団欒
「ただいま。」
刀華を無事に送り届け、椿はようやく自分の家に帰ってきたのだ。
椿は玄関で靴を脱ぐと、明かりもつけずにリビングのソファーに腰かけた。
「はぁ…さすがに疲れたな。」
なんとなしにテレビをつけると今朝の事件を報道しているニュース番組がちょうどやっていた。
ニュースキャスターのお姉さんが、この事件が契約者によってもたらされたこと、犯人の目的、および意図は不明な事、そして幸運にも死人や怪我人はいないとの事を報道していた。
「怪我人ねぇ。」
椿は、頭から血を流し、その身を挺し自分たちを守ってくれた親友の事を思い返していた。
「あいつ大丈夫かなぁ。」
いくら吸血鬼の体と言っても、旭は女の子である。
「電話なんかかけない方がいいか…。」
椿はテレビの電源を消すと、ソファーから立ち上がり冷蔵庫に向かった。
「今日はこれでも食べるか。」
慣れた手つきでレトルト食品を器に移し、レンジのスイッチをつけた。
レンジで温めている内に、スプーンとコップを用意し、そのコップにオレンジジュースを注ぐ。電子レンジがチーンと音を立て、料理が出来上がった事を椿に伝える。
椿はそれを持つと、リビングに並べられた椅子に座り、容器を机の上に置いた。机には、椿が座っている席意外に三つ、並んでいた。しかし、その席には誰も座っていない。
「いただきます。」
椿が、スプーンを手に取り、ご飯を口に運ぶとリビングの扉が開く音がした。
「なんだ…ぼたん、いたのか?」
「……何?悪い?」
「いや、別にそこまでは言って無いけど。」
「じゃあ話しかけんな…クソが。」
「はいはい、ごめんね。お兄ちゃんが悪かったよ。」
「ちっ。」
目の下に大きなくま、ぼさぼさの頭、血色の悪い肌、上下スエット。この引き込もりの女の子は椿の妹の鞘桜ぼたんである。昔は、よく笑う可愛い女の子だったが、ある出来事がきっかけで部屋に引きこもってしまったのだ。それ以来、学校にもろくに行かず、部屋に引きこもっている。
「ぼたん、どうだ?一緒にご飯でも。」
「一緒に?冗談言わないでよ。死んでも嫌よ。話しかけないで」
ぼたんは、冷蔵庫を開けると中からゼリー飲料を取り出し、数秒で飲み干すと椿に背を向けリビングから出ていってしまった。
椿は何も言えず、ただその背中を見ていた。
「はぁ…久しぶりに出てきたと思ったらこれだよ……。」
椿は、がっくりと肩を落とすと戸棚の上に置いてある額縁を見つめた。
そこには、昔家族みんなで撮った家族写真が飾ってあった。しかし、額縁にはヒビが入っていて、ぼたんと椿の顔以外は綺麗に見ることが出来ない。椿は食事を中断し、その額縁を手に取った。
「もう限界だ。もう僕にはあいつを、この家を守ることが出来ない。だから―。」
椿は大粒の涙を流し、その場に崩れた。
「早く帰ってきてくれ、かあさん。」
誰もいないリビングで椿は声を押し殺し泣いた。