表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

皐月の書斎

作者: 片桐乃亞


          一


 蒲公英の花が綿毛になる頃、暗い路地のシャッターが一つ開く。

 無機質なコンクリートの景色に、空間が一つ、生まれる。


 車庫のような部屋に、壁一面の書架。

 中心に置かれた木製の机には常に男が佇む。

 この殺風景な場所にこの空間が或る事に、不自然さはあった。しかし男はそれも、寂しさも、何も感じていなかった。


 通り掛かる人に背を向けた儘、男はただ机に向かい物を書く。元より、ここを通る人間などそういない。男は時折コーヒーをすすり、それさえ無かったかのように再びペンを握った。



          二


 ここは何かと訊ねると、男は図書館のようなものだと言った。


 書架に並ぶ本は、どれも聞いたことの無い作家のものだ。ジャンルは特に定まっておらず、装丁も実に多彩である。それらが男を見張るように、静かにそこに或る。

 

 一冊を手に取り借りる旨を伝えると、男は初めて顔を上げた。男の風体は、三十にも五十にも見えた。

 いいよ、とだけ男は呟いた。名や住所を聞くことも、書かせることもしなかった。

 盗まれはしないのか。男に問うと、こう言った。


 去年は、三冊戻って来なかった。

 その前の年は、五冊戻って来なかった、と。

 男は、少し笑った。


 気味の悪さがこみ上げ、本を手にしたままこの場を後にした。

 幾らかの人のように、ここに再び来ることは無いだろう。

 帰路にふと本を開くと、懐かしい匂いが顔を撫ぜた。



          三

 

 本に囲まれ、男は笑みを浮かべていた。

 

 男は机の引出から、青年が持っていった物と同じ本を取り出した。

 席を立ち空いた書架を埋めると、男は満足げに席へ戻り、再び物を書き始めた。



 

 


 今回は「括弧を使わずに会話を表現する」という課題で書いてみました。

 実は書斎の本は全て、書斎の主である男の著書という設定です。だから、返しに来なければ来ないほど嬉しい。男が笑った理由です。

 難しい課題でしたが、楽しんで頂けたのなら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ