表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

ルッスラ・S・ニグリカ

ニセクロハツ



「マティーニ」

「ほいよ」


魔女は冷凍庫からジンを取り出す。

ミキシンググラスに氷を三個。

そこにキンキンに冷やしたジンを注ぐ。

マイナス20度まで冷やされたジンはステアしても氷を溶かすことがない。

魔女のこだわりである。

キンキンキンキン! という軽快な音がバーに響く。


「景気はどうだい。 ルッスラ」

「まあ、ボチボチ」

「そりゃ結構なことだ」


ルッスラ・S・ニグリカ。

タキシードを着こなす男装の麗人にして――

暗器使いの殺し屋である。

バーカウンターの一番奥のスツールに座る彼女は、帽子をかぶったまま魔女の手元を見つめていた。


「『代金』は持ってきたかい?」

「ああ。……けど、どうすんねん? こんなもの。流石のアンタも食ったら死ぬやろ」

ニセクロハツ。致死毒を持つ毒キノコ。それが今回の『代金』。

「毒も使い方次第では薬さねえ……。まあ、大鍋の中身は――」

「詮索すんじゃない、やろ。耳たこや」


ミキシンググラスの中身をグラスに移し魔女は笑う。


「よく分かってるじゃないか」

「俺も探られたくない腹の一つや二つある」

「……アンタの『森』の調子はどうだい?」

「……ま、ぼちぼち」


ルッスラの赤の瞳が輝きを放つ。

魔女は素知らぬ顔をしてベルモットを一滴グラスに振り入れた。


「……変わったレシピやな」

「前に『街』に行ったときに習ったのさあ」


グラスの底にオリーブを落としてルッスラへと差し出した。


「おおきに」

くいっと豪快に男装の麗人はグラスを傾ける。

「良い飲みっぷりだねえ……」

くっくっくと魔女は笑う。


「おかわりいるかい?」

「せやな。――ニコラシカ作れる?」

「変わったもの頼むね。甘いのが飲みたくなったかい?」

「まあな」


魔女はリキュールグラスにブランデーを注ぎ、レモンスライスで蓋をする。

その上に固めた砂糖を乗せてニコラシカ完成である。

レモンスライスは厚め、砂糖は少なめが魔女のこだわりである。


「意外だねえ。泣く子も黙るルッスラ姐さんがこんな甘口の酒をねえ……」

「ええやん。別に。そんな気分の時もあるわ」


「失恋でもしたのかい?」


ぶほおっ!!

盛大にむせるルッスラ。


「な、なにゆうてんねん!!」

「おや、図星かい? これは面白いねえ」


魔女はくつくつと笑いを漏らした。

ルッスラは赤くなった顔を誤魔化すようにレモンを取り上げると、砂糖を挟んで二つ折りにしてそのまま口の中に放り込んだ。

甘酸っぱい果汁が弾けたところで一気にブランデーを呷る。

これがニコラシカの正しい飲み方である。


「……別に、ちょっと気になっただけや」

「……寿命かい?」

「……葬式に記帳だけしてきたわ」


『森』の中では時間も空間も関係ない。

『森』そのものが一つの異界であり、外の世界とは無秩序に接続する。

そして、そうした『森』に住む者もまた――定命の者とは違う時間を生きる。

何人と死に別れたのか――魔女は最早覚えていない。

ルッスラもそうだろう。

ただそういう『ニンゲン』が一人増えただけ。

魔女は黙ってシェーカーにジュースを注ぐ。

バーにシェーカーを振る音だけが静かに響く。

ルッスラはそれをただ眺めていた。

走馬燈のように思い返されるのは――一体何の記憶だろうか。


「お目覚めの時間だよ。お姫様」


魔女はシェーカーの中身をグラスに注ぐ。


「これは……?」

「シンデレラ・カクテルさねえ。酔い醒ましには丁度良いだろう」


シンデレラ・カクテル。オレンジ、レモン、パイナップルの果汁を混ぜただけのノンアルコールカクテル。


「夢から醒めたらアンタの『森』にお帰り」

「ああ、サンキュ……」


ルッスラはグラスを傾ける。

甘酸っぱい香りが口の中で弾けた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ