戦慄
契約者を殴り飛ばした旭は頭から血を流し、フラフラとしながらも、その場に立ち、鋭い目つきで契約者を睨み付けている。
「さすがに重力で体制を崩された時は焦ったわ…まぁ、お前が、おしゃべりなおかげで助かったよ。契約者さん。」
旭は道路の壁にもたれ、気を失っている契約者に向け殺気を露わにしている。
「どうせ、今の攻撃も、その力で防いでいるんだろ?見え透いた芝居はやめて、立ちなよ。」
気を失い、頭を垂らしていた契約者が不気味な笑みを浮かべ立ち上がった。
旭の攻撃を全て異能で吸収したのか擦り傷一つさえ付いていない。
「な~んだ。ばれていたのなら、仕方無いわね。とどめを刺しにおめおめと近づいてきたところをこの子で刺し殺す算段だったのに、残念。」
契約者は持っていた日本刀を下でぺろぺろと舐めた。
すると先ほどまでただの日本刀だったものが、パッと光を放ち一人の小さな女の子に変化した。
綺麗な金色の髪を腰の下あたりまで伸ばし、見ていると吸い込まれそうな位、妖艶で美しい碧眼。見た目こそ幼い女の子だが、放つ雰囲気は異様で、とても小さな女の子が纏っているそれではない事を椿は肌で感じ取った。
「なるほど、それがお前の神子か契約者。」
契約者は恍惚とした表情で幼女の頭を撫でた。
「そう、この子の名前はリリィ。私の可愛い神様。あたしはこの子に与えられた使命を全うするため、再びこの町に帰ってきた。」
「なんだと?」
楓は笑顔で嬉々として旭に答えた。
「この子が、あたくしに与えた今回の使命、それはこの地に再び水無月の災を起こすことよ。もう一度世界に混沌をもたらすために私はここに帰ってきた。」
楓は、気が狂ったように甲高い笑い声をあげている。
その傍らで、無心の表情を浮かべ、ただじっと椿たちの方を見ているリリィと呼ばれる幼女に椿は寒気がした。
椿が幼女の姿に慄いていると、どこからともなくパトカーのサイレンの音が
鳴り響き、椿達を取り囲んだ。パトカーの中から、わらわらと警官が出てきて一斉に銃口を楓に向けた。
「やっと来たか…遅すぎるっての…。」
旭が大きくため息をついた。
一番最後にやってきたパトカーが止まり、中からスーツをゆるく着こなし、口に煙草をくわえた中年の警官が現れた。
「いつも言ってんだろ…お前が速すぎるんだ、旭姫。」
「だ!か!ら!その姫って呼ぶのやめてくれよ、秋山さん。こそばゆいったらありゃしないよ。」
「そんなこと言ったって姫は姫だろ?まぁ今はそれよりも」
秋山と呼ばれる警官は懐からスピーカーフォンを取り出し、口元に当てた。
「あー契約者の、なんだっけ?うん、まぁいいや、契約者さんに告げます。無駄な抵抗はやめておとなしく署に連行―。」
契約者は力を行使し秋山の持つスピーカーフォンを彼方へと弾き飛ばした。そのことに対し、秋山は驚くどころかむしろ、やれやれと言ったような表情で右手をすっとあげた。
「まぁ…そうなるわな。それでは強制的に連行させてもらうか。」
隊員たちが一斉に引き金を引き、道路上に銃声が響いた。辺りには火薬のにおいが立ち込めた。
秋山は胸のポケットから煙草を一本取り出すと火をつけ口にくわえた。
「まぁ…そうなるわな。」
楓は無数の銃弾の嵐の中でも平然と立っていた。
「そりゃあなぁ。あたしのパンチを難なく防げるくらいだ。人間の武器なんかものともしねえだろうよ。」
旭は苦悶と憎悪の満ちた表情でそう言った。
「そう言う事よ。お馬鹿さん達。う~ん、でも、もうなんだか飽きちゃったわね。あたくしはこれにて帰らせてもらいますわ。では。」
楓はそう言うとリリィを抱き、天高く浮遊した。
「おい!待てこら!逃がすと思ってんのか!ぐ……」
旭は逃げる楓を追おうとしたが、お腹を押さえその場にうずくまってしまった。
「ふふふ。お馬鹿な吸血鬼さん。そんな必死になって実に滑稽だわ。貴方が追えないのなら、後ろにいる方々でも無理でしょうね。」
旭が、秋山の方を見ると、秋山は両手をあげ、お手上げのポーズをとった。
「くっそ…。」
「それではごきげんよう。最後に名前ぐらいは教えてあげるわ。私の名前は冬桜院楓。せめて足掻いて見せなさいな。愚かで不憫な人間ども。あはははははは!」
高層ビルが立ち並ぶ、松江市内に契約者、冬桜院楓の不気味な笑い声が響いていた。