第一章20 『水の祝福』
戦いの幕が切って降ろされた。
俺とバクノイドは女子トイレを飛び出して、ショッピングモールへ場所を移していた。あそこじゃあ戦うには狭すぎるし、愛華ちゃんや気絶してる榊原先輩を巻き込んでしまう。向こうも戦いにくいのか俺とほぼ同時に外へ出た。
ショッピングモールで買い物をしていた人たちは、俺たちが女子トイレから現れたことで混乱していた。ある家族はカエルのような人間の怪物を見て逃げ出し、あるカップルは俺の姿を見て携帯のカメラを起動させる。俺とバクノイドを中心に半径八メートル以内には誰も入って来なかったが、その外から囲むように野次馬が固まっていた。逃げた人は大体四割程度だろう。
「ケヘヘ、人気者だなおチビさん~。こんな大勢の前でこれから醜態を晒すことになると思うと……クヘヘ」
「残念ですけど、それはありませんよ。これから晒されるのは、あなたの倒れる姿なんですから!」
舌なめずりをしてゆったりと体を揺らすバクノイドに、俺は杖を両手に持って構えた。周囲からは歓声やシャッター音が降り注いでくる、これはいつものことであまり気にしなかったが――
「さぁ、新宿駅から離れた場所に位置するここミセスロードでこれから行われますのは、巷で脅威とされている謎の怪物カエル人間VS今もっとも注目されている謎の魔法少女ユウカの対決です!実況は私、里山一誠がお送りいたします!」
あの声のデカい七三分けの男性アナウンサー、あれは別だ。前まであんな人いなかったのに、とうとうテレビは魔法少女の戦いすら生放送で実況するようになったのか。ていうか報道局の人たち来るの速いな!もしかして発信機でも付いてる?
「あ、あのー、危ないのであまり近づかないでくださいね?」
「心配ご無用です!例えこの身が朽ち果てようと、このリアルの迫力を世間の皆さんに知らせて見せますので!」
「いや違います、そうじゃなくて――」
「隙あり!」
俺がアナウンサーに気を取られている隙を見て、バクノイドはまるでロケットのような勢いで文字通り飛んできた。咄嗟に杖で受け止めたが、あまりの衝撃に後ろへ突き飛ばされた。床の上を何度か転がり、野次馬たちの前で止まった。車に激突するくらいの衝撃なら相殺できるアブソーバードレスのお蔭でダメージはなかったけど、バクの攻撃を真面に食らったのは初めてだ。
「だああああああああなんということでしょう!私たちに気を取られていたユウカちゃんの隙を突いてカエル人間が突撃!吹き飛ばされてしまいました!申し訳ない!!」
うるせぇ!申し訳ないって思ってんなら邪魔するな!と大声で言いたい気持ちを抑えて、吹き抜けとなっている二階の壁に貼り付いているカエルを睨み付けた。やっぱりこいつの性能は本物のカエルと似ているのかもしれない。
「ウケケケ!いい転がりっぷりだねぇ!もっと見せてくれよう!」
バクノイドは再びロケットのように飛んできた。今度は当たるまいと俺は右半身を後方にずらし、突進を回避した。俺のいた場所でカエルのように手足を床につけて着地した奴は、黄色と黒の目玉をギョロっと動かして俺を見た。一瞬ゾッとしたのもつかの間、目にも留まらない速さで右脚を俺の胸に向かって突きだした。それをガードすることもできず、体は回りながら宙を舞い、二階の壁まで飛ばされた。この時、魔法少女になって初めて激痛を感じた。
「ウェヘヘ!まだまだまだまだまだまだまだまだ!!」
両手足を横に並べた状態で床を蹴り――いや、突き押して的確に俺の元へと飛んでくる。蹴りの強さに怖気づいてしまったことで奴よりも速く空中へ逃げた、二階の壁に激突したバクノイドは間を空けることなく宙へ逃げた俺に狙いを定めて飛んでくる。そしてそれを紙一重のところで回避し、次の突撃も同じようにかわす。まるで当たると痛いスーパーボールを相手にしているような感覚だ。
「カエル人間、その強力な脚力を持ってユウカちゃんへと飛んで行き、翻弄していきます!まさに生きる追尾型ミサイルです!このままでは再び激突するのも時間の問題!この逆境、ユウカちゃんはどう乗り越えるのか!」
俺はバクノイドの突撃をかわしつつ、うるさい実況を聞きながら頭を回す。アナウンサーの言う通り、このままじゃジリ貧だ。なんであれこの状況を脱しなければ……カエルの突進を回避しながら、辺りのお店に目を配る。アパレルショップや雑貨屋、飲食店も見えた。幸いここは素材が豊富、融合の仕様はいくらでもある。
「よーそー見ーはーきーんーもーつーだ……ぞ!」
「くっ!」
一向に衰えないバクノイドの突撃は、ついに俺を捉え、斜め下に叩きつけた。杖で守りはしたものの、空中にいるため踏ん張ることもできず、衝撃のままに飛ばされた。俺は一階から二階までの高さがある大きな噴水の中に落ち、カエル人間も少し離れた場所で着地した。
「ケヘヘ、水も滴るイイ女――いや、イイ幼女ってとこか?ケヘヘ!」
「このぉ……これでも食らえ!」
水の中から起き上がった俺は、両手を使ってバクノイドに水をぶっかけた。
「どわぁ!て、テメェ何しやがる!」
「うるさい!このこのこのー!」
「ユウカちゃん、噴水に落とされたかと思いきや突然カエル人間に水を掛け始めました!この状況で不謹慎ですがとても可愛らしいです!」
水の届かない範囲まで後退したバクノイドに向けて、俺は構わず水をかけ続けた。向こうも立て続けに飛んでくる水の所為か攻めあぐねている。ヤケクソになってこんなことをしているわけじゃない。これはただの時間稼ぎとフェイク、魔法を使うための隙を作るためだ。
「マターロッド・フュージョニウム!」
水の中に隠していた杖をすくい上げる時に拾い、水を掛けると見せかけて構えた。水が来ると思っていたバクノイドは、俺が魔法陣を展開していることに遅れて気づき、慌てて飛び掛かってきた。だがその時にはすでに、融合は完了していた。
「レザーインテリア・ハンマー!」
革と木材のソファを杖の先端にくっ付けて出来た大槌を横に振り下げ、奴の頭に向けて叩き付けた。もう何度も見た突撃に、タイミングを合わせるのは簡単だった。
「打ったああああああああああああああああああああああ!!ユウカちゃんの融合魔法により、カエル人間大きく飛んで行きましたああああああああああああああ!!」
バクノイドはバッドで打ち返されたボールのように飛んで行き、二階の吹き抜けに激突した。実況も相まって場はまさに球場のようだった。だが、まだこれで終わりじゃない。俺は急いで噴水からあがり、バクノイドに接近しながら再び大槌となった杖を構えた。
「ウォールクローズ・フュージョニウム!コンクリートドレッサー!」
近くのアパレルショップに飾られている洋服とバクノイドがぶつかった壁に分離した魔法陣が展開される。壁はバクノイドを巻き込みながら変化していき、コンクリートで出来たワンピースとなった。バクノイドはそれを着ている形になっている、普通の服なら動けるだろう、だがそれはコンクリート製、微塵も動くことはできない。
「ぐぬぅうううううう!くそっ、なんだこの硬い服はぁああああああ!」
「ここまでです!観念してください!」
縛り付けられた奴の前まで浮かび上がり、大槌を大きく振りあげた。バクノイドは自分の危機に顔を歪めた。
だがそれは一瞬のこと。
奴は顔を俯かせて、ニタニタとした気持ちの悪い笑みを浮かべて笑い出した。
「くっふふふ……そうか、俺をやるのか――いいぜ、好きにするといい。だが一つ、おチビさんはわかっていないことがあるぜ?」
「わかってないこと?」
「そう、それは――」
陰湿で憎たらしいカエルの顔が勢いよく俺を見据えた。その顔は、さっきよりも倍に大きく膨らんでいた。
「俺がどうやって女の子を粘液まみれにしたかだよ~ん!」
「ッ!?」
何か危険を感じ取り、俺はハンマーを振り下ろす、だがそれよりも速いスピードで、カエルの口から白く濁った液体が大量に飛んできた。まるで消防車のホースから水を出しているかのような勢いに押され、床に叩きつけられた。これが女子生徒たちが掛けられたという粘液か!顔に付いた液体を落とそうと頭を一生懸命振るが、なかなか降り落とせない。
「おおおおおおおおおおっっと!ここでカエル人間まさかの粘液攻撃!ユウカちゃんの全身がいい感じにコーティングされています!」
「その実況やめてください!」
うるさい外野に吠えながら、叩きつけられたことで手から離れた杖を掴んだ。だが、杖は俺の手の中から滑り出てしまった。そのことに驚きながら、何度も掴もうと腕を伸ばしたが、まるでウナギのように捕らえることができない。
「あ、あれ?どうなってるの?」
「ケェハッハッハッ!勝ちを確信して油断していただろう?残念♪王手を掛けていたのは俺の方で~す!」
奴は大きな声で、楽しそうに笑いながらコンクリート製ワンピースの中を滑り落ちてきた。この粘液は物が持てないくらいよく滑る……もしかしてアイツの体にも粘液が付いていたのか。それにハンマーで殴り飛ばしたはずなのに、ダメージを受けている気配もない。まさか、ただ粘液で滑って飛んだだけってことか!
「このぉ――わっ!」
立ち上がろうと両脚に力を入れた瞬間に尻餅を突いた、脚にも粘液が纏わり付いて上手く立つこともできない。渋い表情を浮かべる俺を見ながらニヤニヤと笑うバクノイドが、ゆったりと近づいてくる。
「俺の粘液はよ~く滑ってね、立つことも掴むこともできなくなる。逃げるのは不可能だよ~ん。そ・れ・と――」
目の前まで来た奴は俺の体を指差して、
「その粘液は物よりも生き物によく効いてね~、例え服の上から掛けても、布の間を通り抜けて肌を優先して絡みつく。だ・か・ら♪着ている洋服なんかは滑って脱げちゃったりするんだよね~ん」
「えっ!」
バクノイドに言われてようやく気付いた。履いているスカートが腰下までずり落ちている、実際に見えてはいないが下につけているアンダースコートも、その中の下着も脱げそうになっている。これは立てたら立てたでマズイことになる。
「へ、変態ガエルめぇ……」
「ご覧ください、ユウカちゃんの表情を……顔を赤く染めながら憎らしそうに睨んでおります。状況はピンチですが、これはまたファンが増えてしまうかもしれません。私も大変興奮しております」
あのアナウンサー、終わったらぶっ飛ばしてやる。
「ケヘヘ!さてさて……折角こんなにもオーディエンスがいるわけだし、特別にサービスしてあげようかなーん♪」
そう言うとバクノイドは舌なめずりをしながら大きく頭を揺さぶった。それを三回繰り返してから、俺の前で大きく口を開けて見せた。鍔のように滴る粘液と共に、最初と比べて三倍以上も長くなった舌が垂れ下がっている。
「い、一体何を……」
「今からこの舌を使っておチビさんを嘗め回す!」
「ッ!!?」
ふ、ふざけんな!そんなので嘗め回されたら……だ、ダメだ、アイツの舌で蹂躙されている自分なんて想像するな!吐き気がする!
「こういう薄い本みたいな展開、あんまり好きじゃあないんだけど――お互いに楽しもうよ♪ケヘヘへへ!」
「うっ……」
マズイ、逃げないと!でも、身動きが――
ニョロニョロと近づいてくる舌を拒むように、俺は顔を背け目を瞑った。
その時だった。
「ユウカちゃん!!」
そんな聞き覚えのある声と共に、俺は何かを掛けられた。予想外のことに驚き目を開いた、そこで俺は自分の掛けられたものがなんなのかを知る。
「これ、水……?」
「諦めないで!!」
再び声が聞こえてそちらを向く。誰も入って来なかった領域に、トイレの清掃用具であるバケツを持った女の子が一人、俺を見据えて立っている。
「愛華ちゃん……」
愛華ちゃんは目を涙で濡らしながら、震える足でしっかりと、俺とバクノイドの前に立つ。きっと怖いはずなのに、隠れて居たかったはずなのに、それを抑えて……
「私はユウカちゃんみたいに魔法は使えないし、なんの役にも立たないかもしれないけど。私も一緒に戦う!ユウカちゃんが負けないように頑張る!だから――ユウカちゃんも負けないで!」
愛華ちゃんの大きな声が、ショッピングモール内で響き渡る。俺の心の中にも、強く響いた。
「ケ、ケヘヘ、それがどうした!たかが女の子二人でどうにかなると――」
バクノイドが嘲笑おうとした瞬間、どこからか水の塊が飛んできた。奴は慌てたようにそれを避けた。その様子にも驚きながら、飛んできた方を見る。そこにはすぐ近くで野次馬として見ていた小学生くらいの男の子がいた。
「頑張ってユウカちゃん!こんな奴に負けるなー!」
それに続くように、二階から女子高生二人がペットボトルの中身をバクノイドに向けて注ぐ。
「やっちゃえユウカちゃーん!」
「あたしたちが付いてるよ!」
続いて同じようにバケツを持った若い男性が水を撒いた。
「ウチの嫁を助けてもらったんだ、その恩を返させてくれ!」
続いて初老のおばあちゃんが、チャラチャラした身形の男子高校生が、子供連れの家族が、遊びに来ていたであろう小学生の女の子たちが――
「な、なんなんだこいつらは!」
「見てくださいこの降りしきる水を!ユウカちゃんを助けるために、今まで見守ってきていた人たちが一斉に水を撒き始めました!これはまさに、恵みの雨です!」
「みんな……」
見ていただけだったはずの野次馬たちが、それぞれ思い思いの方法で、俺やバクノイドに向けて水を掛け、そして応援してくれている。この七日の間で初めて、周りの声がはっきりと聞こえた。俺の目には知らないうちに涙が溜まっている、まさかこんなに涙脆かったとは――きっと魔法少女をやっていなかったら気づかなかっただろう、応援してくれているということが、こんなにも嬉しいことだなんて。
「ユウカちゃん――カエル人間を倒そう、私たちと一緒に!」
「……うん!」
輝くの笑顔を浮かべる愛華ちゃんに、俺は頷いて答えた。折れそうだった心が、もう一度燃え上がり始める。
「ケヘヘ!野次馬を味方につけたからってなんだ!それで状況が変わるわけじゃあない!」
「それはどうかな?もう私には、あなたを倒す算段はついてる!」
俺は杖を拾い上げ、天井に向けて、大きく唱える。
「ドレスアクア・フュージョニウム!」
飛んでくる水と自分の服が魔法陣に挟まれる。光に包まれた俺の服は、可愛らしいドレスの形をした水へと変化した。
「私が噴水の水を掛けていた時は不思議に思ったけど、愛華ちゃんや他のみんなのお蔭でやっとわかった。あなたの粘液は水に弱い、あんなに私の身体に纏わり付いていたのに、愛華ちゃんが水を掛けた途端元に戻った。そしてあなたの体も粘液で覆われている、コンクリートのドレスから簡単に抜けだしたり、ハンマーを受け流せたのも、体を覆う粘液のお蔭。だから水なんて浴びようものなら、あなたを守ってくれる粘液は無くなる」
「く、くそぉ!」
歯を軋ませて苦し紛れに粘液を飛ばしてきたが、水と化した俺の服には効果なし。綺麗に溶かされ無くなった。それを見て後がなくなったバクノイドは踵を返して逃げようとした。だが――
「あっ、逃げようとしてるぞアイツ!」
「逃がすなぶっかけろ!」
野次馬たちの一斉放射に足を止め、顔を引きつらせながら後ずさった。もう逃げ場はない。俺はバグノイドの背中に向かって、力強く杖を振り構えた。
「マターロッド・フュージョニウム!」
魔法を発動するキーを唱え、魔法陣を展開する。素材にするのは俺の杖と、後ろにある巨大な噴水だ。分裂した魔法陣に挟まれた噴水が徐々に無くなり、光に包まれた杖は大きく姿を変えていく。
「ファウンテンバスターランス!」
「ゲエェ!なんだそれは!」
俺の手には全長五メートル超の噴水を模した大筒が出来上がっていた。色々調整したのは自分だが、ビックリするくらいデカくなった。重さは杖と同じにしてあるから、見かけよりも軽い。だがこの槍はそれだけじゃない。
「ハイドロスプラッシュ!」
俺の声に連動してオレンジ色の光を放ち始めた。砲口となっている先端をアイツに向けて、持ち手に取り付けられている引き金を引いた。その瞬間、消防車のホースのように水がバクノイド目掛けて噴出した。思いのほか放水量が多く勢いも強かったが、両脚で踏ん張りなんとか反動を抑えた。水の砲撃はバクノイドを飲み込み、五メートル先まで吹き飛ばした。野次馬たちは巻き込まれないように逃げており、俺とアイツの行く末を離れて見守っている。
「ゲッハ、ゴホェ!し、しまった!水を浴びちまった!」
遠目でバクノイドが自分の体から粘液が溶けてなくなったことに焦っているのがわかる。やるなら今しかない!
「一気に行くよ、アフターグロー!」
「リョウカイデス」
噴水と混ざり合ったアフターグローが再びイルミネーションのように光り出す。
「は、ハハァ!もう一発撃つのかい?確かに俺の粘液は水に弱いが、俺自身が水に弱いわけじゃねぇんだぜ!」
奴は大きく笑いながら四肢を床につけて縮こめる。自慢のバネを最大まで押し込んで、放水の中を突っ切ろうと考えているようだ。どうやらバクノイドは、俺が作り出したこれの名前を聞いていないらしい、これは噴水の形をした大砲でもあり、槍でもあると!
「くらえ!魔法少女おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ハイドロランス――ストライク!!」
俺は引き金に指を掛けている左手ではなく、右手で握っているグリップを捻った。連動しているのは四つの筒が束ねられている槍の柄頭、そこは言わばロケットのノズルだ。トリガーが引かれたことで水は爆発するように噴出された、推進力を得た槍は恐ろしい速さで前に進む。
「な、なにいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
悲鳴を上げながら飛んできたバクノイド、勢いを止めることなんてできるわけもなく、奴は脳天から貫通――いや、内側から引き裂かれ、眩い光となって四散した。俺はドリフトしながら勢いを殺し、槍を回しながら杖に戻した。
「人の恋路を邪魔した罰、しっかりさせてもらったよ」
「決まりましたあああああああああああああああ!!カエル人間対魔法少女、勝者――魔法少女ユウカぁあああああああああああ!!」
ショッピングモールが揺れるような歓声に包まれながら、共に戦ったみんなに手を振った。まるで祝福するかのように、噴水から水が放射される。
「ユウカちゃん!」
激しく飛び交う声の中でも、ユウカの名前を呼ぶ愛華ちゃんの声はしっかりと耳に届いた。俺はとびっきりの笑顔で愛華ちゃんの側に駆け寄る。今回は助けるはずが逆に助けてくれた、俺の勝利の女神に。
「愛華ちゃ――ッ!!?」
俺は愛華ちゃんの目の前まで来たところで、とんでもないことに気づいてしまった。このカエル人間との戦いは、野次馬たちの支援を受けながらの戦いになった。それはカエル人間はもちろん、一番に水を掛けてくれた愛華ちゃんをも巻き込んで。それ故に愛華ちゃんもずぶ濡れになっているわけで……
「どうしたのユウカちゃん?」
「あああああ愛華ちゃん!その、えーと、ふふふ服がぁ……」
「えっ?……ッ!!?」
今日、愛華ちゃんの服は清楚な白いワンピースにピンク色のカーディガン。でも今はオレンジ色のブラジャーとパンツにしか目が行かない!!
慌てながらなんとか隠そうとする愛華ちゃんから視線を逸らし、顔を真っ赤にしながら別のことを考える。
落ち着け俺、こういう時は素数を数えるといいってライトノベルの主人公が言っていたじゃないか!……ヤバイ、素数が出てこない!思考がオレンジ色になって頭が働かない!やめろ、考えるな!個人的にピンクが良かったとか考えるな!
「ご、ごめん愛華ちゃん、私の魔法じゃあ服乾かしたりとかできなくて……」
「う、ううん!気にしなくて――ああっ!」
「えっ、どうしたの?」
「あ、あ、あの、ユウカちゃん……」
「うん」
「その、戦ってる時は気づかなかったんだけど……」
「気づかなかったんだけど?」
「ふ、服が……ね?丸見えっていうか……」
「丸見え……?」
服が丸見え?一体愛華ちゃんは何を言ってるんだ?俺は首を傾げてアブソーバードレスに目をやった。繊維の一本一本が水になっている俺の服は、もはや布を着ているというより水が纏わり付いていると言っても過言ではない状態だった。そして、粘液の効果を一切受けないために、身につけている全ての衣服を水へと変えたため、何もかもが透き通っている。
簡単に言えば、ほぼ真っ裸だったのだ。
「う――――わぁああああああああああああああああああああ!!?」
「ユウカちゃん、水は透けていることに今更気づいて恥ずかしいがっています!だがこれもまた唆る!!」
『ほんと、君って頭はいいのにバカだよね』
「わかった!私はバカ、バカです!バカですから!だから……だから早く来てぇええええ!!」
俺は自分の身体を抱いて、泣きながら助けを呼んだ。魔法少女になって、初めての涙である。




