第二章3 『赤い眼鏡と選ばれし者の代行者』
ナマケモノバクとの戦いから時間は進み、今は昼休み。
昼食を食べ終えた俺は飲み物を買いに一階の食堂に向かっていた。教室を出る前に、ついでに買って来てと頼んできた馬場に「どうせまたココアだろ?あんま似合わないな」と馬鹿にされたので、大量摂取するとカフェイン中毒になるらしいエナジードリンクを奴に買ってくることにした。
階段を下りて一階に辿り着いたところで、何やら騒がしいことに気が付いた。耳を澄ませば二人の男の声が聞こえてきた、それも怒声。どうやら喧嘩しているようだ。
騒ぎを聞きつけて現場に向かっている野次馬に混ざって俺も声の元へ、そこには食堂前で二人の男子生徒が互いの胸倉を掴み合っていた。風貌からして両方とも不良のようだ。
「テメェの所為だからが!!」
「はぁ?元々はお前の悪いんだろうが!!」
うわぉ、やっぱり不良のメンチって怖いな、すごい剣幕。あれが俺に向けられているものじゃなくて良かった、俺だったら絶対チビってる。にしても邪魔だなあの二人、俺と同じように食堂に用がある人もいるだろうに。それに喧嘩の原因はなんだ?
「ふざけんな!薫に手ェ出しやがって!!」
「お前だって樹利亜とキスしてたからだろうが!!奈緒美の時もそうだ!!」
「奈緒美はお前が俺から奪ったんだろ!!」
な、なんて修羅場だ、俺からすればどっちもどっちだけど。恋愛関係っていうのはやっぱり拗れるなー、愛華ちゃんとはお付き合いしてみたいけど、こういうのがあるから怖いんだよなー。
喧嘩の内容でこれは長引きそうだなと判断し、離れたところにある自販機にしようと野次馬から抜け出そうとした。
その瞬間、ピィイイイイイイイイイイイイイッ!!という甲高い音が辺りを埋め尽くした。それを聞いた不良二人は動きを止め、野次馬たちは次々に後ろを向いた。俺も突然現れた高音に驚きながら振り向いた。
そこには真っ黒な髪を二つ結びにして、赤い眼鏡と緑の腕章を付けた、真面目を体現したような女子生徒が立っていた。ウチの制服は男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年がわかるようになっている。その女性のリボンは赤い色、確かその色は二年生だったはず。そのすぐ後ろには同じ腕章を付けた男女が複数に並んでいて、音の正体は彼女が首からぶら下げていたスポーツ用のホイッスルだった。
赤眼鏡の女子生徒は口からホイッスルを離し、静まり返った現場に近づいてきた。野次馬たちはまるでモーセによって裂かれた海のように道を開けていく、俺もその波にのまれて道を開けた。目の前を通り過ぎていく彼女を見て、俺は気づいた――この人、めっちゃ美人じゃん!目は切れ長で少し威圧的ではあるけど、凛としてるというか大人というか、美しさに格好良さもある。流石は年上の女性だ……まあ愛華ちゃんの方が断然可愛いけどね!
「そこの貴方たち、校内での喧嘩は他の生徒の迷惑よ。やりたければ余所へ行ってくれない?」
「うるせぇ!テメェには関係ねぇだろうが!すっこんでろ!」
「このクソ野郎とはキッチリケリをつけねぇと気が済まねぇんだよ!」
不良たちは女子生徒から再びお互いへと視線を戻し、睨み合いを続けた。完全に外からの干渉を遮断している。警告を聞き入れない相手に溜息を吐いた女子生徒は、ぶら下げたホイッスルを再び口に銜え短く音を鳴らした。
すると、後ろに待機していた生徒たちが動き出した。彼らは野次馬の道を通り抜けると、不良たちを周りを取り囲み始めた。
「お、おい、なんだよテメェら!」
「決着を付けたいというのなら丁度いい場所を知っているわ。そこなら邪魔は入らないし思う存分喧嘩できるわよ?――事情聴取をしながらになるけれど」
再び短くホイッスルを吹くと、包囲していた生徒たちが一斉に不良たちの手足を掴み、胴上げするかのように持ち上げた。離せだのぶっ殺すぞだの叫ぶ二人を冷静に見つめながらもう一度吹く。彼らは不良たちを持ち上げたまま歩き始めた、野次馬たちはさっきよりも広く道を開け、その間を通ってどこかへ連れ去ってしまった。なんというか、餌を運ぶ蟻のようだ。
騒ぎが沈静化したことにより、集まっていた野次馬たちはそれぞれ散り散りに動き出した。何人かの生徒はそそくさと食堂に入っていった、やっぱり邪魔になってたんだな。でも良かった、これで俺も心置きなく――
「そこの男子!」
自販機の方へ向かおうと一歩踏み出したところへ、さっきの赤い眼鏡の先輩が俺に向かって指を突き付けた。いつの間にか目の前にいたことに俺は驚き足を止めた。
「えっ、お、俺――ですか?」
「ええ……貴方、一時間目の途中に校門を乗り越えて入ってきたわよね?」
確かに今朝現れたナマケモノバクと戦った後、記者のインタビューが思いの他長くなって一時間目には遅れたけど……
「な、なんでそれを」
「教室から偶然見えたのよ、。聞いて回る前に見つけられて良かったわ、貴方も少し注意しようと思っていたから」
「ちょ、注意って、俺特に何も――」
「遅刻した理由は知らないけど、閉まってる校門を無理矢理乗り越えるなんていけないことよ!どうせ先生にバレるのが嫌だったんだろうけど、遅刻した自分が悪いのよ?入りたかったらインターホンで先生を呼んで、ちゃんと事情を説明してから入れてもらいなさい!」
彼女の鋭い目つきも相まって、叱責が酷く胸に刺さる。だがそれと同時に少し反抗心が芽生えた。確かに遅刻したのは俺だけど、俺が何かやらかして遅刻したわけじゃないし、事情も知らないのになんでそんな怒られなきゃならないんだ。ていうか俺、町の平和を守ってたんだけど!バクから人類を救ってたんだけど!そう思うとなんだかどんどん腹が立ってきた……言ってやる、言い返してやる!事情も知らない癖にと、アンタには関係ないだろと……ッ!
「お―――仰る通りです」
「わかればいいの、次から気を付けて」
くぅ~ヘタレの自分が情けない!言い返してやろうと思ったのに、あの鷹みたいな眼差しに負けてしまった!そもそも俺が女の子相手に上から何か言えるわけないんだよ、怖すぎて!
鷹の目を持って女子生徒は言いたいことを言い終えて、不良たちを抱えて消えた部下?たちを追うように去って行った。俺は彼女の後ろ姿が曲がり角でいなくなるまで見送り、溜息を吐いた。なんとも怖い先輩だった、美人ではあったけど俺が少し苦手なタイプの女子だ!ああいう人はオタクを良く見てないことが多いんだよね、まさに真田先生の女性版って感じだ。
「やっぱり付き合うなら立花さんみたいな子が一番だよねー」
そんな独り言を呟きながら俺は自販機でミルクココアとエナジードリンクを買った。危ない危ない、さっきの騒動で一瞬自分が何を買うか忘れかけていた――エナジードリンクは覚えてたけど。さて、買うものは買ったし、教室に戻るか。
俺はココアを飲みながら食堂を離れ、二階への階段に向かう。階段間近の曲がり角に差し掛かった瞬間、横から誰かが突然現れ、ぶつかってきた。完全に不意打ちではあったが、向こうの方が軽かったのか俺は少し体が傾いただけ、ココアも一滴も零さず無事だった。でも唐突なことに驚いた俺はぶつかってきた人物に目を向ける。そこには腰下まで伸びたボサボサとした紫色の髪、左目には白いガーゼの眼帯を付けた女子生徒が弱弱しく倒れていた。
「うおっ、すみません大丈夫ですか!?」
ヤバイ、怪我人を事故とはいえ倒してしまった。向こうは左目隠れてるし俺に気づかないのも当然だ。俺は焦って手を差し伸べた、だが眼帯少女は左目を抑えて動かない。
「うっ……」
「あの、だ、大丈夫ですか……?」
「ち、近い……」
「え?」
「この痛み、近くまで来ているということ――か……」
「………え?」
ホラー映画のお化けのようにゆらりと立ち上がる眼帯の女子に、俺は思わず半歩退いた。なんだか不気味な雰囲気を醸し出している。
「あ、あの、何が近くに?」
「ふん、貴様が知ることではない――と、言いたいところだが、こうして私と巡り合い邂逅を果たしたということは、貴様も私と同様選ばれし者の……否、その代行者であるということだ。そうだろう?」
彼女の発言に、俺は心臓を掴まれたような感覚を味わった。
選ばれし者の、代行者………まさかこいつも、俺と同じ魔法少女!?しかも俺が魔法少女であることを知っているのか?言い回しからすると蜜柑のことも知っているみたいだし……マーチから情報が漏れたのか?いや、なんにしてもマズイ!こいつが俺の正体を知ってるということはいずれ社長にも知らされるということだ!な、なんとかして説得するか?それとも白を切るか?……
「さ――さあな、なんのことだか」
「……ふっ、そうだな。仮にそうだとしても、それを自ら口にするということは、煮えたぎりし赤き悪魔の血を飲み干すのと同義――ここは貴様の言い分に敢えて乗ってやろうではないか」
白を切ってみたけど、これって完全に見透かされてるよな。説得した方が良かったか?――いやこの際だ、こっちからも向こうの情報をできる限り引き出してやる。
「それで、お前はさっき近いって言っていたけど、お前には奴らの居場所――いや、現れる場所がわかるのか?」
「無論だ、我が左目は欲せし巨獣共を見通す魔眼。その力は強力である故に自らこの瞳を封じたが、テリトリーの内であれば如何なる場所に現出しようとその場所を読み取ることができる」
「それは元からそうなのか?それとも……魔法か?」
「この左目ある使い魔との契約によって昇華されたのだ。まぁ、元々ここにあったものは奴の腹の中だが……今や問題ではない」
俺は眼帯を撫でるように触る彼女を見ながら、思わず唾を飲んだ。聖獣って体のパーツと引き換えにそんなこともするのか……あんまり知りたくない情報だった。だがこいつは間違いなく俺の知らないことも知っている、もう少し引き出してみよう。
「なんでお前はそいつと契約したんだ?事故か?」
「それを貴様に話すとでも?」
「……そうだな、済まん。じゃあ別の質問だ、お前はさっき、その魔眼で奴らの居場所を見抜いていたよな?それも近くだって、一体どこにいるんだ?」
「ふむ、しばし待て……」
そう言うと彼女は右目を瞑った、さっきもそうやってバクの現れる場所を見抜いていたのか。そしてしばらくして、眼帯少女は目を開いた。
「先ほどより近くに感じる……南西に一〇キロ――いや九キロ先か……これは……通りか?」
「南西の通りって、あの高いビルが多いあそこか!?ほんとに近くじゃねぇか!」
「ああ、だが案ずるな。それほど強い力を持ってはいないようだ、奴らも時期に――」
「こんなところで立ち話してる場合じゃない!」
俺は眼帯少女の腕を掴んで昇降口の方へと歩き出した。
「へ?ちょ、何をする!?」
「え?いや、これからそいつを倒しに行くんだよ。アンタも来い」
「い、いや!だから奴は強い力を持ってはいないようだし時期に消滅すると言っただろう!」
「アイツらが自然消滅するんだったら苦労しないっつうの!いいから行くぞ!」
何やら行きたがらない眼帯少女の腕を思いっきり引っ張ってゆっくり前に進む。その間も彼女は両脚を張ってブレーキを掛け続ける。
「えっ、いやあのちょっと、まままま待って待て!ど、どうやら我がテリトリーからはいなくなったようだ!どこにいるかわからん!」
「マジか、結構スピード速いんだなそいつ……なあ、さっきその左目封印してるって言ってたよな?封印といたらどこにいるかわかるんじゃないか?」
虚を突かれたような驚いた表所を見せると、俺の手を振り払い眼帯を慌てて抑えながら後ずさる。
「い、いや、この封印はそう簡単には解除できないのだ」
「えっ、自分で封印したのに?」
「ももももももう二度と使わないよう厳重に、一〇〇年くらいしないと解けないように封印してあるのでな!
俺はしどろもどろになり始める眼帯女を見て思い始めた。
こいつ、もしかして魔法少女じゃないな、と。
「……俺、最近仮初の日常が忙しく奴らの姿を忘れつつあるんだけど、どんな姿だったか教えてくれないか?」
「や、奴らの外観?」
「そう」
「そ、そうだな……ふっ、本来ならば我が漆黒の槍を持って制裁を加えるところではあるが――同じ代行者として特別に教示してやろう。奴らは姿形こそ統一性はないが、地獄より出し者たちの証である“紅蓮を宿し使徒の角”と“|悪魔が悪魔たる罪痕の紋”をその身に持っている。さらにその上を行く“中罪使徒”は“正しき者を殺すモノ”を所持している。そして頂点となる――」
ここまで聞いて、俺は眼帯少女の前から姿を消した。
あのネーミングセンスは見習わないと、そう思った。