第一章13 『○INEのアカウント聞いてみた』
「――ねぇ夕斗」
「おう、なんだ?」
「顔気持ち悪いよ?」
「知ってる」
「……なんかすごい嬉しそうだけど、なにかあったの?
「えっ、聞きたい?ねぇ聞きたい?」
「わかった聞いてあげるから、そのうざくて面倒臭い感じやめてくれる?」
気味悪そうにこちらを見ているマーチに向けて、俺はスマートフォンを突き出した。前足でそれを器用に持ち、画面を確認して少し驚いた顔をした。
「へぇー、愛華ちゃんからSNSのアカウント教えてもらったんだ」
「そうなんだよ!今日帰りに愛華ちゃんと偶然フードコートであっちゃってさぁ、そこで勇気を振り絞って聞いてみたんだよ!いや~まさか教えてくれるなんて思わなかった!」
「初心でヘタレな君にしては頑張ったじゃないか?まあ向こうからしたら普通のことだろうけど」
マーチの優しくない発言なんて耳にせず、ベッドの上に飛び込んだ。狭いマットレスの上をゴロゴロと左右に転がりながら、溢れでる幸せな気持ちを堪能する。たかだかアカウント教えてもらっただけなのに、ここまで嬉しいと思えるなんて――恋をするっていいもんだな。
「っておいおい俺は乙女かつうの!」
「君が妹に気持ち悪がられている理由がなんとなくわかった気がするよ――あっ、そうだ夕斗、ちょっと調べたいことがあるからこれ借りるよ?」
「なんだよ、何に使う気だよ」
「バクについての情報収集だよ。この世界には至るところに奴らが出現しているからね、もしかしたらUMAって扱いで目撃されてるかもしれない」
バクの目撃情報ねぇ――そういえば、俺は当たり前のように倒してるけど、バクは何人もの魔法少女たちが何度も戦ってやっと倒せるくらい手ごわいらしい。もしかしたら逃げてる最中を目撃している人がいてもおかしくはないのか。少し気になった俺は机の上に座ってスマートフォンを操作するマーチに近づいて画面をのぞき込む。
「でもお前ら目撃した人の記憶とか情報を操作したりしてるんだろ?だったら残ってないんじゃないか?」
「前まではそうだったけど、君が世間に知られてからはそういう処理もしなくなってきている。だから最近の情報ならバクが映ってる可能性はある」
画面に表示された検索エンジンを使って、マーチは情報収集を始めた。犬の肉球で反応するのか思ったが、俺のスマートフォンは正常に動いている。現代の最先端も馬鹿にはできない。
「ああ!見てくれ夕斗、川に人間みたいな亀が!まさかバク……?」
「いや、どう見ても河童だろ」
「こっちには大きなゴリラが!」
「それはビックフットだ」
「なんだこの変な生物は!背中にトゲが生えているぞ!」
「えーと、確かチュパカブラってやつだよ。血とか吸うらしい」
「ほえ~、この世界にも不気味で不思議な生物がいるんだね」
「まあ否定はしないけど、俺からすればお前の方が不思議だわ」
喋るし二足歩行できるし、魔法使えるしスマフォ操作できるし――こいつをテレビに出したら大儲けできるだろうな。研究機関の実験台にされそうだけど。ふとここで、俺はあることを思い出した。
カエル人間。マーチはバクじゃないって判断したけど、どうにも気になる。ウチの生徒が襲われてるからなのか?いや、いつもの俺ならそうは思っていないだろう。精々愛華ちゃんが襲われないことを祈る程度だ。じゃあなんでだ?
「あっ、夕斗見てくれこれ!」
呼ばれたことに気づいて意識をスマートフォンへと戻す。そこにはまるで、俺の考えでも読み取ったかのようにカエル人間についての記事があった。
「どうやらまた襲われたようだね、それもついさっきのようだ」
「遊禅寺高校在学の女子高校生が粘液にまみれた姿で発見、場所はショッピングモール……ななぽーと音ノ葉!?」
そこって、今日俺と愛華ちゃんが一緒にいたショッピングモールじゃねぇか!あそこにカエル人間がいたのか――
「マーチ、バク探知センサーに反応は?」
「反応があったら今頃こんなにゆっくりしてないよ」
「だよな……」
もしカエル人間がバクであるなら、マーチの持っているセンサーに反応があるはずだ。センサーが壊れてたりジャミングできるバクだって可能性があったとしても、あの場所には俺もいたんだ。バクがいたなら気づかないわけがない。それに今まで出会ったバクはどいつもこいつも無駄にデカいのばかりだ、俺の目の届かないところに現れたとしても、誰かの目には入るはず。それで騒ぎになってもおかしくない。でもそれがなかったということは――
「やっぱり人間による犯行なのか」
こういうのを取り越し苦労というのだろうか、余計な心配が無意味だと知った途端に肩が落ちた。いや、それは襲われた人に失礼か。魔法少女として、バク以外の犯罪者とかに襲われる人を助けられたらいいんだけど、相手はセンサーで引っ掛かるような奴じゃないからな。
「それにしても、このカエル人間とかいうのはなんで君の学校の生徒ばかり襲うんだろうね?」
「……ウチの女子のレベルが高いから?」
「まあ――無くはないとは思うけど違うと思う」
「ていうか、お前こそわからないのか?いつも当たり前みたいにバクの願い言い当ててるし」
俺がそういうとマーチは、まるで呆れたような溜息を吐いてから俺の方を向く。
「いくら僕でも人間の犯罪者の動機なんてわからないに決まってるだろ?馬鹿なの?童貞なの?」
「うるさい駄犬。じゃあなんでバクの動機はわかるんだよ」
「そんなの決まってるじゃないか」
誇らしげな表情で前足を組んだマーチは、続けて言った。
「――男だからだよ」
「……それだと俺女になるんだけど」
「まぁ、あながち間違いじゃな――痛たたたたたたたたたたた痛い!!痛いって!!アイアンクローは犬には危ないって!」
こいつとの付き合いはまだ三日程度だけど、ゲスイというかおっさん臭いというか、ただのエロ犬だってことがなんとなくわかってきた。とはいえ、マーチの言う通りカエル人間の動機がなんなのかわかるわけないし、深く突っ込めないな。襲われる人には悪いけど、俺もやらないといけないことがあるし――
「あああああああああちょ、ちょっと夕斗!!」
「なんだよマーチ、あと叫ぶならもう少し音量小さくしろよ。また妹がドアドンしてくる」
「あ――愛華ちゃん!愛華ちゃんから連絡来たみたい!」
それを聞いた瞬間、マーチをそこら辺に投げ飛ばし、スマートフォンを手に取った。SNSを開いてみると、確かに愛華ちゃんからメッセージが来ていた。
「うわっ、えっ、ちょ――どどどどうしよう!まさか教えてもらったその日に、それも向こうから来るなんて!」
「多分教えてくれてありがとう的な一応送った感丸出しのメッセージだと思うけど……」
「ううううるさい!例えそうだとしても俺的には嬉しいの!あぁ~どう返事すればいいんだ?スマホで女子とやり取りするなんて久しぶりだし!」
「君は少女漫画のヒロインか!普通に返せばいいんだよ普通に!ていうかまず内容を見なよ!」
「そ、そうだな、内容だよな」
俺は気持ちが落ち着くのを待ってから、愛華ちゃんからの通知を確認した。
『今日はありがとう!楽しかったよ〜o(^▽^)o
突然ID聞かれた時はビックリしたよ~』
「お、おおぉぉおおおおおお!!あ、愛華ちゃん、俺といて楽しんでくれたんだ……!」
「たがだか二行にそこまで感動する?」
『こちらこそ、ID教えてくれてありがとう!立花さんとあんなに話すの初めてだから、実は緊張してたんだよね(笑)』
俺が返信を送ると、二分くらいで返ってきた。女子って返信がアホみたいに早いってイメージがあったけど、愛華ちゃんはそうでもないのか?
『同じクラスなんだし緊張しなくていいよ〜^ - ^そういうば安西くんって中学の頃はサッカー部だったんだよね?早く体育でサッカーしてるところ見たいな〜(≧∇≦)』
「………………………………………………………………………………………」
「……ん?どうしたんだい夕斗?」
「――ハッ!一瞬気を失っていた!」
「なんだか君の将来が不安になってきたよ……」
お、おのれ愛華ちゃん……なんと殺傷能力の高い言葉を浴びせてくるんだ!俺には効果抜群だぞ!これを素でやってのけてるのがまたいい味を出してて――こ、こんな子に告白なんてされようものなら一体どうなってしまうことか!ていうか返信しないと!
そう思ってキーを打っていると、愛華ちゃんから次の返信が飛んできた。
『……ねぇ安西君、明日の放課後、屋上に来てくれないかな?』
『ほ、放課後?』
『うん……ちょっと、大事なお話があるの』
マーチ曰く、俺はそれから一時間くらい立ったまま気を失っていたらしい。