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Seal GAME  作者: 赤井トマト
一章
6/8

一章 ③


 これが私にとっての初戦! 勝てるとは思わないけど負けるのは嫌だし、勝つ気で行こう!

 相手は一見すると大学生くらいのお姉さん。ジーンズにカッターシャツとまるで男性のようにラフな格好。それだけに、第三ボタンまで開けている自己主張の激しい胸が扇情的だ。

 普段ならば揉みたくなるおっぱいの持ち主だが、整った顔に張り付いた薄ら笑いとお姉さんを中心に渦巻く風が怖すぎてそれどころじゃない。


「貴女、ビギナーでしょ? 初撃はあげるから、いらっしゃい?」


 そう言って両腕を広げるその姿は確かに隙だらけだけど、バカ正直に突っ込むとズタズタにされそうな気がする。

 お姉さんはたぶん、風を操ることの出来る類の欠片の持ち主。それも見た目に何も持っていないことから、ベースは人間以外。きっと悪魔か神様。

 私たちプレイヤーに授けられた欠片、異能は必ず元と成る存在がいる。例えば私のガラハッドのように。

 ガラハッドは彼の有名なアーサー王伝説に出てくる円卓の騎士の一人だ。そのため、私には彼の騎士としての武技と剣が備わっている。だが、この力は欠片と言うだけあってガラハッドの力の全てではない。あくまでも伝説に謳われた彼の一部でしかない。

 そして元と成る存在がいる以上、欠片の全てを揃えても元の存在を超えることはできない。例えば杖を振って魔法を使う存在が居たとして、その欠片の持ち主は杖無しで魔法を使うことは出来ないのだ。

 昨夜私が某大百科サイトで調べた結果、個人で媒介無しに気象を操るような人間は居なかった。カノンちゃんに言わせれば「居ないわけではないが、非常にレア」らしいが。

 目の前のお姉さんがそのレアケースでない保証はないが、そんな可能性よりももっと高い可能性が存在する。

 それが悪魔ないしは神様の類。

 欠片の元と成る存在は「伝説や伝承で謳われる全ての存在が対象」だという。

 つまり、人間以外のファンタジーの方が可能性としては高い。

 で。問題はそれが何かだ。

 このお姉さんはここに――屋上に飛んできてた。

 飛翔可能でかつ風を操るタイプの何か。


「こないのなら、こっちから行くわよ?」


 剣を構えこそすれ一向に攻めに行く気配のない私に焦れたのか、お姉さんが問いかけてくる。ああやばい。もうちょっと時間がほしい。


「ええっと、私が攻撃したあとお姉さんは反撃とか……」

「もちろん、するわよ」

「ですよねー」

「ええ。あげるのは最初の一撃だけ。けどね、騙し撃ちはしないから安心していらっしゃいな」


 依然風は渦巻いているが、隙を見せっぱなしのお姉さん。

 お姉さんの言葉を信じるのなら、最初の一撃は必ず受けてくれるのだろう。その一撃で決着できるのなら、この挑発に乗るのもありだろう。でも、一撃で負けない自身があるからこその挑発。

 仮に私がこの剣でお姉さんの心臓を刺しても、きっとそれで終わらない。いやそれ以前にもしかしたら、カノンちゃんみたいなタイプなのかもしれない。だとしたら私には万に一つも勝機はなくなるのでこの予想は外れてほしい。


「迷っているのね? 悩んでいるわね? けれどいいのかしら? そうしている間にもアタシの準備はどんどん整うわよ?」


 いつの間にかお姉さんを中心に渦巻いていた風が熱を帯び始めていた。それに加え、透明だった風に黒っぽい何かが混じり始めている。

 ゾクリ、と怖気が走った。何かはわからないが、何かがやばい。


「貴女の欠片は騎士の誰かね? その宝石付きの剣は綺麗だけど、人間程度の欠片に興味はないわ。だから殺しはしないであげる。けど、ポイントは欲しいから極限まで削らせてもらうわよ?」


 このゲームの勝敗条件は幾つか存在する。

 一つは宿った欠片を奪うこと。欠片はゲームで相手を殺す以外に奪う方法がないらしく、実質死んだら負け。

 もう一つは、相手に負けを認めさせること。これは自分の意思で宣誓しないと敗北として受理されないらしい。

 最後に、自分の持っている欠片の力を十全に使い相手よりも自分が格上だと認めさせる方法。

 一つ目と二つ目は理解できるのだが、正直最後のはよく解からない。だけどお姉さんの台詞からするに、お姉さんは最後の方法による勝利を望んでいるのだろう。

 このゲームにはポイントとというモノが存在する。このポイントはゲーム内通貨として特定の場所でアイテムを購入できる他、自分のランクを上げることが出来るらしい。

 そしてこのポイントは勝者が敗者から奪うことで増やすことが出来る。一度に奪えるポイントには上限があるらしいのだが、お姉さんの口ぶりではどうやら勝敗方法でそのふり幅が決まるようだ。

 どうにもRPGなどによくある『逃げる』コマンドは存在しないらしい。いや何もしない内から逃げる気はないけどさ。

 よく見ると渦巻く風の中にいるお姉さんの服も、亜麻色の長い髪も動いていない。もしかするとお姉さんのいる中心部分は台風の目のような真空状態なのだろうか? なら攻撃自体は届く?

 いや、そんなはずは無い。そもそもあの黒い熱風をどうにかしなければどうしようもないはずだ。

 嗚呼、どうしよう。すごくこわい。お姉さんは殺さないと言っていた。

 けれど、あんなどうなるか解からない場所に飛び込むのがとてもこわい。

 戦うと決めたのに。

 カノンちゃんのそばに居たいと思ったのに。

 足が震える。歯を食いしばっていないとガチガチと鳴ってしまう。剣を握る右手が汗できもちわるい。

 思えば、私はいつもそうだ。頭では前向きにだけ考えて、口では都合の良いことばかり言って。いざ行動に移すとなると、びびって何もできない。

 ねぇガラハッド。貴方は最も勇敢な騎士なんでしょう? お願いだから、貴方の勇気を私に貸してよ。臆病者の私の背中を押してよ――


「――っ!?」


 ふいに剣が熱を持ち、その突然の熱さに握る手を離しそうになる。

 剣に目を落とすと、鍔と柄に埋め込まれた宝石が淡く輝き、剣全体が白銀に煌いていた。

 その光が、熱が、まるで私を鼓舞しているようで。

 まるでそんな気は無かったのに、私の足は一歩を駆けていて。


「ハァァァアアアッ!」


 口は勝手に叫んでいて。


「フフ、ヤケクソかしら――っ!?


 ずっと悩んでいたのがバカみたいに、振り下ろした剣がお姉さんに一太刀を入れていた。

 何かに当たり、それを裂く。ハサミやカッター等とはまた違う何かを切る感じ。これを手応えと言うのならきっとそうなのだろう。

 

「はぁはぁ」


 手が熱い。心臓がドクドクと五月蝿い。無意識に動いたからか、脚が変な風に痛い。

 それでも、なんだろう。さっきまでのこわさはもう、無い。


「……なんなの、貴女? なんでアタシの熱に患わないの?」


 無意識の一太刀は確かに当たったようだ。それは手応えよりもお姉さんのシャツが横に赤く線を引いていることからもわかる。けれど、同時にそれがかすり傷程度に浅いことも表していた。

 だけどこの結果は大きい。風に阻まれるかと思った私の攻撃は、しかし風を意に介さなかった。お姉さんの欠片の正体も、黒い熱風の不気味さも依然正体不明のままだけど、それでも。

 今度は自分の意思で足を動かす。

 見くびっていた相手からの不意の攻撃に焦ったのか、後退したらしいお姉さんと私の距離が空いている。だから走る。剣を右手に突き出すように構え、黒い風を切り裂きお姉さんの服を引き裂いて柔肌をお目にかかるのだ!


「――ってあつぁ!」


 ただでさえ原因不明の熱を帯びていた剣が、不意にその温度を上げる。やる気を出した途端の不意打ちに思わず走る足を止めて剣を落としてしまう。

 え? なに? なんなの?


「……本当になんなの、貴女?」


 お姉さんの台詞に困惑と呆れが混じっている。


「ご、ごめんなさい! ちょっとタイムで!」

「いや、タイムて……」


 恐る恐る剣の柄を指先で突いてみる。……うん、大丈夫っぽい。まだちょっと熱いけど、さっきほどじゃない。

 そーっと柄を握り、剣を持ち上げる。うん。だいじょうぶだいじょうぶ。持てる。

 よしっ! さぁやるぞ! と思ったところで、全身を何かで殴られたかのような衝撃を受け吹っ飛ぶ私。鈍痛を感じながらも、つい最近も同じように吹っ飛んだなと考え、屋上のコンクリに叩きつけられる。


「とりあえず、約束の一撃はあげたんだから今度はアタシからいくわよ」


 そういうことは攻撃の前に宣言してもらいたかった。どうやらお姉さんにタイムは効かないらしい。ぐぬぅ、戦いとはこんなにも無情なのか。

 騎士の武技のなせる業か、中学の時の体育で男子を真似てやってみた柔道のお陰か、なんとか受身を取れたらしい私はすぐさま起き上がり体制を立て直す。

 直後、私が倒れていた場所を黒い風が走り抜けていく。


「うえ」


 思わず顔をしかめる。

 黒い風の走った痕を姿形の定まらない大小のドロドロした何かが燻っていた。

 その様を喩えるならば熱いものに振りかけた鰹節。その場から動かないがその場に留まって揺ら揺らと動いている。

 なんとなく、嫌な感じ。そしてそれ以上に、なぜか哀れにも感じる。


「ほら、ぼやっとしていると憑かれ魘されるわよ!」


 お姉さんが腕を振るたび、熱を伴った黒い風が走る。

 ソレを私は間一髪で避けていく。

 いくら私にガラハッドの武技が備わっているとはいえ、身体的なスペックは私のままだ。騎士としての私は黒い風の軌道を完全に見切っているのに、どうしても私という女子高生の身体がその機動に対応しきれない。

 結果として、


「っ、くぅ、」


 風という流れをなんとかギリギリで躱すのが精一杯。

 しかも黒い風の全てが不気味に鳴きながら走るせいか、どうにも気が滅入る。なんというかこう、身体が重くなっていくような錯覚。

 

「ほらほらほらぁ! 逃げてばかりじゃあそのうち詰むわよぉ!」


 五月蝿い。そんなことはわかってるわよ!

 そうとも、このままだと私のスタミナがもたない。特に部活動をしているわけでもない現役の帰宅部の私だ、身体能力もさることながら体力だって並だ。

 だからこそこうして避け続けながらも反撃の機会を窺っている。けれど、一定の距離から風を放つお姉さんには最初のような隙は一切見当たらないし、だんだん息も上がってきてる私には攻勢に出る余裕がなくなってきている。吹き出る汗が気持ち悪いったら。

 やばい。マジやばい。

 黒い風が一直線に向かってくる。

 右に避ける。

 黒い風が迎え撃つように右から迫る。

 それを後ろに跳んで躱す。

 また前から向かってくる。左から。右から。

 跳んで、転がって、走って、とにかく避けて躱して逃げ続け――


「ほぉら、逃げてばかり居るからもうチェック♪」


 楽しげに語尾の上がったその台詞で、私はようやく私をとりまく周囲の参上に気づいた。

 辺り一面、殺風景だったコンクリートの屋上は、もはや黒い鰹節だらけの地獄絵図。それはまるで子供のころに映画で観て憧れたトウモロコシ畑のような状況。惜しむらくは走り回りたいような場所からは程遠いことか。


「ビギナーにしては頑張った方だし、これでもうお終いだから教えてあげるわ。アタシの欠片はパズズ。風を操り熱病をもたらし悪霊を従える魔神の力よ」


 パズズ。なんだっけ、聞き覚えある。ええっと、何だっけ?


「とは言え、アタシの保有数は二つだから熱病というにはまだ威力が弱いけど……それでも、十分だるいでしょう?」

 

 身体が重い気がしたのは錯覚じゃなかったのか。少し吹かれただけでも効果が蓄積していくなんて、なんかずるい。


「そして、そこらで蠢いてる黒いモヤはそこらからムリヤリ起こされ集められた怨霊たちよ。さぁ、選ばせてあげるわ。怨霊に憑かれて意識を犯されながら負けるか、熱病の風に身体を蝕まれながら負けるか」


 くそ、いつもなら下らない反応ができるワードが含まれてるのに反応できない。

 負ける? 初戦で? いきなり? 

 相手は魔神の欠片保有者。相手が悪かった?

 ぐるぐるぐるぐる思考が渦巻く。

 初めての戦いで私はがんばった……。仕方ないよね。よくやったよ。次をがんばろう。ほら、お姉さんも殺さないって言ってたじゃない。次があるよ。負けを認めよう。降参しよう。


「――イヤだ」

「……ん? 聞こえないわよ」


 欠片を取られなければまだゲームは続行できる。コンティニューできる。お姉さんは私の欠片は要らないって言っていた。

 これはまだ初戦。まだポイント損失していない私は、ここで負けてもポイントが全部無くなることはきっとない。


「私は、」


 私はここで降参して、それでもカノンちゃんと一緒に居られるの?

 周囲の黒い鰹節――怨霊の群れに目を向ける。

 私は本当に、もう戦えないの?

 右手にある剣を見下ろす。柄を握る手は、絡まる指はまだ解けていない。

 悔しい? ううん。違う。そんなんじゃない。

 煌く蜂蜜色の髪。涼やかな金色の瞳。無垢な雪原めいた柔肌。鈴が転がるような声音。

 思い出すだけで胸が高鳴る。

 まるで人形のように無表情な彼女。

 その彼女のそばに居たいと思ったのはどうして?

 

「……まだ、」


 彼女の色んな表情がみたいからだ!

 その最初の表情が失望や失意や呆れだなんて絶対イヤだ。

 だって格好悪いじゃないか! 私の決意は、このトキメキは、そんな格好悪いものじゃない。

 最初に見るのは笑顔か、驚いた表情だ! それこそ、初戦でいきなり魔神を倒しちゃうような最高に格好いい私の勇姿で!

 

「ヤれるっ!」


 魔神がどうした! こっちは聖杯を見つけて天まで昇った最高の騎士だぞ! 風を操って熱病にして悪霊使うとかそんなダサいヤツに負けるわけないじゃない!


「そう。ならこれでお終いよ――っ!?」


 逃げるのも避けるのももうやめだ!

 怨霊だろうが熱病の風だろうが魔神だろうが、全っ部叩き斬ってやる!


「ああああああ!!」

「なっ、怨霊どもを――!? 貴女本当になんなの?」


 一つ、二つと邪魔な鰹節を刈り取り、襲い来る黒い風を引き裂いて一直線に突き進む。はは、なんだこんなに簡単だったなんて。今まで必死こいて逃げてたのがバカみたい。

 先ほどまでの疲労感や倦怠感が嘘みたいに身体が軽い。剣を振るだけで道が出来ていく。

 剣を振るたび黒を白銀が掃っていく。

 動悸が、柄を握る手の熱が、どうしようもなく心地いい。

 逃げる必要なんてなかったんだ。こうして進めば上手く行く。きっとガラハッドはそれをずっと教えてくれていた。ああ、もっと早く気付けば良かった。


「覚えておけ! 私の名前は楠 苗! 円卓の騎士ガラハッドの欠片保持者ピースホルダーにして、最強美少女カノンちゃんの彼女志望だぁぁああ!」

「騎士の武技にガラハッドの剣!? ――貴女本当にビギナー?」


 声色に驚愕を乗せ、それでも薄ら笑いのままお姉さんは怨霊の纏わり憑いた熱病の風を叩き付けて来る。

 並みの女子高生の身体スペックでも、最高の騎士の武技と勘があれば切り掃える!

 私とお姉さんの間にある黒い鰹節はもう無い。彼我の距離は十分に私の剣が届く距離だ!

 これで、


 ――――――……

仕事して帰って寝るだけの生活にようやく終わりが見えてきました。

とは言えまだまだ大繁忙中ですが。


お気に入り登録してくれている方々、いつも呼んでくれている方々ありがとうございます。

もう少しで定期投稿出来るようになるので、それまではご容赦ください。


3/30追記

誤字ェ

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