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月下美人

空からは雪が舞い落ち、息を吐けば白く染まる。その日は例年と比べ気温が低くなると予報が出ていた。

高校が終わっても家に帰る気にはならず、街をフラついていた。彼奴らに会いに行こうと思ったのも、なんとなくだ。


来栖ヶ丘町くるすがおかまちは水路に沿った、商店が立ち並ぶ大通りと無数の小道によって成り立っている。比較的治安は良く、住人同士の関係も良好な住みやすい街。

しかし、それは大通りと大通り周辺の小道の話しだ。街の中心から離れると、廃屋や空き家が目立ち不良や悪い大人達の溜まり場がある。数が多く、独自の情報網によって警察の動きは筒抜となり、取り締まろうにも手出しが出来ずにいるグレーゾーン。

そんな街はずれの一角、寂れたゲームセンターがいつもの溜まり場だ。中学生の頃に偶然クラスメイトとなったことで関わるようになった仲間達。ピアスをあけ、髪を染めて原付を乗回すという青春をその頃から謳歌していた彼らは、一緒にいて退屈しなかった。流されやすい性格と、両親が育児放棄気味である事も手伝って中学時代の大半を彼らと過ごすことになる。まあ、勉強はそこそこ出来ていたため高校は別になり、関わりは薄れてしまったのだが。


懐かしいゲームセンターへの道を辿る途中、妙な音を聞いた。まだ雪が溶けるほど暖かくは無いし、この付近にわざわざ溶かすような人は居ない。しかし、ぴちゃっと水溜りを歩くような、水滴を垂らすような音が静寂のなか響いてきた。意識して聞かないと殆ど聞き逃してしまうような、本当に小さな音。それは何故か、とても重要な意味を持つ音のように聞こえて無視することが出来なかった。

なるべく静かに移動し音の出所を探すと、その場所は案外すぐに見つかった。建物と建物の間、狭い空間の奥。暗がりとなっていて詳しくは分からないが、誰かがいるという事は分かる。

「誰かいるのか?」

思ったよりも反響し声が響いたが反応はない。聞こえなかったということは無いと判断し、奥へ足を踏み入れた。

少しずつ近づくに連れ状況が分かってくる。まず、カビの匂いに混じり鉄の匂いが立ち込めてきた。それは何度か嗅いだことのある血の匂いだと分かるのに時間はかからなかった。よく見ると何人か倒れている。

「おい、怪我をしているのか?」

心配になり急いで駆け寄ったが、倒れている人達の中心に佇んでいる者がいた。

「お前は……?いったい何があったんだよ?」

線の細い、高校生くらいの若い男。彼はゆっくりとこちらを向いた。

「それ……」

彼の手には鉄パイプが握られていた。

「……まさか人が来るとは思わなかったな。君はただのお人好しな通行人?それともこの人達のお友達?」

拍子抜けするほど明るい表情だった。

「あぁ、でももう人じゃないっか」

表情を変えずに付け加えられた言葉は、ずっしりとした重みを持っていた。

目だけを動かし、雪の上に横たわっているにも関わらず身動き一つしない影を確認すると、見覚えがあった。会いに行こうとしていた仲間達が倒れている。薄っすらと濡れているのは雪解け水が、それとも……。

「お前が、やったのか」

「違うよ」

予想外の答えに目を瞬く。目が合いそらすことが出来ずに固まっていると、にっこりと微笑んできた。

「あはは、信じてくれたの?そんなわけないじゃん。僕がやったのさ」

「…………」

「それよりさ、お友達なんでしょ?心配しないの?」

こつん、とパイプで倒れているうちの1人を指し示す。

「……もう、人じゃない」

「ん?」

「もう、人じゃない。お前が言ったんだろ」

「へぇ、君、面白いね」

ゆっくりと歩いてきた。パイプを片手に持ち、返り血で濡れているが表情は驚くほどに穏やかだ。目だけが、興味深いものを見つけた子供のごとく煌めいている。

ただ、その圧倒的な存在感に見惚れて、気が付いた時には手が届く位置まで近づいていた。

「逃げたりしなくていいの?もう、手が届いちゃうよ」

ひたっと首に手を伸ばしてきた。

「逃げたいし帰りたい。だが、お前がそれを許すとは思えない。だったら最後まで向き合ってやる」

煙草や酒に体を蝕まれていたとしても、同年代の男数人を1人で潰した奴がたった1人を逃すはずがない。どうせ逃げられないのならば、逃げない。

細い指に力が込められる。命を握られているという実感が急に湧いてきた。呼吸が荒くなり、冷や汗が出てくる。しかし、目は反らさなかった。正しくは反らせなかったのだ。圧倒的な存在、初めて畏怖するに値する人間に出会ったという感動がそこにはあった。


どのくらい時が経ったのか。かなりの時間が過ぎたように感じるが、実際には数十秒間だろう。お互い無言で向き合っていた。

「……僕は紫苑しおん。君は?」

突然、名を名乗ってきた。首にかけられていた手は離され、鉄パイプをくるくると両手で弄っている。

「はっ……?」

「僕の気まぐれさ。君に興味を持ったんだ。合理的に見えて矛盾している。今、友達のこと忘れていたでしょ。僕しか見ていなかったね」

ふふっと笑いながら、無邪気に告げる。

「……警察に連絡するぞ」

「君は、無事に帰れたとしても僕のことを通報したりしない」

「なぜ、言い切れる?」

「分かるからさ。君は、僕に似ている。目の前に現れた“理解出来無いもの”に対して放置なんて出来ない。解明したくなる」

言い返せなかった。この男、紫苑に対して興味を持ち始めている。

「……すばるだ」

「そう、昴。良い名前だね。これから宜しく」

これが、俺と紫苑との出会いだった。

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