一章 ④
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油断をしていたわけではない。
端末で閲覧した情報には相手がまだ一戦しかしていない初心者であることが示されていた。
その一戦の勝敗がどうであれ、それが初心者だからというのは油断して良い理由にはならない。
このゲームはプレイヤー本人のポテンシャルは本より、欠片の質こそが重要だ。どれだけ高位の欠片でもそれを扱うプレイヤーの能力が伴わなければ宝の持ち腐れ。かと言ってプレイヤーがどれほど優秀でもカスみたいな欠片では到底勝ち続けることは出来やしない。
が、腐っても宝は宝。能力が1しかないプレイヤーでも能力1万の欠片を引けば不利とは言い難いのも事実なのだ。そして、そんな強運もプレイヤーのポテンシャルの一つと言える。
ゆえに、いくら魔神パズズの欠片を二つ持っているアタシでもそれを上回る欠片ないしはパススとの相性が最悪な欠片の場合負ける可能性はある。
だからこそ最初の一撃を撃たせるのだ。
普通ならば警戒する挑発。警戒し疑い考えている間にアタシは大技に必要な条件を揃え、仮にバカ正直に攻撃してくるようならばカウンターか、即席の風の塊をぶつけて距離を取ればいい。
ようは程度を知るための前準備。
その結果アタシが相手に抱いた感想はよく言って慎重、悪く言えば臆病。そして何より正直だ。
剣を使う欠片なんて珍しくない。悪魔や神や天使だって剣を使う。それなのに適当に人間の騎士であることを言ってみただけで、彼女は動揺した。黙って平静を装ってはいたがバレバレだった。まぁ、普通の学生がそう簡単にこんな異常な状態でクールで居られるほうが珍しいという話だが。
ともあれ、この時点でアタシが警戒のレベルを下げたことは認めよう。『人間』の『剣を使う』欠片ならばよほどの事がない限りアタシに負けはない。だからそのよほどの事が起きてもいいように、また起きないように油断はしていなかった。
だが、事態はアタシの予想を裏切った。
二つの欠片によってアタシは風を限定的に起こす能力と、怨霊を集め使役する能力を強化された。
まず一度に起こせる風の規模には限界があるため、戦闘に用いるためにはある程度チャージしなければならない。怨霊を使役すると言っても、単純な命令しかできない。それこそ、“当たった場所に憑け”というような。
それでもこの能力は強力だ。使いようによっては一時的に飛行も可能だし、パズズの性質として風の力にはデフォルトで熱病効果がある。怨霊は怨霊で効果の差異はあれ生者に対して害でしかない。
特殊な防具を備えていない人間の欠片に対し、アタシの攻撃はほとんど圧倒的と言っていいほどの有利性を持っていたはずだったのだ。
しかしこの少女はアタシにとって、いや、魔神や悪魔という属性が“悪”や“邪”に分類される欠片にとっての天敵だった。
円卓の騎士ガラハッド。ランスロットの子であり最強を謳われた父をも凌ぐ武勇を持つ。後に聖杯を発見し天へと召された騎士。その性質は幼少時代を修道院で過ごしたことからも生粋の“善”。付いた渾名は「世界で最も偉大な騎士」「最も穢れ無き騎士」。
そして何より、一番厄介なのが無銘でありながらも聖剣である完全な十字を模した片手剣。その能力は担い手ですら善良で無ければならないほどの破邪の力。
とは言え、これだけならば警戒に値しない。欠片は所詮は欠片。ガラハッドそのものが相手ならば逃げるしかないだろうが、相手はその力の一旦。やりようがある。
ところがこの少女は初心者でありながら、つまりは欠片を一つしか持っていないはずなのに、最高の騎士の武技と完全に悪霊を払ってしまえる程の聖剣を持っていた。
たしかにあり得ないことではない。
欠片はゲームマスターが元となる存在を適当に砕いてプレイヤーに与えているというのが定説だ。欠片一つ一つに力の偏りがあり、一つだけにも関わらず極端に力の強い欠片が存在し得る。それこそ、最高の武技とほぼ完全な聖剣という欠片を持つプレイヤーが居てもおかしくはないだろう。
……どんな強運だ。ビギナーズラックだとしても度が過ぎてる。
一息吐いて、アタシは身体をあずけていた落下防止用だろう鉄柵から身を離した。
足元には件の少女、先ほどまでの対戦相手が気を失って倒れている。というかたぶんコレは寝ている。
端末をポケットから取り出し操作する。
最新の対戦履歴にはYou Win!!の文字が躍っている。
最後の場面。アタシは自分の負けを覚った。それでも無抵抗に負けるのは癪だからと、最後っ屁のように残っていた風の塊を最後の一歩を踏み出す少女にぶつけてみた。真正面からでは躱されるか弾かれるか。だから下から。アッパーカットのように。
結果、ここでもアタシの予想は裏切られた。
足元から打ち上げた風の塊は前傾姿勢だったのが災いしてか、少女のスカートを捲り上げるようにしてボディに見事に入った。
そう。まさかの逆転に次ぐ逆転の勝利となった。
手に入ったポイントは、ショップでちょっとしたアイテムを買う足しになる程度。まぁ対戦履歴一戦の初心者に普通に勝った程度ではこれが妥当だろう。
本来ならば対戦相手と二言三言交わしてさようならするのがベターなのだけど、さすがのアタシもこう何時までも相手に眠られたままなのは初めてだ、どうしよう。
実はかれこれ数十分は経過している。気絶からそのまま熟睡に移行してしまったらしい少女にいい加減呆れていいたのも事実。このまま放っておいてもいいのだけれど……
「……我慢の、限界」
どうしようかな。そんな風に考えているとまるで気配を感じさせずに平坦な、けれど可愛らしい声が聞こえた。かと思ったら、眠っているの少女の傍にフリフリのドレスのような服装をしたの幼い女の子が居た。
何時の間に……。
いや、それよりも。
アタシは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
可愛らしい女の子だ。それこそ等身大の人形のように。それだけに、恐ろしい。無機物のような表情が。何も感じられないのに、いや、だからこそなのか、その異物感が。まるで本当の人形が人間のフリをしているような……。
女の子は少女の顔の傍にしゃがむとその頬をぺちぺちと叩き出した。起こそうとしているのだろう。
しかし、やはるというべきか少女は起きる気配が無い。
そうとわかると女の子は立ち上がり、
「――やる?」
可愛らしく小首を傾げながら、アタシにそう問いかけてきた。
一瞬、ナニを? と身構え、ちょっとしてから女の子が対戦するかをアタシに問うているのだと理解した。
端末を確認する。端末には対戦開始のコールは出ていない。ということは女の子の方に対戦の意思は今のところないのだろう。
「いや、遠慮しておくわ」
アタシは精々声が震えないように努めてそう返事をした。
冗談ではない。
アタシ程度のレベルでもわかる。この女の子は間違いなく古参のベテランプレイヤーだ。下手をすると上位ランカーかもしれない。
アタシ自身そこまでプレイヤー歴が長いわけではないが、それでも過去にベテランプレイヤーにエンカウントしたことが無いわけではない。
女の子の気配は、ベテランとか古参と呼ばれるプレイヤーたちの中でも、一等やばい奴らと同等の匂いがする。
集めた欠片が膨大で、封印されている怪物に喰われかけている――つまり伝説に謳われた何某かと同質の存在になりかかっている者特有の威圧感。
魔神とは言え、たかだか欠片二つ。それも神としての伝承の質が高いわけでもないアタシではまず勝てない。いや、たぶん戦いにもならないだろう。
幸いなことに、この女の子には対戦の意思がないみたいだし。気が変わらない内にさっさとエスケープしよう。
せっかく将来有望そうなビギナーだったし、お近づきになりたかったのだが。
チラリと、未だに眠りこけている少女を見る。
女の子があの少女になんの用なのかはわからない。
女の子と少女が既に仲間なのであれば、少女のその胆の据わりっぷりは関心すると共に、アタシに真似できるものではない。
逆に初心者狩りの類なのだとしたら、アタシには少女を助けることは出来ない。
なんであれ、アタシにはもうここからさっさと立ち去る以外の選択肢はないみたいだ。
けど、本当に惜しいな。
鉄柵に足を掛け、高所ゆえの吹き上げの風とちょうど良く西から吹いて来た風を捕らえ、跳躍。
あの娘、名前なんて言ったけ。
風に流されるように飛びながら、先頭の最中に少女が名乗っていたのを思い出す。
が、思い出せずに端末を操作し最新の対戦情報を閲覧する。
「……クスノキ、ナエか」
太陽の照り返し目を細めつつ、またどこかで会えたらなと思う。
その時までにアタシはそれなりのプレイヤーになっておこう。
ヒロインの名前間違えるとか言うミスを訂正しました。
この場で謝罪致します。ごめんなさい。
別口で書いてるやつとごっちゃになった模様……
ええはい、いい訳ですね申し訳ありません。
こんな感じの拙作ですが更新の度アクセスがあるのは励みになっております。
今後とも呆れず読んで頂けると幸いです。
あと、レビューとか感想とか頂けると嬉しいなとか(チラッチラッ