第二章17『俗に言う好感度イベント』
片桐先輩に説教された昼休みから時は進み、学校は放課後を迎えていた。
俺は馬場たちと共に、音ノ葉駅近くのゲームセンターに立ち寄っている。なんでも、北野たちが欲しいUFOキャッチャーのプライズが、今日仕入れされたそうだ。
北野たちが目的の品と戦闘中の間、暇を持て余した俺はゲームセンター内を歩き回っていた。暇なら俺も北野たちと一緒に、UFOキャッチャーでもやってればいいのだが、どうにもフィギュアやタペストリーをうちに飾る気にはならないので、結局取っても閉まっておくことになる。それに、フィギュアとか持って帰ってきた暁には妹のゴミを見るような目が付属としてプレゼントされるので、俺は遠慮している。きっとこんなんだからにわかオタクって言われるのだろうな。
「それにしても本当に暇だな、何かやるか……」
辺りを見渡しながら、面白そうなゲームを探す。とは言っても、ここはそれほど広い場所ではないし、特にやるものはなそうだけど。
そう思いながら探していると、ゲームセンターの出入口まで来ていた。予想通り、興味を惹かれるものがなかったし、北野たちのところに戻るか。
俺は踵を返して中に戻ろうとした、すると……
「あー惜しい!もうちょっとなのに……」
「ん?」
出入口付近でそんな声が聞こえた。そういうばゲームセンターの外にも小型のUFOキャッチャーの台が置いてあるんだよな、中はファンシーな動物のマスコットだった気がする。あれならゲームセンターにあんまりいいイメージを持ってない女子でも気軽にやれそうだな。それにしてもこの声って……
「ん〜、どうしよう……もう百円玉なくなっちゃったよ、もう諦めて……でもこの子欲しいし……」
小型の台と財布の中を交互に見ながら、愛華ちゃんが睨めっこをしていた……って!
「た、立花さん!?」
「え?あ〜、安西君だ!」
な、なんでこんなところに愛華ちゃんが?こんな萌えアニメのプライズ欲しさにオタクが集う豚小屋なんかになんで天使様が……!
「な、なんでこんなところに?」
「これ!」
「これ?」
愛華ちゃんが指を差したのは、小型の台の中で大量に積み重ねられている犬のマスコットの一つ。変顔をしているプードルみたいなやつだった。
「帰ってる途中でこの子を見かけて、なんかいいな〜って思ったから試しにやって見たんだけど……」
「なるほど、全然取れないわけですか」
「うん……」
あれ?これってもしかして、俺がこれを代わりに取ってあげたら、愛華ちゃんとの親密度や好感度がアップするのではないか?俺は今、チャンスを目の前にしているのではないか?ていうか、こういうシーンをアニメやゲームで見たことある!
「お――俺が取ってあげようか?」
「えっ、いいの?」
「う、うん」
「ほんと!ありがとう安西君!」
愛華ちゃんは花のような満面の笑みを浮かべた。
あぁ〜、これだけでも十分な気がしてきた。
「ちょ、ちょっと待っててね……」
俺は財布から百円玉を取り出し機械に入れる。どこかで聞いたことのある音楽を鳴らしながらゲームが始まった。幸い、愛華ちゃんが欲しがっている変顔プードルは山の頂上にいる、上手くやれば取ることができる!
愛華ちゃんが見守る中、俺はレバーでクレーンを動かし、山の頂上にセットした。アームは山に向かって降りていく、その勢いでマスコットの山が少し崩れた。そして、崩れたうちの一つが見事に落ちてきた。
うん、作戦通り。作戦通りなんだけど……
「欲しかったのお前じゃないんだよチワワ!」
「プードル跳ね除けて落ちてきたね」
「くそ〜、あれはイケると思ったのに……」
「ふっふっふっ、お困りのようだね?レディアンドジェントルメン!」
不意に声を掛けられ振り向くと、ガラス製の出入口に寄り掛かかりキメ顔をしている馬場がいた。ていうか寄り掛かかるのやめろ、それ自動ドアだぞ?
「馬場君!」
「何しに来た、ていうかお前もUFOキャッチャーやってたんじゃねぇのかよ」
「ふっふっふっ、もう目的のプライズが手に入ったからお前を探してたところだったのだよ。そしたら羨まオッフン困っているようだったので馳せ参じたというところさ」
「あっそう、ていうかその気持ち悪い喋り方なんとかしろ」
「立花さん!ここは俺に任せてくれ!こう見えてUFOキャッチャーは大得意なのだ!」
そういうと馬場は、俺をそっと押し退けてゲームを始めた。そこからなんとも手際が良く、呆気なくプードルを取ってみせた。こいつ、そんな特技があったとは……
「はい、立花さん」
「わぁ〜!ありがとう馬場君!」
「いやいや、男子としては当然のこと。俺も君の笑顔が見れて嬉しいよ」
ウザ!こいつスゲェ腹立つ、俺より上手いところが余計に!不機嫌な俺の顔を見た馬場は、鼻で笑ってキメ顔をかまして来た。愛華ちゃんがいなかったらぶん殴っているところだ。
「さぁ立花さん!もっと欲しいものはないかい?なんでも取って差し上げますよ!」
「あれ?」
「どうしたの立花さん?」
「あれって……澪ちゃん?」
愛華ちゃんが向いている方に、俺も顔を向けてみる。
音ノ葉駅の向かい側にあるショッピングモール、ななぽーと音ノ葉の前。そこではクレープの移動販売車があった、その前でクレープを食べているのは確かに篠崎さんだ。
それだけなら別におかしいことはない、愛華ちゃんだって不思議そうな声は出さないだろう。だが疑問に思ったのは、その隣にいる人物だった。
「ん?おい馬場」
「どーれーでーもーってなんだよ安西、邪魔するなよ」
「いや、あれ見ろよ」
「あれ?」
「あれ……飯田じゃない?」
篠崎さんの隣で楽しそうにクレープを食べているのは、俺のオタク仲間の一人、飯田だった。
「ほんとだ、飯田だあれ!」
「あれってやっぱり飯田君?」
「ああ、あの餓死寸前な見た目は間違いなく飯田だ。でもなんでこんなところに?ていうか……あれ?今まで一緒に……」
「いなかったよ。今日は大事な用があるからって先に帰ったんだろ?」
「マジで?てっきりいるものかと……」
あいつはオタク仲間の中では俺に次いだ常識人、だがびっくりするくらい影が薄い。俺は時々飯田の存在を忘れることがあるが本人には内緒である。
「何してるんだあれ?」
「仲良くクレープ食べてるな」
「……もしかして」
「何か知ってるの立花さん?」
「うん、一昨日のことなんだけど……」
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「ねぇ澪ちゃん?最近一人でどこか行ってるみたいだけど、何してるの?」
「えっ――い、いやーそれはー」
「何か困り事?」
「ううん!そういうのじゃないから、心配しないで?」
「そう?」
「うん、ありがとう心配してくれて。でも……」
「でも?」
「もうちょっと待ってくれる?まだその、恥ずかしいっていうか照れるっていうか……でもいつか!必ず言うから!」
「……うん、わかった。澪ちゃんが言えるようになるまで待ってるね!」
「ありがとう〜!やっぱりウチのアイドルは天使様だよ〜」
「もう、アイドルでも天使でもないってばー」
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「こういうことがあったの」
俺は愛華ちゃんの話を聞いて、知恵の輪が解けたような、頭の中がすっきりした感覚になった。
あの時篠崎さんが屋上に来たのも、これに関係しているのか。ていうことは、篠崎さんもクレアではない……
「あっ、二人共ななぽーとに入った」
「これは……もしかしたらもしかするかもしれない」
「そうだな……」
篠崎さんがクレアじゃないという可能性がほぼ確定に近い。このまま放置してもいいのだが……個人的にあの二人がどういう関係か気になる。
「追うか」
「だな」
「えっ、追いかけるの?」
「立花さんも気にならないかい?篠崎さんと飯田の関係」
「そ、それは……確かにちょっと気になる」
「だよね!そんなわけでレッツゴー!」
「おい待って馬場、騒ぐと気づかれるぞ!」
俺は声をあげて追いかける馬場を注意しながら、駆け足で追い掛けた。




