修羅
椿と刀華が朝霞学園に登校したのは、ちょうどお昼休みが終わった後の三限目の授業が始まったころだった。旭は後始末があるだとかで、引き続き現場に残った。あれだけの怪我をしたにも関わらず、椿達が旭と別れるころには重い瓦礫を難なく運んでいた。
「半妖とはいえ、さすがだな。」
椿はそんなことを呟きながら、教室の扉に手を掛けた
教室のドアを開けると椿たちのクラスの担任教師の石橋柊が少し驚いた顔で椿達の顔を見た。どうやら今は彼女の日本史の授業の時間らしい。
「おうおう、やっと来たか、鞘桜に真宵坂。なんで遅刻したのか…先生は知らないが…朝から二人仲良く登校。しかもこんな時間に二人で、…ということはまぁそう言う事なんだろうね…別にそういうことするのが悪いとは言わないし、愛し合うことはむしろ、いいことだと先生は思うけど。授業には出ないとねぇ。」
「何わけわかんないこと言っているんですか…先生。とりあえず授業に遅刻したことは謝ります。すみませんでした。」
「あいあい。契約者に出くわしたんじゃ仕方ないわな。」
「知ってんじゃねえか!」
椿たちの学校のクラス担任、石橋柊。赤色のジャージに身を包み、短くまとまった髪を後ろで縛っているのが特徴の女教師である。
「まぁ、とりあえず席につきなさいな。隣で顔を真っ赤にしている真宵坂もさ。」
椿と刀華はそれぞれ自分の席についた。刀華は目の事もあり、椿たちの様に授業を受けることは出来ないので、椿の助力なしには授業をまともに受けることができない。そこで、柊の計らいもあり、いつ席替えをしても椿と刀華は隣同士なのだった。
椿が席につき鞄を机にかけると、刀華とは反対側の席から柊に聞こえない様に小さな声で椿を呼ぶ声がした。
「おい、椿!朝から大変だったみたいだな。契約者ってどんな奴だった?なぁ?教えてよ」
「バカ!今授業中だぞ、崩子!しかも今は石橋先生…。」
の授業中だから、怒られるとやばいと椿は言おうとしたが、その発言は柊が投げたチョークにより、阻まれた。柊が放ったチョークは二人の間を通り抜け、教室の後ろの壁に突き刺さった。
「授業中は静かに。次は当てるよ。」
椿と崩子はぶるぶると体を震わせていて返事をすることも叶わなかった。
長い髪の毛を金色に染めて、そしてその長い髪の毛を派手な色合いのシュシュでまとめ、腕には可愛らしい銀色のアクセサリーをジャラジャラとつけている。
そんなまさに今時のギャルと言ったような恰好をし、ただでさえ真面目で地味目の子が多い、この学園でよく言えば異彩を放ち、悪く言えば浮いている、彼女の名前は花園崩子。見た目通りと言うかなんというか、普段から真面目に勉強をしていない崩子は、テスト前などになると、よく隣の席の椿にノートを写させてもらっている。
柊の授業が終わり、お昼休みとなった教室は学食に行く生徒や、机をくっつけお昼を一緒に食べようとする生徒で賑わっている。
「はぁ~怖かったな~。相変わらず柊ちゃんのチョーク投げには感服だわ。なんであれ壁に当たって砕けるんじゃなくて、壁に突き刺さるんだろうな。この世の不思議だな」
「知るか!それよりもお前のせいで、また僕まで怒られたじゃないか!」
「はぁ!?そんなに怒んなくてもいいでしょ!マジ意味わかんないんだけど、これだから童貞は。」
「うるさい、くそビッチ。」
「なんだと!」
取っ組み合いの喧嘩になろうとしたのを、刀華が二人の間に入り仲裁した。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着きなよ。みんなで一緒にご飯食べよう。ね!刀華喧嘩は嫌いだよ。」
「ちっ!今日は刀華に免じて許してあげるけど、覚えときなさいよ。バカ椿。」
「ふん…どうでもいいけど、次の授業の課題は頑張れよ。僕のノートは見せてあげないからな。」
「ちょ!おま!それは卑怯だよ~。」
「うるさい、知るか。課題をやってこないお前が悪い。」
「しょんな~。」
先ほどまでの強気な態度から一転、崩子は途端に泣き崩れ、泣き言を吐いている。
交渉の末、椿を落とすことが不可能だと踏んだ崩子は、自分の課題を写させてくれる次のターゲットを定めた。
「刀華~。課題見せて~お願い~。」
「ええ!?刀華の?椿ちゃんの奴みたいに完璧じゃないから、いやだよ~。」
「そこをなんとか!お願い!」
「う~ん。」
渋っている刀華をあと一押しで落とせると直感した崩子は最終手段に出た。
「刀華殿…ここに我が従順な偵察班が極秘裏に入手した鞘桜生徒会長ブロマイド集の一部があるんだが、御嬢さんこれで手を打たない?」
刀華はその話を聞くと途端に真面目な顔つきになった。
「いくらかな?」
「本来なら五千円で売っている所だけど、今日は課題の事もあるから、ただでいいですぜ。」
刀華は崩子の話を聞き机から静かに立ち上がると崩子の手を力強く掴んだ。
「相変わらず商売上手ね。崩子ちゃん。」
「話が速くて助かるぜ。刀華。」
「おい、待て貴様ら。勝手に話を進めるな。」
「ん?何?椿ちゃん。」
「何?じゃねえ!まず崩子お前に聞きたいことが何点かある。」
「ん?な~にぃ?」
「その写真はなんだ?」
「だからさっきも言ったじゃない、あたしの手下が隠し撮りした椿の写真集だよ。」
「そういう意味で言ったんじゃあない!なぜそんなものが存在するのかを聞いているんだ僕は。」
崩子は椿の怒号にも一切臆することなく、平然とした顔で親指と人差し指で輪っかを作り、答えた。
「そんなん決まってんじゃない、金よ!」
「そこまで悪びれる様子がないと逆に清々しいなおい。」
椿が声を荒げると学食内の生徒たちがざわつきだした。
「あれ鞘桜生徒会長じゃない?」
「うわっ!本物?」
「やっぱりかっこいいな。」
「あれで二年生とか信じられない。」
「彼女とかいるのかな?」
学食内で女子生徒たちが椿に好意の目を向ける。
「なっ!お前は儲かる素材なんだよ。」
「なんでお前が得意げなんだよ!」
崩子と椿が言い争っている間に、刀華が静かに席から立ち上がった。
「なんだ?どうした刀華?」
「へ?今、椿ちゃんの事をエロい目で見たメスガキ共の位置は大体把握できたから、これから、その両方の目を抉ってジャムにでもして魚の餌にでもしようかと思ってね。てへへ。」
「てへへ。じゃねえよ!お前はなんて怖い事を考えているんだ、お前を止めるために振り回される僕の身にもなってくれ。」
「そうだぞ刀華、そんな危ない事する前に私に課題を見せてくれ。」
「お前は少し黙ってろ。」
そのあと、椿が崩子の方を向いた隙を突き、手元の箸を持って女生徒に襲いかかろうとする刀華を止めるのに、椿と崩子はお昼休みの半分を捧げた。
今は椿が頭を撫でたことにより、刀華は上機嫌でお弁当を頬張っている。
「ところで、さっきも聞いたけど、実際契約者ってのは、どんな奴だった?」
「どんな奴って言われてもなぁ…普通の女の子だったとしか言いようが……。」
「へ~そんなもんなんだな…あっ!そう言えばさ、やっぱり近くにいた?」
「何が?」
「何がって…神子よ、神子!契約者と一緒にいるんでしょ?」
「いたけど、生気のない顔した小さい女の子だったぞ。」
「ふ~ん。意外に面白くないのねぇ。」
崩子は期待外れとばかりにがっくりと肩を落とし、ため息をついた。
「お前なぁ…本当に大変だったんだぞ。死んでもおかしくない状況だったんだからな。」
「たまたま近くに旭がいて良かったわね。」
「確かに。」
「じゃなきゃ死んでるわ、生きている事にも感謝してお弁当でも食べましょう。」
「だな。」
崩子は今朝買って来たであろうコンビニの弁当を、刀華は鞄の中から二つお弁当箱を取り出した。
「はい、椿ちゃん。」
「おお、いつもありがとな。刀華。」
「んふふ。別にいいんだよ。一人作るのも二人作るのも一緒だしね。」
「本当、助かるよ。」
「どういたしまして!」
椿はにこにこと笑う刀華の頭を撫でた。
「はいはい。あたしの前でイチャイチャしないでもらえます?それにここは学食なんだから、学食のご飯を食べてください」
「お前だってコンビニのご飯じゃないか。」
「いいのよ、私は可愛いから。」
「納得いかないし、説得力もないな。」
「は?可愛いは正義なの知らないの?」
「お前が可愛ければ、それもそうなんだろうな。」
二人が喧嘩しだすのを再び刀華が拳で止めた。
「でもさ~なんで椿達襲われたんだろうね。」
目の上を青くしながら崩子が尋ねる。
「なんかよく分かんないけど、けっこう気まぐれな感じで人を襲ってるみたいだったぞ。襲う理由もよくわかんないこと言ってたし。」
引っ張られた耳を押さえながら、椿が応える。
「ど~ゆ~こと?」
「今日が六月六日だから六と六足して十二人殺さないとだとか。」
「なにそれ?むちゃくちゃじゃない。」
「それに。」
「それに?」
「水無月の災をもう一度起こすとか言ってたな。」
椿がそう言った瞬間、さっと学食から声が消えた。学食にいる全員が椿の顔をじっと身動き一つ取らず、見つめている。それは、まるで時間が止まったかのような全てが静止した空間だった。
椿は自分がしてしまった失敗に早くも後悔し、刀華は目が見えないでも、その雰囲気を察したのかオロオロしていた。それに対し崩子は目を閉じ腕を組み、重い口調で椿に問いかけた。
「椿…それマジか?…。」
椿は手で目を覆い、顔を天井に向けた。
「ああ…確かにそう言っていた。」
「そうか…なら、そいつは間違いなく―。」
パリンとガラスが割れる音が学食内に響く。
椿の言葉にショックを受けた女の子が学食のご飯が乗ったトレイを床に落としたのだ。
「いや…いや…いやぁあああああああああああ」
パニックに陥った生徒は頭を抱え叫び、床に崩れてしまった。
その子の周りにいた生徒たちも同様にパニックに陥っているようで、誰もその子を介抱しようとしない。
その様子を見た崩子が、ちぃと舌打ちをし、その女の子の近くに駆けこみ、優しく抱きしめた。
「大丈夫だ…水無月の災なんてもう絶対に起きやしないし、奉行所の連中が起こさせもしないよ。」
その子は崩子に抱きしめられたことで落ち着いたのか、大粒の涙を流し鳴き声をあげた。
崩子は自分の服が汚れてしまうにも関わらず、その子を強く抱きしめて、放さなかった。
「花園の言うとおりだ。そんなことはもう起きやしない。」
椿は再び自分がしてしまった過ちを後悔した。ため息をつき、ドアの方を見るとそこには石橋柊が立っていた。
「なんの騒ぎかと思ったら…お前たち、何してんだよ。」
「先生―。」
「お前はもうそれ以上しゃべるな鞘桜。今日の放課後、お前は補修だ。覚悟しておけ。」
淡々とそう告げると柊は、学食から立ち去った。