第一章18 『自分が自分であるために』
「ちょ、ちょっと落ち着くんだ夕斗!愛華ちゃんが襲われる?どういうことだいそれは?」
マーチは俺の言ったことを理解できなかったのか、左右に行ったり来たりを繰り返しているを俺に問いかけてきた。落ち着きがないのは自覚しているけど、落ち着いている場合じゃない!
「カエル人間――アイツが愛華ちゃんを狙ってるんだよ!」
「カエル人間が!?でもなんでそんなことわかるんだい?手がかりなんてないだろう?」
これはちゃんと説明しなければ理解してくれないと思った俺は、焦る気持ちをなんとか抑えながら、歩くのをやめて瓦礫となった店の上に腰掛けた。
「お前が今朝見せた記事、それとさっき俺に仇をとってほしいって頼みに来た陸上部の長谷さんの話を聞いて気づいたんだ、カエル人間が狙う女性の共通点を」
「共通点?同じ学校ってだけじゃないのかい?」
「ああ、アイツに狙われた七人の被害者は住んでる場所も年齢も違うけど、三つ共通点があったんだ」
俺は一拍を置いて、続けた。
「一つ目は部活動での立場だ、被害者はみんな何かしらの部活のマネージャーをやっている。バスケ部、バレー部、野球部、水泳部、テニス部、陸上部、ラグビー部――今のところ全部運動部のマネージャーばかりだ」
「言われてみれば……確かにそうだ」
「もしかしたらカエル人間は運動部のマネージャーっていうのが好きなのかもしれない。そして二つ目は、彼女たちが襲われた場所。最初は晶子先輩もバレー部の手島先輩もななぽーとで襲われていたから、てっきりななぽーとだと思ってたけど、テニス部の加藤さんも、ラグビー部の柚月さんも、ななぽーとじゃあない別の場所で襲われていた」
「そうだね、しかも二人とも音ノ葉からは大分離れてるし……場所は関係ないんじゃないか?」
「いや、襲われた場所にも共通点はちゃんとあったんだ」
「本当かい!?」
俺はマーチの投げ掛けに、頷いてから続けた。
「ああ、ななぽーともマリオも江戸ソラマチも、全部ショッピングモールなんだ」
「ということは、カエル人間はショッピングモールに来た子を狙っていた……」
「理由まではわからないけど、カエル人間はショッピングモールに必ず現れるのは確かだ」
「なるほど、それで三つ目は?」
「三つ目は……」
ここで俺は思わず言いよどんだ。これは三つの中で重要な共通点、他の二つと違って俺の推察も加わっている正確ではない共通点。だけど間違っていないと俺は思う――思うからこそ、口にするのが辛かった。言ってしまえば、それを認めることになってしまう。
でも俺は、意を決して口を開いた。
「三つ目は、被害者たちは襲われたその日に、榊原先輩とデートをしていたかもしれないということだ」
「榊原先輩って、確か君の中学時代から先輩だろ?」
「ああ、記事に長谷さんは襲われたその日に誰かデートをしていたって書いてあった。その相手が一体誰だったのか、長谷さんに聞いてみたんだ。そしたら……」
「相手が榊原先輩だった、ということか」
「そして被害者たちは襲われたその日、誰かとショッピングモールにいたと記事には書いてあった。だけど一緒にいた人の名前までは書かれていなかった」
「それじゃあ一緒にいた人が榊原先輩だとは――」
「バスケ部マネージャーの相手は、彼氏かどうか怪しい男子生徒だった」
「え?」
俺の言葉にマーチは気の抜けた声を漏らす。
「バレー部の手島先輩は後輩と、野球部のマネージャーで二年の日比野先輩はクラスメイトと、加藤さんは他の部の先輩で柚月さんはサッカー部の友達から紹介してもらった先輩――これらは全部、記事に書かれていた相手の情報だ。一見別々に思えるけど、この全てに当てはまる人物がいる。それが榊原先輩だ」
「そうか!そして君が会った晶子先輩という女子生徒も、その日榊原先輩と一緒にいた……!」
「だから被害者全員が、榊原先輩とデートをしていた可能性は十分あり得る話だ」
「た、確かに可能性としては十分あり得る。だけど、それが本当なら榊原先輩は毎日女の子とデートしていたことになる。流石にそれはないんじゃないのかい?」
そう、マーチの言う通り。普通なら有り得ない話だ、この世界はアニメやライトノベルのようにはできていない。一日毎に別の相手とデートできるような男がいるはずがない。
だけど、俺には確信があった。
先輩が全員とデートをしているという確信が――
「俺、中学生の時からずっと先輩に憧れてたんだ。誰からも慕われて、信頼されている先輩に。俺もあんな風になりたくて、あの人のことを見ていた――先輩は、ほんっとにサッカーのことしか考えてないくらい真っ直ぐな人で、恋愛事なんかにはとことん鈍感な人なんだよ。サッカー部の備品をネタに、マネージャーからデートに誘われても、それがデートだなんて気づかなかったくらい」
だからこそ、おかしいと思った。
長谷さんから聞いた話に、違和感しかなかった。でも、その違和感こそが答えだった。
「長谷さんは言っていた。自分からデートに誘ったのではなく、先輩の方からデートに誘ったと。榊原先輩は自らそんなことをするような人じゃない、それはずっと見てきたから知っている。でも、もし先輩が、自分からデートを誘ったら――毎日別の女の子とデートをすることもできるかもしれない。あの人なら、きっとできてしまうんだ……」
「夕斗は、榊原先輩がカエル人間の正体だと思っているのかい?」
「俺は、先輩が犯人だとは思わない。そういう人じゃないってことを知っている――いや、信じてるから。でも、犯人とは何かしらの関係があるんじゃないかと、俺は思ってる」
「そうか……」
マーチはそれ以上のことは何も言わず、一度だけ頷いた。きっと俺の気持ちを汲み取ってくれたのだろう。俺は瓦礫から腰を上げて、再び切り出した。本筋はここからだ。
「愛華ちゃんは今、俺の言った三つの共通点に合致している状態にある」
「君の話じゃ愛華ちゃんはサッカー部のマネージャーをやっているんだったね」
「そして今、榊原先輩と新宿近くのショッピングモールでデートをしている。もし俺が言ったことが確かなら、次に狙われるのは愛華ちゃんだ!」
「確かにその通りだ………夕斗、ちょっと待っててくれるかい?」
そう言うとマーチは半透明の板のようなものを展開して、前足で操作し始めた。何をしているのか気になった俺は、マーチの後ろから覗き込んだ。
「これは?」
「愛華ちゃんの現在地を調べてるんだ。一度接触したことある人間なら、どこに居ようと辿ることはできる」
「ほんとか?」
「本当はやっちゃいけないんだけど、今回は緊急事態だからね」
「……俺、今初めてマーチが役に立ったと思った」
「こんな時でも、僕に対して辛辣だね君は――あっ、出たよ」
俺たちは今見ていた画面とは別に現れた新たな画面に顔を向ける。大きさはさっきの二倍ほどの大きさで、様々な図形を組み合わせたものの中に、赤く光る丸が点滅している。これが愛華ちゃんの現在地を示しているのか。
「この赤く点滅しているのが愛華ちゃんだね。動いてないみたいだけど、どこにいるんだろう?」
「そんなこともわかるか?」
「ちょっと待ってね。えーと…………あ!」
「えっ、何かあったのか!?」
「彼女今、女子トイレにいる!すごく覗きたい!」
俺は無言のままマーチの頭を杖の先端で殴った。
「ちょっと!何するんだいいきなり!」
「紛らわしい反応すんじゃねぇよ!あと覗かなくなよ?覗いたらぶっ殺すから!」
「わかってるって、それより良かったじゃないか。見た限りじゃなんとも無さそうだよ」
画面を見て安心しているマーチを尻目に、俺は地図を凝視した。なんだか妙だ、具体的にどうとかは言えないけど、違和感がある……
「なあマーチ、愛華ちゃんって今、個室にいるのか?」
「夕斗、いくら好きな子だからってそれは……」
「そうじゃなくて!なんか変じゃないか?女子トイレなんてもちろん入ったことないからわからないけど、もし愛華ちゃんが個室にいるとしたら、あまりにも出入口に近すぎる」
俺の言葉に何か気づいたマーチは前足で地図を触り操作する。すると女子トイレの部分が拡大され、中の構図までもがハッキリ表示された。愛華ちゃんは洗面台のところにずっと止まっていた。
おかしい、手を洗うにしても長すぎる。地図が表示されてから今までの間に一歩も動いていない、やっぱり変だ。そう思っていると、地図上で点滅する丸が動き始めた。それも出入口とは反対の方向に、ゆっくりと……
「マーチ!このトイレにいる奴を表示することはできるか?」
「うん!条件を弄ればそれも可能なはず……!」
マーチは前足を駆け足で動かして画面を操作する。条件が変わり地図の表示が更新された瞬間、俺は目を見張った。女子トイレの中には愛華ちゃんの他にももう一人、誰かがいた。その誰かはゆっくりとトイレの奥へと行く愛華ちゃんと同じように奥へと進んでいた。まるで、追い詰めるように――
「マズイッ、早く行かないと愛華ちゃんが!マーチ、何か方法はないのか!?」
「そうだね……やっぱり飛んで行くしかないと思う。スフィアの飛行機能なら最速でも時速一〇〇キロは出すことができるし、それでなんとか――」
「それじゃあダメだ!ここから新宿まで電車で三〇分以上も掛かるんだぞ?いくら速く飛んでも間に合わない!」
「でもそれしか方法はないだろう!君はもちろん僕も長距離を移動するための魔法は覚えていない!すぐにでも助けに行きたい気持ちはわかるけど、そうするしかないんだ!」
俺は自分の不甲斐なさに思わず舌打ちをした。くそっ、なんでもっと早く気づかなかったんだ!バクが出る前、俺はカエル人間の記事を読んで手がかりになるものは見つけていた!その時にでも気づけたはずだったのに!
「何かあるはずだ、空を飛ぶよりも早く愛華ちゃんの元に辿り着く方法が……」
こうしている間にも愛華ちゃんは追い詰められている。タイムリミットが刻一刻と縮んでいる状況で、締め付けられる頭を回す。俺が使えるのは複数の物を一つにする融合魔法、活用するにはこれぐらいしかない…………俺を素材にして遠くに指定した融合元と融合していけば疑似的に瞬間移動することは可能かも――いや、俺自身を素材にしたらどうなるかわからない。もし身動きが取れないような融合になればそれこそ本末転倒だ。でも有効なのはこれぐらいしかない、それ以上のことは俺の魔法じゃあ――
「それ以上のこと……」
「え?」
「魔法以上のことを可能にする方法……」
魔法は自分の想像したことを具現化する。自分のこうしたいということを可能にする。じゃあそれ以上は?自分の想像では不可能なことを可能にするには?
「――ホープだ」
「ッ!」
「ホープを使えば愛華ちゃんの元へすぐに辿り着ける!」
「ちょ、ちょっと待つんだ夕斗!」
懐からホープ・ピースを取り出そうとした俺を、マーチは大きな声で制する。
「そのホープは君が魔法少女を辞めるために使うんじゃなかったのか!もしこれからも今まで通りホープ・ピースが手に入ると思っているのなら考え直した方がいい。今朝も言ったけど、ただ運が良かっただけだ。これから先手に入らないことだってある、そうなったら君はいつまで経って魔法少女のまま――いや、今度こそ本当に魔法少女になる!それでもいいのかい?」
マーチは睨み付けるほど真剣な目つきで俺を見つめる。いつものふざけたような態度からは想像できないほど、真っ直ぐだった。こいつがこんなに俺のことを考えてくれたことに、場違いながら嬉しく思った。だけど――
「俺、ずっとハッキリしなかったことがあるんだ」
「ハッキリしなかったこと?」
「どうして俺は魔法少女を辞めたいって強く思ったのか。まあただ単純に男が小学生くらいの女の子になるのはおかしいし、誰かにバレれば社会的にも死ぬからだと思ってたけど、そうじゃなかった。俺は愛華ちゃんに、俺がユウカであることを知られたくなかったからだ。俺が大好きな人に、拒絶されるのが嫌だった。愛華ちゃんが応援しているユウカが、嘘だらけの存在だったって思われるのが嫌だった。まったく知らない赤の他人にどう思われようが構わない、でも愛華ちゃんにだけは!愛華ちゃんにだけは、そう思われたくなかった。だから俺は魔法少女から解放されたかったんだ、俺は俺のままで、ユウカはユウカのままであるために」
七つのホープ・ピースを懐から出した。金平糖のようなその鉱石たちは、まるで共鳴しているかのように輝いている。それでも笑ってる愛華ちゃんの方が輝いていると思うのは、まだ俺が愛華ちゃんに恋をしている証拠なのかもしれない。
でも、だからこそ、なのかもしれない――
「俺の願いを叶えるためには愛華ちゃんが必要なんだ。愛華ちゃんが笑顔じゃないと意味がないんだ。だから俺は、ホープを使って愛華ちゃんを助ける!それが、今の俺の願いだ!」
「夕斗…………」
チワワの丸い目が俺を心配そうに眺めている。ほんと、表情豊かな犬だな。
「ごめんな、協力してくれてたのに」
「はぁ、別に謝る必要はないよ。僕は君のサポーターなんだから、君が魔法少女をまだ続けるのなら、これからも君を手伝う、それだけだよ」
「マーチ……まあ、一番肝心な時に役に立ってないけどな」
「酷っ!これでも一生懸命頑張ってるんだぞ!……主にミラちゃんのためだけど」
いつもの調子に戻ったマーチを見て、俺は思わず笑った。やっぱりこいつにシリアスなんて似合わないな。俺も人のこと言えないけど。
「なぁ、これってどうやったらホープになるんだ?」
「手で握ってホープ・ピース同士をくっつけるんだよ。そうすればホープに代わる」
掌に乗せられた七つのホープ・ピースを優しく握り締めた。自分の手の中で何かが動いているのを感じる、指の間からは眩い光がこぼれ出ている。しばらくして手を開くと、そこには白く輝くお手玉程度の大きさの金平糖が納まっていた。これがホープなのか……
「さぁ願うんだ。君の今の望みを」
俺はホープを両手に包むように持ち、胸元に寄せる。そして、目を瞑って祈るように願いを紡いだ。
「俺を、愛華ちゃんがいるところへ連れてってくれ!」
次の瞬間、俺の体は商店街から姿を消した。