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魔法少女ユウカちゃんの秘密  作者: 一二三五六
第二章 魔法少女VS煉獄の魔王
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第二章16『俺、ついに魔法を……』

 先輩の秘密を知った翌日の四時間目。

 真田先生の堅苦しい授業を受けながら、俺は別のことを考えていた。クレアだと思わしき四人から風紀委員長の片桐先輩が除外され、残りは三人。今日はこの中で怪しい行動が多いのは、恐らく渡邊だろう。

 学校生活を送る中で、トイレに行くことは確かにある。それだけなら別に怪しくなんかない。だが、渡邊の場合はあまりにも多すぎる。今日、試しにあいつが何回トイレに行ったかを数えているのだが……まだ午前中だというのに五回。それも授業が終わったらすぐトイレに行っている。お腹が緩いのならわからなくもないが、そういう素ぶりが一切ない。やっぱりこの間にノートを探しているのか?


「今日はここまで、明日までさっき言った課題をやってくるように、特に渡邊」

「名指し!?」

「最近、お前の授業態度は悪いと聞く。明日忘れたら放課後直々に指導するからな」

「は、はい……」


 昼休みを告げるチャイムがなり、教室は突然イヤホンが抜けたように一瞬にして音に溢れた。


「いや〜、真田の授業はどうも肩が凝る。なぁ安西」

「そうだな」


 後ろの席から声を掛けてくる馬場を適当に応対しながら、渡邊から目を離さず観察し続ける。

 真田先生に注意されて若干落ち込んでいる渡邊は、気怠そうに椅子から立ち上がり、鞄を持ってこっちに近づいてくる。ここまではいつも通りだ。


「あっ、この前の“偽勇者の英雄譚”見た?」

「見た!あれほんとに主人公?」

「だよな、前回助けたお姫様と一夜を共にしたのに、今回は貧乏な町娘だよ?マジ最低だわタクム」

「このアニメ、戦ってる場面より女の子と寝てる場面の方が多くない?」

「生き返ったミリアちゃんとまだ再会してないけど、どう終わる気なんだろうな?」


 集まって早々アニメの話を始める北野たちを横目に、馬場は自分が座る席に鞄を置いた。


「ちょっとトイレ……」

「おう、今日は出してこいよー」

「便秘になるとあんな感じになるのか、なんか嫌だな」

「だな、トイレ行ってる暇があったらアニメ見てるわ」

「いやそういうことじゃなくて」


 行った、今日で六度目のトイレだ!これ……俺の予想が当たっているかもしれない!


「ん?どうした安西?」

「いや……ちょっと俺もトイレ……」

「なんだよ安西も?ついでに渡邊が快便できるように応援してやってー」

「おーす」


 渡邊が教室を出たところを見計らって、俺も教室を出る。渡邊は廊下に出るや否や早歩きを始めた、ノートが見つからないことに焦ってるようにも見えてくる。

 しばらく廊下を進むと、渡邊は北側のトイレ――ではなく、階段を下り始めた。やっぱりトイレが目的じゃなかったんだ。となると、これは確定かもしれない!

 俺は渡邊を見失わないように急ぎながらも、焦らずに尾行を続けた。渡邊は一階まで駆け降りると、東の出入口に向かい始めた。

 ロの形をしたウチの校舎は東西南北の四つにエリア分けされていて、一階の北側には教室などがない代わりに、出入口が東西南北にある。南の出入口は中庭に、北の出入口は校庭に、西の出入口は体育館にそれぞれ繋がっている。そして東の出入口は、あらゆる部活が使っている部室棟に繋がっている。


「まさか部室棟にまで探しに行ってたとは……部活をしてるわけでもないのに、そっちに立ち寄る理由でもあったのか?」


 渡邊が部室棟への渡り廊下を進んだことを確認し、俺も追いかける。部室棟は縦長の形をした校舎で、階段は出入口から入って左に一つだけ。一階の部室には入っていない様子から、目指している場所は上の階にあるようだ。

 階段を駆け上がる渡邊を見失わず、バレないように階段を登ると、三階に辿り着いた。踊り場の陰から廊下の様子を窺うと、渡邊がどこかの部室に入った。


「えーと……ここか――え?」


 俺は渡邊が入った部室の前で、思わず声を漏らした。何故なら渡邊が入った部室は、柔道部の部室だったからだ。


「なんでこんなところに?まさか、ここであのノートを書いてたのか?」

「あった!見つかった!」

「えっ」


 見つけた?いや、ノートは俺が持ってるはずだし、何を見つけたんだ?


「いや〜、壊されてると思ってたよ。“ソードイクリプス3”!」

「ってゲーム探してたんかい!」

「わっ!あああ安西!?」


 あまりに拍子抜けな結末に、俺はツッコミながら部室のドアを開けた。当然渡邊は驚きながらゲームカセットを後ろに隠した。いやもうバレてるから!


「な、なんでこんなところに?」

「俺もトイレ行こうと思って教室出たら、お前が部室棟に行ったからなんでだ?と思ってついて来てみれば……」

「いやそれはその……」

「今までトイレ行ってたのも、ゲームを探しに行ってたからか?」

「え?いや、今までのは本当にトイレ行ってたんだけど、便秘気味だったし」

「今までのは本当にトイレ行ってたの!?間際らしいことしてんじゃねぇよ!」

「ええええ!?ごごごめん……」


 あークソッ!完全に俺の深読みかよ!でも深読みするだろ、あんなしょっちゅうトイレ行ってたら、ノート探しに行く口実だって思うだろ!


「えーと、ここ柔道部の部室だろ?なんでゲームカセットがここにあんだよ。まさかここでやってたのか?」

「違うよ!確かにゲームは好きだし隙あらばやってるけど、わざわざこんなところ来てまでやらないよ!」

「じゃあなんでここにあるんだよ?」

「そ、それは……」


 渡邊は俺から目を逸らし、なんだか苦しそうな表情を浮かべ始めた。それに、全身から異常な量の汗が出て始めている。


「何かあったのか?」

「……………………」

「大丈夫、誰にも言わない。俺とお前だけの秘密だ、約束する」

「……………………」

「……嘘吐いたらゲーム買ってやる」

「実はね?」

「話すのかよ」

「あ、ごめんつい……実は俺、柔道部の奴らにちょっとイジメられてるんだ」

「ッ!?」


 後頭部を殴られたような衝撃が、俺の全身を駆け巡った。


「――誰だ?」

「え」

「お前をイジメてる奴は誰だ!」

「おおお落ち着いて!俺の言い方が悪かった、別にイジメなんかじゃない!からかわれてるだけなんだ!」

「ほんとか?嘘じゃないよな?」

「ほ、本当だ、だからその……手を離してくれ、マジで痛い」

「あ、悪い……」


 俺はいつの間にか渡邊の両肩を掴んでいたようだ、しかも相当強く掴んでいたらしく、渡邊の肩には俺の手の跡が残っていた。イジメられてるって聞いて自分でも気づかないくらい頭に血がのぼるとか……俺ってこんな正義感溢れる奴だったっけ?


野上雄二のがみ ゆうじって知ってるか?隣のクラスですごいガタイのいい奴なんだけど。アイツとは同じ中学校で、よくこき使われてたんだ。逆らおうにも野上の方が強くて、太ってる上に全然力がない俺は、ただ従うことしかできなかった」


 渡邊は一拍置いて、


「高校ではクラスも違うし、俺は帰宅部でアイツは柔道部に入ったから、昔みたいなことにはならなかったんだけど。この間の帰りに、たまたま野上と鉢合わせして……昔みたいにこき使われるのが嫌だったから、もうやめてほしい、俺に関わるなって言ったんだ」

「そしたら?」

「案の定、ゲーム中毒のデブオタクが俺に逆らうなって言われて……その時、買ったばかりのソードイクリプス3を取られて、貸してほしかったらまた俺の言うことを聞けって言われたんだ。でも、俺はもう、中学生の時のようなことにはなりたくなかったから、だから今日、思い切って探しに来たんだ」

「そうだったのか……悪いな、気づかなくて」

「いいんだよ、俺と安西は帰る方向も違うし。なんたって安西はにわかオタクだから」

「お前な……俺の同情を返せ!」

「へぇ〜、そういうことだったんだ〜」

「ッ!」


 突然聞こえてきた声に、俺は後ろを振り返ってた。

 部室の入り口には、眉毛が太い大柄な男子生徒が、ニタニタしながらこちらを見ていた。


「の、野上……!」

「お前のことだから昼休みにこっそり取りに来ると思ってな、待ってたんだよ。変なオマケもいるけど」

「人を変呼ばわりするのはどうかと思うんですけど」

「安西!」


 俺はゆっくり近づいて来る野上から渡邊を遠ざけるように立ち塞がる。


「退けよ、怪我したいのか?」

「ここは畳だから怪我はしないと思うけど?」

「ほう、この俺が投げるだけで済むと思ってんのか?」

「この俺って言われても初対面なんですけど?何?腹踊りでもしてくれるわけ?」

「テメェ……!」


 太い眉を引きつらせる野上を横目に、俺は渡邊を一瞥した。それだけで理解してくれたのか、渡邊は驚きながら首を振った。そこは縦に首を振ってほしいものだが……


「いや、腹踊りは渡邊の方が面白そうだな。アンタは電車でも走らせてくれそうだな、そのぶっとい眉毛を繋げて――」

「テメェ人のコンプレックスを弄るんじゃねぇ!」


 鎖から解放された猛犬のように野上は俺に向かって殴りかかってきた。俺は横に転がってそれをかわした、足元が畳でほんと良かった。


「走れ渡邊!とにかく走れ!」

「わ、わかった!」

「待て――」

「ソイ!」


 渡邊を追いかけようとした野上の足を狙って、俺は足を突き出した。俺の足に引っ掛かった巨体は受け身を取らずに顔から倒れた。


「おいおいどうした柔道部〜!受け身くらい習っただろ?」

「この……ッ!俺は入部してまだ一週間目だ!」

「今まで何やってたんだこの木偶の坊!」


 倒れた野上を挑発しながら部室を出て、全力で走り出した。挑発はするが喧嘩はしない、どう考えたって勝ち目はないからな!なのでとにかく校舎まで逃げる!

 階段をほぼ飛び降りるように降りて行くと、途中で息切れを起こしている渡邊と合流した。


「おまっ、まだ二階じゃねぇか!」

「そんな、こと、言っても、ハァ、ハァ、ぽっちゃりに、階段ダッシュは苦行――」

「待てやコラ!」

「ひぃ!すごっいキレてる!」

「眉毛コンプレックスならそればいいものを……とにかく急ぐぞ!」


 渡邊の背中を押しながら再び階段を降りる。上から大きな足音が近づいてくる様子は、さながらホラーかサスペンス映画だ。


「やっと渡り廊下だ!ていうかお前も走れ!」

「もう、もう無理!走ったら死ぬ!」

「止まったら殺されるぞ!」

「どっちも嫌あああ!」

「とにかく急ぐふっ!」


 突然首に衝撃が襲いかかり、俺は強制的に動きを止められた。


「やっと捕まえたぞ!」


 後ろを見ると、野上が俺の制服の後ろ襟を掴んでいた。

 逃げようと前に進もうとした瞬間、野上は襟を引っ張り寄せ、俺の首をホールドした。


「ぐえ、こ、このゲジ眉!」

「誰がゲジ眉だ!へへへ、おい渡邊ぇ!テメェのお友達がどうなってもいいのかな?」

「や、やめ――」

「渡邊!」

「ッ!」


 俺を助けようとする渡邊を、俺は締まる喉を手で開いて止めた。


「ゲホッ、俺は大丈夫だ!いいから早く行け!校舎も目の前だ!そうすりゃこいつも、下手なことはできない!」

「でも!」

「いいから行け!俺がゲーム壊すぞ!」

「ひぃ!それだけはああああ!」

「アイツ……俺よりゲームを取りやがった……自分で言っといてなんだが悲しくなってきた」

「はっはっはっ!アイツは昔からゲームのことしか考えてねぇゲーム中毒者だからな、しょうがねぇよ、同情するよ、だが俺を馬鹿にしたのは許さねぇ!」


 ま、マズイ、こいつ本気で絞め殺すつもりか!どんどん首がしまってく……こうなったら、やるしかない!


「おいマーチ、今から私情で魔法使うから、あと任せた!」

『へ?はぁ!?いきなり通信てしてきて何言ってんの!?』

「は?何言ってんだテメェ?」

「おいデカブツ、お前ユウカちゃんって好きか?」

「ああ!俺はあの子の大ファンだ!」

「そうか……ははっ、ならその魔法を特別に見せてやる!」

「何言って――」


 怪訝な表情を浮かべる野上に向かって、俺はおもいっきり肘を打ち付けた。


「ぐふぅ!?」


 横腹に鋭い衝撃が走ったであろう野上は、吹き出しながら横に曲がった。その瞬間、首を絞める腕の力が弱まるのを感じ取り、腰を屈めて拘束から抜け出した。

 そして――


「あばよとっつぁん!」


 すかさず全力疾走を始めた。

 そう簡単に魔法なんて使ってたまるものか!

 それに、あんなところで魔法を使ったら、野上以外の人間にバレた場合の対処が難しくなる。それにマーチはきっと家にいるだろうし、ここまで来るのに時間が掛かる。そのうちに、正体を知った人がSNSなんかで拡散を始めたら終わりだ。だから俺は、本当の本当に緊急時の時にしか、学校で魔法は使わない。そう決めている。


「まあでも、一応記憶の改竄はしておかないとな。どんなに小さな芽でも摘み取らねば」

「コラ待てや!」

「ちょっと待った!いいのか?ここはもう校舎だぞ?東側には職員室もある。お前はもうこれで終わりだ!」

「ハッ、だからなんだよ?バレなきゃいい話だろうが!」

「そうだな、今ならまだバレないだろうな。先生にも見つかってないし、でも忘れてないか?俺より先に校舎に逃げ込んだ奴のことを」

「あん?」


 意味をよく理解していなさそうな、疑念のある表情を浮かべる野上。すると、ピィイイイイイイイイイイイイイッ!!という甲高い音がその場を埋め尽くした。


「そこまでよ!」

「ッ!?」


 驚く野上と共に、ホイッスルの音源の方を向いた。

 そこには、数名の風紀委員たちと汗だくの野上、そしてホイッスルを片手に持った赤い眼鏡の風紀委員長、片桐先輩が立っていた。


「貴方ね?他の生徒の私物を奪い、手足としてこき使おうと企み。そして、暴力を振るったのは」

「ふ、風紀委員……!」

「弱い立場の人間を、強い人間が牛耳り虐める……貴方のしたことは、絶対に許されないことよ!貴方には風紀委員室で――いいえ、生徒指導室でみっちり指導する必要があるわ!」

「クソッ!」

「連行!」


 悪態を吐いて再び出入口に戻った野上を追って、風紀委員たちが一斉に走り始めた。何度か見る光景ではあるが、風紀委員会ってちょっとした軍隊なんじゃないかと思えてきた。


「校庭に逃げたわね、でもあのスピードじゃ捕まるのも時間の問題ね」

「ありがとうございます片桐先輩!いやーほんとに助かり――」

「はい、じゃあ行くわよ貴方も」

「え!?なんで俺も?」

「そこの渡邊くんの話じゃ野上くんに捕まってたみたいじゃない、つまりちょっとは喧嘩したってことでしょ?」

「はい!?いや確かに、首を絞められた時に肘打ちはしましたけど、正当防衛ですよ!」

「警察なら通じるかもしれないけど、生憎風紀委員会は警察じゃないわ。よって暴力は暴力よ」

「そんな!警察とか軍隊みたいな組織の癖に何言ってんスか!」

「ほら、渡邊くんも行くわよ。全く、学校にゲームなんて持ち込んで……ここはゲームをするところじゃないわよ」

「ええええ!?」


 結局、俺と渡邊は昼休みが終わるまで、風紀委員長にお説教される羽目になりました。

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