第二章2 『魔法少女特製ってだけで売れるらしい』
「な、なんだこいつは……」
魔法少女になって現場に急行した俺はその上空で唖然とした。
場所は俺の家も含まれている住宅街のとある一角。そこで奇妙な形で寝ているのは全長一〇メートルはある大きなナマケモノだ。何故奇妙な形で寝ているのかというと、住宅街の入り組んだ道路に沿って眠っているからだ。偶然だったのかそれとも敢えて人の住む家を避けたのかは知らないが、枕として一軒の家を使っていることは確かだ。もちろんその家は粉々になっている。
「ねぇマーチ――ってそうだ、忙しいんだった」
いつものように無線を使おうとしたところで、早朝のことを思い出した。どうやら今日は会社の方から呼び出されているとかでサポートすることができないそうだ。マーチもなんで呼び出されたのかわからないらしく、若干怯えながら俺の部屋を出て行ったのはすごい印象的だった。正直俺も、魔法少女のことがバレたんじゃないかと内心不安である。でも不安になっていても仕方がないので、仕事をすることに専念しよう。
「なんで寝てるかは知らないけど、一撃で仕留めさせてもらうよ!マターロッド・フュージョニウム!」
杖を高く振りあげて魔法を唱える。二つに分離した魔法陣が俺の杖を挟んだ、融合素材として使うのは奴が枕にしている全壊の家。杖はたちまち変化していき、先端に瓦礫の塊がくっついた全長六メートルもの大槌となった。
「ブロークンハウス・ハンマー!」
ナマケモノの腹目掛けて降下し、全身を使って大槌を叩きつけた―――はずだったのだが、瓦礫の塊はまるでトランポリンのように弾かれてしまい、それを掴んでいた俺も一緒に道路へと墜落した。
「な、なんで!?なんで効かないの!?」
大槌を杖に戻した俺は、今起きたことが信じられずにバクを観察する。家一つ分の重量を落ちながら振り下ろしたはずなのだが、相手は無傷。それどころかまだ寝ている。今のは決まったと思っていたので少しショックだったが、凹んでいる暇はない。ちょっと離れたところにはいつものように野次馬や報道局のカメラが俺を見ている、向こうも今起きたことに驚いて騒いでいた。これで倒せないってなったら今までの信用も落ちかねない。なんとかしなくては……
「このバクの身体、一体どうなってるんだろう」
相手は寝ていて動く気配がなかったので、俺はそっと近づいてバクの体を触ろうとした。すると、目には見えない柔らかい壁に遮られた。あの時弾き返されたのはこれの所為か……なるほど、なんとなくこいつの叶えたい願いがわかった、でもあまり確信がない。なので試しに奴の耳元まで飛んで行った、大きさがビックなこともあっていびきもまたビック。工事現場の騒音の方がまだマシなんじゃないかと思うほど大音量だった。俺はそれに耐えながらも、それを超えることを意識しながら――
「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
と、全力で叫んだ。
こんなに大きな声を出したのは部屋の中でゴキブリと対面した時以来だ。結果としては、バクは起きることはなかった。いびきに掻き消されないように相手が息を吐いた音が小さくなった時に叫んだので声は届いているはず。それでも起きないということは、音も壁で遮断されているということだ。
これで確信した。こいつの願いは誰にも邪魔されずに眠ること、つまりは睡眠欲だ。それを叶えるために外部から起こそうという行動を遮断している。
ならば答えは簡単だ。
俺はバクから距離を置き、少し離れたところにある一軒家に飛んで行った。そこでは俺の戦いぶりを一目見ようと、巻き込まれる可能性もあるのに二階のベランダから様子を伺っている小太りの男性に声を掛けた。
「あのーすみません、ちょっといいですか?」
「ほぉん!?えっ、あ、あの、えっと、ははははははいい!」
「もしよろしければ少し食べ物を分けていただけませんか?」
「ふぇ!?は、えええええと、ちょちょちょちょちょっと待ってください!」
そう言うと男性は慌てふためきながら家の中に戻って行った。でもなんだろう、今の人からは高校でつるんでる奴らと同じ匂いがする。割といい歳っぽいけど、もしかして俗にNEETの人かな?
そんな適当なことを考えること一分。男性が汗だくになって戻ってきた。
「こここここここんなのしかななななかったんですけど……」
男性から手渡されたのはコンビニとかで売っている菓子パンだった。
「いえ、ありがとうございます!」
俺はどこに出しても文句が言われないような完璧な笑顔とちょっと子供らしさを意識した声でお礼を言った。男性、顔真っ赤にして悶絶。俺は一ヶ月も女の子を演じながらカメラの前に出ていたおかげで、営業スマイルくらいはできるようになっていた。これがまた男性――特に俺らみたいな人間には効果抜群なのが面白い。
「では――」
「ああああああああのぉ!」
「はい?」
「うっ、え、あ、そ、その……」
「どうかしましたか?」
「つ、つつつつつつつつつツーショット!してもらって、いいいいいいいいですか!?」
お前、人が今何してるかわからないのか。という本音は心の中に留める。ここで蔑ろにすれば後々面倒だし、塩対応だとか書き込まれるのも個人的に嫌だ。
「えーと……戦ってる途中なので一枚だけ」
「あ、ああああああああああありがとうございます!」
ポケットからスマートフォンを取り出した男性の横について、インカメラで撮影する。この時地味に腰の辺りを触られたけど、表情には出ていない。成長したな俺。その分何か失ってる気がするけど。
「それじゃあ!パンありがとうございました!」
豚のように発狂している男性に俺を言いながらバクの元に戻る。きっとあれはすぐにSNSやらに貼られるんだろうな、後で確認しよう。俺は気を引き締めてナマケモノの頭の上で止まる。正面からだとさっきよりいびきの音が大きい気がする。
「さて、それじゃあ始めましょうか!サンダーフード・フュージョニウム!」
右手に持ったパンを空に掲げて魔法を発動。魔法陣がパンと家で電気を送る電線に現れた。光を身に纏い魔法陣に挟まれているパンは、時間を掛けてその姿を変化させていく。
「融合完了!名付けて、魔法少女特製サンダージャムパン!」
光から解き放たれたパンは、その見た目こそ変わりはないが、袋の中で帯電している。ここで袋はなんともないんかい!ってツッコミくらいほしいところだけど……
「むぅ、やっぱりツッコんでくれる人がいないと寂しいね。まあいっか、それじゃあ早速――」
菓子パンの袋を開けながら、バクの大きな口の近くまで降りていく。音量も段々大きくなっていくが、アブソーバードレスのお蔭で鼓膜に異常はない。もし生身だったらと考えると少しゾッとする。
俺に気づくことなく呑気に眠っている大きな的に向かって、袋を逆さまにする。
「召し上がれ!」
袋から解放されたパンがナマケモノの大きな口に吸い込まれていく。俺のいる位置からバクまでの距離は二メートルくらい離れているが、俺の体を丸のみできるほど開かれている口だ、外れるわけがない。
帯電しているジャムパンは、柔らかな見えない壁に弾かれることなく口の中に入った。あの壁はこいつを起こそうとする行動を遮断する、ならばこいつを起こそうとしなければ壁は現れない。俺はこいつを起こすためにパンを落とさず、パンを食べさせるためにパンを落とした。だから壁はパンを弾き出すことはできない。
喉に向かって落下していくパンはその途中でバクの舌に当たった、口に何かあることに気づいたナマケモノは、眠りながらパンを飲み込んだ。次の瞬間、バクの全身から電撃を流れ出し、あっという間に黒焦げとなった。
力尽きたバクは光の粒となって空へと消え去っていく。地上に降りた俺は宿主を探して辺りを見渡す。しばらくして、瓦礫となった家の中にあるベッドの上で気絶している、三〇代くらいの男性を見つけた。きっと会社に行くのが嫌だったんだろうなと適当に推測しながら、あるものを探した。彼の周辺や服の中、ベッドの下にも顔を覗かせてみたのだが――
「はぁ、今日も外れか……マーチの言う通り、あの時は運が良かっただけみたいだな」
愛華ちゃんを救うためにホープを使って、それからずっとホープ・ピースを探しているのだが……一つも見つからない。もう三〇体は倒しているはずなのに、誰一人として出してはくれなかった。あの七連続は一体なんだったんだ、ゲームでいうチュートリアルみたいなものだったのか?それとも運を使い果たしたのか……人生思うようにはいかないな。
「さて、どうせカメラがこっち向かってるだろうし外に出ようかな。その前にこの人隠しとかないと」
ボロ雑巾となっている毛布やカーテンなどを上から被せて男性を埋める。本来ならマーチがなんとかしてくれるんだけど、今日はこの場にいないのでその場しのぎをしなくちゃならない。前に一度バクになった人をどうやって処理しているのかを聞いたら「知らない方がいい」とか言われた、裏で何してんだアイツは。
やることを済ませて家の外に出ると、もうすでに大勢の記者が待機していた。俺が出てきたのを知るや否や、マイクとカメラが磁石に引き寄せられた砂鉄が如く集まってくる。この光景も見慣れたものだ。
「ユウカちゃん!今回のバクはどうでしたか?」
「そうですね、最初の攻撃を弾かれた時はビックリしました。もしかしたら倒せないかも!って思っちゃって。今までの敵の中ではかなり倒すのが難しい相手でした」
「最後口に何かを投げ入れていましたが、あれは……」
「あれですか?食べると体内で放電するパンです!あそこの家に暮らしている男性からパンを分けてもらって、それを元に魔法で作りました!こんな風に町の人から助けてもらえるのはすごい嬉しいです!」
今の発言を聞いた記者の何人かはさっきの家の方へ走っていった。良かったねNEETさん、テレビデビューですよ。
「ユウカちゃんは料理したりしますか?」
「作れないことはないですけど、普段はあまり作りませんね」
「この際ですから本当手作りパンを作って売り出してみては?」
「えええ!?う、うーんでも、子供が作ったパンなんて売れるでしょうか?」
「可愛い魔法少女が作ったってだけで売れますよ!なので是非!」
記者の一人が鼻息を荒くしながら顔を近づけてくる。この人インタビューの時よく見かけるけど、質問が個人的だったりきわどいのばかりなんだよな。もしかしてロリコンか?ていうかそういう質問してくる人を多すぎ!テレビや新聞にマジで載せるんじゃねぇよ!
「ところでユウカちゃんは、自分以外の魔法少女に会ったことはありますか?」
「え?私以外の魔法少女、ですか?」
「はい、一ヶ月前に行われた記者会見でもそのようなことを亀山社長が発言していましたし、最近では各地で魔法少女を見かけたという情報も上がっているので――もしかして他の魔法少女たちも近々世間に出る予定ですか?」
「えっ、いやそういう話は今のところ聞いていません!私も自分以外にもいるというのは知ってるんですけど、会ったことはありません!」
俺は記者からの質問に答えながら、その内容について改めて考えてみた。
確かに、今じゃあ魔法少女といえばユウカって感じになってるけど、俺以外にも魔法少女はたくさんいるんだよな。むしろ俺が一番後輩なんじゃないだろうか。そう考えると、先輩からしてはテレビや新聞で目立ちまくり後輩ってかなり生意気なような気が……
「もし会えるとしたらどうしたいですか?」
「そうですね、とりあえず出しゃばってすみませんって謝りたいです」
この後のインタビューも、俺は若干ローテンションで答えるのだった。




