせた、どうやら本当に付き合っているようだ。
「今の聞いた安西君?」
「うん、ということは……」
「どうしたの?」
「いや、ユウカと会いたいって話した時のこと覚えてる?」
「うん、確かあの時途中で澪ちゃんが屋上に入ってきたよね」
「あれからちょっと気になってたんだ。篠崎さんがなんで屋上に来たのか。でもやっとわかった、篠崎さんは飯田と連絡を取りたかったんだ」
「連絡?……でも、何か話したいことがあるんだったら直接話せばいいんじゃないかな?二人とも恋人同士なんだし、おかしくはない気がするけど」
「本来ならそうだろうけど。さっき立花さんが話してくれた限りだと篠崎さんは、自分はオタクが好きじゃないってことを立花さんに言っている。だから自分の恋人がオタクだってことを周りに知られたくないんだよ」
「私は別に気にしないのに……」
「本人の気の持ちようだな。多分あんなことを言っておいてオタクを好きになったのを知られるのが恥ずかしいんだと思う」
それにしても、これでクレア候補はあと一人か。ここまで予想が外れると、可能性の高い上白川も違うんじゃないかと思えてくる。
「……そろそろ帰ろっか」
「え?」
「もう二人が恋人同士ってわかったし、これ以上は見たら澪ちゃんが可哀想だよ」
「……そうだな、帰るか」
俺は愛華ちゃんと一緒にアパレルショップを出た。長いこと尾行していた気がするけど、時間はそれほど過ぎてはいないようだ。
「あっ……」
愛華ちゃんは何かを見つけたのか、誘われるように歩き始めた。俺も気になりついていくと、辿り着いたのは大きな噴水がある広場だった。そういえばカエルバクノイドと戦ったのも噴水がある場所だったな。
「この噴水がどうかしたの?」
俺は“俺”のふりをして、愛華ちゃんに尋ねた。
「ううん、この噴水が特に何かあるわけじゃないんだけど……ユウカちゃんがカエル人間と戦ってた時のこと思い出してたの。あの時も確か噴水の前の広場だったから」
「そうなんだ」
「それと……私が榊原先輩に告白しようとした時のことも」
「え!?」
演技ではない正直な反応を俺は返した。
「結局告白次第失敗しちゃったけどね」
「そ、そうなんだ」
まさか愛華ちゃんが告白をしようとしていたなんて、本人には悪いけど、失敗したことにすごくホッとしてる。
「ごめんね安西君」
「え?」
「あの日、安西君が私の代わりにデートを取り付けてくれて、私も頑張って告白しようって決めてたのに……」
「あ、あーいいよいいよ!気にしなくて!次があったら頑張ればいいんだし!」
って言っても、今はサッカー選手なんだよな好きな人。
「ありがとう安西君……ふふっ」
「?」
「やっぱり不思議だな。安西君と話してると、普通の友達と話してるのとどこか違うんだよね」
「えっ」
確かユウカとデートした時に言っていたな、普通の友達とは少し違うって。
「私もよくわからないんだけど、なんだか……安心するんだよね」
「立花さん……」
「でも……」
「でも?」
「あっ、ううん!なんでもない!」
えっ、何?でもって何?俺何かした?俺何かしたかな?やばい、全然思い当たらない!無意識のうちに愛華ちゃんに何かしちゃってたのか!?うおおおおおおおおおお!すっげぇ気になる!
「ああああ!」
「うぇえ!?ど、どうしたの?」
「馬場君!」
「……あっ!」
そういえば店を出たのは俺と愛華ちゃんだけで、馬場はまだ出てないだった!すっかり忘れてた!
「や、やあ、お二人さん……」
「馬場!お前バレ――」
馬場の声が聞こえてそっちに振り向くと、馬場の後ろに顔を真っ赤にして俺を睨みつけている篠崎さんが立っていた。
「「あ……」」
俺と愛華ちゃんは思わず声が被った。
「まさか、ほんとに愛華までいるなんて……」
「ご、ごめんね澪ちゃん!ななぽーとの前で飯田君とクレープ食べてるところを見かけて、何してるのかなって気になって……」
「待って篠崎さん!立花さんは悪くないんだ、そもそも追いかけようって言ったのは俺と馬場で……」
「――もう最悪!愛華ならまだしもこいつらに見られるなんて!」
篠崎さんは涙目になりながらその場で蹲った。これは相当恥ずかしかったようだ、今更ながらすごい罪悪感がする。
「ほんとにごめんね澪ちゃん」
「うぅ〜愛華ー!」
側まで近づき申し訳なさそうな顔で宥める愛華ちゃんに、篠崎さんは泣きながら抱きつく。
「……お前はお前で何バレてんだよ」
「二人が突然いなくなったからだろ!」
「それは……うん、悪い」
「え、安西に馬場!?なんでこんなところに?」
遅れて現れた飯田が現在の状況に驚愕する。まあ、俺たちがいたり彼女が泣いてたらそりゃ驚く。
「よ、よう飯田、まさか彼女ができてるとは思わなかったぞ」
「そ、そのことまで知ってるのか……」
「ごめんね飯田君、全部私たちが悪いの……」
「たたたたたたた立花さん!?た、立花さんまでなんでここに!?」
「実は二人がデートしてるところをずっと後ろから……」
「あ、安西と馬場と一緒に?」
「うん」
すると、飯田は俺と馬場を一度睨みつけて……
「そ、そっか!で、でもいつかは立花さんにも言うつもりだったし!ちょっと早まっただけだよ!」
ん?なんだこの妙な違和感。
「そうなんだ、でもほんとにごめんね?邪魔しちゃったよね?」
「そんなことないよ、ところでその……た、立花さんから見てどうだったかな?俺のデートしてるところって」
「え?そ、そうだね……クレープ食べてる時はなんだかとても楽しそうだったかな?」
「そ、そう?そっか、それなら良かった!」
やっぱりだ、何か変だぞアイツ。ていうか……
「篠崎さんと喋ってる時より距離近くない?」
「はっは〜ん、わかったぞ?」
「馬場?」
「飯田の奴、実は篠崎さんより立花さんの方が好きなんだ!態度が篠崎さんと違い過ぎる!」
その瞬間、空気が一瞬にして凍りついた。
そんな中、俺は思った。そうだとわかってもそれは口に出すなよ、しかも本人たちが聞こえる前で。
「――な、なななななな何を言ってんだよ馬場!そ、そんなわけないだろ!?」
「えー?じゃあさっき買い物してる時より今の方が楽しそうなのはなもぐぅ!?」
「お前ちょっと黙ってろ」
「……………………………飯田?」
篠崎さんがポツリと一言呟いた。
その瞬間、異常なまでの寒気を感じた。
「…………今の、本当……?」
「う、嘘だよ嘘!あんな馬場の嘘に決まってるじゃないですか!」
「………………本当?」
ゆるりと立ち上がった篠崎さんは、一歩、また一歩と、飯田に近づいていく。その姿はあまりにも恐ろしく、クトゥルフ神話TRPGで言うところの正気度が下がりそうな光景だった。
「本当だよ!」
「……………本当?」
「ほ、ほ、本当!」
「…………本当?」
「ほっ……ほん、とう」
「………本当?」
「………………」
「……本当?」
「……ぁ……ぅあ……」
「ほんとう?」
そして俺は聞いた。
蚊のような小さな声で「すみません」という言葉を……
翌日、飯田は愛華ちゃんに近づくためにまず外堀を埋めようと篠崎さんに接触し、あわよくばデートの練習をするために付き合ったということを、篠崎さんから聞かされた。
アイツは、しばらく学校に来れそうになかった。




