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魔法少女ユウカちゃんの秘密  作者: 一二三五六
第一章 魔法少女ユウカちゃんの災難
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第一章19 『ある男の叫び』

 それはまさに、一瞬の出来事だった。

 ホープに愛華ちゃんのところへ連れてってほしいと願った時には、すでに愛華ちゃんの目の前にいた。瓦礫だらけの商店街から、女子トイレに俺は移動していたのだ。あまりにも突然のこと過ぎて、俺は唖然としながら唖然としている愛華ちゃんと見つめ合っていた。


「えっ……ユウカ……ちゃん?」

「あ、愛華ちゃん……」

「ゲエッ!なんだお前は!」


 突然背後から驚くような声が聞こえ後ろに振り向くと、そこには全身が隠れるような茶色いフード付きのコートに身を包んだ男が後退りをしていた。こいつが地図にあった愛華ちゃんとは別の反応!


「あ、あなたがカエル人間ですね!って、その前に――愛華ちゃん大丈夫?どこか怪我してない?粘液とか掛けられてない?」

「う、うん、私は大丈夫だけど……」

「なっ!こいつまさか、魔法少女か!何故だ、何故魔法少女が俺の存在に気づいたんだ!ていうかどっから現れた!?」

「えーと、それについては………き、企業秘密です!それよりあなた!一体何者かは知りませんけど、女の子ばかり襲うような人はバクじゃなくても許しません!」

「んん~?何者かだって~?ぷぅクスクス!なんだなんだ、俺の正体を知らずに来たわけかぁ~、プススっ」


 フードを被ったそいつはわざとらしく両手で口元を隠しながら愉快に笑い始めた。なんだこいつ、すげぇ腹立つ!マーチと初めて会った時以来だこんなウザったいの!本当なら今すぐにでも杖でぶん殴りたいところだけど、愛華ちゃんの前だしイメージ壊したくない。


「じゃあ、あなたは何者なの?」

「ハッ!何者ですかって聞かれて正直に答える馬鹿はいないでちゅよおチビさん?」


 ウゼェええええええええええええええ!!け、けど、我慢だ!愛華ちゃんに暴力的だって思われたくない!堪えろ、この怒りはこいつを始末する時まで溜めるんだ!


「まぁでもぉ?結構可愛いおチビさんだし~、特別に教えてあ~げる!」


 そう言うとアイツは、自分のコートに手を掛けて、勢いよく脱ぎ捨てた。

 現れたのは人間のように二つの脚で立っている緑色のツノガエルだった。体格もそれなりに大きく、猫背なのか若干前のめりになっている。まさにカエル人間だ。


「俺はバクであってバクではない。欲と願いの入り混じった存在、言うなれば……そう、バクモドキ。バクノイドと言ったところかなぁ?」

「バクノイド?」

『そうか、センサーに引っ掛からなかったのはそういうことか!』


 杖を通してマーチの声が聞こえてきた。アイツは何かに乗りながら移動しているのか、車の音のようなものが微かに聞こえてくる。


「どういうこと?」

『バク探知センサーは、バクの欲望を感じ取ってその居場所を特定する仕組みになっている。でもバクノイドは欲でもあれば願いでもある存在、だから反応しなかったんだ!』


 こいつはホープが叶えた願いでもあり、ホープが反応した欲求でもある、か。欲望と願望は違うようで似ている、ホープで叶えられた願いが、欲とは関係ない純粋なものとは限らないっていうことか。

 でも、だとしたら……


「あなたを生み出した人、ホープで願いを叶えようとした人は、あなたと一体化しているんですか?」

「お?いいところに気づいたね!俺は他のバクと違って、宿主には憑りつかないんだ!こんな風に喋ることもできるしねぇ」


 まるで舞台俳優のように俺と愛華ちゃんの前で大げさな動きをしながらバクノイドは語った。つまり、こいつを生み出した宿主は別のところにいるということか……


「それじゃあ俺の方からも質問しようかな~ん」

「質問?」

「そう。どうして俺が――いや、俺たちがそこのお嬢ちゃんのことを狙ってるってわかったんだ?」


 俺は後ろでカエル人間に少し怯えている愛華ちゃんを一瞥してから口を開いた。


「………わ、私のよく知る人が教えてくれたんです。カエル人間の被害者たちには共通点があるって、その共通点に当てはまるのが愛華ちゃんだって。私のよく知る、よく知る人が教えてくれました」


 我ながら酷い誤魔化し方をした気がする。

 だがカエル人間はそれで納得したのか、また楽しそうに高笑いをし始めた。


「そうかそうか!そんな探偵気取りの奴がいたんだな!」

「う、うるさいです!別に探偵なんて気取ってません!」

「くくくっ!じゃああれかな、俺の宿主が誰なのかも、もしかしてわかってる感じかな~?」


 バクノイドの問いかけに、俺は思わず黙り込んだ。わからないからではない、わかったからだ。心なしか庇っている愛華ちゃんからも視線を感じる、きっと誰なのか知りたいのかもしれない。俺は深く息を吐いてから口を動かした。


「最初はただ利用されているだけだと考えていました。標的を絞るためのエサだと。だけど利用しているだけならその人がいつ女の子とデートするかわからないはずです。知るすべがあったとしても、その人に気づかれて計画が破綻してもおかしくはなかった。でもあなたが現れてから八日間、計画は破綻することはなかった。それならこう考えてもおかしくはありません。エサとして利用しているのではなく、最初から協力関係にあるのだと。そして、カエル人間の正体がバクノイドであるならば、その人があなたを生み出したということになります」


 俺は一拍置いてから、バクノイド――よりも先にある壁に視線を向ける。


「――そうですよね、榊原先輩」

「え……?」


 俺の後ろで愛華ちゃんが声を漏らした。

 しばらくすると出入口へと続く曲がり角から、カエル人間と同じようにフードを深く被った背の高い男性が姿を現した。男性はカエル人間の後ろにつくと、ゆっくりとフードを脱いだ。顔を見せたのは茶色い髪の毛を整髪剤で固めた髪と、俺にとって見慣れた顔立ちのいい顔だった。


「嘘、ですよね……先輩……?」


 今にも泣き出しそうな震えた声で、愛華ちゃんが尋ねた。

 榊原先輩はいつもの爽やかな顔を曇らせ、目を逸らした。


「…………すまん」


 崩れるような音が俺の背中から聞こえてきた。俺は背後を意識しながらも、目の前の二人から目を離さなかった。きっと、今の俺は鋭い目つきをしているだろう。


「どうしてですか、どうして先輩が………あなたは、あなたはこんなことするような人じゃないでしょ!私の知り合いは言ってました、榊原先輩は俺の憧れで、誰からも信頼されていて!サッカー一筋で鈍感だけどすごく頼れる人なんだって!それなのに、どうして……」


 俺は杖を強く握り締めて、素が出るのを抑えながらも、腹の内を先輩に叩き付けた。信じていたのに、先輩は犯人なんかじゃないって信じていたのに。身体の奥底から悔しさが滲み出てくる。


「くふふっ、教えてやれよ宿主様よぉ。お前が望んだことを」


 バクノイドは後ろを向いて、煽るような口調で唆す。先輩の暗い表情がさらに歪んでいく、それを言うことを拒むように。


「俺は…………………」

「言いにくいなら俺が言ってやるよ。こいつはホープに、女子マネージャーからモテたいって願ったんだよ。まっ、こんな願いじゃ俺みたいなのが生まれるのも当然だな!ケケッ」

「モテ、たい……?」


 俺は耳を疑った。

 正直、先輩が何を望んでこんなのを生み出したのかまで考えていなかった。精々マネージャーに関係する何かなのだと、だけど――モテたい?先輩が?


「な、何を言ってるんですか榊原先輩。私が聞いた話じゃすごいモテる人だって――」

「モテる?俺が?……そんなこと、生きていて一度もなかった!!」


 先輩の響くような怒声に、俺と愛華ちゃんの体は一瞬跳ね上がった。あの温和な人が、こんなにも怒りを示したのは初めて見た。


「俺の友達や後輩たちはよく俺のことをモテるだとかハーレム野郎だとか言ってるけど、俺はそんなんじゃない!!俺と一緒にいる女子たちはみんな俺のことを好きだと思っていない!!そんなこと、一度も聞いたことなんてない!!みんな俺の友達で、友達として話したり遊んだりしているだけだ!!」


 榊原先輩は荒い息を何度も繰り返して、俺を睨み付けていた。

 そうだ、この人は鈍感なんだ。自分がモテていることに本当に気づかないくらい。どうしようもないくらい、鈍い人なんだ。そんな人が、自分はモテないからモテさせてくださいってホープに願うのも、おかしなことじゃないんだ。


「だから俺は願ったんだ!!女の子にモテたいって!!女子マネージャーでもなんでもいい、とにかく女子にモテたいって!!男子が女子にモテたいと思う気持ちは、間違ってることじゃないだろ!!」


 どこにでもいる普通の男子高校生が、なりふり構わず自分の全てをさらけ出した。その姿は哀れだと思えるし、開き直っているとも思える。だけど、賛同できたのは間違いなかった。同情できるというのも、嘘じゃない。

 だけど、それ以上に俺は――


「榊原先輩、あなたの言いたいことはよくわかりました。その気持ちも、わかります。だけど、一つだけ言わせてください」


 俺は肺を膨らませる勢いで大きく息を吸った。

 そして、感情と共に吐きだした。


「勘違いもいい加減にしろ!!!」

「ッ!?」

「周りの女の子は全員自分を好きだと思ってない?確かめてもいない癖に言わないでください!!自分が好きだなんて聞いたことない?そんなの、言えるんだったらとっくに言ってるに決まってるじゃないですか!!言えないんですよ、好きだなんてそう簡単に!怖くて怖くて言えないんですよ!嫌われるんじゃないかって、今までの関係が壊れるんじゃないかって、自分なんて眼中にすら入ってないんじゃないかって、そう思うと言葉にできないんです!!だからみんな、気づいてもらえるように頑張ってるんですよ!」


 杖を持つ手に軋むような音が鳴るほど力が入る。

 先輩に対する怒りの感情が、俺を突き動かす。


「今日こそあの人に振り向いてもらおうって、あの人から気に入ってもらおうって、いつか自分を好きになってもろおうって!いっぱい悩んでいっぱい考えて、試行錯誤を繰り返してるんです!自分を勇気づけて、好きって言えるように努力してるんです!それに気づいてもらえないことが、どれだけ辛いか、どれだけ悲しいか……」


 俺の言ってることが正しいとは思ってない。これはただ、感情のままにぶちまけているだけの言葉だ。だけど、それでも知ってほしかった。自分を好きになってくれている人の思いを、愛華ちゃんの思いを。

 気づけば俺は、目尻に涙を溜めていた。感情が昂り過ぎた所為かな、こんなことで泣いてちゃダメだぞ俺!潤んだ目を手で拭い、今一度先輩の目を真っ直ぐ見る。


「先輩、あなたも勇気を出して動くべきだったんです。ホープなんかに頼る前に、化け物を生み出す前に。自分の近くにいる人をよく観て、耳を傾けて、しっかり向き合って、その人が自分をどう思ってくれているか、確かめれば良かったんです。それさえできていれば、こんな悲劇は起きなかったんです」

「お、俺は――俺は…………ッ!!」


 榊原先輩は膝から崩れ落ち、地に手を突いて項垂れた。

 後ろからは、すすり泣くような声が聞こえてくる。きっと愛華ちゃんも泣いているのだろう。そっちの方には、顔を向けなかった。


「ん~!はぁ、やっと終わったよ。話が長いっつうの!」


 退屈そうに欠伸をして、背筋を伸ばしているバクノイドを、俺はキッと睨み付けた。先輩はなんとかなったけど、まだこいつがいる。


「それじゃあ始めようか、この際二人まとめて頂いちゃお~と!」

「もういい!もうやめてくれ!この作戦はもう最初の時点で破綻してるんだろ?」

「え?」


 バクノイドの脚に這いよってしがみ付いた榊原先輩の言葉に、俺は疑念を抱いた。最初の時点で?どういうことだ?


「そうだな、最初はアンタとデート中の女の子を俺が襲って、それをお前が介抱して結ばれるって計画だったけど、どいつもこいつも宿主とは結ばれない。それどころか、男にすら近づかなくなったしな~」

「そうだ、もう続けても意味がない!だから――」


 先輩の少しひしゃげた訴える声は、バクノイドの手に首を掴まれたことで止められた。アイツは太い腕を使って榊原先輩を目の前に持ち上げる。必死に引き剥がそうとするが、バクノイドの手はビクともしない。


「そんなのはもう関係ない。俺はお前がモテモテになるまで続けるよ、これがお前の望みなんだろう?」


 バクノイドは真横にある個室へ榊原先輩を叩き込んだ。鉄にぶつかるような鈍い音がトイレに響く、それを聞いた愛華ちゃんが短く悲鳴を上げた。


「ケッヘヘ!まぁ宿主はそこで寝てればいいさ。その時にはもう、全てが終わって――」


 俺はアイツが喋り終わるよりも先に、杖を頭に振り下ろした。自分の出せる全力の力で。先輩がぶつかった時よりも大きな音が再び響き渡る。突然殴られたバクノイドは、片手で頭を抑えながらフラフラと後ろに下がった。


「て、テメェ……!何しやがる!」

「もういい、あなたの声なんて聞きたくもない!」


 強く握った杖をカエル人間に向かって突きつけた。

 目の前にいる敵をしっかり目に焼き付ける。


「人の恋路を利用して、踏みにじり続けるような奴は――私がこの手で、ぶっ倒す!」

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