第二章 行間
太陽が姿を隠そうとする夕暮れ時。
今日も音ノ葉駅周辺は人が行き交い、いつもと変わらない、なんの変化もない、ある意味平和な風景を描き出していた。
そんな光景を高みから見下ろすカラスが一羽。ショッピングモールの看板に止まった。
「ついに、我々が動く時が来た」
黒いカラスが鳴いた。
それに答えたのは、先に世界を見下ろしていた真っ赤なカラス。杖を手に持った、少女のカラス。
「長きに渡る封印が、ようやく解かれる時が来たか……」
「どうするつもりだ?」
赤い少女は口の端を上げた。黒いカラスは知っている、彼女がこういう笑みを浮かべた時は、何かを企んでいる証拠だと。
「最終戦争……封印が解かれし今、それしかあるまい」
「報奨は?」
黒いカラスの答えを示すように、赤い少女は杖を向けた。その先あるものは、とある少女ととある男。
「ねぇユウカちゃん、そろそろ機嫌直してくれませんか?」
「人が困っている時に何もしない人の言うことなんて聞きません」
「でもキスされそうになった時は助けたよ?」
「その前に助けるのが普通だよ。それでもサポーターなの?」
「うっ……わ、わかった。この前テレビでやってた美味しいプリン買ってあげるから!ね?」
「マーチってさ、女の子なんて何かあげれば機嫌直るとか思ってる?女の子っていうのはね、そんな単純なものじゃないんだよ?」
「何個買えばいい?」
「三つ買ったら許してあげる」
彼らの声は聞こえない。何を話しているのかもわからない。
それでも真っ赤な少女は笑みを浮かべる。楽しそう。嬉しそうに。
「名誉と栄光」
「驚きだな。お前がそんなものに興味があったとは」
「興味などない。名誉だの栄光だの、そんなくだらないものに囚われるほど、虚仮になった覚えはない」
「では問おう。何故お前は戦う」
「ふっ、それこそ愚問というものだ……」
少女は屋上の縁に立ち上がる。より高く、世界を見下ろすように。
「係争する理由は一つ、私が私であることを示す……ただそれだけのこと」
音ノ葉の街を駆ける剥離流が顔を伝う。少女は風を浴びながら、まるで風を断ち切るように、赤い翼を広げた。羽根の一つ一つが鋭利な刃物のような真紅の翼を。
「時は来た––私のためにしのぎを削り、私の野望のために利用され、散るといい。夕焼けの魔法少女よ……」
「…………?」
「どうしたのユウカ?」
「いや、誰かに見られてたような気がしたんだけど……気の所為かな?」
「もう夕方だし、カラスでもいたんじゃないの?ほら、カラスって黒に反応するって言うし」
「つまりはお前の所為ってことね……まっ、カラスなら別にいいや、人に化けた動物よりは全然マシだしね」
「ねぇ、それ僕のこと入ってないかい?」
「なんで入らないと思ったし。ほら、早くプリン買いに行くよ!」
二羽のカラスは夕闇に紛れて姿を消した。屋上には赤と黒の羽根だけが、夕焼けに照らされていた。




