第二章12『いい事と苦労は反比例』
「んー……これはまた、すごいの拾ってきたね」
「ああ、俺も驚きだ」
「いや、なんで持って帰ってきちゃったの?」
「えーと、ちょっと気が動転して……とりあえず持ち帰ってお前に見せることしか考えてなかった」
「いつもなら頭が回る君がそこまで動揺するなんて、まあ自分以外に魔法少女になってる人がいるってわかったらそりゃ驚くか」
痛い魔導書を見つけたその夜、持ち帰ってしまったあのノートをマーチに見せた。これにはどうやらマーチも驚いているらしい。
「もしかして、ただの偶然だったりして」
「俺が知ってる魔法が全部それに載ってるのに?」
「だよね。それにノートの状態を見る限り、大分前から使われてるみたいだし、クレアのことを知って書いたって確率は低いね」
「てことは、やっぱりいるんだな。ウチに」
「確定ではないけどほぼ決まりだね」
バタリと、腰掛けていたベッドに倒れ込んだ。正直不思議な感覚だ、自分以外にも魔法少女であることを隠して、学校に通っている奴がいるとは思いもしなかったから。だってこんな類い稀な環境、そう有るもんじゃない。
「……もし他の魔法少女がルールを破ってることがわかった場合、どうするの?」
「魔法の漏洩や悪用を防ぐために、わかり次第本社に報告しないといけないね。まあ、僕たちの場合は完全に自分のことを棚に上げることになるけど」
「んー……」
「もしかして、報告したくない?」
マーチの問いかけに、俺は首を縦に振った。
「クレアは目立つために攻撃を仕掛けてくるようなめちゃくちゃなやつだったけど、もしかしたら俺と同じで、魔法少女を辞めるために頑張ってるのかもしれない。それがどんだけ大変かは俺が一番よく知ってる、だからこそ、俺の手で勝手に終わらせるのは嫌なんだ」
「とは言っても、報告するの僕だけどね」
「報告したらお前も道連れにしてやる」
「ちょっ、君まで死ぬつもりなのかい?」
「それが嫌なら報告するな、いいな?」
「はぁ、わかったよ。でもさ、そこまでする義理なんてあるかい?」
俺はベッドから起き上がり、机の上に置いたアフターグローを見つめる。
「義理ならあるよ。同じ魔法少女っていう義理が」
「……やっぱり君はMだよ、それも真性のね」
そう言うとマーチは、どこから取り出したかわからない機械を弄り始めた。
「何してんの?」
「えっ、本社に報告するんだけど」
「はぁ!?ちょっと待てお前!今までの会話はなんだったんだ!あの流れは報告せずに黙っとく流れだろ!」
「いや別に、決めるの僕だし……」
「お前には人情もへったくれもないのか!ていうか道連れにするって言ったの聞いてなかったのか!」
「大丈夫、僕はいざとなったら君がヘタれるって信じてるから!」
「変な方向に人のこと信用してんじゃねぇよ!何がそこまでお前にそうさせるんだよ!」
「だって、不正を報告すれば会社の危機を防いだってことで謝礼金が出るんだよ?報告しないわけにはいかないだろ!」
「お前ってやつは……!そんなに金が大事か!」
「いいや!大事なのはお金じゃない、ミラちゃんだ!」
「結局女かこのエロ犬が!」
機械を操作しようとする前足を抑え込み、本社への通信を妨害する。こいつがここまでひとでなしだとは思わなかった!いや人ではないけれど!
「大体、まだ誰がクレアなのかわかってないんだぞ?そんなうちから報告なんてしてどうすんだよ!」
「不正してるってだけでも十分だよ、それにもう見当はついてるんだろ?さっき言ってた中二病の子だって!」
「……十中八九そうだろうけど、ちゃんと証拠を見つけてからでも遅くはないだろ?確実性があった方が謝礼金とやらの値段も上がるかもしれないし!」
「あー、確かにそうかも!」
納得した様子のマーチから手を離し、安堵の息を吐いた。ひとまずこれで報告を防ぐことはできたな。
「それで、具体的にはどうするつもりだい?」
「このノートを見せるのが手取り早いだろうけど、向こうは当然しらを切る。そこで、アイツが魔法少女であることを証明できる決定的瞬間を収める。そうすれば逃げも隠れもできないだろ」
「でも、そう簡単にいくかい?」
「普通ならまず難しいだろうけど、日々周りの目に気を配って学校内で魔法少女に変身している俺なら、なんのことはない」
「君にしては随分と自信があるみたいだね」
「まあな」
こうまで言わないとお前が報告しかねないからな。
ぶっちゃけ、正体偽ってる歴で言えばクレアの方が先輩だろうから、いくら同じ穴の狢でも尻尾を掴むのは容易じゃない。
「とにかく、証拠が見つかるまでは何もするなよ?したらマジで道連れにするからな?」
「わかったってば、全く信用ないなー」
「当たり前だろ。さて、そんじゃあ明日から――」
「あーっと……夕斗?どうやら明日からっていうのは無理みたいだよ?」
「どういう意味だよ」
マーチが前足で示した方向に顔を向ける。そこにはこの部屋の窓があり、夜ならではの黒い景色が見える。だがそれを歪めるように、小さな水の大群が窓ガラスに叩きつけられていた。
「えっ、うわ何これ、雨?」
「どうやら明日は台風みたいだよ?しかも丁度東京に直撃するらしい」
「てことは……」
「明日は休校だろうね」
すっかりやる気が削がれた俺は肩を落としてため息を吐いた。自分の身のためにも早く証拠を見つけたいところだっていうのに、空気の読めない台風だ。
「そういえばここ最近ほんとに台風多いね、社長に会う前の日にも台風来たし」
「休校になるのは嬉しいけど、こう何度も来られるのも考えものだよな」
「そんな日に限ってバクとか出てきたりして」
「やめろ、フラグが建つ」
それにしても、明日はどうしよう。台風だから外には出れないし、かと言って宿題もないから特にやることもないし。魔法少女の証拠を見つけるための作戦でも立てようか。
そんなことを考えていると、電子音のような音が聞こえてきた。発信源はマーチが通信のために使おうとしていた機械からだった。
「通信?誰からだろう……はいもしもし?」
機械のボタンを押して、マーチが話しかける。携帯やスマートフォンのような形状でもないのにどうやって会話するんだろう――いやそれより、マーチの使い方を見る限り周囲の音も拾うみたいだし、バレないように静かにしてないと。
『あっ、マーチか!俺だよ、オレオレ!』
「……なんだ、ただのオレオレ詐欺か。これまた古い手段を使ってくるな。おいマーチ気をつけろ、こういう輩は上手いこと知り合いになりすまして金を巻き上げようとする。だから実在しない名前を出してこっちから騙すんだ」
俺は機械に声を拾われないように、マーチの耳元で囁いた。
「なるほど……あっ、もしかして中学の時隣の席だったスズキ君?久しぶりだね、でも丁度良かったよ!今ね、幸福を呼ぶ壺っていうのを知り合いと一緒に売ってるんだけど、おひとついかがですか?」
『いらねぇよ!オレオレ詐欺相手に壺売りつけるとか斬新だな!ていうかオレオレ詐欺でもないし!』
「知ってるよ。で、どうしたのシアズ?君から掛けてくるなんて珍しいね」
会話を聞く限り、相手はどうやら同じ会社の社員のようだ。
『まあな、ちょっと困ってことがあってよ。マーチにっていうか、マーチが担当してる子に頼みがあるんだよ』
「ユウカに?」
俺とマーチは思わず顔を見合わせた。
『できればこの話は本人にも聞いてほしいんだけど……今大丈夫か?』
それを聞いた俺は慌ててアフターグローを手に掴み小声で変身した。この通信が映像付きのものじゃなくて本当に良かった。
「う、うん!大丈夫だよ!ユウカ、ちょっといいかい?」
「ど、どうしたの?」
「ウチの同僚が君に頼みたいことがあるみたいなんだ」
「頼みたいこと、ですか?」
『ああ、そうなんだ。自分の仕事もあるだろうけど……』
「いえ、大丈夫です。お仕事ならなんでも引き受けますよ!」
『そっか、ありがとう。それで頼みたいことなんだけど……』
シアズはなんだか申し訳なそうに間を空けてから、意を決したように語り始めた。
『実は俺のバク探知センサーにバクの反応が出たんだけど、現れた場所が日本海だったんだ』
「日本海!?」
「なんでそんなところに……」
『ああ、俺もおかしいと思って色々調べてみたんだけど……バクの現れた場所が、明日上陸する台風と見事に合致してるんだ』
その話に俺は耳を疑った。台風とバクが同じ場所にいる?ますます意味がわからない。
『それで俺は思ったんだ。あの台風を起こしているはバクなんじゃないかって』
「バクが台風を起こしてるって……そんなことあり得るの?」
「……あり得ない話じゃないよ。ホープはどんな願いだって叶える魔法の鉱石、欲望によっては地震を起こすことだって簡単だ」
俺は背筋が一瞬にして凍ったのを実感した。
ホープの力も恐ろしさも理解しているつもりだったが、こんなことを簡単に出来てしまうという危険さを改めて認識した。
「でも日本海に現れたということは、海上に誰かがいたってこと?」
『俺もそう思ってたよ、五日前まではね』
「五日前?」
「まさか……五日前に起きた台風も!?」
『ああ、あの台風も奴が起こしたものだった。その時も日本海から現れて、東京に上陸した。これがバクの仕業だと気付いた俺は、担当している魔法少女のモカと共にバクの対処を行なった。だが、俺たちは負けた』
悔しそうに語るシアズは、それを噛み殺しながら続ける。
『相手は予想以上に強かった、今までのバクとは何もかもが違い過ぎる、まさにバケモノだ……そして俺たちはやられてから気付いたんだ、あのバクが、最近見つかった新種のバクだってことに』
「それって、バクノイド?」
一ヶ月前、榊原先輩が生み出し、同じ学校の女子に嫌がらせをし続けたあのカエルバクノイド。あれと同種類のやつがまだ存在していたのか。
『迂闊だった。もっと早く気づいていれば、モカも怪我をすることはなかったのに……完全に俺の責任だ』
「……なるほど。つまり、僕たちにそのバクノイドを倒してほしいってことだね?」
『ああ、バクノイドを見つけて、バクノイドを倒したマーチたちなら、アイツも倒すことができるんじゃないかって……頼む!俺たちの――モカの仇をとってくれ!』
ここからじゃ向こうの様子はわからないが、きっとシアズは頭を下げているだろう。それほど真剣であることが伝わってくる。
「どうするユウカ、決めるのは君だよ」
「そんなの……助ける決まってるよ!」
『ユウカちゃん……』
「大丈夫!モカちゃんとシアズの分まで、私がバクノイドにぶつけるから!後は私に任せて!」
『ありがとう、本当にありがとう……!』
「言っとくけど、その分のお給料は僕が貰うからね?」
『うっ、正直痛いがしょうがない。任せたぞ』
「よっしゃ!」
「もう、マーチは相変わらずお金が大好きなんだから」
『はっはっはっ、それじゃあマーチ、ユウカちゃん、よろしく頼むよ!』
「ああ、シアズも明日当たるといいな」
「………ん?」
当たるといいな?どういうこと?
『な、なんの話だ?』
「いや、だって明日は新台が――」
『ああああっと!もうこんな時間だ、モカも寂しがってるだろう!それじゃあ!』
そう言うと、シアズは通信を慌ただしく切った。しばらく部屋には沈黙が続いた。
「……ねぇマーチ?」
「……なんだい?」
「新台って、どういうこと?」
「………明日はね、パチンコの新台が入る日なんだよ」
「へぇーそうなんだ……それとシアズになんの関係があるのかな?」
「………アイツ、借金するほど好きなんだよね」
「そうなんだ……」
俺は吹きすさぶ雨と風を気にも止めず窓を開けた。
「あのパチンカス野郎ぶっ殺してやる!」
「わぁー!落ち着いて!夕斗落ち着いて!部屋の中ビショビショになっちゃうよ!」
それから一〇分間、俺とマーチは窓の開閉を争い合った。