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Seal GAME  作者: 赤井トマト
一章
4/8

一章 ①

 授業中である。

 今日はきちんと始業前に登校できた。

 そんな私を見てミキは槍でも降るのかしらとか宣いよった。まったく失礼な話だ。

 斜め前に座って板書をしているミキを見る。うん。いつ見てもやっぱり美人だ。けど……。

 黒板の前でおっとりしたおばちゃん先生が数式を書き連ねてる。黒板に書かれた数字は綺麗に整っており、とても見易い。が、私は黒板に目を向けただけですぐにまた視線を手元に落とした。

 机の上にはノートが広がっている。が、そこには数式ではなく幾つかの単語が書かれている。

 紋章遊戯。欠片。英雄、神様、悪魔。等々。

 パッと見、それはイタイ創作小説かなんかのプロットとかメモとか。そんな感じだろうか。

 いやいや、私にそんな黒歴史はありませんよ? いやもう本当に。マジで。私がやったことがるのは『私の考えた最強にかわいい美少女』をルーズリーフに書き溜めた程度。

 ともあれ。これはそんなものではない。

 机の下。教科書やノートを入れておくための引き出しから覗かせている本に目を移す。

 ジャ○プコミックス等と同じ四六判、新書サイズ。写真やイラスト等の図解付。文字は見たことのない虫が這い回ったような。タイトルもまた見たことの無い文字で書かれている。

 ――パーフェクトルールブックver.112,56

 全二百項から成るこれを今日中に読み、全て理解すること。

 それが昨日運命の出逢いをした金髪美幼女――カノンちゃんが提示した条件だった。

 かわいかったなぁ。カノンちゃん。

 思い出し、ため息を吐く。

 煌く蜂蜜色の髪。涼やかな金色の瞳。無垢な雪原めいた柔肌。鈴が転がるような声音。

 そのどれもがまるで等身大の精緻な人形を思わせる。

 あたたかさの感じられない瞳も、穢れたことのないような肌も、感情の感じられない声も、無表情という他に形容できない顔も。

『私の考えた最強にかわいい美少女』像を上回るこの世ならざる容姿は、けれど本当にこの世の者ではないように生を感じられなかった。

 それが、すごく悲しい。

 と同時に。彼女の笑顔が見たくなった。笑顔だけじゃない。泣き顔や呆れ顔や怒った顔も悲しい顔も楽しそうな顔も全部!

 今までこんな感情を感じたことはなかった。初めて感じる熱。心の奥底、魂から、全身全霊が震えた。

 出遭って数時間。まだ今この時を含めても一日と経っていない。それでも、これはたぶん。いや、だからこそこの感情こそがきっと恋! 一目惚れ!

 この充実感はなんだろう。このやる気はどうしたことだろう。この震えは武者震いだろうか。

 英雄や神々や悪魔の力を宿して行われるなんでもありの“力”の争奪戦。そんなものがなんだというのか。

 私の理解を超えていてぶっちゃけ今でもあんまり理解していないけども!

 けれどこれのルールを全部覚えることが彼女とお近づきになる第一歩だというのならば是非もない。全力でこれを暗記して、まずは彼女を抱きしめよう。

 決意を新たに、私はばれないように上手いこと授業を受けているフリをしながら、ルールブックのページを捲った。たかが二百項がなんぼのもんじゃい。



 二百項なめてましたスンマセン。

 昼休憩。

 朝からぶっ通しで頭をフル回転させる、なんてのは脳みそ的に労基違反ちっくな重労働だったらしく。知恵熱というストライキが絶賛私を襲っていた。あー屋上に行くとか以前にお昼ご飯を食べる元気もありません。


「知恵熱ってのは原因不明の発熱のことね。しかも乳児限定」

「うあー……。やめてー、今そんな頭よさげなこと言わんといてー……」

「はぁ。重症ね」


 机につっぷしていた私にミキが声をかけてくる。

 私の前の席の子は食堂へ行ったのだろう空席で、ミキは椅子を反転させて私と向かいあう形で座った。


「朝からやけに真剣に自習してたけど、無理は身体に毒よ?」


 お弁当の包みを解きながら呆れるように、けれど本当に私を心配してくれているのだろう調子で言う。

 私は休憩時間もルールブック暗記に勤しんでいた。ルールには『プレイヤー以外にこのゲームを知られてはならない』というルールもあったので、教科書で隠しながらだ。

 それをミキは自習していると取ったらしい。道理で休憩時間中一度も声をかけてこなかった訳だ。きっと、ようやくまじめになったとか思って気を使ってくれていたのだろう。

 実際は学校の勉強に対してより不真面目になっているが。一時間目の数学以降、なんの授業だったが実はぜんぜん覚えていないのだ。授業中一度も教師に指されなかったのはもう軌跡という他無いだろう。


「で? いったいどの科目を自習していたのよ? 私でよければ解からないところ教えてあげるわよ」


 この娘すげーわ。マジで私が性根を入れ替えてまじめに自習していた思っているらしい。ちょっと罪悪感。

 ちなみに、近々テスト的なものがある予定は無い。定期テストはもう済んだし、小テストは抜き打ち不位置が基本だ。そして、私は基本的にテスト勉強の類は一夜漬けと勘でどうにかする。お勉強、嫌い。


「いやー、自習と言うか……」


 さてなんて答えたものか。言葉を濁す。

 ゲームの存在を知られてはならない。このルールがある限りこれは遵守しないといけない。強制力の働くルールはともかく、そうでないルールに関しては、つまりプレイヤー側が注意しないといけない幾つかのルールにはそれに反した際の罰則が働くらしい。どのようなものかまでは明記されていないが、恐らくは非常に厄介なペナルティだろう。

 ミキは頭がいい。前回のテストの平均点こそ教えてくれなかったが、ちらっと見えた幾つかのテストの点数は九十とか八十とかそういう点数の大台だった。

 きっとミキにこのルールブックを渡して読んで貰い、それを解説してもらった方が覚え易いだろう。

 ああでも、よく考えればルール以前にプレイヤー以外にはこの文字読めないんだっけ。

 ルールブックに記された何語だかわからない文字と、この本を手渡しくれたカノンちゃんの台詞を思い出す。

 そういえば、カノンちゃんの手ちっちゃくてかわいかったなぁ。ちょっと触れたときは少しだけ冷たかったし、きっと本当はとても優しい子に違いない。なんか出遭い頭にいきなり蹴られたくさい感じがしたが、カノンちゃんがそんなことをするだろうか。いやしない。てことはアレはあの後やたらと弁償を迫った小太り店主の仕業に違いない。距離あったけど、そんなのは超能力とか魔法とかそういうアレだろう。おのれ店主め覚えてろ。


「ところでミキさぁ、いいの? 私といっしょにいて」

「? なんで?」

「いや、いつもは他の子と一緒にお昼食べてんじゃないの?」

「まぁね。けど、今日はアンタ教室にいるし」

「誘われなかったの?」

「ああ。断った」


 おう……。


「アンタいっつもお昼になるとどっか行くじゃん。たまには私と一緒に食べなさいよ」


 あれ。なんだこれクーデレ発言か? もしかして本格的にミキルート入った? いやでも私は運命の相手見つけちゃったしどうしよう。ハーレムか? ハーレムルートを目指すべきか!? いや落ち着けそれでいいのか? 一人の子を愛すべきではないのか?


「百面相してどうしたの、キモチワルイ」


 あ、これ違うわ。これ素だわこの娘。

 眉をしかめ怪訝な顔のミキを見て一度落ち着く。

 デレ発言ならここで赤面しないまでも、こう恥ずかしげな挙動をとるはず。

 しかしそれが一切感じられない。

 これはただただふつーに、いつも居ない友人とお昼を食べたいだけだわ。本当にすこぶるシンプルに。

 いやまぁ、別に? わかってたけどね。うん。ほらミキってばこういうヤツだし。鋭い風を装った鈍器だし。鈍い器の持ち主って意味で。

 ……はぁ。


「なんでもないですー」

「なにをむくれてんのよ」


 やれやれと鞄からコンビニの袋を取り出す。


「アンタっていつもそんなの食べてんの?」

「失礼な。いつもではありません」


 一週間に四回くらいです。

 心の中でそう告げ足して、袋からおにぎりを取り出す。焼き鮭とマヨネーズサーモンと鮭そぼろ。


「えー。全部鮭とか」

「ナニよ。いいでしょー、好きなんだから」


 引くわーみたいな顔をしているが、好物なのだから文句を言われる筋合いはない。どうでもいいが一番隙なのは鮭のバターソテーだ。外はカリカリでバターの甘味が鮭の旨味を引き立て、〆にカリカリでありながらも柔らかさを感じる皮をご飯に包んで食べる……。たまりません。

 大トロだとかマグロだとかの影に隠れがちだが、あんなのは派手さだけだ。魚界ナンバーワンは鮭である。それ以外は認め――おおっとしかし鰹くんキミは別だ。キミの良さを私はよく知っている。しかしこの話はまた今度。

 おにぎりの包みを縦にぴーっとやって、横にスルッと外す。ふふん。今回は海苔とご飯がずれなかった。たまにズレちゃのよねこれ。


「おおー」


 一連の動作を見ていたのか、ミキが小さく感嘆する。


「へぇ、それってそんな風になってたんだ」


 いまなんつった?


「恥ずかしい話さ、私じつはそういうの買ったこと無いのよね」

「マジで?」

「うん。ほら、自販機とかは校内にもあるけどさ。そういうのってここにないじゃない?」

「購買ってパンだけだもんね。って、コンビニに普通に売ってるでしょ」

「あーその。コンビニにも、行ったことなくて」


 おっとお。これはもしかしてもしかしちゃうパターンですかよ?


「ミキって入学組みよね?」

「そうだけど……」


 だよね。だからこそって言うのもへんな話だけど、それを取っ掛かりに友人になったわけだし。

 ここは一応俗に言うお嬢様学校だし、中学からここに通ってる子なら「コンビニなんて庶民の行くところでしてよオーホッホ」とかありえるけど、外部からの入学であるミキが――

 と。そこでふと気付く。


「そう言えば、ミキってどこ中出身なの?」

「言ってなかったっけ? 私は――」


 ミキが告げたのはここほどではないが、そこそこ名の知れた名門中学だった。頭いいのも納得だわ。

 てことはアレか。ミキってばかっこいい系の長身スレンダークール風鈍器系優等生お嬢様なのか。一人で属性持ちすぎじゃね?

 よく見るとミキのお弁当は、なんかきちんと手作りされてるように見える。

 こうなってくると、コンビニのおにぎり齧ってる私って超場違いなのでは……。


「あ、どこ行くのよ?」

「飲み物買い忘れたから買ってくる」


 そう言い残して私は教室を出た。

 いやはや私としたことが飲み物を買い忘れるなんてー。いやーもうマジ失敗したわー。

 いや別にー。超庶民な私が一人アウェイちっくで居た堪れなくなったとか、いい加減ミキを独占する私に対する周りの目が痛くてスルーしきれなくなったとか、そういう敵前逃亡的なアレじゃないしー。いやもうマジで本当に。

 胸中で誰にともなく言い訳しながら、1階購買所付近の自販機に向かう途中でケータイが鳴った。


投稿時間変えたほうがいいのかしら?

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