第一章16 『失恋は後から来る』
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
「溜息長すぎるよ。ていうかいつまで引きずってるのさ」
「いや、なんていうか……失恋した直前はそうでもなかったんだけど。後々になっておっもーいダメージがね?」
「知らないよそんなの」
俺の恋が終わってから三日後。俺は自室のベッドの上でうなだれていた。
あれからというもの、俺は何をするにも無気力になっている――魔法少女活動を除いて。むしろ前より絶好調である。昨日他の魔法少女から逃げてきたであろう匂いフェチのゾウバクなんて、ものの数秒で片付いたし。相変わらず魔法少女の時は自然と女の子口調で、今のところそれ以外に変化がないのは唯一の救いだ。それに、もう魔法少女のことで思い悩むことはなくなるかもしれないのだ。何故なら――
「それにしても、君はなんとも運がいい男だ。普通なら集めるのに苦労するはずのホープ・ピースが、あと一つだけとは」
そう、魔法少女を始めてから7日目にしてホープ・ピースを六つ揃えている。そして今日はまだバクが出現していない。もしかしたら、今日で魔法少女から解放されるかもしれないのだ。
「……なんか、あんまり嬉しそうじゃないね」
「そんなわけないだろ?超嬉しいんだけど」
「枕に顔埋めたまま言われても……まったくそうには見えないんだけど」
「……はぁーーーーーーーーーー」
「あー……っもう!鬱陶しい!じれったい!シャキッとしろシャキッと!」
イライラしながらベッドに飛び乗ったマーチは俺の頭を前足で掴み上げ、片足で往復ビンタをしてきた。鬱陶しかったので三往復くらいで足を掴み、渋々起き上がった。
「そんなに恋がしたいなら新しい相手でも探せばいいじゃないか」
「簡単に言うなお前は。するにしても当分現れないと思うけど」
「わからないじゃないかそんなの!もしかしたら意外な人かもしれないよ?」
「例えば?」
「そうだな……あっ、例えばユウカの時に助けた女の子とか?」
「愛華ちゃん……」
「えーいしっかりしろ!そうだ、カエル人間に襲われた被害者とかどうだ?知ってる人もいるんだろ?」
マーチはベッドから机へと移動し、俺のスマートフォンで何かをしている。気になりはしたが、動く気にはならなかった。しばらくしてマーチが俺のスマートフォンを持って戻ってきた。
「ほら、カエル人間に襲われた人たちだ。みんな夕斗と同じ学校だし、それなりに可愛い子ばかりじゃないか!」
「まあ、確かにそうだけど……」
「よし、じゃあ一人ずつ僕が紹介しよう!」
俺が話題に少し興味を持ったことを鋭く感じ取ったマーチは、意気揚々と語り始めた。
「エントリーナンバー1番、バスケ部所属の近藤朱美ちゃん。彼氏とのデート中に襲われ、現在男性恐怖症になっている模様」
「最初からダメじゃねぇか」
「でも記事には発言が曖昧で、デートしてた相手が彼氏かどうかわからないって書いてあるよ?」
「いや、問題はそこじゃないから」
「まあ細かいことは置いといて――続きましてエントリーナンバー2番!こちらは三年生のバレー部のマネージャーの手島菜月ちゃん、後輩から誘われてななぽーとでデートしているところをカエル人間に襲われたようだね。ちなみに彼女、事後を後輩に見られたショックで不登校になっているそうだ」
「事後言うな。ていうかまた彼女にする云々の前に問題があるじゃねぇか」
「ふっ、知らないのかい夕斗?愛の前じゃそんなこと、些細なことなんだよ!」
「その愛が生まれる確率ほぼ皆無だわ!」
それにしても、またななぽーとか――晶子先輩もカエル人間に襲われたのはななぽーとだった……あそこを中心にカエル人間は動いてるのか?
「なあマーチ、ななぽーと以外の場所で襲われた被害者っているか?」
「そうだね……テニス部のマネージャーの加藤愛奈ちゃんは渋谷のマリオで、ラグビー部のマネージャーの柚月美里ちゃんは押上の江戸ソラマチで襲われたみたいだ」
「ということは別にななぽーとだけってわけでもないのか……」
「でも夕斗、襲われた場所がどこか聞くなんて……意外とS?」
「違うわ、お前はどういう思考してんだよ――ていうか意外とってどういうことだおい」
こいつには俺がMにでも見えるのだろうか、そんな失礼なことを言うマーチからスマートフォンを没収して記事を読む。
そこには今までカエル人間に襲われた女子生徒たちのことが載せられた記事がいくつか表示されていた。学校では上の空なことが多かったこともあってカエル人間のことは耳にしていなかったけど、これまでに七人もの女子生徒が襲われているようだ。それも全員遊禅寺高校の生徒……何か関連性があるように思えるけど、同じ高校ってこと以外に何がある……?
「どうだい?いい人は見つかったかい?」
「いや、ていうか襲われた人薦めるってお前、どういう神経してんだよ」
「ほらあれだよ、襲われて傷ついた心の隙を突いてあげるんだよ。そしたらあら不思議、その子はあなたの隣に寝ています!みたいな」
「そうだな、とりあえずお前には絶対恋愛相談はしないっていうことは決まった」
「なんでさ!いいアイデアでしょ!ほら、この陸上部のマネージャーっていう長谷智恵理ちゃん!誰かとデートしていてその途中で襲われたそうだよ!」
「それで?」
「君がこの子となんやかんや出会ってデートをするんだ、そのデートコースを襲われた時と同じにして不安を煽る。そして彼女が襲われた時と同じタイミングで変装した僕が襲い掛かるんだ!君はそれを颯爽と救い「もう君を襲わせたりなんかしないさ!キリッ」と決め顔をする!そうすれば自然と「キャー夕斗さん素敵抱いてー!」ということになるってうおい!人の話聞いてるかい!?」
俺はマーチのよくわからん戯言をBGMに、カエル人間の記事に再び目を落とす。やっぱり何か関連性があるはずだ、無差別だしたらウチの生徒じゃなくてもいいはずだ。そうじゃないとすればもっと何か……
「あれ?そういえばこの人たちって――」
「あっ!た、大変だ夕斗!」
俺の声を掻き消すように、マーチが突然叫び出した。そちらを向くとガラスのような薄いモニターを宙に出してマーチが忙しなく操作している。もしかしてあれがバク探知センサーなのか?
「まさかバクか?」
「ああ、今度は商店街近辺に出てきたみたいだ!」
「わかった、行ってくる!」
俺はベッドから立ち上がり机に置いておいたアフターグローを手にした。変身する前に力強く握り締めたところで、ふと目の前のカレンダーを見た。今日は日曜日。今頃愛華ちゃんは榊原先輩とデート中なのか、そういえば少し離れた新宿の近くまで行くって言ってたな……いや、集中しろ俺。この戦いで俺は魔法少女から解放されるかもしれないんだ。
「頑張れ愛華ちゃん、俺も頑張るから――アフターグロー、セットアップ!」
俺は愛華ちゃんのデートの成功を祈りながら、オレンジ色の光に包まれた。