第一章12 『恋の釜玉うどん』
ダメだ、もうダメだ……腹が減って死にそうだ。
トンボバクと戦ってから、それからずっと何も食べていない。昼休みに買ったパンは、俺が飲み物を買って来ている間に馬場の胃の中へ。マーチと同じノリで首を絞めてやったが、途中で周りに止められた。アイツはほんと、あんな細身でよく食べる奴だ。それから放課後まで腹の虫を抑えて過ごし、今に至る。魔法少女として活動し始めてからわかったけど、魔法少女は魔力だけじゃなくて体力も使う。その所為で戦った後はいつもより腹が減りやすくなった――なんていうか中学時代の頃を思い出す。あの頃もサッカーの練習が大変でよく腹を空かしていた気がする。
そんなわけで、俺は今駅近くのショッピングモールに来ている。ここの一階にはフードコートがあるので、折角だからそこで食べることにした。ここは家と学校の間にあるから丁度いいのだ。だが、ここで一つ問題がある。
それは、めちゃくちゃ人がいるフードコートで、一人で食事をするということだ。席が空いてないわけじゃない、むしろ中途半端な時間だから結構空いている方だ。だが、問題は座っている人たち――よく見るとウチの生徒ばかりだ。しかも全員集団で楽しく食べている。気まずい、気まずすぎる!大学生とか大人とかならこういう状況でも気にしない人はいるだろう。だが俺はお年頃な高校生、しかも浮き気味なオタク集団の一人――こんなリア充空間に耐えられる気がしない!ここは諦めて何か買った方がいいのかもしれない、いや、心の平穏のためにもその方がいいのかもしれない。そうと決まれば――
「あれ?もしかして安西君?」
「え?」
その声に俺は猫のような速さで反応した。俺の後ろには天使――元い愛華ちゃんが立っていた。驚いた、まさかこんなところで、しかも学校外で会えるなんて!奇跡だ、奇跡が起きたんだ!
「た、た、立花さん!?な、なんでここに?」
「いやーそれがね?お昼にちょっと抜け出しちゃって、それからご飯食べてなかったからお腹すいちゃって」
可愛らしくも情けない表情をする愛華ちゃん……頂きました!そういえば愛華ちゃん、五時間目が始まる寸前に教室に入ってきてたな。俺は飛んでたから少し早く着いたけど、愛華ちゃんはきっと走ってきたんだろうな――一緒に連れてってあげればよかったかも。
「そ、そうなんだ!いやー偶然だなー俺も実はそうだったんだよー」
「そうなの?じゃあ一緒に食べない?」
「え?」
「実はフードコートに来たものの、一人で食べるの恥ずかしいなって思ってたから――安西君が居てくれて助かったよ」
ど、どうしよう、可愛すぎて鼻血が出そうだ。ていうか今日はなんだ?愛華ちゃんとの幸せイベントが起き過ぎじゃないか?……そうかわかった、俺明日死ぬんだ。そうに違いない。
「どうしたの安西君?なんか顔赤いけど?」
「えっ、ききき気のせいだよ気のせい!あっ、も、もしかして暑いのかもしれない!最近暑くなってきたしねあはははは!」
「ならいんだけど――あっ、あそこ丁度空いてる!取られる前に取っちゃおう!」
俺はそんな笑顔のあなたを撮りたい――なんてアホなこと言ってる場合じゃないな。ていうか、ほ、ほんとに愛華ちゃんと一緒に食べるのか……それも二人っきりで……やばい、改めてそう思うと緊張してきた。こんなこと今までなかったからな――予行演習っていうか、そういう妄想は何度かしてきたけど。じ、実際そんな状況になると頭が働かない。ど、どうすればいいだ!
「安西君、私先に決めてくるからちょっと席取っておいてくれる?」
「あっ、はい、了解です」
やべぇ、声が裏返った。愛華ちゃんも笑ってるし――可愛いけど恥ずかしい。
愛華ちゃんは何を食べるんだろう、折角だから同じものを……いや待て落ち着け俺!もしそんなことして「うわ、何このオタク、私と同じの選んでる……」って引かれたらどうするんだ!だけど、くぅ――しょ、正直同じの食べたい!それに我が天使であり学校のアイドルである愛華ちゃんがそんなこと思うはずがない!蜜柑じゃあるまいし!ぶっちゃけ今のセリフもアイツの方がしっくりくるし!ていうか言われたことあるし!よし、同じものにしよう!
「ただいまー」
「あっ、おっおかえりなさいです。えっと――た、立花さんは何にしたの?」
やばい、これ聞くだけでもドキドキしてる。顔に出てないといいけど。
「ん?えーとね、丸鶴製麺の釜玉うどんだよ。美味しそうだよね」
愛華ちゃんは持ってきたお盆をテーブルに置いて俺に見せてくれた。確かに美味しそうだ――よし、言うぞ!言うんだ俺!
「じゃ、じゃあ俺も、それにしよう……かな」
「あっ、同じのにする?じゃあ私待ってるから」
よし!言えた!引かれてる感じもないし、流石我が天使!やはりあなたは体は優しさできている!
「あっ、うん、お願いします」
「了解です」
そう言った愛華ちゃんの声は、わざとらしく裏返っていた。
「ちょっ!あれはただ声裏返っただけだから!」
「あはは!わかってるって!いってらっしゃーい」
ヤバイ、なんだあの生物、可愛すぎるだろ!俺の裏返った声マネするとか、完全に俺のこと殺しに来てるって!ていうか愛華ちゃんって結構お茶目?そんなところもまた可愛い!俺は愛華ちゃんに見えないようにグッと拳を握り締めた。
「すみませーん!釜玉うどん大盛で!」
こんなテンション高い状態で注文したの初めてだ。ワクワクというか、幸せ過ぎて心がスキップしてる。でも落ち着けよ俺、戦いは始まったばかりだ。料理を持って席に戻った後、愛華ちゃんと何を話すかが重要なんだ!こんな機会は滅多にない、ここで俺への好感度を上げて、学校でも割と話す仲にまでまず成長させるんだ!すっかりギャルゲーの攻略をしている気分になっている俺は、料理が乗ったお盆を持って席に戻ろうとした。
だが、俺と愛華ちゃんの席には別に一人、背の高い男子生徒がいた。しかも愛華ちゃんに話しかけている。これはまさか、漫画とかでよくあるヒロインが不良に絡まれるアレか!現代の日本にそんなことをする輩がまだいるなんて、一体どこの天然記念物だ!だがどうする?オタクの俺に勝ち目があるか?――いや、そんなこと考えてる場合じゃないだろ!と、とにかく助けないと!
俺は意を決して席に戻った。初手はまず話しかけて、ナンパするのを辞めてもらって、もしそれが通用しなかった時は一発殴って逃げる!それで行こう!そんな作戦を立てていた俺だったが、絡まれているであろう愛華ちゃんの方は――
「えーそうなんですか?」
なんだか普通に話してる。むしろ楽しそうだ。一体何が……
「あっ、安西君おかえり!」
「えっ、安西?」
愛華ちゃんに絡んでいる不良らしき男子生徒は驚きながら俺の方を向いた。そしてその顔を見て俺も驚いた。
「えっ、榊原先輩!?なんでこんなところに?」
「お前こそなんでこんなところに――ていうか二人とも知り合いだったの?」
「はい、同じクラスなんです!それより先輩も安西君のこと知ってるんですか?」
「ああ、オナチューでサッカー部の後輩なんだ」
「えっ、安西君中学の頃サッカー部だったの?」
「ま、まぁ一応……それより先輩はなんでフードコートに?」
俺の質問に答えるより先に、その答えらしき人物が榊原先輩の後ろから現れた。
「ちょっと哲也!席取っておいてって言ったでしょ!」
「あー悪い晶子、ちょっと知り合いの後輩を見かけたから声掛けてたんだ」
髪が長くてウェーブの掛かったブロンドヘアの女子生徒が、ステーキプレートを乗せたお盆を持ったまま、不機嫌そうな顔で先輩を睨みつけていた。下の名前で呼んでるってことは同級生か?まぁなんだっていい、とにかく俺が言いたいことは……
「先輩、デート中に他の女の子に声かけちゃダメですよ」
「いや、別にデートじゃないんだけど……」
「ででででデート!?私がこいつと!?そそそんなわけないでしょ!変なこと言わないでくれる!?」
「はいはいツンデレツンデレ。でもこの人にはそれ通用しないんで、素直になった方がいいですよ?」
「うううるさい!誰がツンデレよ!ほら、早く行くわよ哲也!」
「お、おう、じゃあな二人とも――おい晶子、そんなに引っ張るなって」
ツンデレ先輩に引っ張られながら、榊原先輩は離れた席へと連れていかれた。ていうか今度デートするとか言ってたのにまたデートか――リア充爆発しろマジで。
「な、なんだか嵐のように去って行ったね」
「………そうだね」
苦笑いしながらそう言った俺の言葉に、愛華ちゃんはどこか悲しそうな顔で返してきた――