アレン 十二歳 日常風景から ③
さて、ところ変わって。まだ部屋から出てこない家人が一人……
「……アレンのアホ……」
……長女ルーシーである。
ことごとく弟に無視されてしまった彼女は――ルーシー自身、最近は結構無視されている自覚はある――この後、どんな顔で食事を取れば良いのかを必死に考えていた。
アレンは最近よく自分を無視するが、やはり自分の乱暴な言動に愛想をつかせてしまったのだろうか。
いつものようにカトリーナは姉弟の仲を取り持ってくれるだろうか。
そんなことが頭の中をぐるぐる回る。
「はぁ……十六にもなって何やってんのかしらね。はぁ、らしくないなぁ……なんでなんだろ?……変わっていかなくちゃって、わかってるのに……」
ふと、口からそんな言葉が漏れた。
「誰と話してんの? 姉さん」
「別に……ただの独りごとよ……ってアレン!? 」
いつの間にか、アレンが部屋にいた。
「な、なな、なんでここにいるのよ!? もう下へ行ったんじゃ……!? っていうか、今の聞いてた!? ウソ!? やだどうしよ!? あぁもうなによこれ訳わかんない!? 」
「ち、ちょっと姉さん、大丈夫? ちょ、お姉ちゃん! とにかく落ち着いて!? 」
取り乱してつい以前の呼び方に戻ってしまいつつも、アレンがルーシーの両肩を抑えてわたわたと言い聞かせた。するとはじめは取り乱していたルーシーも、だんだんと気を取り直していった。
そして、だんだん顔を赤くして、うつむいてしまった。
それから、しばらく両者に沈黙が走った。
カトリーナに言われて――『嫌なことはしっかり水に流して、みんなで楽しくごはんを食べたいわね? 』――仲直りに来たアレンだが、この状況はどうも想定外だった。
つい『お姉ちゃん』などと呼んでしまった……また子供みたいだなどとチクチク言われる原因を作ってしまったと、アレンはなかなかに後悔する。いつもと全然違う様子のルーシーに自身の調子を崩されていることはまず間違いないが、あまり沈黙が続くのも耐えられそうもない。
なのでとりあえず、アレンはいつになく変な緊張を感じながらも、自分は怒ったりしていないことを伝えることにした。
「あ、あの、お姉ちゃ……姉さん? 」
「な、なななにかしら? アレン? 」
両者ともただいま絶賛緊張中である。もっとも、両者の緊張の理由はそれぞれ異なっているかもしれないが。
両者ともにその作り笑顔は固く、口の端がぴくぴくと動いている。
――なんなんだ、この空気。
とにかく、姉さんの様子もどうもおかしいし、さっさと謝ってしまおう。うんそれがよい、そうしよう。アレンは覚悟を決め、素直に頭を下げることにした。
「あ、あのさ。何か……ごめん! よく考えたら最近、姉さんとまともに話してなかったっていうか……僕に無視されて寂しかったんだよね? 僕姉さんが繊細だってあんまり実感が湧いてなくてでも別に姉さんのこと嫌いになったとかそういうわけじゃないしっていうか普通に姉さんのことは好きだしだから安心して! 」
勢いに身を任せて、後半から言わなくてもいいことまで口走ってしまっているアレンである。
そしてアレン自身、言ってしまった後から後悔の念が沸き起こる。
ルーシーの方はというと、どこから応えればよいのか非常に困惑している様子であった。言葉を発しようと口を開くのだが肝心の言葉がまったくと言っていいほど出てこず、顔はどんどん赤くなっていった。
少しして、やっとのこと開いた口と出てくる声が一致させることに成功したようで、
「……あ、当たり前じゃない! どこに無視されて喜ぶ馬鹿がいるって言うのよ! ……ま、まぁアンタがちゃんと反省して……これ以降は絶対に無視しないって言うんなら……許してあげなくも……ないけど……」
とりあえず、和解についてのことについてのみに焦点を当てることに決めたようだった。それでも、向こうから和解を持ちかけてきてくれた嬉しさと、素直に謝りたい気持ち、加えてプライドまでもがごちゃごちゃに入り交じってしまっているのだろう。最後の方は完全に尻すぼみになりなってしまっていた。
一方、完全に目が泳いでしまっている姉とは打って変わって、アレンはすんなり謝罪が受け入れられたことに顔をほころばせていた。
「うん、ほんとにごめんね! もう無視しないし、忙しくても姉さんと話したりする時間もつくるよ。最近本も読めてなかったから、またいろいろ教えて欲しいな。仲直り、してくれる? 」
十二才ならではの無邪気な言葉。そんな弟の顔をじっと見て、ルーシーは少しだけ哀しそうな、苦しそうな表情をした。
「はぁ、もういいわ……やっぱり、弟なのよねぇ……」
「? 」
そんな意味不明の言葉をつぶやいた後、ゆっくりと吐息を吐いたルーシーの顔に何かを諦めたような微笑みが浮かんだ。
アレンが長女のトゲトゲしくはない自然な笑顔を見たのは久々のことだった。
「よし! それじゃ、お昼にしよう。父さんも母さんもちい姉さんも待ってる……姉さん? 」
長女の機嫌が良い方向に傾いたのを感じ取ったアレンは、やっとお昼ごはんにありつけることを素直に喜び、部屋のドアを開けて姉に部屋を出るよう促した。
しかしルーシーはすぐに出ようとはせず、少し何かを考え込む仕草をしていた。 そして数秒の後、何かを決心したかのような面持ちで静かに口を開いた。
「アレン」
「ん? 」
またさっきとは様子が変わった姉に疑問を抱きながら、アレンは聞き返した。
長女は無言で片手をアレンに差し出していた。
「ん? 」
差し出された手と姉とを交互に見て、アレンがもう一度聞き返す。
「ん 」
どうやら、和解の握手を求めているようだった。
昔はよく仲直りの際に握手を交わしたものだったが、あまりにもいきなりだったのでアレンは少し面喰ってしまった。同時に、手を取った瞬間関節を極められるのではないかなど内心ビクビクしながらも、アレンはおずおずとルーシーの手を取って握手に応じた。ルーシーの手は、母譲りの、白くしなやかで、それでいて柔らかいきれいな手であった。
握手をした体制のまま、少しの時間がたった。
アレンは姉の意図が分からず不思議そうな顔をしていたが、ルーシーはそんなアレンの顔を見つめ、相変わらず何かを諦めたような微笑みのままだった。
「……姉さん? 」
「今まで、悪かったわ。これから反省して、よい姉になろうと思います。以上。応援よろしく」
おもむろに長女はそう宣誓し、握っていた手をパッと放した。
そして、アレンの頭をポンポンと軽く弾みをつけて撫で――この頃は、まだルーシーの方が、アレンよりも背が高かった――白く整った健康そうな歯を見せて、ニコッと笑って見せた。
アレンはさっきからコロコロと変わる姉の態度にそろそろ本気で困惑しながらも、あいまいに笑みを返すことにした。
「……よし!! さぁ、アレン、行きましょ! お昼ごはんお昼ごはん! もうお腹すいちゃった! 」
そう言って、ルーシーは足取り軽やかに部屋を出て階段を下っていく。
「……わっかんないな~……姉さんって一体……?」
元気になって部屋を出ていくルーシーを追って、アレンは部屋を出て階段へ向かう。
ルーシーはと言えば、何かを自己解決したかのようにさっぱりとした顔をしていた。そこにはもう最近まで見ていた、けだるそうな姿は無い。
まさか今の『悪かった』の一言で、幼いときから積み重ねてきた自分への悪行の数々をチャラにしたつもりなのだろうか、などと極めてスケールの小さなことを考えていたアレンであったが、ふと他に思うこともあった。
それは、ほんの少しだが素直な気持ちを見せてくれた長女と姉の気持ちに気づいていなかった自分との間にあった、壁のようなものがなくなったような気がしたことだった。
もっと言えば、今まで離れていた二人の心の距離が以前のような、喧嘩をしていてもなんだかんだで毎日が楽しかった小さい頃の二人のように、少しでも戻れたのではないかと……
…………
……
…
この日を堺に、長女からは以前のようなトゲトゲしさはなくなった。
依然として気の強いところはあるけれども、アレンに突っかかってくることも少なくなった。仏頂面でどこか斜に構えた感じもなくなった。そして何より、自分が悪いときには自分の非を認めるようにもなった。
アレンにとってこれら変化はありがたかったし、今までよりも長女と話す機会も増えたことから、姉弟の関係も良くなったと感じていた。
ただ、一つだけ。
アレンはルーシーが時折見せる、少し哀しそうな――何かを諦めたような表情が、ただずっと気になっていたのだった。
5/13 作品をブックマークしてくださったお二方、本当にありがとうございます!
なにぶん拙作ではありますが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。どうかこれからもよろしくお願いいたします!