プロローグ 決勝前 主観風景から
戦い疲れた戦士達
此処にて体を休ませる
黄昏に輝く其の手の剣
人の希望と平和を担う
朱に染まりし其の剣
染めるは血潮か紅き陽か
常世全ての善となる者
其は悪しき者を挫くため
其は弱き者を守るため
その手に剣と盾とを携え
善に仇なすものを討つ
他の誰よりも鮮烈に
生命の焔を滾らせて
百戦錬磨の勇士と共に
悪鬼と戦うその姿
何故彼らは戦うか
全ては人の子の内に眠る
善の意思の総算たるが故に
――〈ウルホダンの詩〉より
闘技場から響く、無骨な鉄の響き。
それは命という名の炎を燃やす戦士達の奏でる、どこまでも不器用で、どこまでも無骨な、剣戟の旋律。
その旋律と共にはじけるオレンジ色の火花は、さしずめ戦士たちの命のカケラそのもの。そんなところだろうか。
そしてそんな無骨な鉄の調べも、闘技場を埋め尽くさんばかりの大観客の歓声に時折かき消されては、再び鳴り響く。
―――遂に……此処まで来た……
あと一勝。あと一回で、終わる。俺の戦いが……三年越しの悲願がようやく叶う時が来た。
「待たせたなぁ、ちい姉さん……でもあともうちょっと待ってくれよ? これに勝ったら、とびっきりの土産持って帰るからさ……」
そうだ。此処まで来たんだ。後戻りは出来ないし、するつもりもない。勝ってヘファイスの町に帰るんだ。家族みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「アレン! 決勝戦だ! 準備はいいか? 」
付き添いの兵士が呼びに来た。いよいよだ……
「……あぁ、行こうか」
俺は静かに答える。古風な金属製の叩きだし鎧と兜を身に纏い、分厚いイノシシ皮の腕甲を装備し、丈夫なベルトの右腰には相棒とも言える鎚を、そして左腰にはやや大ぶりのダガーと、手投げ斧を下げる。革製のバトルブーツの紐をしっかりと締め、最後にその左手に、樫の木とイノシシの皮で作られ、鉄枠で補強された丈夫な円形盾を持ち、ベルトで腕にしっかりと固定する。
「よし! 付いてこい! 」
兵士は威勢のいい声でそう告げ、俺はその後を追う。石造りの廊下に冷たく響き渡るのは、歩調の異なる二人の足音だけ……そして進んでいくごとにだんだんと観客の歓声が耳に届いてきた。
「しっかし、鍛冶屋の息子であるお前が、まさか決勝まで残るなんてなぁ」
兵士のおっさんがぼそっとこぼす。予選の時から俺の担当は、このおっさんだった。まぁ、おっさんと言っても無精ひげをきちんと剃れば、まだまだ中年には見えないくらいの年なのだそうだが……決勝まで勝ち進んだおかげで、この人とは親しくなることができた。
「でも、おかげで儲かっただろ? おっさん? 」
俺はニヤリと笑ってそう言った。この大会で行われているのは、何も試合だけではない。試合に手に汗握る人もいれば、賭け事に興じる人もいるということだ。
こうしてみると、聖教の教える「善と悪徳」の意味が時折わからなくなる。
「まぁな……ま、この試合、お前が勝ったら、稼いだ金で飯でもおごってやるよ」
「いいよ。せっかく手に入れた金なんだし、俺なんかのために使わないでよ……娘さん、元気になるといいね? 」
俺の前を歩くおっさんは一瞬、何か言葉に詰まったように見えた。けれど次の瞬間には何事もなかったかのように、茶色の皮手袋をはめたその手で何気なく頭を掻いていた。
「十分後には死んでるかもしれない奴が人の心配なんかするんじゃねぇよ。このお節介野郎が」
「ハハ、洒落にならないよ。もし何かあったらあの白い人たちがなんとかしてくれるんでしょ?……だよね? 」
「クックック。な~にビビってんだよ安心しな、軽い冗談さ」
兵士のおっさんは、いたずら好きな悪ガキのような屈託の無い顔で笑った。
こんな掛け合いも今日で終わりかと思うと、少しさびしく思う。
「まぁ冗談はそれくらいにして、勝算はあるんだろうな。今度のやつは強いぜ? それも段違いに、な? 」
今度は真面目な顔でおっさんが尋ねた。
「アイツの強さは三年前に身をもって知ったつもりさ。勝算があるかどうかは別にして、手がない、と言えば嘘になるかな。まぁ、やってみないことにはなんとも言えないけど……俺はどうしても勝たなくちゃならないんだ。石にかじりついてでも、なんとか食い下がってみせるさ」
俺の言葉におっさんはため息をつく。そして、お前が俺の担当で良かった、とかなんとか、とにかくそんなことをもごもごと言ったような気がした。前を歩いている俺からは、おっさんがどんな顔をしているのかはわからなかった。
少し歩いて、俺たちは扉の前まで来た。おっさんは扉に手をかける。
「……負けんなよ。なんてったってお前のおかげで今まで稼がせてもらった金、全部賭けてんだからな! 」
うつむいているおっさんは俺と顔を合わせることなく、最後にそう言った。
「……あぁ。じゃあ、行ってくる」
俺も後ろを振り向かずにおっさんに向かって右手を挙げながら、そう言って歩き出す。開いた扉の、その先へ……
―――さぁ、いよいよだ……
闘技場に出てくる俺を出迎えたのは、大気を震わせるほどの大歓声。
そしてそこにはもう、決勝の相手が待っていた。
忘れられるはずもない、あの腹の立つ顔……
その一本一本がまるで純銀を溶かして作られたかのような、美しい銀髪。無駄に端正な顔立ち……どれをとってもどうもいけ好かない。
そして極めつけは、あの「何もかも分かっていますよ」と言わんばかりに自信に満ちたあの表情だ。
相手の得物はその手に握る規格より少々大きめの片手半剣。盾は持たず、防具も俺のものと比べると軽装なものだった。
「待っていたよ、鍛冶屋さん。正直言って驚いたよ? 君がここまで来るなんてね……いや、一番驚いているのはもしかすると君自身だったりするのかな? ねぇ、今どんな気持ち? 」
相手は微笑交じりに俺にそう話しかける。前から思っていたがコイツ、かなりおしゃべりしたがりなヤツだよなぁ……
「へ~いへい。相変わらず余裕だなぁ、アンタは。その軽装も、俺とやりあうには防具なんか必要ないってことか? 」
俺も精一杯の皮肉を込めて返そうとしたが、この際上手いことが言えているかどうかは気にしない。実際のところ、これからの戦いのことで頭がいっぱいなのだ。
そして最悪なのは、相手も俺のそれに気づいているということであるわけで……
「フフッ、やだなぁ。これが一番動きやすいんだよ。どうしたの? もしかして緊張しているのかい? せっかくの楽しいお祭りじゃないか。もっと楽しんでも罰は当たらないと思うけどね。ほら、肩の力を抜いて? 僕としても、君の三年間の成果が拝見できるという点で、今回は凄く楽しみだったのだから」
どうもいかんな。こいつのおしゃべりに付き合っていたら、戦う気が起きなくなっちまう……
そう思った俺は、早々にこの〝楽しいおしゃべり〟を打ち切ることにした。
「言われなくても、これからたっぷりと見せてやるよ。さぁ、おしゃべりはその辺にしてさっさと始めようぜ。白の精霊様たちも観客も俺たちのおしゃべりを見に来たわけじゃないだろう? 」
そう言って俺はベルトから鎚を抜き、持つ感覚を確かめるように手首を軸にクルクルと回す。そして盾を握る左手を一度解き、小指から順に指を折り曲げていき、今一度盾を持つ手に力を込めた。
そんな俺の態度を見てアイツも「つれないなぁ」とでも言いたげに肩をすくめ、ゆったりとした動作で左手を使って鞘から剣を抜いた。
一瞬の静寂の後、これから始まるであろう最高の決戦の始まりを感じて熱くなった観客の歓声が上がる。
俺はその歓声の中、静かに目を閉じ、一度大きく息を吐く。
そして――半分は自分自身に言い聞かせるかのように声を張り上げた。
「行くぞ……覚悟はいいか? 剣聖、ランダル・フォン・フランツベルク! 」
――そして……覚悟はいいか……俺自身!!!
「いいとも、どこからでもご自由にどうぞ? 土にまみれた、鎚の振るい手さん? 」
対戦の開始を告げる銅鑼の音が、大きく闘技場に鳴り響いた。