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短編

ARICA

 





 荒廃した学校は、僕らの住処だった。



「在処。在処。どこ?」

 ありか、と何度も僕を呼ぶのは割りと低い声だ。「何」と叫んで返す。昔は昼間、生徒の賑わいが溢れた廊下。今では夜にも溢れて音が壁を跳ね返っている。
 窓を黒く染める闇の満ちた通路へ、教室からたくさんの光が零れ満ちている。人も、食み出ていた。
 第三校舎、過去には普通教室とか、通常教室とか言われて使われていた部屋たち。今は商店街と化している。
 二年三組は雑貨屋だし、隣の二年二組は食料品、表には缶詰が並んでいる。その隙間を縫い歩く、僕。
 ちなみに、僕は買い物中だった。

「マサキネ」
 真幸音、と言う、かなりおかしな男といっしょに。

「また迷子? 真幸音、飽きないね」
 ぐすん、と、僕がデカい図体を捕まえたときには、似合わない音をさせて鼻を啜っていた。医院と言う札を無理矢理掲げて在る元保健室で、この前計ったら前年と変わらず百五十四センチと言われた僕が、至近距離なら首が痛くなる程見上げなきゃならない大きい真幸音。僕より大きいくせにまるで、子供みたいな男だった。
「だって、だって在処早いんだもん……」
 萎んで消える最後の音。僕は溜め息を付く。仕方なく、僕はフードを被り直しつつ真幸音の裾を摘んだ。引いてやると、素直に付いて来る。本当、子供みたい。
「良い? この手が離れても、叫んじゃ駄目だよ? 良い? 約束ね」
 名前を大声で喚かれて恥ずかしい、と言うのを言外に匂わせつつ。でも愚鈍な真幸音は気付かないだろうな、と、また嘆息して。
「どうしたんだい? その子」
 真幸音の手を引いて、棲家としている用具室へと戻ろうとしているとき。階段の踊り場での会話が耳に滑り込んで来た。
 寮制の大きな学校だったここは、敷地内に住み着いている人数も多く普段からそこかしこ、人がいた。廊下や階段の隅で談笑する人など、別段めずらしくも無いことだった。
 僕が気に留めたのは、長年住む僕も見慣れない少年を連れていたからだ。ここは大勢人がいると言え、僕は出入りする人間の顔立ちも憶えている。だのに記憶に少年は無く、更に。
 少年の表情が昏く、空っぽの瞳だったから。

「『外』で見付けたんだ」
「『外』で?」
「そうさ。『ドール』に連れ回されていたんだ」
「まぁ! 『ドール』と!」
 少年の手を掴んでいる男が言うと、話に興じている女が大袈裟な身振りで反応する。少年の目元がぴくりと動いたのを僕は見逃さなかった。

 この世界は昔凄い栄えていたんだ。僕、が生まれたときも、まだ栄えていた。下火だったけれど。
 機械が星を蹂躙して命を侵蝕して……そうした人間はもう価値なんか無くて。
 今は、破壊にさえ順応し切った大地に、機械で延命を図る日々。
 自殺行為に等しい追い打ちを掛けて自業自得にホモ・サピエンスが激減した今、世界を支えるのは『ドール』と呼ばれる────生体機械だ。
 今や名前に使用された単語の意味も知らない者が大半を占めるだろう世界では、彼らがそう名乗るので慣性で使われるだけだ。

『ドール』────新人類の名。
『ドール』は自身を新人類などと、認めないけど。
 ヒトを愛し支え、ヒトのために生きるヒトガタなんかは。
 しかし、その『ドール』の原始行動は、悲劇を作ることも在るのだ。

 昔々、ここ、北の地で、『ドール』が人と戦争を起こした。理由は明白。『ドール』はひたすら愛した者のために戦ったんだ。
 だがそれが理解されることは無かった。当たり前だった。無かったから。
 人間の機械化が普通の現在でも、この地に『ドール』への人種差別は残ってる。

「きゃあっ」
 突然少年が、男を突き飛ばした。女のほうへ倒れたので、女が悲鳴を上げて後ずさる。
「殺したくせに! 姉さんを殺したくせに!」
 少年が叫んだ。突き飛ばされた男は、怒るどころか少年に心を痛めている風だった。
「可哀そうに……『ドール』に騙されているんだ」
「女型の『ドール』だったのかい……?」
「ああ。幼い少女型の『ドール』だった。家族の振りをしていたのだろうな」
「何ておぞましい……女どころか、人間ですらないと言うのに」
 周囲の大人も騒ぎに集まって、少年を宥め始めていた。
 掛ける言葉が、少年を落ち着かせるより、逆撫でしていると察しもせず。
「くそっ、放せ!」
「良いかい、坊や。アレは『ドール』だ。きみの姉じゃないんだ」
「そもそも、あの『ドール』はきみより幼かっただろう? きみとも似ていなかったし」
「違う! 姉さんだ! 僕の姉さんだ! なのにお前ら、寄って集ってっ」
「きみだって見ただろうっ? 容貌はともかく、あの少女は全部が機械だった。人らしいところなんかどこも無かった。機械化された人間でもなかったんだよ!」
「そうだよ。あの電脳の型番は、『ドール』のものだ。旧式の、極東で造られていたタイプの、」
「うるさい! 姉さんのパーツまで奪ってっ……放せぇ、放せぇええっ!」
「おい、誰か先生連れて来い! 興奮して手が付けられん!」
「ちくしょっ、ちくしょぉおおお────」
 ご時勢と言うヤツだろう。他人と他人が身を寄せ合うのが平常で、『ドール』がマスターでもなければ所縁も無い人間の子を育てることだって間々在った。
 少年は、件の少女型『ドール』に育てられたに違いない。

“全部が機械だった”
“人らしいところなんかどこも無かった”
“あの電脳の型番は、『ドール』のものだ”
 中身を語れると言うことは。
“姉さんのパーツまで奪ってっ”
 僕は胸を押さえる。眩暈がした。

「……在処?」
 僕はそこまでで場を後にした。真幸音が不思議そうな声音だったけれど、僕はフードを目深に改めて被り直しただけだった。
 旧式、極東、と言うなら、先の戦争とは無関係な『ドール』だったはずだ。砂漠化の進むこの世界で、安住の地を探して来ていたに違いない。ただし、昔と異なり情報入手は困難だ。この土地が『ドール』を憎むところだと知らなかったんだろう。
 関係無い『ドール』さえ容赦無く壊すくらい。僕は、唇を噛んだ。でなければ、どうにかなってしまいそうで。ゆえに。
 少年を取り押さえる数人が僕たちを注視していたことにも気付かず。……いや。
「……」
 気が付いていた。

「真幸音」
「うんー?」
 いつの間にか、摘んでいただけの袖が繋がれた状態の手に変わっていた。僕から繋いだのか、真幸音が求めたのか、わからない。
 どこかうれしそうに、無邪気な少年みたいなコーカソイドの彫りが深い顔立ちが、僕を見詰める。僕はフードを深く深く被って目を逸らした。
「約束だよ。繋いだ手が離れたら、迷わず、走るんだ」









 陽射しが熱い。体が灼ける。
 僕は、どうしたんだっけ? 体に着く地面がさらりと乾いていて、……ああ。僕は思い出した。同時に、痛覚が無くて良かった、と思った。
 だって、下半身の感覚が無いもの。多分、無くなっているんだ。下半身だけでなく、大半。
 僕は満身創痍で、唯一動く眼をきょろ、きょろ、四方へ流した。真幸音は、どうしたかな? 僕は真幸音に言い付けていた。常々、僕と手が離れたら、と。真幸音は、守ったのかな? 忠実に。あの子は、そう言う子だから。
 そう、育てたから。

 真幸音は、僕が育てた子供だった。

 たいせつなヒトが死に逝き、防戦一方になった土地で戦争する意味を亡くした僕の前、泣いていた赤ん坊。母親の姿はおろか他に気配も無く、更地と化した敵地で大した装備も持たず彷徨う僕に精一杯“ここにいるよ”と訴えた命。
 握り締めていた紙には掠れて読めなくなった印字たち。残った文字はかろうじて『真 幸 音』と──────。

 ふっと、僕は笑った。口を歪ませただけかもしれない。体液も、凄い出ただろう。永くない。
 いつかこうなるだろうと思っていた。気を付けても僕の変わらない外見に、感付く人間が出て来るだろうって。長くいれば、いただけ。
 破壊の限りを尽くされた下半身はどこへ消えたのか。ここは多分敷地外だ。何も無くては住めない外部。僕は朽ち果てる。
 それで良かった。だって僕は永く生きたもの。マスターを弔ったし、マスターのために戦ったことは後悔していない。何度同じ状況になっても、僕は戦うだろうし。
「……」
 真幸音にも会えた。
 しあわせ、だったよね。
 心残りと言えば、一つしか無い。
「……あ、が……かはっ」
 真幸音は、無事か否か。これがわかれば、良いのに。
『ドール』には厳しい者も、人間には盲目な程の仲間意識でやさしい。こう言うところでは安全だろうけども。

「……はぁ……」
 真幸音。マスターにきみは勝てないけど。
 僕には生きる希望だった。

 マスターは穏和で病気がちでけれど博識で。
 真幸音なんか愚鈍で体が丈夫なのだけが取り柄で。

「……」

 生きて。
 お願いだから。

 マスターを死なせるしか出来なかった僕のためにも。

 生きて。






「父さん、起きたー!」
 最期を覚悟し疲れて瞼を閉じた僕が、次に目を覚ましたときに聞こえたのは少女の声だった。
侑生(ゆう)、起きましたよ。『彼』を呼びましょう」
 次いで耳に入ったのは、冬の空気に研ぎ澄まされた金属の搗ち合う音を連想させる声音。僕はテントだろう布の張った天井から視界を動かす。すぐにわかった。後者の声は『ドール』────“同属”と。
「酷い目に遭いましたね」
 僕の視線に、僕を見た“同属”は不思議と憐憫には無縁に思えた。黒めの髪色よりは薄い茶色の双眸はただ科白のままに、客観的に“酷い目に遭った被害者を見て”いたのだ。
 同情はしない、そんな顔だった。
 しばらくして、朱色っぽい長い髪がさらりと僕の視角に入る。きれいな容貌の男性が、先程の第一声を上げたと考えられる褐色肌の小さな少女に伴われてやって来た。彼は、人間だ。少女も。
『ドール』は人間とそうでないものが、瞬時に見分けられた。ヒトには、切り開かなければ判別出来なくとも。
「未だに残っているんだね……忌まわしい、と僕は非難出来ないけれどね」
 彼が語るのは戦争の爪痕のことだ。理解している。僕らがやったことは、非道なことだったと。
 単純に、マスターを愛していただけでも。マスターを、守っただけでも。

 人口の均衡を失った世界でパートナーとして人を助け守るため、人に抵抗出来ないのでは意味が無いと、よりヒトに近い人工生命体開発の目的からロボットと異なり三原則を組み込まれていない僕ら、『ドール』。
 プログラム上理性的で論理的な『ドール』は、三原則が無くても自ら進んで人を害すことは無かったが、ひとたびマスター登録されれば優先順位に従って『マスター』のため、抵抗することが出来た。
 即ち、『マスター』次第で、人を殺すことが可能だった。
 当然の帰結で、当初の目的から外れ代理戦争に借り出された。戦場に送られた戦闘用『ドール』は、戦地毎にマスターを仮登録され、サイボーグやロボットが入り乱れる中戦争に従事させられたらしい。

 その上、この地では先の『ドール』とヒトの戦争だ。真相はマスターたちと他の人間との戦争で、代理戦争ですらない人間同士の戦争だった。ゆえに、僕らは直接ヒトを攻撃していなかった。ヒトは僕らを壊したけど。だけど、そうでも、先の戦争は僕らが手を貸さず無抵抗を貫けば済んだ争いだった。
 出来なかった。マスターを愛したから。守りたかったから。
 驚かすためだけの攻撃に、守ったマスターの攻撃に、散った命を知らない訳が無い。

 直接じゃなくても、僕らはヒトを駆逐した。

「痛みは無い?」
 頷く。戦闘用でなければ痛みを感じる個体も在るのだろうが、僕は危険取り扱い専門の工業用『ドール』として生産された。マスターに引き取られなかったら、ヒトへのアイジョウを感じる前に役に立ちたいと言うだけで、抵抗無くただただ消耗品として消えただろう。痛みなんか無い。このことに“同属”は気付いていたようだが。
「侑生、『彼』は?」
“同属”が尋ねる。侑生、と呼ばれた人間の青年は自然に流した髪を掻き上げてテントの入り口を目で示した。
「……っ、何で……!」
 久しく出た声は紫外線濃度の濃い熱で灼かれたせいなのかひどく嗄れていて、喉は音をきちんと発せなかった。
「……ありか」
 テントの入り口で、あの愚図でデカい体を無駄に隠して、悪戯を見付かって怒られまいとする子供みたいにしょんぼりした顔を覗かせて窺い見ている。
「……何で、言うこと聞かなかったの」
 僕は唖然とする。だって、あんなにも言い聞かせていたのに。「手が離れたら、迷わず逃げろ」って。だのに。
 何できみはここにいて、僕を呼んでいるの?
「だって……」
「だってじゃないよ……きみはどこまで愚かなんだ」
 自然と、この状態に苛立ちが募る。真幸音がうるうる眼を幼児のように潤ませて……やがて雫が滴り、頬を濡らした。

「……やだったんだもん」
「は?」

「嫌だったんだもん!」
 怒鳴るように、真幸音が声を発した。傍らで少女がひゃっ、と首を竦める。うつくしい青年が抱き寄せて少女の背を撫で、“同属”は少女の髪を梳いた。端にその光景を捉えながら、僕は真幸音を凝視する。
「真幸音」
「────ごめんなさい。けど、嫌だったの……在処は僕にとって『家族』だよ? 在処、言ったじゃない“『家族』は助け合うもの”だって。僕の『家族』は在処だよ? 在処にとって僕が誰かの『代わり』でも、僕に在処は『家族』だった!」
 吃驚した瞠目に、映る真幸音は通常と違った。幼子のように僕のあとをついて回っていた真幸音。

 大きくなったのは、体ばかりと思っていたのに。

「僕は、在処に育ててもらって、在処に守ってもらった! もう僕大きくなったよ? 今度は僕が在処を守るの! だって僕の『家族』だもん」

 強い強固な意志を涙と湛えて僕を見る瞳。

 ああ。きみはきみなりに大人になっていたんだね。

“僕らは『家族』だ”

 真幸音に教えたことは、全部マスターの受け売りだったけど。きみは、ちゃんと噛み砕いて懸命に飲み下して、きみなりの成長をしたんだね。

「い、言い付け守れなくて、ご、ごめんなさい、だけど……やっぱ嫌だよぉおお……っ……」

 泣きじゃくる大きな子供。僕は渦巻いて、去っては再び襲う情動に途方に暮れた。……何だよ。大人になったと思ったのに。

 やっぱり子供だ、と思った。育て方、間違えたかもしれない。

 始終僕たちの遣り取りを黙って見守っていた青年が、僕へ笑い掛けた。つくづくきれいな人だ、と思う。さらりと流れる髪も、紫外線に色抜きされたのだろうがまた赤く紅く朱く、うつくしい。
 青年が柔らかい笑みを浮かべる。

「まだ、死ねませんよ?」
 笑う青年が愉快げに告げたのは、これ以上無い宣託。潔い、きっぱりした科白だ。

「求められたんだ。茶番であってもあきらめて付き合うんだな」
 続くは、“同属”から完膚無きまでに突き付けられる、最後通牒。そうして。

「子育てってそんな簡単には終われないもの。仕方ないですよ?」
 青年の揶揄混じりの声をBGMに、僕は大きな、子供みたいな大人へ成長した『息子』へ手を伸ばす。僕の手に気付いて、手を握り返しながら濡れた顔面を擦り付ける真幸音。

 本当にね。

 ヒトと共に生きるって、面倒臭いくらい、簡単には終われないらしい。



 その後僕の回復を待って僕と真幸音は彼らと別れた。僕の体は失われた下半身の外、考えていたよりはマシだった。両目も揃っていたし指は幾つか取れてしまったけれど腕も残っていて、内臓も、主要なものは無事だったのだ。暴れる真幸音に人員割かれて僕のパーツを確かめる暇も無かったとか、不幸中の幸いとしか言えない。
 朱いきれいなあの青年は僕よりずっと長く永く生きた、しかし人間で、砂漠ばかり広がる世界だと言うのにどんな方向にどんな集落が在るかをよく知っていた。彼は的確に『ドール』が迫害されない場所を把握していた。
 でも信用し過ぎると天然だから痛い目を見ますよ、とは“同属”の言だ。

「在処、大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
 背負う僕へ問い掛ける真幸音に掠れつつ答える。灼かれた声帯は未だ声が出にくかった。
 真幸音は、それでも聞き零すことも無くうれしそうに笑った。



 ずっと、死を覚悟していた。待ち望んでさえ、いたかもしれない。

 だけれども僕は今生きていた。

 やはり、ヒトのために。

 因果なものだ。しかし仕方ない。



 これが僕で在り『ドール』で在るのだから。






   【Fin.】

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