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椎野 灯

シイノトモシビタケ。

満月。

『森』の中の開けた場所――『妖精の輪』。

そこに魔女はいた。

「さて、やるかね」

一抱えもある大きなガラスの鉢を地面に下ろし、その中に黒い布を入れる。

一夜の髪を包んでいた――あのバスタオル。

これまた大きな水晶のレンズで蓋をして、その傍らに魔女は腰を下ろした。

「今宵も良い月さねえ……」

月は青白い光を『森』投げかける。

水晶のレンズがそれを集め鉢の中に焦点を結ぶ。

すうっと魔女は大きく息を吸い込んで――歌い始めた。



凝れ、時間。凝れ、月光。

祈れ、時に。祈れ、月に。

結べ、時よ。結べ、光よ。

銀の砂、降り積もる。

金の光、天を廻る。



唄声が月光と絡み合いほろほろと夜に溶けていく。

しんしんと降り積もる月光が歌に乗せられて天を駆け巡っていく。

『森』はざわめくことを止め、ただ歌に聞き入っていた。


「……そこにいるのは誰だい」

魔女が背後の『森』に声をかけるとかさりと音がして小柄な少女が進み出た。

「……ごめんなさい」

手には銅製のカンテラを持った、ロングドレスワンピースの少女である。

裾の白い綿毛が地面に付きそうなほど長いロングドレスワンピース。

首から椎の葉をかたどったペンダントをしている。

そして、彼女は淡く緑色に光っていた。


「……こりゃまた珍しい娘が来たねえ」

南の方と繋がったのかしらと魔女は首を傾げる。

「名前は?」

「……椎野灯です」

ちょこんと頭を下げて灯はトコトコと魔女の方に歩み寄る。

「……なにしてるですか」

「見ていくかい?」

ぽんぽんと傍らの草地を叩いて魔女は笑った。

灯はちょこんと大人しくそこに座る。

「で、なにしてるですか?」

「……そうさねえ、折角だからお嬢ちゃんにも手伝ってもらおうか」

魔女はそうっと灯の頭を撫でた。

灯の体を包んでいた輝きが、すうっと魔女の手によって引き延ばされる。

それをそうっと掬い取ってふうっと息を吹きかけた。

ピンポン球サイズの光の固まりがほろほろと鉢に舞い落ちる。

水晶のレンズを苦もなく透過したそれは、バスタオルに当たった瞬間ぴかっと光って弾ける。


ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ。


それが合図だったかのように――鉢の中の黒布が燃え上がった。

メラメラと。

温度を感じさせない青白い光。

青白い炎をで水晶のレンズをなめながら。

黒布は燃える。


「……綺麗」

「まだまだ。本番はこれからさねえ」

魔女は愉快そうに言ってすうっと息を吸い込んだ。



凍れ、時間。凍れ、月光。

歌え、時に。歌え、月に。

遊べ、時よ。遊べ、光よ。

銀の砂、降り積もれ。

金の光、天を廻れ。



魔女の歌声が灯の光と絡み合う。

すうっと引き延ばされた光は、吸い込まれるように鉢へと向かう。

灯の緑の光。

炎の青白い光。

混じり合い。溶け合って。


勢いを増した炎が水晶のレンズを突き破る。


「……あ!」

「大丈夫。うまいこといってるねえ」


レンズは割れる事無くそのまま月光を集めて焦点を結んでいる。

その一際輝く焦点から――黒布が銀へと色を変えていく。

きらきらと。

さらさらと。

銀の砂に転じて解けていく。


「仕上げかねえ……」

すうと一際大きく魔女は息を吸い込んだ。



銀の砂、降り積もり。

金の光、天を廻り。

行き場を無くした梟よ。

お前の巣は我が元に。

お前のねぐらは我が元に。



魔女が歌い終わると――ガラスの鉢の中身は全て銀の砂に成っていた。


「……あなたは、『魔女』? 『森』の『魔女』?」

「そうさ。あたしが『魔女』だ」


灯の小さな頭をくしゃくしゃと撫でて魔女は笑った。


「ありがとう。お嬢ちゃん。おかげで予定よりも多くの『砂』が手に入ったよ」

「……これ、どうするの?」


魔女はよっこらしょと水晶のレンズを外し、中の砂を確かめると満足そうに目を細める。

そして、一掬い砂を掬い取ると――それは掌の上で渦を巻いた。

小さな渦巻きの後に残ったのは――銀色の珠。

それを灯の手の中に落として魔女は笑う。


「お礼だよ。とっときな」

「……これ、なに?」

「飴玉さねえ。なめときな。アンタの『森』にも多少は御利益があるだろうさ」


灯は恐る恐る飴玉を口に入れる。

どこか懐かしい――ミルクの味がした。

「さあて、もうお帰り。あんたみたいなちっちゃい子が夜遅くまでふらふらしてるんじゃないよ」

「……これ、どうするの?」

灯は少し不満げに口を尖らせた。

別にどうしても知りたかった訳ではないけれど――無視されるのは子供扱いされているようで不愉快だった。

魔女はすっと目を細めて灯の顔をのぞき込む。


「――良いかい、お嬢ちゃん。『魔女の大鍋』は聖杯にも通じる神聖なものなんだ。迂闊に中身を知ろうとしちゃいけないよ」


ざあざあと風が枝葉を揺らしていく。

その隙間から落ちる月光がくるくると魔女と灯りを照らす。


「……ごめんなさい」

「分かればよろしい」


魔女はにこっと笑って鉢を抱え上げる。


「この道をまっすぐ行けばアンタの『森』に帰れるだろう。良いかい、振り返っちゃあいけないよ。良くないものを引き寄せてしまうからね」


灯はこくりと頷くと一目散に駆けだした。

魔女はその背を見送って――ほう、と息を吐いた。


「さて、そろそろこっちも帰るかねえ」



銀の砂、降り積もり。

金の光、天を廻り。

行き場を無くした梟よ。

お前の巣は我が元に。

お前のねぐらは我が元に。



魔女の歌声が静かに森に響いた。

銀の砂製造工程。


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