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魔法少女ユウカちゃんの秘密  作者: 一二三五六
第二章 魔法少女VS煉獄の魔王
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第二章13『それぞれの目的』

『夕斗、大丈夫かい?』

「大丈夫かだって?全然大丈夫じゃないけど!なんでこんな台風の日に外へ出なくちゃならないんだ!しかもまだ五時だぞ!?あーもう、引き受けるんじゃなかった!」


 早朝、俺は荒れ狂う風と雨の中を掻き分けながら、台風の中心に向かっていた。見慣れた音ノ葉の町並みを抜け、今は墨田区の上空を飛んでいる。まだ五時であることに加えてこの天気、下を見ても人がまったく見当たらない。

 こんな朝早く起きたのには理由がある。台風の移動速度から、音ノ葉駅周辺に直撃するのは大体八時半くらいになるということがわかった。もしこっちに来る前にバクノイドを倒すことができれば、台風も収まり休校になることもなくなる。そうなれば、クレアの正体や証拠を掴むのもより早くなるかもしれない。そうマーチは言っていた。

 俺もアイツの作戦に乗ったから文句は言えないんだけど……


「台風の中を突っ切るとか頭おかしいんじゃない!?」

『激しいのは最初だけだから、台風の目の中ってすごい穏やかなんだよ?』

「知ってるよ!それでも常識的に考えておかしいって言ってるの!」

『まあまあ、それよりほら!あと数十メートルで台風の目の中に入るよ!準備はいいかい?』

「はぁー、もうこうなったらやけだ!この鬱憤をバクノイドにぶつけてやる!」


 叩きつけてくる雨が視界を覆う、目を凝らして捉えても、そこには灰色の世界だけが広がっている。激しい向かい風に飛行速度が落ちていくのを体で感じながら、それでも前に進み続けた。そうでなければ、止まった瞬間に吹き飛ばされてしまう。

 台風の中を潜り続けてどれだけ経っただろうか、もう時間の感覚はない。だがそれも、終わりが近づいてきた。


「はぁ、はぁ、はぁ……つ、着いた……台風の目!」


 豪雨と暴風を超えたその先に待っていたのは、綺麗な青空だった。

 さっきまで続いていた、耳を叩くような暴力的な音が、嘘のように静まり返っている。辺りを見渡すと、真っ黒な雨雲がこの空間を取り囲むように漂っていた。台風の目の中に入るのは初めてだが、なんとも神秘的だ。


「すごっ……」

『感動してる場合じゃないよ、真下を見て』


 そう言われて地上を見ると、誰もいないはずの街中に一人、我が物顔で歩いている。それは人間と呼ぶにはあまりにも、異質なところが多かった。


「あいつが犯人か……」

『夕斗、相手はバクノイドだ。一度戦った君なら奴らの強さはわかるだろうけど、今回は台風を起こせるようなやつだ。気をつけてね』

「ああ……」


 バクノイド。

 人間の欲求と願いの集合体。その強さは、アブソーバードレスがカバーできないほど強力だ。それともう一度戦うとなると、いつも以上に気を引き締めなくちゃならない。

 俺は大きく深呼吸をしてから、奴の進行方向に立ちふさがった。


「そこのバクノイド!今すぐ台風を止めなさい!」

「ぬう!?まさか貴様は、夕焼けの魔法少女……!」

「私が来たからには、これ以上好きにはさせません!」

「くぅ、またしても魔法少女が邪魔しに来たか……だが私は、一度貴様たちの仲間を倒した男!貴様もあの魔法少女のようにすり潰してくれるわ!」


 鋭い目つきで威嚇をしてくるそのバクノイドは、全身のあらゆるパーツが独楽で出来ていた。まさにコマバクノイドだ。見た目はとてつもなくシュールだが、こいつはこの台風を起こしているんだ、なめてはいけない。

 そして、その台風を起こしている方法は――


「……その両腕が武器でもあり、台風を起きている原因ですね!」

「その通り!私の体は全て独楽で出来ている、生殖器官すらな!そしてこの腕を高速回転させることで、このように台風を起こすことができるのだ!」

「そうですか、ならまずは――」


 杖を両手に持ち替え、バクノイドに照準を定める。


「その腕を止めます!」

「止める、か……ふっ!やれるものならやってみるがいい!」


 言われなくてもそのつもりだ!俺は魔法陣を展開させて、魔法の準備を整える。融合させるものは何でもいい、あの回転を止めることさえできれば!


「エネミーマター・フュージョニウム!」


 ひとまず台風の所為で傾いた電信柱をコマの腕と融合させる。そうすれば回転は止まるだろう。だが相手はバクノイド、そう簡単には止めさせてはくれないだろう……


「ぬぅ!な、なに!なんだ、腕が……重い!いやそれだけではない――回らない!腕が回転しない!これはなんだ!私の腕は、どうなってしまったんだ!」

「………あれ?」


 呆気なく腕の回転が止められたことに、俺は戸惑いを隠せなかった。

 融合が完了した腕は電柱になってしまい、あまりの重さに両腕とも地面に着いている。自分の身に何が起きたのかわからないバクノイドは、混乱しながら腕を持ち上げようとしている。俺の予測では、融合させられまいと動き回りながら、回転させている腕で攻撃してくるはずだったのに……


「まずい、このままでは台風が……!」


 先ほどまで俺たちを取り込もうとしていた雨雲たちが散り散りになり始め、暴風もピタリと収まった。


「あ、あのー……一つ聞いていいですか?」

「な、なんだ!」

「なんで避けなかったんですか?そうすれば両腕とも融合させられずに済んだのに……」

「あれくらい避けることは容易い。だが、台風を維持するには一定のスピードでしか動くことができないのだ!」

「えっ、そうなんです?」

「一定のスピードを超えた動きをすると、たちまち台風は崩れてしまうのだ……」


 両腕がコンクリートの棒になってしまったバクノイドは、渋い声でそう言った。こいつは本当に、俺が追い詰められたあのバクノイドなんだろうか。


「じゃ、じゃあそれならせめて、両腕でなんとか私に攻撃するとかすれば良かったんじゃないですか?」

「ああ、俺の腕ならば、遠距離にいる相手を攻撃することも可能だ」

「それなら――」

「だがそれもできない!」

「なんでですか!」

「何故なら、台風を起こしている間は、それ以外のことは出来ないからだ!ちなみに、もし貴様が接近戦を挑んできても同じだ。私は台風を起こしている間は必ず両腕を上げていないとならない、少しでも下げれば台風が崩れてしまうからな!」

「…………じゃあモカちゃんはどうやって倒したんですか?」

「最初はされるがまま攻撃を受けていたのだが、流石にこのままでは格好がつかないと思い、一旦台風を止めて攻撃したのだ!」

「今の方がよっぽどかっこ悪いですよ!」


 俺は演技も忘れて頭を抱えた。台風を起こすってそれほど簡単なことじゃないのはわかったけど、なんていうか……調子が狂う。この感じ、いつもバクを相手にしている時と同じ感覚だ。


「えーと……じゃあ倒しますね?」

「ま、待て、待ってくれ!私にはまだ、やらなくてはならないことがあるのだ!」

「あーそっか、バクノイドも宿主の願いを叶えるために動いてるんでしたね。ちなみにどういうお願いなんですか?」

「うむ、私に課せられた使命。それは、宿主が一日中ゲームが出来るようにするために、台風を起こすことだ!」

「はいわかりました、じゃあいきますよー」

「まままま待ってくれ!今日だけ、今日だけは見逃してくれ!なんでもあともうちょっとでミッションとやらが全てSSS(トリプルエス)になるそうなのだ!」

「知りませんよそんなこと!」


 今にも魔法を使おうとする俺に向けて、バクノイドは必死に命乞いを始めた。怪物に命を乞われるのは初めてだ。とにかく、こんなアホな理由で他人に迷惑をかける奴は放っておけない。俺は助けを求める声を遮断して、魔法を唱えた。


「マターロッド――」

「シュバルツブレイズ!」

「ッ!?」


 背後から聞こえてきた声と熱気に、俺は後ろを振り返らずに横に飛んだ。すると、俺が立っていた場所が黒い炎に包まれた。この炎に、さっきの声、間違いない。俺は答え合わせをするために振り返る、そこには最近よく見る眼帯の女の子が立っていた。


「くっくっくっ、後ろががら空きだぞ?夕焼けの魔法少女よ」

「クレアちゃん……なんでここに?」

「クレアちゃんではない!クレデリアスだ!……ふっ、何故ここにいるのかだと?愚問だな、我が右目は森羅万象あらゆる事柄を見通す魔眼なのだ。どこで何が起きようと、私には全てがお見通しなのだよ」

「……眼帯左目に付いてるけど?」

「ッ!?しまった、何か変だとは思ってたが……あーもう、台風で飛ばされなければこんなことには――おっほん、良くぞ見抜いたな。流石は夕焼けの魔法少女だと言ったところか」


 慌てて眼帯を付け直したクレアは、少し頬を染めながらポーズを決めた。なんだろう、すごく可愛いんだけどクレアちゃん。


「そういえばずっと眼帯で隠れてたけど、右目は金色なんだね。アバターの変更で変えたの?」

「な、何を言う。私は元からこの目なのだ!」

「なるほど、確かにオッドアイってカッコイイもんね」

「人の話を聞け!そうではないと言っているだろう!」


 必死に否定するクレアの様子を、俺は生暖かい目で見つめる。変な子ではあるんだけど、なんだか見てて癒される。でも、この子は俺と同じだって思うとすごい複雑……


「ぬぅ……まさか魔法少女が二人になるとは……」

「あ、すっかり忘れてた」

「だが見よ!貴様に変えられてしまった両腕も元に戻った!これで再び――」

「エネミーマター・フュージョニウム」

「ぬぅわあああ!また両腕がああああ!しかも今度は車になっている!」

「くっくっくっ、その容赦の無さ……どうやら今日は機嫌が悪いようだな」

「機嫌が悪いんじゃなくてやる気がないんです。それより、なんでさっき私のことを攻撃したの?」


 その問いに、クレアは意味ありげに笑い始めた。


「なに、大した理由ではない。ただ貴様の行動が、我が野望の妨げになり得ると判断しただけのこと」

「要するに、美味しいところを持っていかれたくなかったんだね」

「人間世界ではそうとも言うな……夕焼けの魔法少女よ。悪いがこの怪人は私の供物とさせてもらう」

「それは別にいいけど……目立ちたいなら目撃者がいないとダメなんじゃないかな?」

「それについては問題はない」


 顔を後ろに向けるクレアにつられて、俺も同じように向けた。そこにはいつもインタビューを受けている報道陣の人たちや街に住んでいる人たちが集まりつつあった。


「いつの間に……クレアちゃんが集めたの?」

「いや、あそこにいる人間の生中継により影響だろう」

「さぁああああ皆さん!ご覧ください!我らが魔法少女ユウカちゃんが、今!まさに今!謎の怪人バクノイドを撃退しようとしています!実況は引き続き、里山一誠がお送り致します!」

「またあの人……ていうかいつからいたの?」

『台風を抜けるのに集中してて気づいてなかったみたいだけど、割と最初からいたよ?元々は台風の中継だったみたいだけど』


 なんというか、運がいいのか悪いのかわからない人だな、まあアナウンサーとしてはめちゃくちゃラッキーなんだろうけど。


「くっくっくっ!さぁ、舞台は整った!あと私が、その存在を示すのみ!」

「えーと、じゃあ任せちゃっていい?」

「ふっ、貴様はそこで私の活躍を見ているが良い……」


 クレアは不敵な笑みを浮かべながら、コマバクノイドに近づく。両腕が車に変えられ完全に身動きが取れなくなったバクノイドは、接近してくるクレアから逃げようと必死にもがく。


「くっくっくっ、無様だな。夕焼けの魔法少女と激戦を繰り広げたあのバクノイドとは思えん姿だ」

「ぬぅ、私は負けん!負けるわけにはいかんのだ!くぅ!この両腕さえ動けば……!」

「両腕さえ、か……哀れなものだな、欲望の体現者たる怪人も、たかが腕を封じられた程度でこのザマとは……」

「侮るなよ小娘、私に掛かれば貴様を倒すなど、紙を破るよりも容易い!……全てが万全であればなぁ!」


 言ってて悲しくないんだろうか。


「なるほど……」

「…………?」


 どうしたんだろう、急にクレアは黙り始めた。その様子にアナウンサーの里山さんも、後ろの野次馬たちも、バクノイドすら疑念を持った。

 それから一分後、微動だにしなかったクレアがニヤリと笑い始めた。


「――全てが万全でならば、私を倒せる。そう言ったな」

「あ、ああ……」

「それは確かか?」

「今はこんな感じになっているが、バクノイドを甘く見るな。貴様ら人間など足元にも及ばん力を持っている」

「そうか……」


 一言呟いたクレアは、バクノイドに背を向けた。


「おっと、これはどういうことでしょうか。赤い魔法少女がバクノイドに背を向け始めました!これは一体どういうことでしょうか!」

「ッ!なんのつもりだ?」

「貴様の万全とやらが見たくなった――いや、貴様の万全とやらを倒したくなった」

「……え!?ちょっとクレアちゃん!」

「もし我が望みを聞き入れるのならば、ここから立ち去れ。聞かないであれば今ここで貴様を斬る」

「……正気か貴様?」

「くっくっくっ、正気かどうかなど関係ない。私が私であることを証明するのに貴様を利用する、ただそれだけのことだ……で、どちらを選ぶ?」

「……私がただ貴様に利用されると思ったら大間違いだ。私はいずれ貴様を倒す、そして宿主の願いを叶える。それまで精々、万全を期すことだな」


 コマバクノイドは独楽となっている自分の足をその場で高速回転させ始めた。どうやら回転できるのは腕だけではないらしい……って!解析してる場合じゃない!


「待って――」

「待て、夕焼けの魔法少女よ」

「なんで!このままじゃあ逃げられちゃうよ!」

「貴様は言ったな、あとは私に任せると。なら私の好きにさせてもらうぞ」

「そうだけど……逃す理由なんてあるの!?」

「奴は言っていた。万全であれば私に勝てると」

「それが?」

「くっくっくっ……接戦の方がより私の存在を証明できるということだ」

「えっ、それって要するに……」

『激戦の方が盛り上がるしそれだけ目立つってことだね』

「何考えてるのほんとに!?」

「ハッハッハッ!さらばだ、魔法少女たちよ!」

「あっ、しまった!」


 高速回転させた足はコンクリートに穴を開け、ドリルのように掘り進んでいた。俺がクレアを押し退け駆け出した時には、奴の姿は見えなくなっていた。


「うぅ……」

『ダメだ、センサーにも反応がない』

「地下に潜ったから?」

『いや、例え潜ってたとしてもセンサーは反応する。おそらく、僕たちもまだ知らない能力がバクノイドにはあるのかもしれない……』


 俺は穴からクレアに顔を移す。今の行動が注目されたのか、報道陣に囲まれている。この行動すらも注目を集めるためのパフォーマンスのようなものなのかもしれない。

 でも、そうだとしても……


『どうする夕斗?報告するならしちゃうけど?』

「――いや、まだいい」

『なんだ、てっきり今ので気が変わったと思ったのに』

「うん、少しは気が変わったけど。ちょっとやりたいことができたよ」

『やりたいこと?』

「ああ……正体暴いたその後に、一発殴って説教する。表舞台に出た魔法少女の先輩として」

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