第二章10『誰でも一度は考えること』
「おい安西」
「なんだよ馬場」
「なんか妙に機嫌いいけどどうした?愛華ちゃんのパンチラでも拝めたのか?」
「お前と一緒にすんじゃねぇよ、見れたら嬉しいけど」
「じゃあなんだよ一体」
「別に言う必要ねぇだろ鬱陶しい、あと授業中なんだから静かにしてろ」
数式に若干悩まされている四時間目、馬場の言う通り俺は機嫌がいい。理由はもちろん一昨日のデートだ。
まさか愛華ちゃんが俺のことをあんな風に思ってくれていたなんて、まだ恋愛対象としては見られていないけど、普通のお友達から少し上のラインに立っている。これが嬉しくないわけがない。嬉し過ぎて蜜柑の精神攻撃も無効化してるし、キャバクラから酔って帰ってきたマーチが俺のベッドの上で小便してもデコピンで済ませた程だ。
このまま進めばいつか、俺として愛華ちゃんとデートできる日が来るかもしれない!そのためにも、何かしら進展させないと……
「ふむ、でも何ができる?」
ふと、そんなことを口にして、ノートの余白に思いつくままに書き記してみた。
・いきなりデートに誘ってみる
・またユウカになってデートしてみる
・学校のイベントを愛華ちゃんと出来るだけ過ごす
・一緒に帰ってみる
まず試しても良さそうなのは“一緒に帰ってみる”かな。これが一番不自然じゃないし、俺でも勇気を出せばできる。だが問題は、俺と帰り道が一緒かどうかだ。幸い音ノ葉駅からそう離れていないらしいから、駅まで一緒に帰るってのも悪くはない。
次点で学校のイベントだな。文化祭や体育祭、修学旅行や課外授業なんてのもある。青春の一ページを記すにはまさにうってつけだ。だがこれは、成功率が極めて低い。なんせ愛華ちゃんは学校のアイドル、引く手数多であることは確実。そしてその中から俺を選んでくれるかというと……
そして、最難関――ていうかほぼ不可能なのはいきなりデートに誘ってみること。これについては賭けである。成功すれば万々歳、失敗すれば嫌われる可能性だってある。まだそれほど仲が深まっていない以上、安心はできない……
「でもまずは……」
俺は“またユウカになってデートしてみる”を丸で囲む。ユウカを通して俺を知ってもらうってのが一番早いかも、そして何より、愛華ちゃんとデートできるしな!
『夕斗、聞こえるかい?』
俺の一人作戦会議を切り上げるように、頭の中からマーチの声が聞こえてきた。
「ああ、バクか?」
『うん、住宅地だ。よろしくね!』
「了解……」
小声で返事をした俺は、一度息を吐いた。別に授業を抜け出すのが嫌なわけじゃない、もう慣れた。ただ、毎回理由を考えるのが面倒臭いだけである。
「すみません先生、ちょっと熱っぽいんで保健室に行ってきます」
「またお前か安西、意外と病弱なのか?」
「まあ、そういうことで……」
早々と口実を先生に伝えて教室を出る。今日は真田先生じゃなくて良かった、あの人だといちいち文句つけるから面倒臭いのなんの。
俺は屋上に向かうため、南の階段を目指す。今は授業中なので男子トイレでもいいのだが、以前のような鉢合わせを防ぐためにも、変身は屋上を選んでいる。
目的の階段が目の前に見えて来たところで、俺は急いで足を止めた。予定ではこのまま階段を駆け上がるのだが、それを妨げるであろう人物が視界に入ってきたのだ。
「か、片桐風紀委員長……」
赤い眼鏡が特徴的な歩く校則こと片桐先輩が、俺が目指していた階段から登ってきたのだ。なんでこの人が、しかも授業中にこの階に!?あんたいるとしても三階だろ!
「あなた……何をしているの?今は授業中よ」
「俺はその……と、トイレに行きたかったんですよ!」
「授業終了まであと三〇分よ、我慢できないの?」
「いやほんと、結構ギリギリなんで……」
クソッ、こんなところで面倒臭い人に会っちまったな。近づきたくないから思わずトイレって言っちまったけど、保健室に行くって言っとけば良かった!
「それを言うなら先輩だって、授業中に何してるんですか?しかもここ、一年生の教室しかないんですけど?」
「私は音楽の深山先生に頼まれて職員室に行っていたのよ、貴方と一緒にしないで」
くっ、確かに音楽室は四階であるこの階だし、職員室は一階の南側にある。その帰り道にこの階段を使ってもおかしくはない……
「そ、そうっスか、じゃあ俺急いでるんで!」
とにかく面倒なことに巻き込まれる前にここから逃げようと、俺は階段を通り過ぎて男子トイレに向かって駆け出した。
「ちょっと待ちなさい!」
だがその勢いを止めるためか、片桐先輩が俺の腕を掴んだ。
「な、なんスか?」
「さっき、廊下を走ってたでしょ?しかも今も走ろうとしていた」
「廊下は走るな、と……?」
「わかってるなら最初からそうしなさい」
いちいち鼻に着く言い方だなこの人は、やっぱりこの人苦手だ。
「じゃ、じゃあ今度こそ失礼します」
「言っておくけど競歩とかもダメよ!」
「あーもうわかってますって!」
俺は片桐先輩の手を振り解き、男子トイレに向かって歩き出した。後ろから監視しているのか、妙に視線を感じる所為で、結局トイレに入るまで歩き続けた。とんだ時間ロスだ。
「思わぬ妨害はあったが――いくぞ、アフターグロー!」
「イエス、マスター」
「アフターグロー、セットアップ!」
白い男子トイレがオレンジ色に照らされ、ユウカとなった俺は窓から飛び出した。
「悪いマーチ、遅くなった」
『ほんとだよ!お陰でバクが音ノ葉駅に移動して絶賛大暴れ中だよ!』
「だ、だよな、悪い。こっちもちょっと色々あって……今向かってるから」
遅れを取り戻すために全力で飛行する。その甲斐あって目的の駅前にはそれほど時間が掛からずに到着した。
現場は俺の予想に反してかなり荒れていた。駅の入口は潰され出入りができず、駅前のお店はことごとく粉々にされていた。俺はその光景に戦慄すると共に、マーチの言葉を思い出していた。バクは倒すのが大変であり、欲望によってはとんでもない化物になると。俺は今、その言葉の意味を実感している。
「これは……絶対に止めないと!」
改めて決意を固めた俺は元凶であるバクを探した。すると、ななぽーとの陰から飛び跳ねるように現れた。全長約三〇メートルはある、手にボクシンググローブをはめたカンガルーだ。
「あいつが犯人か……」
カンガルーはまさにボクサーさながらのステップでななぽーとを正面にすると、そのグローブでななぽーとの外壁をとにかく殴り始めた。一撃一撃がコンクリートであるはずの壁にヒビを入れる。あいつの目的はわからないが、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない!
「ロッドマター・フュージョニウム!」
バクの頭上へ移動しながら、持っている杖を変化させる。奴が壊してできたコンクリートの瓦礫を集めて一つにし、大きなモーニングスターを作る。
「――コンクリートアタック!」
総重量1トンはあるコンクリートの塊を、頭頂部に振り下ろす。直撃したカンガルーは衝撃によろめき破壊を止めた。頭を振って気を取り戻した奴は、辺りを見渡して俺を見つける。邪魔されたことが相当怒りに触れたのか、怪獣らしい体の芯まで震えるほどの雄叫びを上げた。
「そう、あなたの相手は私よ!かかって来なさい!」
融合を解除した杖を構えて、カンガルーと正面から睨み合う。こっちだって、街を破壊されて黙ってるわけにはいかない。こう見えて、一応怒ってはいるんだからな!
互いに臨戦態勢を維持しながら出方を見る、どちらが動くか……それが勝敗にも繋がる。
そして――
「ちょっと待ったあああ!」
突然の待ったコール。動き出そうとしていた俺は、空中なのにズッコケた。なんだいきなり!そして誰だ、バトルムードをぶち壊したのは!
「くっくっくっ、久方ぶりだな夕焼けの魔法少女よ。また貴様とこうして相見えることになろうとは……だが、今は貴様などにうつつを抜かしている場合ではないのだ」
「あ、あなたは!」
その声に反応して後ろを振り向く。
三角帽子を被ったその少女は、眼帯に手を添えると、こちらに杖を向けて高らかに名乗りを上げた。
「その欲望を体現せし魔獣を狩るのは――この私、煉獄の魔王クレデリアス・リベリオン・ヴェルメリオ・パーガトリー13世だ!」
「久しぶりクレアちゃん、相変わらず中二病全開だね」
「なっ、誰がクレアちゃんだ貴様!というかなんだクレアちゃんとは!」
「だってクレデリアス・ウンタラカンタラ13世なんて長くて言えないから、クレデリアスを略してクレアちゃん」
「わ、私は煉獄の魔王だぞ?そのような女の子らしい名前など性に合わん!」
「いいよ無理しなくて、私はあなたが、自分の欠点を補うために中二病やってる、割と中途半端な魔法少女だってことは知ってるから」
「だからそうではないと言っているだろうが!」
煉獄の魔王クレデリアスことクレアちゃんは、地面がないのに地団駄を踏みながら怒りを露わにする。中二病全開の魔法少女だってわかってから、なんだかこの子がすごく可愛く見える。
「ていうか、今は真面目な戦闘の最中だから、邪魔しないでね?」
「人を手のかかる子供のように扱うんじゃない!そいつは私が倒すと言っているだろ!」
「……大丈夫?またこの間みたいにネタとか無くならない?」
「ふん、我が真の実力を見せてやる!」
クレアはカッコよさげにそう言うと、俺の横を通り抜けバクに向かって突っ込んだ。
「紅の劔を我が手に――スカーレットブレイド!」
長い呪文を唱えると杖を両手に持ち替え、その先を下に向けて構えた。すると、杖を包み込むように赤く発光する刃が現れた。
「何あれ、剣?」
『あれは剣撃魔法って言って、魔力で構築された剣を造る魔法だよ』
「あの色違いの炎や魔眼以外にも魔法が使えたのか」
切り掛かってくるクレアに対して、カンガルーはボクサーさながらの構えから、流れるように左ジャブを繰り出した。だがクレアはそれを華麗に避けて、懐に飛び込んだ。
「たあ!」
構えた剣を下段から振り上げ、バクの上半身を斬る。カンガルーは鳴き声を上げて一歩後退した。その隙を突くように、さらに刃を振り下ろす。真の実力を見せてやると言っただけはあるようだ。
それなら今のうちに、奴が暴れた理由を突き止めて、対策を練らないと……
「マーチ、あのカンガルーが暴れてた理由わかる?」
『ちょっと待って……駅の封鎖にお店への攻撃、そしてななぽーとへの襲撃……まさか!』
「どうしたの?」
『アイツが狙いをつけているのは駅やお店だけ、一般にはなんの危害も加えていないんだ!』
言われてみれば、見た目の被害が激しいだけで、足元で逃げていた人たちは皆怪我をしている様子はない。瓦礫の下敷きになっている人も、バクに踏み潰されている人もいない。
『つまり、あいつは建物だけを狙っているんだ!それもただ建物を狙っているわけじゃないんだ!』
「どういうこと?」
『こいつが初めに現れたのは住宅地って言ったよね?でもアイツは民家やマンションみたいな人が住んでいるところは襲わず真っ先に駅の方は向かっていたんだ』
「なんでそんなこと……」
『あのカンガルーバクが襲った場所にはある共通点がある』
「共通点?」
『ああ、駅も飲食店もななぽーとも、全部働いている人がいるんだ!』
「…………え?」
確かにマーチの言っていることは正しい、まさにその通りだ。でも、正直意味がわからない。なんで働いている人がいるからその場所を襲うんだ?
『ズバリ!あのカンガルーバクの願いは、「働きたくないから地震とか台風とかで会社が潰れて休みにならないかなー」っていうサボリ願望だ!』
俺は思わず飛行機能を解除しそうになった、それくらいガクリと力が抜けたのだ。
「はぁ!?こんな被害だしといて理由がサボリたいから!?傍迷惑にも程があるだろ!」
『まあまあ夕斗、バクが叶える願いはロクなものがないって自分で言ってたじゃないか』
「いや確かに言ったけど……最初ら辺の睨み合いはなんだったんだ……」
なんという脱力感。気合が入ってた分ガッカリのレベルが段違いだ。
「はぁ、もういいや、さっさと倒しちゃおう。授業も終わっちゃうし」
もう完璧にやる気をなくした俺は、戦闘中のカンガルーにゆっくりと近づく。一方そのカンガルーバクは、クレアと激闘を繰り広げていた。
「くっくっくっ、我が真紅の剣を二度も破壊するとは……流石は森羅万象全ての願望を叶えし宝珠より生み出されたもの。だが――惜しいな。それでも貴様は私の真の実力を引き出すに至らぬ、取るに足らない存在だ。憂ながら消え去れ!」
切り傷だらけの拳を構えるカンガルーに向けて、クレアは杖を横に掲げて口ずさむ。
「一〇は二にして翼となり、二は一〇にして劔となる。我が真紅は断ちし物にして斬ちし物――ソードフェザー・スカーレット!」
クレアの背中から赤い翼が飛び立とう横に広がる。その羽根は十字架の形をした剣でできていた。
「くっくっくっ、さぁ我が覇道の礎と――」
「トレインロッド・フュージョニウム、都電ホームランバット!」
まあ、そんなことは御構い無し。
無人の電車と杖をくっ付けた即席金属バットを、カンガルーの顔に向かってフルスイング。ほぼ振り子の原理で振るわれたバットはバクの顔面を的確に捉え、後方へと飛ばした。五メートルくらい宙に浮き、道路に叩きつけられた。立ち上がろうと空に拳を突き上げたが、そのまま光のチリとなった。
「ああああああああああああああああああ!!」
「ふぅ、いくらアブソーバードレスでも、車両一つ振れるほどの筋力強化はできないか。いや〜重かった」
「貴様!折角私が盛大にトドメを刺そうとしていたのに、なんてことをしくれるのだ!」
「だってこれ以上暴れらるわけにもいかないし、私たちも学校があるんだから、時間を費やすわけにもいかないよ」
「ぐぬぬ……まぁいい、今回は貴様の言い分に納得してやろう。しかし!次こそは私が奴を倒す、貴様にも邪魔はさせないぞ!」
「わかってる、むしろ倒してくれるのなら文句はないよ。バクを倒すことは、私たち魔法少女のお仕事なんだから」
俺に対して何か言おうとしていたのだろうが、反論の余地がなく悔しそうに睨みつけるだけだった。ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。
戦いも終わり地面に足をつけると、あっという間に報道陣に囲まれた。
「ユウカちゃん!」
「ユウカちゃん!質問よろしいですか!」
「今日の敵はどうでしたかユウカちゃん!」
それも質問やインタビューは全て俺に対してだけ。最近は俺以外の魔法少女たちも表立って活動を始めてるし、今回はクレアも戦っていたはずなのに……もしかして電車をバットにしてバクを倒したのがいけなかったのか?
「――――ッ!!覚えていろ!いつか貴様よりも、私が私であることを世界に知らしめてやるからな!」
クレアは半べそをかきながらどこかへ飛んでいってしまった。取り残された俺は彼女のことを気にしながらも、いつも通りインタビューに答えた。
そして一つ、わかったことがある。それは……
「私が私であることを世界に知らしめるって、テレビに映ることだったんだね。想像通りっていうか、目立ちたがりな子だな〜クレアちゃんは」




