一章 ②
最近お気に入りのバンドの一番新しい曲がケータイから流れ出す。
スカートのポケットからケータイを取り出してみると、カノンちゃんからメールだった。
メールを開くと〈From〉が文字化けしていた。昨日教えてもらった時も思ったけど、やっぱり不思議だ。
カノンちゃんから聞いた説明を思い出す。
このゲームに選ばれた瞬間から既存の常識は通用しなくなる。それはプレイヤーは本より、このゲームに必要な日用品すらも。
このゲームは、ゲームの円滑なプレイングのためにある程度の情報共有と、幾つかの機能をプレイヤーの所持している携帯端末によって行うことが出来る。これは招待状が送られてきた時点で否応が無しに勝手にそうなるらしい。
そしてその結果の一つがこのアドレスの文字化けだ。基地局を介さない通信、本来あり得ないアドレスであるせいか、どう入力しても文字化けしてしまう。常識が通用しなくなるとはいえ、使っている物次第ではどうしようもない部分があるようだ。
〈Sub〉プレイヤー反応
簡潔なタイトル。それだけに少しだけ緊張する。落ち着け、敵と決まったわけじゃない。
本来であればこうした情報は基本的に各プレイヤー各自で確認するものだが、いかんせん私のケータイの機能がしょぼいせいでレーダーアプリがうまく機能しないのだ。
そのため高機能ゲーム用端末を所持しているカノンゃんが、私の近くに他のプレイヤーの反応があった場合教えてくれることになったのだ。
カノンちゃんの話ではこの世界レベルだとスマートフォン程度のスペックがあればほとんどの機能は使用できるらしい。本来ならばこのゲーム専用の端末を買うのが一番良いらしいが、これがまたバカ高い。初心者には手が出ない代物だ。これはそろそろ本腰を入れてスマホデビューを考えなければならないだろう。
あ、名案思いついた。次の日曜辺りカノンちゃんとショップ巡りしよう。これはデートの良い口実にではないだろうか。
私は自分の思いつきに少しだけやる気を出して、本文に目を落とした。
『数は一つ。まっすぐにそちらに。わたしもすぐ行く』
まっすぐにこっちに来ているということは、相手は私の位置を把握しているってことか。
まぁそりゃそうだよね。それが普通らしいし。
となると、さすがに校内にいたら不味いか。
ルールブックを思い出しながら、自販機に硬貨を入れ紙パックのお茶を購入。
ゲームを一般人に知られてはいけない。このルールがある以上、相手は人目のある場所では仕掛けてこないだろう。そんなことをしても意味が無い。ただ単にペナルティを食らうだけだ。
けれどそれは、相手が「遠距離攻撃」や「目に見えない攻撃」等を保有していない場合の話だ。詳しいことはわからないけれど、もしそういう攻撃手段を持っていた場合、ペナルティを受けるリスク無く一方的に攻撃できることになる。だけでなく、下手をするとペナルティ対象は私になるかもしれない。
何故なら、この場にとどまる行為が「ゲームを一般人に知られないようにする義務を怠った」と認識される可能性がある。
ゲームを一般人に知られてはならない。このルールには暗に「だから知られないようにしろよ」というニュアンスが含まれている気がするのだ。
考えすぎかもしれない。だが、ルールブックには全体を通してそういう風に深読み前提で書かれているような感じが所々に見受けられた。これもまた、私が知恵熱を出していた原因の一つだ。
ぢゅごご、と紙パックのお茶を飲み干しゴミ箱に放る。
とりあえず喉は潤ったし、屋上へ行こう。あそこなら人目に付かない。
面倒なことにならないといいなと思いつつも、どこか期待感のようなもので胸を熱くしながら階段を駆け上がった。
慎重に扉を開けて辺りを窺う。
……大丈夫。誰もいないみたいだ。
屋上に出て扉を背に目を瞑る。
たしか――
『――最初は、イメージを。意識を、集中する、だけでいい。浮かびあがった、イメージを強く描いて』
大きく深呼吸をして、カノンちゃんに教えてもらったように集中する。
何も見えない暗闇の中で、次第に細い光が見えてきた。それを強く、強くイメージする。
光はやがて銀色に煌き闇を切り裂く。
切り裂かれた闇から眩い光が溢れ、それでも銀色は薄れずにそこにある。
その銀色に手を伸ばす。
右手に感触、次いで重み。
それは細身の西洋剣だ。黄金色の柄、長い鍔。
片手用なのだろう。柄は短い。柄や唾には幾つもの宝石が埋め込まれている。だが、それは決して装飾過多なわけではない。儀礼用の剣でもない。
重みがある。何人もの手を渡り、正当な担い手の下でその使命を果たした。そういう重みが。
自然と唾を飲み込む。
何より、これは人を傷つけることが――殺めてしまうことのできる武器だ。
この剣を持つのは今日が初めてではない。
昨日、慣れるために何度か手にして実際に振るいもした。もちろん何かを斬ったわけではない。
だけど、やっぱり……。
正直な話、私はカノンちゃんの話を――このゲームと称された事のことをきちんと理解できていない。
カノンちゃんから話を聞いた。実際にこうして剣を持った。ルールブックを読んだ。
それでもやっぱり、どこかでこれは出来の悪い夢なのではないかと思っていたりもする。
だって、こんなの一朝一夕で信じられるわけないじゃないか。
拒否権無く戦い続けるだなんて。そんなの。
けれど、それでも。
カノンちゃんに感じたこの胸のトキメキは信じたい。カノンちゃんを夢の存在にしたくない。
「あら、やっぱり学生さんなのね」
だから、
「ヤる気は十分みたいね。それじゃ、」
まずはやるだけやってみよう!
いつまで通し勤をするばいいのか……
次からはゲームの簡単なルール内容と実際の勝負になります。
3/30追記
誤字ェ